第4話その3 スキル無しの王国騎士

 ここでの一日の生活は、日の出と共に始まる。

 子どもたちは起床すると身だしなみを整えて、川に水を汲みに行く子や朝食の準備をする子など、各役割に別れて活動する。

 それは同年代の子どもとは違い、養ってくれる親がいないため、自分のことは自分で成さなくてはならない。生死に関わる自分たちが、能動的に家事をこなさなくてはならないのだった。


 みんなで朝食を取ると、今度は昼まで剣術の稽古に勤しむ。

 道場で器用に木刀を振り回す子どもたちの中には、アダルの姿もあった。

 自由に宙を舞うアダルに一太刀入れようと、子どもらは必死に追いかける。


「そんなんじゃ、俺に傷ひとつもつけられないぜ」


「ずるいぞ!」

「飛ぶなんて卑怯だぞ!」

「ちゃんと戦えよ!」


 アダルは子どもたちをからかいいながら、得意気に飛び回っている。


 一方、部家の片隅では、リーナが取りこまれた洗濯物の山の前に座り、一枚一枚服をたたんでいた。

 小さく可愛らしい服をきれいに折りたたむリーナは、その服を見て何か考え込む。そして自分のバックパックを引き寄せた。


「リーナ様? なにを考えてるんですか?」


 庭から乾いた服を運んできたデルマが、不審な行動をするリーナを見て、思わず尋ねる。


「ちょっとね。みんなの道着が激しい稽古のせいで、ほつれちゃってるから」


 そう言い、中からソーイングセットの入ったポーチを取り出す。


「……ま、まさか、リーナ様? 裁縫を……?」

「ええ。裂けたり、ボタンが取れかかってるのを補修しようかと……」

「それは……やめたほうが……」


 リーナは針と糸を取り出し、服を片手掴み針を通し始めた。


「私が……痛っ……みんなにできる……ぃっ……

 事といったら……ッ……これくらいしか……ありませんから。

 得意では……いたっ……ないですけど、

 ちょっとした……っ……修繕くらいなら……」


 布に針を通すたびに自分の指を刺してしまい、顔をしかめるリーナ。

 気が付けば手が穴だらけになり、服が赤く染まっていく。


「無理しないで下さい。リーナ様は裁縫は得意じゃないのですから……」

「……そうね」


 リーナは苦笑いしながら、血まみれの左手をデルマに預ける。デルマの回復魔法により手の傷は治るが、服は赤く染まったままである。


「別にリーナ様が、こんなことしなくても」

「私もみんなに何かしてあげたくて」


 そこへ一人の女の子がやって来て、二人の様子を覗き込む。


「リーナお姉ちゃん、なにしてるの?」

「これ? これは……」


「わー きれいな雑巾! ちょうどこれからお部屋を掃除しようと思ってたの。これ使ってもいい?」

「ええ、いいけど……」

「ありがとう! リーナお姉ちゃん!」


 女の子は赤く染まった布を手にすると、喜びながらキッチンの方へと走り去ってしまった。


「リーナ様? あれ、なんだったのですか?」

「あれは上着のつもりだったのだけれども……」


 こうして活気に満ちた道場に、太陽が真上に登りかけた頃。

 リーナとはまた別の客人が訪れた。


 馬にまたがった重装備の騎士が五名。

 全身白銀に輝く鎧に身を包んだ兵士が、重々しく隊列をなしてやって来たのだった。

 鎧に刻まれたエンブレム、それはこの国の騎士団の証だった。


 こんな山中の町はずれに、なんの理由でやって来たのだろうか?


 と、誰もが懸念を抱く。


 その騎士団たちを迎えたのは、フランツだった。

 彼らに畏縮することもなく近寄ると、気さくに話しかける。


「久し振りだな、お前たち」

「ご無沙汰しております副長!」

「やめてくれ、私はもう副長なんかじゃない、フランツでいい」


 リーナや子どもたちが見守る中、両者はお互い手を握る。

 家族のようにフレンドリーに接するその姿から、どうやらこの騎士とフランツは旧知の仲のようだった。

 騎士団のリーダーと思われる若い男は、残り四人を外で待機させ、フランツに連れられて中へと入って行った。


 こんな山奥に王国騎士団がやって来ることは非常に珍しい。

 まさかフランツ先生と騎士が知り合いだったということに、子どもたちは改めて尊敬と憧れの眼差しを向ける。

 そして、自分たちに危害がないと分かるやいなや、初めて見る騎士たちの姿に興奮するのであった。

 取り囲んで馬をさわったり、鎧に手を当てたり、質問責めをしたり、剣を抜いて見せてもらったりと、その場で待機する騎士を困らせるのだった。


 そんな様子を、部屋の中から眺めるアダルとデルマ。


「あのおっさん、すごい奴なのか? 副長はとか言われてんぞ?」

「なんか、そうみたいね」


「鎧のやつらも強いのか?」

「隠れた方がいいかも? もしかしたら私たちを捕まえに来たのかも」


「そんなわけあるかい!」


 次第に心配になる二匹は念のため部屋に閉じこもって、身を潜めることにするのだった。


 客室ではフランツと、鎧を脱いだ騎士が向かい合って座る。

 騎士は鎧を外した生身も、鍛えられた肉体がまるで鎧のように体を覆っているかのようだ。


 二人はくつろいだ様子で話し始める。


「お前たち、元気そうじゃないか?」

「お陰様で」


「他のみんなは、元気にしているか?」

「ええ、もちろんです」


 再会を心から喜び、他の人間の安否を気にするフランツ。


 そこへリーナが「失礼します」と扉を開けて、お茶を持ってくる。

 フランツが「そこまでしなくても」と申し訳なさそうに言うのだが、「あったものを勝手に使わせてもらいました」と気を利かせてお茶を差し出す。


「いつの間に副長も? このような美しい女性と、いつ結婚されたのですか?」

「おいおい、この方は、客人であってだな! 失礼だぞ!」


 こうして時折、談笑しながら、近況を話すこの関係。まるで古い友人にでも会ったかのような印象。どうやこの騎士はフランツの部下か仲間かだったのだろう。


「もう10年になるのか……私が退団して。まあ、あれから大きな戦もなく、この国も平和なのはお前たちの働きのお陰だろうな」

「それほどまででは…… 最近の我々の働きなど、護衛と見回りくらいですよ」


 と、謙遜する騎士。


「で、どうしたんだ、こんなところに? 用も無ければ来るようなところではないだろ?」

「いえ、その……最近、近辺で出没する盗賊団の討伐でこちらまで」


「噂には聞いているが、ついにここまで来るとはな」

「この先の街に、我々討伐隊の本陣を設営しまして。そういえば副長は、この村の出身だったことを思いだしまして、ご挨拶に」


「盗賊ごときに、わざわざ騎士団の本隊が?」

「はい。かなりの手練れのようでして。もう何人か被害が……」


「そうか……それは大がかりだな。ってことはクラウスも来ているってことだな

「いえ……それが……」


 クラウスという名を口に出すフランツに対し、バツが悪そうに居ずまいを正す騎士。


「あいつがいれば、問題ないだろう? 顔くらい見せてくれればいいものを。まあ、王国騎士団団長ともなると忙しいんだろうな。まあ、こんな所に来ると変な噂が立ってしまうからな」

「…………」


「どうしたんだ?」

「……副長はご存じないので?」


「ん? なにをだ?」

「クラウス団長は……退団いたしました」


「なに!?」

「もう……2年ほど前でしょうか……」


 今まで良い雰囲気だったこの場が、張り詰めた空気に変わる。

 温厚だったフランツが立ち上がり声を荒げる。


「なんでだ! あれほどの男が! なにかしでかしたのか!?」


 騎士は無言で首を振る。


「自ら団長の責務から退くと。そしてそのまま退団し……今ではどこにいるのか所在も……」


 先ほどまでにこやかな表情で会話をしていたフランツも、急に険しい顔になり、何かを考えるかのように数秒立ち尽くす。

 そして大きなため息と共に腰を下ろすと、納得いかない表情でつぶやくのだった。


「そうか……まあ、何かあったのだろう。あれほどのスキルを持っていた男が。騎士団を抜けるほどの、なにかが……」


 なんとも訳ありな話の内容と人間関係。

 そんな二人の会話を後ろで、リーナは興味深く聞いているのであった。



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双竜使いの無能乙女 夜狩仁志 @yokari-hitosi

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