勘違い

奈那美

第1話

 昨日借りた本を持って図書室に向かった。

タイトルに興味を持った──借りた理由はただ、それだけ。

だけど思った以上に読みやすく、共感できたり目からウロコだったりと読書が得意でない私としては、珍しく一気に読み終えてしまったのだ。

「これ、返却お願いします」

カウンターにいる司書さんに本を差し出す。

 

 「はい、返却ね。あら、この本読んでくれたの?」

「はい。なんかタイトル見て、中身が気になっちゃって」

「なかなか、いい本だったでしょ?」

「はい……なんかすごいなって思っちゃいました。って……司書さんもこの本読んだんですか?」

「まあ、パラパラ程度だけどね。配架する以上、どんな内容なのか大まかに知っておく必要があるから」

司書さんの仕事って、本の貸し借りだけじゃないんだ。

 

 「司書さんの仕事って、本を読む事も、なんですか?」

「仕事そのものではないけれど、仕事の一環ではあるかな。……あなた、レファレンスって言葉聞いたことある?」

「──いいえ」

「レファレンスって言うのはね、あなたたち利用者の問い合わせに応じて、図書の照会や検索をする仕事なのよ。タイトルで内容がわかるものは別として、大まかな内容を知っていないと、尋ねられたときに答えられないでしょう?」

 

 「えぇっ!司書さん、もしかして学校にある本、全部読んだんですか?」

いったい何冊あるのかわからないけど、数千冊はありそうな本、全部に目を通すなんて信じられない。

「まさか。いくら本が好きとは言っても、そこまでは読めないわよ。昔読んだことがある本とか図鑑とか、さっき言ったようにタイトルで内容がわかる本は読んでないし。……ああ、どんなタイトルの本があるか、だったら大まかにだけど覚えているけどね」

……すごすぎる。

どうやって覚えてるのか、知りたいような知りたくないような。

 

 「あ、それから。司書さんっていうのは堅苦しいから名前で呼んでくれる?」

そういって司書さんは首から下げているカードを見せてくれた。

永田ながた 美和みわ』と書いてある。

「永田さん……」

「そう。図書委員の人たちにもそう呼んでもらっているから、よろしくね」

「はい」

私は一礼してカウンターを離れた。

 

 ふと室内を見回すと、机の端で本を読んでいる遠藤君を見かけた。

(なにを読んでいるんだろう?)

少しだけ興味がわいた私は、遠藤君に近づいて声をかけた。

「遠藤君、何読んでるの?」

図書室だから、一応小さめの声だ。

私の問いかけに顔をあげた遠藤君。

「え?あ!なっ!!」

思わず大きな声が出たらしく、慌てて両手で口をおさえている。

 

 「あぁ、びっくりした」

小声に戻した遠藤君は、私の問いかけに答えるように本の表紙を見せてくれた。

表紙には、魔法使いの少年が主人公の物語のタイトルが記されている。

「これって、映画になったやつだよね?それもずっと前に」

「うん。昔読んだことはあったんだけど、なんとなくもう一度読みだしたらハマってしまって。なんで今さらって気もするけどね」

「ふうん。でも同じ本、何度も読むとかすごいんじゃない?私は無理だなぁ」

「そんなものかな……?安藤さんは、何かハマってるものとかあるの?」

 

 遠藤君に聞かれて、私は考え込んでしまった。

ハマっているもの……威張れないけど私、飽きっぽいからなぁ。

あ、ひとつだけあったかも。

「私は『あつ森』かな。これも何を今さら感があるけどね」

私が答えると遠藤君は目をまん丸にして私を見ていた。

──まん丸というのは比喩で、眼鏡の奥の彼の目は細いままだったけど。

 

 「あつもりって──織田信長から?それとも平家物語からハマったの?」

「へ??」

いったいなんのことだろう?信長って、本能寺の変で殺された人だし。

平家物語は……古典で暗記させられた『祇園精舎のホニャララ』しか思い浮かばない。

「え?違うの?」

「えと……何のことか、私こそわからないんだけど。どうして信長とか平家が出てくるの?」

「えっと……説明したいけど、図書室じゃしゃべれないから。場所、変えていい?」

「いいけど」

 

 私は遠藤君と一緒に図書室を出て、屋上に向かう階段を上って行った。

踊り場のところで並んで座る。

「えっとさ、信長が『人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻ゆめまぼろしのごとくなり』とうたいながら舞って、そのあと戦に出て行ったという話、先生がしてたの覚えてる?」

「……うっすらと」

「その舞が信長が好んだ『幸若舞』の『敦盛』という演目なんだ。で、その『敦盛』は平敦盛のことで、平清盛の甥。彼は一ノ谷の合戦で若くして討ち死にするんだ」

 

 ……頭がついていかない。

それよりなにより『あつ森』には、そんな戦国武将要因なんて、これっぽちもなかった……はず。

「え……と。もしかしてほかに『あつもり』って名前の人いたっけ?」

私が怪訝な顔をしていたのだろう、遠藤君が心配そうに言う。

「え?人?名前?そりゃ名前つけたりもするけど」

「え?名前をつける??」

遠藤君はきょとんとした顔をしている。

 

 ──あ、もしかして。 

「あのね、『あつ森』は人じゃなくて、ゲーム。『あつまろうぜ!動物たちの森』っていう育成ゲーム。略して『あつ森』」

私は笑いそうになるのをこらえながら、遠藤君に教えてあげた。

「えっ!あっ!」

遠藤君の顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。

うわぁ、耳まで真っ赤だ。

「そんなゲームがあるなんて……知らなかった」

 

 「うそぉ。すごくブームになったゲームだよ?」

「……ゲームとか、ほとんどしないから」

遠藤君の声が消えいりそうに細い。

パッと見、ゲームとか好きで詳しそうって思ってたけど。

「もっと……本以外のエンタメにも興味を持つようにしなきゃだな」

 

 「……無理に興味を持とうとしなくても、いいんじゃないの?」

「でも……知らないと今みたいに」

「うん。盛大な勘違いだったね」

私はやっぱりこらえられなくて、クックッと笑いながら言った。

ホントは爆笑案件なんだけど……さすがに遠藤君に悪いし。

 

 「あ、そうだ。図書室って何時まで開いてるの?」

私は昨日考えたこと──借りた本に似たような本がないか、お薦めの本がないか司書さん……永田さんに聞くのを忘れていたことを思い出して遠藤君に聞いた。

「えっと、十七時までは開いてるよ」

「ありがとう」

今、十六時半。

早く行かなくちゃ。

私は階段から立ち上がった。

「じゃ、ね」

「あ……」

私は何か言いかけていた遠藤君を踊り場に残したまま、階段を駆けおりて図書室へ向かった。

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勘違い 奈那美 @mike7691

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