私の太陽
三生七生(みみななみ)
第1話 偶然
私はこのセリフを、色々な恋愛ドラマや恋愛小説で幾度となく見て、聞いてきた。
なんとなくわかっているようで、おそらくピンときてはいなかった。
でも、あなたに会って初めて、眩しくて大きくて、私のいのちの根拠を示す存在というものを知った。
このセリフが、様々な作品の中で使われている理由がやっとわかった。
“あなたは、私の太陽だった”
*
『今日は来てくれてありがとな!最高の思い出になったで~!』
「紗凪(さな)さぁ…このライブDVD、何回見てんの?擦り切れちゃうよ」
テレビの映像に釘付けになっている私に、妹の玲衣(れい)が後ろからため息交じりにつぶやく。
「いいの!あんただってアニメ何回も何回も見てるでしょ」
「私はY-NEXTで見てるから擦り切れないもんね~」
「屁理屈」
私だって、まさか現実の男性アイドルにここまでお熱になるとは思ってもいなかった。しかもゴリゴリの関西弁グループ。
本当にたまたまふと、大学の帰り道に最寄り駅で「男性アイドルの新星『アルバ』 デビュー決定!」の看板を見た。それまでは『アルバ』なんてグループ聞いたこともなかったし、メンバーも5人ほどいるが誰一人として知らなかった。そもそも、そこまで芸能人にすら興味がなかった。
だのに、なぜか気になってしまった。おそらく、デビューということで他の媒体でもたくさん知らない間にアルバを見てきて単純接触効果で好感度が増しただけだったんだろう。きっと最初はそうだったに違いない。
しかし、ふとした興味で見たMVに、とても気になる人がいた。
顔がめちゃくちゃタイプだったわけではない。身長も成人男性の平均より少し低いくらいだ。
それでも、私は魅せられた。彼の表情に、歌声に、ダンスに、立ち振る舞いに、そのすべてに。彼はいつも笑顔で、誰の発言でも絶対に拾い、フォローを入れる。たまに天然で意味のわからないことを言うこともあるが、それも彼の愛くるしいところだ。彼によって世界が明るく照らされるのがわかった。
彼は、私の太陽だった。
彼の名前は九城杏汰(くしろ きょうた)くん。一瞬で私の推しになってしまった。
気がついたら私はアルバのファンクラブに入り、杏くんが出てる番組をすべて録画し、デビュー前のDVDを購入し、彼の情報はすべて収集するようにした。ファンどころか、もはやオタクの境地である。
「九城くんラブなのはわかるけどさ、現実見なよ。相手はアイドルだよ?全国ツアーもやるような。あくまでいちファンなんだから、熱愛出て誹謗中傷するとかやめてね」
「そんなことしないよ!…杏くんに熱愛出たら首くくるけど」
「・・・」
玲衣はまたしても呆れた顔をして、私の隣のソファにどかっと座り、私がDVDに夢中でほとんど手をつけていないポップコーンを勝手に頬張った。
「でも紗凪、こんなに好きなのにこの間アルバのライブ外れたんでしょ?ていうか、まだアルバのライブ1回も行ったことないよね?」
痛いとこを突くなこの妹は。
「遠征覚悟でほぼ全公演応募したのに全部落選したよ。せっかく最近その傷回復してきたのに、抉らないでくれない?」
「ごめんごめん。私の推しは2次元だから、ライブ落選のショックがあんまり理解できないんだよ」
「まあ私がファンになって応募したのは今回が初めてだから。来年こそは当ててみせるよ」
そんな簡単に当たるなら苦労しないよ、と玲衣は私のオレンジジュースまで飲み始める。
玲衣がリビングにいたらDVDに集中できない。ちょうどオーラス公演の映像が終わってキリがいいし、2枚目のディスクに収録されているMC集はうるさい玲衣がいないときにでもじっくり見るとするか。
DVDプレーヤーのリモコンを操作し、画面を地上波テレビに切り替える。
『ハンカチを落とした人に声をかけたら、まさかの私の大好きな推しで__!?
偶然から始まる2人の恋の行方は__!?』
今度月9で放送されるドラマの予告が流れる。最近話題の若手俳優が出演しているやつだ。
「いいなあ、偶然推しに会ってそこから恋が始まるなんて!私もどこかで杏くんに会えないかなあ…」
「それ、ライブ当てるより確率低いと思うけど」
*
「あーあ、ライブ当たると思ってたんだけどなあ」
新幹線の中で1人、ふとぼやいてしまった。
そう、私はとても用意周到なのでライブが当たったことを考えて新幹線とホテルまで予約してしまっていたのだ。
私が今向かっているのは福井県。大阪や名古屋の会場はさすがに当選してからホテル等を予約しようかと思ったが、福井に関しては今年の春に北陸新幹線が開通したばかりで、初夏に差し掛かるこの時期も開通した新幹線に乗ろうという人気は絶えない。福井公演はツアーの前半でやるということもあり、下手したら公演当日や前日に新幹線が取れない可能性もあると考えた私は、当落が出るより前に新幹線の予約をしてしまったのだ。なんて用意周到なんだ。結果見事外れたが。
当落発表の時点で新幹線もホテルもキャンセル料がかからなかったのでキャンセルしようかとも思ったが、福井旅行を楽しみにしていたということもあったため今回は観光目的で福井を訪れることを計画した。
東京駅から福井駅まで乗り換えなしで約3時間。先ほど富山駅を過ぎたところだから、あと1時間もしないうちに福井駅に到着するだろう。福井といえば東尋坊、越前がに、恐竜博物館などがメジャーどころだが、残念ながら今回は東尋坊も越前も勝山も車がない私にとって足を運ぶのは難しい。今回はもともとサンドーム福井の最終夜公演に参戦する予定だったので、福井市~鯖江市を中心に観光地を巡ることにする。鯖江市は福井といえばでおなじみのめがねミュージアムもあるので、楽しみだ。
窓の外に見える山の光景に慣れてきた頃、福井駅に到着するアナウンスが流れた。
身支度を整え、降りる準備をする。
「ライブは外れちゃったけど、福井観光楽しむぞ~!」
*
1人旅は初めてだったが、あっという間に時間が過ぎた。
9時頃に東京駅を出発したので、12時頃には福井駅に到着した。福井駅のコインロッカーに荷物を預け、ショルダーバッグのみを提げた私は福井駅周辺で恐竜広場を見たり、カツ丼や羽二重餅を食べたり、福井城跡を観光したりした。そうしている間に、時計の針は15時過ぎを示していた。
「そろそろ鯖江のほうに行こうかな…」
福井駅から鯖江駅までは電車で15分。鯖江駅の近くにはめがねミュージアムがあるので、そこに行くのが目的だ。
しかし、私が今日ここに来た意味を考えてほしい。私が今日福井に来たのは、落選したとはいえライブがあるからだ。私がいなくてもライブ自体は開催される。ということは、会場付近まで行けば今日参戦する他のファンの子たちを見ることができるかもしれない。アルバのライブには行ったことがないので、その子たちの装いやうちわを見てぜひ来年の参考にしたい。今日のライブの開場時刻は15時半で、開演が16時半。今からサンドーム福井まで行けばちょうどよく他のファンを見ることができる。めがねミュージアムは17時まで営業しているので、会場の様子を見学してから向かうことにしよう。
*
地方のライブ会場だからなのかはわからないが、最寄り駅から遠い。鯖江駅からサンドーム福井までは徒歩でおよそ20分。初夏に歩くには結構な距離だ。
しかし、そこまでかけて来た甲斐があった。みんなアルバの推しのメンバーカラーの服やグッズを身につけていたり、各々の要望が書かれたうちわを持参していた。なるほど、黒地のうちわに蛍光色の文字を書けばいいのねふむふむ…。
15時半を過ぎたからか、列が一斉に動き出す。みんないいなあ、これからアルバのみんなや杏くんに会えるんだ…うらやましいな。
悔しい気持ちを押し殺し、私はめがねミュージアムへの道をGoogleマップで調べた。…ここから徒歩30分!?
やれやれ、また歩くのか。
*
めがねミュージアム自体は17時までだったが、併設されているめがねSHOPは19時までということで、しばらくそちらのほうも見学していたため時刻は18時。そろそろホテルに戻ってもいい頃だと思ったが、私はさっきGoogleマップを見ているときにあるものを発見してしまった。それは、近くにある墓園だ。不謹慎なのは百も承知だが、私はこういった怖い場所に1人で行くのが嫌いじゃない。旅先ならなおさらだ。
ちょっとだけ覗いてから帰ろう。
*
と思って歩くこと1時間…いや、もう少しは歩いただろうか。いくら初夏といえど日はもう既に落ちてしまった。今自分が歩いている道もさっきからずっと変わらない、言ってしまえば田舎道で進んでいるのか戻っているのかもわからない。街灯も頼りなく数メートルおきに点在している。Googleマップを見ても近くに山や林が多いせいか、うまく位置情報を示してくれない。
もしかして私…迷った?もはや肝試しなどと言っていられなくなった。一刻も早くホテルに帰らなければ。
その気になれば民家なんてたくさんあるからと、先ほどまで無視していた民家がもうなくなってしまった。訪ねる家も尋ねる人もいない。
どこかでまだ冷静な私は、逸れた小道へと入った。こういうときはなぜだかここだという方向に根拠もなく行きたくなる。
ふと、人の気配を感じた。本当にふと、だ。1~2時間近く1人で歩き続けたためか、人の気配に敏感になっていたのかもしれない。
ただ、それを脇の林から感じたことだけが違和感だった。冷静に考えれば林の中にいる人なんてマトモでないことなど考えなくてもわかるのに。そのときは帰りたいという気持ちから、恐る恐るではあるが林の中に足を踏み入れた。ほとんど暗闇に近いその林は昼間であればギリギリ向こう側の景色が見えるような、そこまで大きくもなく、木や竹が密集しすぎている地でもなかった。
そんな場所でも、そこまで距離が近くなくても、目が暗闇に慣れて見えてしまった。なにかが。風通しが悪く、蒸した空気の、湿った地面に横たわったなにかが。人の形のような、ナニカが。
それが何であるかを理解するのに、そう時間はかからなかった。
声なんか出なかった。出せなかった。
その横たわるなにかの横に、またひとり、人がいたからだ。
声を出せば、あの人物に殺される。そう思った。梅雨が明けてすぐだったので、地面の草木や枝は濡れて私の足音にその人物は気づいていないようだった。
あの人の顔だけでも見なきゃ。顔を見たら、すぐ逃げるんだ。そして警察に通報して、ここであった出来事を話して犯人を捕まえてもらうんだ。
⭐︎横たわる、“ヒトであったもの”からゆっくりと視線をずらし、立ち尽くす人物の足元に目をやる。その人物は遺体のほうを向いているため、私からは横顔のみ認識できそうだ。ナイキの黒いスニーカー、黒いジャージ素材のズボン。こういった情報も犯人捜索時に役に立つと思い、じっくりと記憶に残すよう足元から徐々に上半身へ目をやる。
着ているTシャツはズボンと比べて若干明るい色合いのため、おそらく紺色のものと推測する。さあ、あとは顔を見るだけだ。顔を見たらすぐ引き返すんだ。
「…え」
遺体を見つけても、その横に犯人らしき人がいても出さなかった声がふと、漏れた。
漏れた声は、止まらなかった。
「杏、くん……?」
ひとつ、間があいて杏くんと思しき人がこちらをゆっくりと振り返る。
その頬には、涙が一筋流れていた。
「なあ、俺…どうしたらええと思う…?」
つづく
私の太陽 三生七生(みみななみ) @miminanami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。私の太陽の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます