第二章『NIGHT・KNIGHT・FIGHT』
第八話『補正が嫌いだ』
散々なお茶会、というには何とも言えないウェヌの――ディーテ家での騒動から一週間が経った。
『何も無い休日』というわけではないのだけれど、私は前日に少しだけ多く夜ふかしをして、少しだけ多く眠った。元々堕落した生活を送っていたのだ。
転生する前なんて、休みの日の前日の夜は酒を浴び、土曜は昼まで寝ていた。そう考えると酒が飲めない転生後のこの年齢は何とも素晴らしい。酒を欲しないこの身体もまた素晴らしい。とはいえ、アルコールが無いと生きていけない程では勿論無かったけれど。
そもそも、この身体が酒に強いか弱いかも分からない。けれど強いような気がして仕方がないのは、この『ブランディ』なんて名前のせいかもしれない。非常に優雅でよろしいけれども、ブランデーは流石に紅茶に入れた事くらいしか無い。
お茶会からの一週間は勿論学校に通わなければいけない。イベントというイベントが無かった事に安心しつつも、私は着々と己の鍛錬と悪巧みに励んでいた。
「しかしまぁ、そろそろ動き時よねぇ……この手のゲームなら毎日で攻めるか毎週末にデートかってとこだけど、ウェヌに動きは無しかぁ」
このゲームの暦が世界基準なあたり、独創性は無いが楽でいい。
つまり休日の今日は土曜日、お茶会も丁度一週間前の土曜日だった。それからある程度ディーテ家には監視をつけてはいるものの、ウェヌに目立った動きは無かった。禁呪なんてものを娘に教え込むような家だ。面倒事を避ける為に、家自体からは遠ざけておいたけれど、ウェヌからは学校への外出以外は何も無かった。流石に、ウェヌのみに監視が付いているとは向こう側も思ってはいないだろう。
「とはいえ、イベントねぇ……」
強いていうなら、お茶会から数日はウェヌの謝罪によって下げる度に「上げなさい!」と叱咤して、その叱咤に彼女が頭を下げてを繰り返し、彼女の頭も……それこそそれに付き合っている私の頭も馬鹿になるのでは無いかと心配もした。主に自分を。
結局、いい加減ウェヌの心労、身体的に弱っちい癖に仰々しく動くせいで首周りに不調が見えていた。謝罪と頭を下げるマナーすら叩き込まれていないのかと、一喝して鎮めた。
――ただ、実際マナーは別として、そういうところはウェヌの悪癖だと思って良い。
私が許すと言っているのだ。遺恨も無い。気にしている暇だって無い。ならば、それ以上の謝罪は、彼女の自己満足でしか無い。
学校で会う度にフォローを入れるのにも疲れる。鬱陶しいものは鬱陶しい。ハッキリと「貴方のそれ、悪癖だから気をつけない」と伝えると彼女はしょげかえっていたが、それで良い。
だって、ディーテ家はウェヌをまともに扱う気が無いらしいから。
だからこそ、私が言う。それで良い。鬱陶しいし、憎らしいとは思っている。
だけれど、それ以上に、放ってはおかない理由が出来てしまった。
『ゲームの主人公として恵まれた人生を保障されているのが気に入らない』
これは本来私が思っていた事だ。だけれど今はほんの少しだけ気持ちが変わってきている。
実際にやることは何一つ変えるつもりは無い。けれど、それでも突然の人生の変化は面倒にも心を変える。
『もはや私の主観で現実だと捉えているこの世界で、設定に振り回されるのが気に入らない』
元々持っていた物、生まれ育った境遇は仕方がない。良い物は良く使……もとい利用し、悪い物は取り除く。それは間違い無いと思っている。
けれどじゃあウェヌが決められた五人だか六人だかの人間と上手くいくのが、彼女に定められた設定だというなら、そんなものはクソ喰らえだと思っている。
それは勿論私も同じ、悪役令嬢だからって何だと言うのだ。知ったことではない。生き延びようが殺されようが、矜持も持たない人間は、ハッキリ言って嫌いだ。
結局、私はウェヌが主人公補正として与えられた良き境遇に、知らずとも甘んじて行くのが気に入らないのだと、気づいてしまった。
そうして最後は、設定だと分かっていても、気に食わない。
だけれど、だからこそ私は悪役でいられるとも思った。
『何らかに利用されているというのが、根本的に許せない』
結局、こんな私だった。ウェヌについては、叩きのめ……いや叩き直そう。つまり私は、主人公補正が大嫌いだったのだと、ハッキリと気づかせてくれたのだ。そのぐらいの礼くらいはしても良い。
だからか、私の目標は、既により悪どい物へと変化していた。
彼女に与えられたフラグをへし折る事だけじゃあない。
――端的に言おう。私はディーテ家を、潰す。
最初にあの禁呪を見つけてしまったのが私だった。それがディーテ家の運の尽きだ。
仕組まれた設定だろうと、知った事ではない。だけれどフラグをへし折る以上に、骨が折れる事を選ぶ損な性格だなと思った。私はこんな私が、やっぱり嫌いだ。
自分で勝手にモーニングティーを用意する時に、今日も今日とて第一の脱落者ことディーテ家ウェヌ専用執事『ブラウン・なんとか』が中庭で剣の修行をしているのを、二階の自室からチラリと眺めた。茶会の後の日曜はその周りの書類作成でグッタリしていたが、それでも尚名前は頭に入らなかった。
毎朝頑張っているのは結構だけれど、「ふん! ふん!」と喧しい。そろそろ一言くらい言うべきかもしれない。
とはいえブラウンは元々ディーテ家の所有物と言っても過言では無い。喋るかどうかは別として、秘密も知っているだろう。それが我が家に来ているのならば警戒もされる。ならば彼自身に彼自身を守る力くらいつけて貰わないと困る。
いくら木偶の坊でも鍛え上げてまともな執事にして、そうして私の近くに置いたならばディーテ家の面目は多少潰れる。そういう悪しき意図もありつつ、私は彼の無様な剣術を見ていた。
「強くなったって言ってもまぁ、私の近くにいるなら安心か」
実際、彼とは何度か顔を合わせた。この一週間、我が家の教育係にみっちりと教養やら執事とは何たるかやら色々と叩き込まれたようで、見違えはしないものの、顔つきは少し変わっていた。
これもまた、ゲーム設定の破壊かもしれないなんて思いながら、もう少しだけ苦情は我慢してやろうと思って、私は紅茶を口に運んだ。モーニングティーとは言いつつも、ベッドで飲むような古き良き教養は無いので、椅子に腰掛けて、私は次の行動を考える。
今週何も無かっただけで、イベント自体は起きているのだ。ウェヌは既に名前も知らぬ騎士様に魔物から救われている。名前も知らないというところが何ともミソだ、憎たらしい。名乗らないのは「感謝したかったあの人」を演出する為だろう。
とはいっても私も私だ。転生前にしっかりと説明書に目を通していたならば名前に見覚えがあっただろうし、もしくは未読スキップを押していなければ良かったのだろう。
だけれど悪役令嬢の嫌がらせだけを目的としてプレイしていた当時の私がそんなものを読んでいたわけもなく、実際の所は私もウェヌを救った騎士の存在は未知であった。
「聞き込み……か。いや、そうじゃないわね……」
溜息を付きながらハーブティーを飲む。どうやら転生前の私こと『レイジニア・ブランディ』は本当に紅茶と魔力を繋ぎ合わせるという事において天才だったらしく、飲むだけで体力が増えたり、力が強くなったり、足が早くなったりする紅茶まである。勿論それらに悪い成分など一つも無く、相性の良い茶葉に、相性の良い魔法を探し出して物凄く繊細で丁寧な調合の結果、調和が生まれているようだった。
ウェヌとのお茶会に出向いた時に彼女が自分の足にかけた速度強化の魔法、そのような魔法の効果を紅茶を飲むだけでほんのりと身に受けられるわけだ。
実際に魔法をかけるよりかは威力はだいぶ落ちるにしても、要は魔法を飲むのだから、その効力は長くゆっくりと続く。
「よく考えたものよねぇ、お陰で寝起きさっぱりだけれど……」
私は他人事のように言いながら紅茶を飲み干して、窓から「朝食!」と
「只今!」
その声が剣を振る時の「ふん! ふん!」より小さかったのが少し笑えた。
食事自体は、適当にこなしている、というか私自身の身の回りをやらせる事は控えさせた。
それもまた、彼らを縛っているに過ぎない。けれど
少しくらいは適当に扱ってやっても良いだろう。なんとなしに豪勢のような食事で私は空腹を満たし、ハーブティーの効果で体力も増えている。
だから、次の一手の為に、私は多めの硬貨と、深いフードを被って部屋を出た。
「さぁて、モブを漁りに行きますか!」
一人で外出しなければいけない理由は、これだった。
誰にも聞こえない自室で、私は大きく伸びをする。
言っている事もやろうとしている事も令嬢としては全くふさわしくないが、私にとってはふさわしいのだ。
「執事がいるんだもの、侍女もいなきゃあね」
侍女とは言いつつも、私が今から探しに行くまだ見ぬその子に必要なのは、強さだけでいい。お茶くみは自分でやるし、食事は
その子にやってもらうことは、別の事。だから探すのは、腕っぷしの良い何でも屋か、殺し屋の類だ。どちらかといえば殺し屋の方が良いかもしれない。
契約魔法なんてものもある。だから寝首もかかれない。
家庭環境は悪ければ悪い程良い。けれど勉強に貪欲だと良い、純粋なら尚良い。後はまぁ、多少若くて顔も良ければ尚良い。名前は無ければ最高だけれど、適当な物がつけられているならば捨てさせよう。金は偉大だ、そのくらいはしてくれる。
金で動くのは信用しにくいけれど、まずはそれで構わない。出来れば専属にしたいけれど、金以外の動機も欲しい所だ。
そんな願望を頭の中でまとめてから、私はフードを深く被り直し家を出た。懐には短剣を隠し持つ、いかにも怪しさ抜群だ。まさか『ブランディ家のご令嬢』だとは思うまい。
令嬢様のオーラなんてものがもし出ていたのならば、まぁそれまでだけれど、陰気な雰囲気を出すのは大得意だ。
――私は、私の立場を目的の為に利用する。
主人公補正があるなら、悪役令嬢にも補正がある。
だから、言っている事とやっている事で辻褄が合わないのは痛い程、痛い程に分かっている。
やればやるほど、罪悪感は募る。だけれど、私が嫌いな私が、それでも私より嫌いな事の為にやるのだ。
壊す為に、私はレイジニアを使う。だからいいのだと、無理やりに思い込んだ。
そうして私は、元々しっっかりと目星をつけていたスラム街へと、陰気な気持ちに切り替えて向かっていった。
出来れば、この陰気も、明日になれば消えていると良い。その根本が、無くならなかったとしても。
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