第4話その1 スキル無しの王国騎士

「あんたの泊まれるような場所は無いよ」


 腰の曲がった高齢の女性に、愛想なく断られる。


「そうですか、ありがとうございました」


 大きなバックパックを背負い、フード付きのコートを身にまとったリーナは、頭を下げるとその場をあとにした。


 ここは街道沿いの繁栄した宿場町……


 ……ではなく、少し山中に潜り込んだ自然豊かな町。

 そう表現すれば聞えはよいが、要するに都から離れた田舎町であった。


 旅人が来るような場所ではないので、宿屋やホテルというものは殆ど無い。

 そんな町に迷い込んだリーナは、泊まれる場所を探し民家を尋ね歩くも、ことごとく断られるのだった。

 このような閉鎖的な町では、部外者には冷淡だった。

 ましてや旅人、しかもスキル無し。

 住民の拒否感は強く、泊まれる場所どころか、この町から出て行けと言わんばかりの態度で、罵倒され、罵られ、侮蔑され続けていた。


「リーナが道を間違えるから!」


 バックパックから青い首だけを出して、リーナの耳元で愚痴るのはアデル。


「あなただって! 途中、鹿なんか食べようとして追いかけるから!」


 大人しくバックパックの中で身を潜めている赤い竜のデルマは、逆にアダルを𠮟りつける。


 リーナたちは道に迷ってしまい、予定外のルートを通ってきたのだった。

 そのため当初は立ち寄る予定のない、この町にやって来ていたのだ。


「もうすぐ日が暮れちゃうから、なるべくこの町で休みたいけど……」


 リーナは珍しく焦っていた。


 宿に泊まれなかったことは初めてではない。その度に野営したりして過ごしていたので、慣れてはいたのだが……


 今回は事情が違った。

 旅の道中で、すれ違った商人の一行から忠告を受けていたのだった。

「最近、この辺にも盗賊団が出没するようだ。気をつけた方がいい」と。


 この国は平和そうに見えて、近年では旅人や村を集団で襲ったりする事件が増えているとのこと。

 事態を重く見た王国も、直属の騎士団を派遣するという事態にまでなっていたのだった。


「このままですと、野営ですかね」

「襲われたらどうすんだよ!」


「アダルに助けてもらいます」

「じゃあ、俺はいつ休めばいいんだよ!」


 こんな状況下でも、いまいち深刻さの足りないリーナ。

 そんな様子に、デルマも心配する。


「なんでこんな立派な屋敷が建ち並んでるのに、誰も泊めてくれないの? ほんと、人間って我がままで低俗ね。スキルがないだけで他人を見下して……あっ、リーナ様は別です」


「この際、俺たちが出て行って脅せば、食い物の一つや二つはくれるんじゃねーか?」

「ダメよそんなことしたら! 盗賊と変わらないじゃないの!」


 デルマが不思議に思うのも無理はなく、この町の家は、敷地内に倉庫と思わしき建物が多く並んでいるのだった。

 町の規模に反して家屋も大きく、軒数も多い。

 人一人が泊まれる場所はいくらでもありそうなのだ。


 そんな広い邸宅を横目に、素通りしていくリーナは二匹に話す。


「この町は養蚕ようさんが盛んみたいね」

「なに養蚕って?」


「カイコを育てるの。カイコは蛾で、幼虫がサナギになる時に繭になるんだけど、その糸がシルクになるのよ」

「シルク!? ドレス!」


 デルマは、シルクという言葉に反応して目を輝かせる。

 しかしアダルにとっては、たいして興味の湧かないものだった。


「その幼虫って、旨いのか?」

「さぁ……食べたことないから……どうでしょう?」


 ここは、カイコを飼うために家が広く、シルクを保管するのに倉庫が必要なので、このような町並みとなったのだ。


「なるほどね、シルクのお陰なのね! 山奥の町にしては繁栄しているわけだわ」

「それはいいけど、寝る場所と飯!」


 その後もリーナは、せめて横になれる場所を求めたが、誰も首を縦に振ることはなかった。


 しかしその中で一人の男性老人が、

「町はずれにある道場に行けば、何とかしてくれるだろう」

 と助言をくれた。


「リーナ様。なんで町外れに道場なんかあるんですかね」

「そうね……」


 きっと、スキルや能力の無い者たちが集まる施設……

 なのだろうと、リーナは想像していた。


 リーナは勧められた通り、一度町を出て道場のある場所へと向かう。


 林を抜け、小川を渡ると、野菜が実った畑が目に入ってくる。

 その隣には柵が設けてあり、中にはニワトリや豚などの家畜が放たれていた。

 手入れのゆきとどいた畑から、近くに人が住んでいるのは容易に想像できた。

 おそらく老人が言った道場とは、この辺に違いない。


「おいあれ! その豚肉、分けてもらえねーかな!?」

「やめなさいって、それこそ盗賊と同じでしょ」


 こうしてリーナ達は、村から忘れ去られたかのように、森の中に一棟ひっそりと存在している道場を見つける。


 庭には大量の洗濯物が干され、木漏れ日の光を一身に受け止めていた。

 道場の中から数人の子どもたちの掛け声が、ここからでも聞こえることができた。

 どうやら大所帯のようだ。


 子どもたちの元気のよい声を聞いたリーナは無性に嬉しくなり、挨拶も後回しでこっそり敷地内に忍び寄り、窓から中の様子を覗き込む。

 板張りの床の上では、十数人の子どもたちが整列し、掛け声とともに木刀を素振りしていた。

 上は15歳ほどから下は6歳ほどの幼児まで、男女混ざり一緒になり、熱心に稽古をしているのだった。

 そして一人の男性が、子どもたちの正面に立って剣術を指導していた。きっとこの施設の責任者で、師範なのだろう。


 窓から顔を外すと、その場にしゃがみ込むリーナ。

 二匹もたまらず飛び出す。


「どうやらここは、剣術の道場みたいね」

「リーナ様? ここなら泊めてくれるかもよ?」

「さっきの野菜とかって、ここのやつらの? 食えるかな?」


 自分たちが泊まれるだけのスペースと食料がありそうなことに、今回こそは泊まれる?と期待をしてしまうリーナたち。



「どうかされましたか?」


「「「え?!」」」



 仲良く相談しているリーナたちの目の前に、先ほど道場内で目にしたあの男性が、こちらを眺めながら立っていた。


 いつの間に!?


 あまりの突然の出来事に驚き飛び退くリーナ。


 男はそのまま、敵意の無い笑みを浮かべながらたたずんでいた。


 中年と思わしき男は背が高く細身ではあったが、筋肉が浮き出て引き締まった体であることは、その着ている半袖の服の上からもはっきりと分かった。

 右手には木刀を携え、それを握る腕の筋肉は山よりも高く、谷よりも深かく刻まれていた。


 誰一人、この男が近づいてきた気配に、まったく気付かなかった。

 一瞬目を離した間に、瞬間移動の魔法でも使ったのかと思えるくらいの動きに、驚愕する。

 二匹の竜も隠れる暇もなく、ただ唖然として宙を浮いていた。


「ごめんなさい。勝手に入ってしまって。私はイデリーナと申します」


 我に返ったリーナが、慌てて名乗る。


「ほお、これは……珍しい客人だ。

 可愛らしくお嬢さんに……

 しかもドラゴンが二匹!?」


 と、男は首をかしげる。

 どうやらリーナよりも、二匹の竜に興味が向いたようだ。

 二匹は身構えるが、それをリーナが止める。


 この男からは敵意は感じられない。

 そもそも、その気になればリーナたちは既に倒されてる。

 覗き見していたリーナたちの気配をいち早く察知し、そして気付かれずに背後に忍び寄る。

 気配を消してここまで一瞬で来るとは、かなりの手練れだ。

 下手に抵抗しても無意味だった。


 そんな人間離れした能力を見せながら、男からは殺気は感じられず、その気の抜けたような笑顔からは、むしろ人畜無害な無能臭さえ漂わせている。

 更に驚くべきことには、ここまでの身体能力を見せつけながら、男には守護精が、

 ……スキルを持ち合わせていなかったのだ。


 この男の全身どこを見ても、スキルらしき守護精は見受けられない。


 男もリーナを見て、危害を加えるような輩ではないことを瞬時に悟った。

 それと同時に、この少女もスキル無しということも見抜いた。

 さらにこの二匹の竜が身構えることを、リーナが制止させたことから、二匹はこの少女の従者であり、命令を無視して襲いかかることはないだろうとも判断した。


「あなたは……この辺りの人ではないですね?」

「はい。私たちは旅をしている者です」


 お互い警戒心を解いた、穏やかな口調で言葉を交わす。


「町の人から、今晩泊まれる場所を探しておりましたら、こちらを案内されたもので」

「……なるほど」


 スキル無しの得体の知れない少女を、あの町の者が泊めるはずもない。

 一人納得する男は、今晩泊めてもらいたいというリーナの頼みに「いいですよ」と簡単に笑顔で返す。

 そして男は「私はフランツ。この剣術道場を営んでる者です」と名乗った。

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