第三十一話『私は、じゃじゃ馬な自分も好きなんだ』
ジェスに言われた通りの砦へと空を駆けながら、周りを見渡しても行軍らしきものが無く、私は安心しながらも、この国の三人の王子の事を考えていた。
『レイジニア』の記憶に残っているのは三人で、実際にレイジニアと会っているのが一人。
そうして、三人のうち二人がボンクラ王子だという事が、何となくレイジニアの記憶の端に残っていた。
最初のうちは、私がウェヌと出会う前に、もう既に出会っていた王子は第一王子だとばかり思っていたのだ。勿論その時はウェヌの禁呪の事も知らなければ、国絡みで禁呪の話になっているなんてことも知らなかった。とにかくフラグをどう折るかとしか考えていなかったのだ。
そうして私が会ったであろう第三王子アシャーは明らかなボンクラ枠、おそらくは悪役令嬢としてのレイジニアとタッグを組んでウェヌ達を邪魔する役割だったはずだろう。
ならばウェヌのフラグ相手であるアポロ王子か、第一王子であるオリヴァー王子のどちらかがボンクラであるという事になる。けれどハッキリ言って私であれ、レイジニアであれそんな事は興味が無かったせいか。会うまではどちらがボンクラかはハッキリしない。
ただ、これまでの傾向から言えば、ブラウンは置いておくとしても、ジェスもノア先生もしっかり者だ。毛色を変えるという意味でももしかするとアポロ王子は少しボンクラ……というより抜けている所があるのかもしれない。とはいえそのままなわけもなく、どうにかなってもらわないと困るのだけれど。
そう思いながら、ウェヌ達がいるであろう砦へと降り立つ。丁度ジェスが見張りに出ていたようで、少し遠目に、足音を鳴らして降り、彼の注意を引いてから姿隠しの魔法を解くと、足音を鳴らした瞬間からピリリと走っていた緊張の後、ふと彼の肩の力が抜けたようで、厳しい瞳が温和な笑みに変わった。
「おかえりになられましたか、ニア殿」
「ええ、何とかね……。そっちの守備はどう? 上手くやれてる? ……まぁ必要以上に上手くやられても困るのだけれど」
ノア先生にはどうしてか敬語を使ってしまうのだけれど、何故かジェスには気安い言葉が出る。それは出会いの印象からなのかもしれない。
私の言葉を聞いて、ジェスは小さく溜息をついた。
「王子がですね……その……」
「あぁー……まぁ見てみるわね。貴方も少し休みなさい? 少なくとも街の方面からこちらに向かってくる軍隊はいなかったわよ。個人で攻めてくるなら別として」
「それは助かります。では私も一度中に戻りましょう。この拠点はアポロ王子に近しい人間で固めてあるので、衛兵に変わらせます」
ジェスは二人の衛兵を呼び出し、私の事を紹介すると同時に状況を伝え、砦の奥へと私を案内する。
「用事はお済みになったのですか?」
「えぇ、とりあえずマイロの禁呪対策の方は、ね」
フォスフォレッセンスの花びらが詰まった袋の中を見せると、ジェスは不思議そうにその中を覗いてから、少し首を傾げ、どうやら私の噂を思い出してピンと来たのか。一人で得心している。
「とりあえず挨拶代わりにお茶会かしらね……」
「そうなればいいのですが……」
困り顔のジェスに連れられ、砦の中心部に付くと、そこには頭が痛くなるような光景が広がっていた。
少し長い茶髪を後ろ一本でまとめた、狐目で長身の男が涼しい顔で立っている。おそらくは彼がアポロ王子だろう。だけれどその手には剣が握られている。
そうして対面には、アポロ王子の剣の先をじっと睨むようにクロが両手で短剣を握りしめていた。
クロの後ろにはおどおどとしたウェヌの姿。
そうしてブラウンが壁に背を付き、その様子を冷たい視線で眺めている。
――あのブラウンが呆れる状況って、何?
そうして私は困惑し、ジェスは大きく溜息を吐いた。
「王子、クロ殿。その、味方同士で武器を突きつけ合うなど、以ての外でしょう……」
「だがジェスよ。こやつがどかねば我は娘と話せぬのだ」
なんと、我と来たか……そうしてウェヌを『娘』と来たか……と頭を抱えそうになった。此処に来てボンクラの相手は御免だと思っていたけれど、ボンクラというよりもこれは、変わり者の類かもしれない。
ウェヌは動揺の真っ最中のようで、まだこちらに目は向いていない。
ブラウンは、遠目に私を見て、安心したような顔をして軽く笑って見せた。
「えぇっと……アポロ王子?」
「ん? なんだ、お前が噂の画策好きの女か」
間違ってはいないけれど、どういう思考回路でこういう言葉選びになるのだろう。
「……ええ、ニアとお呼びください。ところで一体何を……」
この会話でやっとウェヌが私に気づき、私の後ろに身体を移す。と同時にアポロ王子の剣は私に向けられた。
「何、兄上に娶られるだのと聞いたのでな。ならば我の嫁になり庇護すれば何の問題も無かろう。何、知らぬ仲では無い。丁度我も娘を探していた所ではあったのだ」
つまりは、この王子はもう既にウェヌと会った瞬間にしっかりフラグが立っちゃったというわけだ。だからこそ、他のフラグを潰していった結果。彼のルートに準じた話のように動かされているのかもしれない。
――ただし、王子とウェヌのフラグは、成立しない。
何故ならば、この状態はおそらく限界状況、フラグ云々の機能が働いているかもわからないけれど、ナーナーに終わる気配もなく、何かしらを成し遂げなければならない、問題がある状況に陥っているのだ。
だけれど、それに準ずるヒーローが存在していない。
本来ならば、ゲームのプレイヤーが操るところのウェヌという主人公が、アポロ王子との何度もの邂逅を経て、この段階に達するのだろうけれど、幸い私達はそのような事をフラグ潰しと一緒につるみ続けるという事で回避していたというわけだ。
世界が敷いたレールを選ぶだけならば、この状態でウェヌは、悪役令嬢レイジニア・ブランディの襲来により、王子のマントの裾にしがみついていたのかもしれない。
ただ私が私として存在しているこの世界では、そんな事は起こらない。
つまり、時間経過によって、王子のフラグはもう既に消えていたというのが、ウェヌの怯えようから見て取れた。身分の差、態度の大きさ、そうして気の強さ。明らかにウェヌとは相性が悪そうだ。おそらく大変なシナリオなのだろうなと思う自分が、少し嫌だった。
「だがその娘、名すら名乗らぬ。それにこの猫がちょこまかと邪魔をしおる。ニアと言ったか、お主の従者ならば、我の眼前でよもや剣を取り立ちふさがるという行為に、どんな意味があるか分かるであろう? なあ、御主人様よ。お主がもう少し早く来なければ斬り捨てられていた所だ」
――少し、イラッとした。
ボンクラにも色々ある。これは、我儘系だろうか。ひたすらに偉ぶっている。見るからに顔とその体躯以外に良いところが見当たらない。顔の出来はそりゃあ誰よりも整ってはいるけれど、流石にウェヌが怯えているという認識も無ければ、私の従者を斬り捨てるなんて事を吐き散らかす始末。
そりゃあ、ジェスは部下だから何も言いようが無いだろう。だからこそ困り果てている。
それに、ブラウンだって何が出来る訳ではないし、その自信から見るに、剣術の腕は確かなのだろうと思った。いつのまにか、アポロ王子の剣先がクロから私に動けど、その移動にブレが無い。
なんせ、その剣先の移動で、私の首が飛んだだろう。そのくらいの正確さと力強さで、剣を動かしていた。
だからこそ、彼が今、私を殺そうとするなら私に抗う術は無いだろう。なんせどのくらいの時間かは分からないにせよ、クロ相手で均衡状態だったのだから。
「クロ、大丈夫?」
小声で聞くと、クロは自信ありげに頷いた。それでも、私の喉元に剣先が向かった瞬間から、その目は剣を持つ王子の手から寸分も動いていない。
「だいじょーぶだよニア様。コイツは言ってるだけだから」
彼女も彼女で、どういう自信があってそんな事をいうのかは分からなかったけれど、王子がこちらを危険に合わせるという事は無いと、クロは決めてかかっているようだった。
「でも、ムカつくな……」
王子に聞こえそうになったクロの声を掻き消すように、私は咳払いをする。
「こほん……ジェス、よろしくて?」
口調を変えて、あえて威圧的に彼に許可を仰いだ。
ジェスもまた何とも言えない顔をしながら、王子が私を狙って一撃を撃っても防げる位置へと動き、頷く。
「まずは初対面で非常に言い出しにくいのですが……王子、状況は鬼気迫っております。このような事をしている場合では、無いかと」
「ふむ、我のする事よりも重要な事があると。お主は言いたいわけだな、余程の理由と見える。言ってみろ」
今までの簡単な状況説明と、私の経緯や、世界についての状態。
そうして、現在私達は国賊として指名手配される一歩手前にいるであろうことを説明する。
「言わんとする事は分かる、だが我のする事よりも重要な事かと言われると、些か疑問だ。その娘を我が娶れば状況は一変するであろう? だがその娘が協力を申し出ない事には何の進展も無い」
要はこの王子、一目惚れか何かをしたのだろうか。言う事は自分の目的ばかりで要はウェヌと話したいとダダをこねているだけだ。
「ですので、まずはその剣を下ろしていだたけると。王城では、女性を口説く時に剣を突きつけるのがマナーなのかしら?」
「……ほう、見た通りのじゃじゃ馬と見える、今すぐにその首落とされたいか?」
王子がこれでもかというほどに匂わせてくる一触即発の空気に、ジェスの足が小さく動き、手がそっと剣の鞘に手を当てているのが見えた。万が一の時には彼が飛び込んできてくれるのだろう。話だけで考えれば彼の方が余程分かってくれる。状況判断も正しく、心強い。
だけれど、それよりも前に、私の大事な従者である友人、クロがスッと私の横に立っていた。その目はさっき小声で話していた時のような少し呆けた感じでは無く、純粋にその先の戦闘を見出しているような鋭い目だった。
「ニア様。少し、下がって。コイツ、ちょっとだけ危ないかも」
「いいえクロ、大丈夫よ。彼が此処で私の首を落とすような男であれば、どの道この先にまともな未来は無い。それに、少なくとも私に少しでも手傷を負わせたのならば、貴方の言う『娘』とやらは死んでも貴方と口を利かないでしょうね。そうよね?」
私はあえてウェヌの名前を呼ばずに、私の服の裾を掴んでいるウェヌに頷かせる。
「それに、貴方が舐めてくれた私の従者も同じ。ただ、貴方に捌ききれるような相手かは……どうでしょうね? 試してみる?」
明らかに王子の顔がひきつるのが分かる。今やっている事は、唐突に降ってきた七面倒臭いフラグのプライドを叩き折るという行為だ。もう届かないフラグに、慈悲をかけている時間は無い。
久々に、王道らしい悪役令嬢らしさを思い出す。
私はジェスに軽く目配せすると、彼はほんの小さく頷く。
「珍しく父上に余暇を言い渡されたかと思えば、どうも血なまぐさい話になったな。では小童、一戦交えてやろうか?」
アポロ王子の剣先がゆっくりとクロの方へと向く。
一点して、クロの顔は飄々としたものへと変わる。よく見ているとコロコロと、彼女の中で何かのラインがあるのだろうか。しかし、その握る二本の短剣には力が入っているように見えた、彼女なりに緊張しているのかもしれない。
そんな彼女に、とりあえず私はそっと耳打ちする。
「大丈夫。ただこちらにも向こうにも傷は無し。その短剣に硬化のエンチャントしてあげるから、あのご立派な剣だけ……ね?」
「うぇー……手加減しなきゃ駄目なのかー……」
笑って見せるクロも、少し調子に乗った発言だと気づいていたのか、苦笑混じりだった。
「従者だけに出張らせるのも、ね。王子、私もその決闘、参加しても?」
少し驚いた表情のクロと、目を見開くジェス。
そうして、いつのまにか私の後ろに来ていて裾をぎゅっと握るウェヌと、向こう側で笑いをこらえているブラウン。
であれば、後はこの王子の呪縛を解いてあげたなら、私の第一目標は終わりだ。
彼が向ける剣は、自信の現れ。
彼が放つ言葉の刃は、無自覚な虚栄。
彼が縛られているのは、説明できないフラグの呪い。
「ふん、出来た主人だな。だが手加減は出来んぞ」
力量を確実に見出す術は無いものの、この場をクロにばかり任せるわけにはいかない。
だからこそ私も、クソッタレのブランディ家秘蔵の宝剣を手に取る。
ブラウンにも負けた私。
だけれど、それは魔法を使わないハンデがあったから。
――だから、今なら分からない。
そろそろ本気くらい、出したっていいはずだ。
「ジェスはどうする? 主様の援護は?」
宝剣の鞘を放り投げた私に向かって、ジェスは溜息混じりにその鞘を拾う。
「私は審判に徹します。王子もそれでよろしいですね?」
「構わん、小童が二人に増えただけよ」
未だに虎は吠え続ける。けれどそこに、本当の怒りは存在しない。
――私は、イライラしていた。
まず、切羽詰まる状況にタダを捏ねるフラグがいた事。
ウェヌを『娘』と呼び、クロを『小童』なんて呼んだ事。
そうして、身体こそ若くても、久々の徹夜をした事。
素晴らしい顔と、そうして剣の才能か、はたまた努力か、分からないものの恵まれた環境にいながら、権力というただ一つの汚点で濁った彼の事。
――目の前にいるのが居丈高の虎であるならば、私は怒髪天を突く龍でありたい。
「おし! やるか! 折ってくる!」
クロの短刀に、硬化のエンチャントをかける。
これで王子の剣がいくら高級であっても、王家の宝刀とでも言わんかぎりは直に肩が付くだろう。
「ウェヌ、あなたの得意なエンチャントを、私の足にお願い」
彼女もまた、裾を掴むような存在であっちゃいけない。前に出るのは私達がやろう。
お膳立ては私達がしよう。だけれど彼女もまた、力であるべきなのだ。
足に感じる、私が普段使うよりもより魔力が込められた速度のエンチャント魔法を感じながら。
私という怒れる龍は、飛んだ。
おそらく、これが最後のフラグ。
皮肉な事に、剣のように硬いけれど、それを折る為の力は、私にもクロにも、彼女にもある。
私が飛んだ事で視線が上がった王子は、私より先に飛び出したクロの短刀片方を自身の直剣の下にスーッと沿わせるように合わせられ。
上へと弾かれた。
それが、剣折り。鉄のフラグを折る戦いの始まりの合図。
流石自信気に剣を持つだけあって、意識が私の方へ行っていたとしても、クロ上弾きの剣戟は王子の剣先は少し上へと動かす程度。
――だけれどクロは、剣を上へと撃つのが目的ではない。
下からの一撃はおそらくブラフだ。下から飛び上がる勢いで軽く剣同士が触れたに過ぎない。
そうして、空中には、一歩遅れて空から渾身の力と、勢いを込めて宝剣を叩き込む私と、エンチャントで硬化した短剣を振るうクロがいる。
一瞬の間を置いて、私の一撃とクロの二振り分の一撃が、一つの音になったかのように、王子の剣へと叩き込まれた。
流石に王子も目を見張り、剣先は下へと落ちる。だが、まだ折れていない。
すかさず元来身軽で体術も使えるクロが、その次の一手として短剣での斬撃では無く、王子の剣を踏み台にし、飛び蹴りを打った。
「馬鹿にしやがってなー! こいつ!」
戦闘前にクロが少し緊張していたのも分かる。野生的な勘なのか、クロは王子の実力をある程度読み取っていたのだろう。
王子はその飛び蹴りを寸前で、だが確実に躱して、少々距離と取って改めて剣先をクロの喉元、一撃でその生命を奪える位置へと合わせる。
そこからは、主にクロと王子、時々私と王子の剣が交える金属音が激しく響き、衛兵の数人がこちらに見に来る程だった。それをジェスは引き止め、警備へと戻らせていく。その顔は今まで見たことないくらいに疲れている顔だった。
私はクロと王子が拮抗している隙間を縫ってジェスに話しかける。
予想通りというかなんというか、単純な筋肉量の差はあれど、二人はほぼ同等の戦闘力を有しているようだった。だからこそ出来る、多少の余裕に、私は生命を賭しているのにも関わらず、運動しているかのように酸素を脳に取り込んでいく脳に苦笑しながら思考を巡らせる。
「お疲れねっ! ジェス! でもこれって多分……私達にしか出来ない荒療治……よね! 私としてもそうだし、クロにはどちらにも手傷は無いように言ってあるけれど」
二人との距離が少し離れたのでジェスに聞くと、彼は小さく頷きながら、心配そうにクロと王子を見る。
「ニア殿もさることながら、クロ殿の実力はかなりのものです……が、私が王子に手加減をしろと言うわけにはならず……申し訳ない限り。王子もかなりの手練れ、手傷を負わせてしまったならば……」
その言葉の最中も、クロと王子は剣撃を交わしていた。
私の魔力を存分に注いだのだから、クロの短剣は簡単に折れる事は無いはず、ただ、フラグ折りならぬ剣折りは中々に難航しているようだった。
「んー、剣が折れたら終わりって事にしたいんだけど、あれって結構硬いのかしら……」
「この国一番の金属で作られた特注品ですので……相当のものかと……」
それはあまり聞きたくなかった。それでは先に折れるのはまず私の剣、次はクロの剣だろう。
戦闘が長引けば私がかけた硬化のエンチャント魔法も解ける。
「あちゃー……それじゃあもう、ずっこい事するしか無いかぁ」
私は頭の中にある、まるで誰かが整理整頓してあるような、魔法の棚から二冊の本を取り出す。
勿論それは想像の話。
「ジェス……この砦って……」
その魔法を使うにあたっての作戦に必要な事をジェスに聞いていると、ウェヌがトトっと傍に寄ってくる。
「ニア……大丈夫……?」
「あぁー……あの王子ね、アンタに惚れてるのよ。まぁ、例のフラグってヤツね。悪いけど、アレが多分最後の一本だから――」
言い終わる前に、彼女は私の足に速度のエンチャント魔法をかけ直していた。
「うん、お願い! 折ってきて!」
――まさか、主人公がそんな事をいうなんて、ズルじゃないか。
私は思わず、声を出して笑ってしまっていた。
だけれど、これで彼女も、本当の意味でやっと『フラグ』という概念から解き放たれたのだと思った。
怒りは、アドレナリンへと変わっていく。喜び勇む一人の悪役令嬢は、果たして龍か、蛇か。
「任せて、鼻っ柱も、その剣も、折ってくるね」
私はクロと剣を交えている王子に向かって、右手に剣を、そうして左手を地面に向けて走り寄る。
必要なものは、奇襲の為の速度エンチャント魔法。ウェヌが得意としていた魔法だ。
そうして、私が両手で扱っていた剣をあえて片手で持つという、目に見えて分かる弱点。
思った通りに、王子はクロの剣戟を強く弾き、距離を取って、私の姿を見て、おそらく鼻を鳴らした。
どうせ、『速度さえあれば片手で勝てる相手だと思ったのか』とでも思ったのだ。
だけれどそれは正解であり、不正解。
弾かれる私の剣、さっきから彼が何度もしてきた、強者としての振る舞いの最も鼻に付く行為。
首元に剣を向けるという行為。
その動作が的確で、力強いという事は、最初に剣先を首に向けられた時に気づいていた。
だって、苛ついていたから。
だから、私は弾き飛ばされた剣を簡単に手放すと同時に、両手を地面に付いた
「エンチャント……硬化・最大……!」
ジェスからさっき聞いた、この砦に使われている建材が強固であるという事実。
そこに私は、硬化の魔法を最大級の魔力を以てかける。
勿論、クロにかけた硬化のエンチャント魔法もかなり強い物ではあるけれど、刃は刃として、ぶつけ合うだけではなく、いなす事もあればその形像上、どうしても刃が滑り合う。
だけれど、地面ならば、一変の滑りも無く、叩きつけられる。
「
左手でエンチャント魔法を、そうしてその硬化を持った地面を、丸で大きな槍の穂先のように尖らせる。
私の喉元に強く突きつけられる予定だった剣は、大きな音を立てて、硬化し、隆起した地面に叩きつけられ、金属音と金属音が交わる音とはまた違う音を鳴らした。
――王子に表情に見て取れる困惑を、しゃがんだ私は見逃さない。
そうして、私の可愛い従者も、見逃さない。
「キーーーーック!」
思い切りGG《グラウンド・グライブ》へと叩きつけて消耗したであろう剣の先、要はGGからはみ出た剣の先端へ、クロが思い切り飛び蹴りをかます。
壁自体を持ち上げずに、細く硬く隆起させたGGと、彼女の蹴りで、テコの原理が働いたのだろう。パキン、と可愛げのある音で、その剣は、そのフラグは、完全に折れた。
そうして、まさかと言わんばかりの目で、王子は自分の剣を見て、クロを見て、私を見た。
「ご紹介が遅れました。アポロ王子。私、魔法使いですのよ。だからこそ近接に於いて腕の立つ素晴らしき従者を、傍においているのです」
これは不敬罪もいいところだなぁと思いながら、ジェスが近寄ってくるのが分かった。
だけれど彼は彼で、やはり話の分かる男で、審判をやると言ったからには忖度せずに、正しい言葉を私達へと、そうして王子へと伝えてくれたのが、嬉しかった。
「王子……残念ですがニア殿の……勝利でございます」
「あぁ……これは、やられたな」
王子が剣を手放し、静かにその場に座る。流石にへたり込むという感じでは無かったが、虎も吠えねばただの猫か。私もGGとその身に纏っていた怒りを振り払って静かに座った。
そうして、王子の目を見て、小さく頷く。
その目から覇気が薄まった王子からは、やっと言葉が通じそうな雰囲気が漂い始めていた。
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