第4話その2 スキル無しの王国騎士
町外れに存在する道場は、フランツという男が管理する剣術の稽古場だった。
寝床を探すリーナたちを、フランツは快く屋内に案内し、ここの施設を簡単に説明するのだった。
「ここで私は剣術の指南をしながら、子どもたちと生活を共にしてるんですよ」
「大家族なのですね」
「おそらく、先ほど覗かれていた時にお気づきだと思いますが、あの子たちにはスキルがありません。捨てられた子や、見放された子、そして多くの子が戦争孤児です」
きっと様々な経緯のある子どもたちなのだろう。それは、フランツが込み上げる感情を圧し殺すかように、淡々と話しを続ける様子からもうかがえた。
フランツの語るその言葉に、リーナも心を震えさせながら耳を傾ける。
「様々な理由でやって来た子どもたちと、私はここで暮らしているのです。どこからも支援などないですから、結局、自給自足の生活ですよ」
ここに来る途中に見た畑などは、やはりここの人たちが経営しているものだった。
世間から見放された子どもたちは、自分たちの力だけで生きていかなくてはならない。
すぐそこの町の人たちは、生糸の生産で裕福な生活を行っているというのに。同じ人間という生物にも関わらず。
この国でも、卵無しスキル無しは、冷遇されているのであった。
「他の町へ行っても、あの子たちはきっと人間以下の生活を強いられてしまうでしょう。ならばいっそのこと、ここで私たちだけで暮らしていけばと」
「そうだったのですか。とても苦労されてるのですね」
「まぁ、生きているだけでも幸せな方ですよ」
と、今まで受けてきたであろう仕打ちを感じさせないほど、フランツは笑って言い放つのだった。
「では、子どもたちを紹介します」
フランツはリーナを道場の中へと招き入れる。
中には、フランツ先生にその場で待機するようにと指示された子どもたちが、突然姿を消した先生の言いつけを守り、稽古場でおとなしく待っていた。
そこへ戻ってきたフランツ。
……と共に戻ってきたリーナを見て、
「え? 誰?」
と、誰もが同じ視線を向ける。
そんな中で、
「お姉ちゃんも、今日からここで暮らすの!」
と、堪えきれずに質問した小さな男の子を皮切りに、
「どこから来たの!?」
「新しい子!?」
「名前はー!?」
次から次へと、リーナへ質問責めする。
「おい! お前たち、違うって! 落ち着きなさい! この方は旅をしている人だよ。一晩だけ、ここで泊まるんだ!」
興奮した子どもたちを落ち着かせるフランツ。
そして静まったタイミングで、リーナはようやく自己紹介する。
「初めまして。イデリーナと言います。リーナって呼んでくださいね」
ブロンドの髪に、透き通るような肌。
美しく可憐なリーナに、年頃の男子は興奮してはしゃぎ回る。
女子はその美貌に見とれて、隣の子達と囁き合い、嘆息を漏らす。
スキル無しの自分たちを、蔑視することなく微笑みながら、その眼差しを向けるリーナは、あっという間に子どもたちの人気のもに。
しかし、それ以上に注目を浴びるものがいた。
「君たちも入ってきたらどうだい?」
フランツが道場入り口に目を向ける。
そこには赤青、長い首だけを突き出して、こちらの様子をうかがってる二匹の竜がいた。
お互い顔を見合わせた後、気だるそうに羽ばたきながらやってくると、リーナの両肩にとまるのだった。
あれほど騒いでいた子どもたちが、そのあまりの光景に息を呑んだ。
「右の青い子がアダルで、赤い子がデルマです」
リーナが本人たちの代わりに紹介する。アダルは子どもたちを睨んだまま無言で、デルマは恥ずかしそうに「よろしく」とささやくのだった。
その瞬間、
子どもたちは歓声を上げながら、リーナを取り囲んだ。
昔話や神話上で読み聞かされた、世にも珍しいドラゴンが目の前にいるのだから。
それも二匹も。
「スゲー!! ドラゴンだ!!」
「本物!!?」
「すげー!!」
「ドラゴンってホントにいるんだ!!」
「しゃべった! このドラゴン、しゃべったよ!!」
その姿を近くで見ようと、集まる子どもたち。
「ねえねえ、リーナお姉ちゃん! 触ってもいい!」
「ええ。優しくね」
その言葉を聞いた瞬間、子どもたちの手が一斉に伸びる。
二匹は無数の手によって、子猫のように撫でまわされる。
「すごい! ザラザラしてる!」
「これ見て! 牙すごいよ!」
「翼がはえてる!」
「飛べるんだーいいなー」
「おい!こら! 引っ張るなっての!!」
「ちょっと変なところ触んないでよね!」
世にも珍しいドラゴンは、子どもたちの玩具代わりにされるのだった。
たまらず二匹が、飛び上がり子どもたちから逃げ出す。
「二人とも人気者ね」
「勘弁してくれよ!」
「なんなのよ! レディーの体に気安く触って!」
こうして思わぬ来客に騒然となり、そのまま稽古は中断され、自由時間となってしまった。
その後は日が暮れるまでに洗濯物を取り込み、掃除をし、夕食の準備をするのだった。
たとえ幼い子どもでも、生きていくためには自分のことは自分でしなくてはいけない。
ゆえあってスキルがなかったとしても、子どもたち一人一人には役割や当番が与えられ、家事をこなしていかなくてはならないのだった。
しかし、家事手伝いを嫌がるものは誰一人もいなかった。
むしろ、みんな生き生きとしていたのだった。
畑を耕すもの、洗濯するもの、掃除するもの、食事の準備をする者
リーナも手伝おうとするのだが、やることなすこと全てをアダルとデルマに止められる。
「私もお食事の準備を……」
「リーナは客人なんだから、おとなしくしておけって」
「そうはいきませんって。お世話になっている身なのだから、少しくらいはお手伝いを……」
「リーナ様、ここは子どもたちの自立を促す場所。下手に手助けしない方がいいと思いますよ」
「そう? そういうことなら……」
(あぶねーあぶねー)
(よかったわ……)
故郷を旅だって何度か野営し、リーナの食事を二匹は食べてはいたが、彼女の作る料理は料理とは呼べず、ただの糧にすぎなかった。
リーナの料理は殺人的な不味さなのだった。料理に限らず、家事全般はまったく才能の無い人間なのだった。
今晩は子どもたちの活躍により、客人を招いた豪華な夕食会が開かれ、久しぶりにリーナたちは暖かく美味しい料理を口にすることが出来たのだった。
普段は野外での食事。宿に泊まれても、他の宿泊客とは隔離され、飲食店へ入ってもスキル無しはトイレ近くの薄暗い客席に案内され。提供されるものも、腐りかけた廃棄寸前の食材を使った粗末な料理。
そんな仕打ちを受け続けるリーナたちは、久しぶりに大勢に囲まれて一緒に食事をし、談笑しあえる空間を共有することが出来たのだった。
リーナの心には、かつて感じた家族団欒の暖かさを受け止めていた。
周囲から迫害され差別されている子どもたちも、ここでは笑って過ごせる。そんな場所なのだった。
これも全てフランツという男だからこそ、成しえたことなのだろう。
食事も終わり、食器の片付けをそつなくこなす子どもたち。
リーナもその手伝いをしようと立ち上がるも、デルマに止められる。
「リーナ様、食器を割ったら困りますので、ここでゆっくりしてください」
「……そう?」
アダルはみっともなく大きくなった腹を上にして、仰向けになって寝転がる。
「ふぅー 久しぶりにちゃんとした飯食えたぜー」
「本当に美味しかったわね。みんな料理、上手だったわ」
テキパキと片づけ掃除をこなしていく子どもたちを、その場で微笑ましく眺めているリーナ。
そこへフランツがやってくる。
「リーナさん」
「今日は素晴らしいご馳走、ありがとうございました」
「リーナさんたちは、私の寝室を使ってください」
「それではフランツさんの寝る場所は……?」
「私のことは大丈夫です。それに夜は……」
「夜は?」
そう言いかけて口を閉ざし、話題を変える。
「それよりもリーナさん。どうですか? 一晩と言わずに、しばらく滞在されては? 子どもたちも喜ぶでしょう」
「ご厚意はありがたいのですが、あまり迷惑をかけるわけには」
「最近、この辺りも物騒ですので。女性の一人旅というのは……」
それは最近出没する盗賊団のこと心配したのであった。リーナが襲われたりでもしたらという、フランツの気遣いであった。
「リーナ様、せっかくですから? アダルもそう思うでしょ?」
デルマはフランツの好意に甘えるように提案し、横で寝ているアダルにも賛同を求める。
「……ん? あ? ああ。美味い飯、食えるしな!」
「もし急ぎの用が無いようでしたら、どうぞ、何もないような所ですが?」
「ご好意はありがたいのですが……先を急ぐこともないのですが、報酬も金銭的な余裕がありませんので……」
「そんなものはいりませんよ。子どもたちも懐いてますので。一緒にいてくれるだけでも助かります」
「そうですか? 私もみんなと過ごすのは楽しいです。そうしましたら……」
こうしてリーナ一行は、しばらくここで子どもたちと寝食を共にするのだった。
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