第四話『不条理が嫌いだ』

 なんとか風の街並みが続く。あくまで何処かで見たことのあるような、そうして文字も見覚えは無いけれど、『レイジニア』としての記憶があるからこそ読める。それに、元々の『レイジニア』の性格や行動も覚えている。つまりはっきり言って人格ジャックをしているわけだから、少しは胸が痛まないでもないのだけれど、この世界を存在理由を自分勝手に考える事に決めた途端その痛みは消えた。


 要は、この世界は元々ゲームだったのだから、私が転生しなければそもそも彼女達に自由意思なんて物は存在しなかったのでは? なんて事を考えてみたりすると丁度良い。安心して私は『レイジニア・ブランディ』を名乗る事が出来る。結果的にこうなってしまっているのだから、グダグダ考えているのは勿体無い。


 なんとか風っていうのも、元々のゲーム独自の世界観という事なのだろうけれど、何処の国かはあまりピンと来ない、日本らしくは無い。中世ヨーロッパ……? にしては何処か違和感がある。

機械仕掛けの物もあれば、魔法で事足りると衰退した機器もあるように見えて不思議だった。

「とはいえ馬車って文化はどうなのよ……」

 舗装された道だとは言え、ガタゴトと揺れる馬車に始めて乗っている私は、少しだけ溜息を漏らす。

この世界の技術をザッと調べた限りじゃ馬車なんて技術的に衰退していていいはずなのに……、時代錯誤の逆バージョンというか何というか、世界から馬車の方が『っぽい』でしょ? と言われているような気がする。

 馬に引っ張らせなくともこの四輪に魔法をかけたらいいでしょうに、それに見た限り荷運びは事故を懸念してか空の移動でやっているのに……。

 あのゲーム、タイトルも見ずに買ったけれど値段はいくらだっただろうかと思いながら、レビューに思いを馳せながら、私はウェヌの家に着く。

「ありがと、ここでいいわ。えーっと……アイザック?」

「はい……はい!?」

 馬車の運転をしてくれていたのは、ブランディ家にそこそこ長めに勤めていた従者のアイザック。そこまで歳はいっていないように見えたが、口ひげを蓄えている細身の男性だった。名字はピンと来ないから覚えるつもりも無かったが、名前は何となく記憶に残っている。さぞどうでもいい存在だったのだろう、彼とのエピソードが記憶に存在しない。確かに今の私にとってもどうでもいい存在だとは思うけれど、従者に嫌われるような主人であるべきではない。

 いくら人が嫌いでも、いくら自分が嫌いでも、嫌われるのは面倒な事を私は良く知っている。


「お嬢様……今わたくしの名前を?」

「えぇまぁ……、悪いのだけど、面倒だからザックでいいかしら? 愛称じゃないわよ、面倒なだけ」

 そう言うと一八歳の私よりも一回りは上くらいであろうザックは目尻に涙を浮かべて頭を下げた。

「ありがたき幸せでございます……!」

 どれだけ私は彼の事を邪険にしてきたのだろうと思いながら、どうでもいい記憶を都合良く忘れるあたり元々のレイジニアと自分が少し似通っているのだなぁと思った。

「従者を泣かせてるみたいで嫌だから流石に泣くのはやめて頂戴。帰りは適当にやるから良いわ。気をつけて帰りなさいな」

 私はスーッと涙が落ちるザックの顔を見て溜息をつく、ザックは昔の私からどんな不条理な扱いを受けてきたんでしょうね。私は不条理な扱いも決して好きでは無い。だからこそ、正々堂々と然るべき理由を見つけて、ウェヌのハッピーエンドへのフラグを折るつもりだ。


 ブランディ家よりは小ぶりだとはいえ立派な邸宅のチャイムを鳴らす。

「しっかし……、チャイムがあるなら……」

 この間の抜けたピンポーンという音をゲームのSEで慣らしたのだろうか。そろそろこの世界観にも慣れてきたと思ったのだけれど、中世というか中性というか……、ちゃんとどっちかに寄せなさいよと私なら一旦コントローラーを投げている気がする。

 

 そんな事を思っていると「ニア様! お待ち、しておりました!」と息を切らしたウェヌが走ってくる。一応は大家同士の令嬢の約束。なのにも関わらず応対の人間が待っていないあたり、彼女の生い立ちが伺い知れる気がした。

 しかし、玄関まではそこそこ遠そうのだけれど、彼女は意外と足が早いというか、割と物凄いスピードで走ってくる。というより焦った顔で突進どころか猛進してくる。その速さを見て、彼女の足が光っているのに気付いた。


――なんで玄関から門までの間の為に速度魔法かけてるのよこの子は!


「ストップ!」

 これは彼女の行動を単純に言葉で制止したわけではなく、純粋なこの世界に於ける魔法という物だ。

彼女は私の『ストップ』という、時間ではなく人体や物体の動作を止める魔法によってその身体の動作を止める。あと数秒遅ければ顔に格子状のアザか。鼻の骨を折っていたところだ。

「……その身体に纏わりつく魔よ。凍てつき崩れされ」

 私は頭の中にある呪文を唱えながら、光り始めた左手の光を格子越しのウェヌの足からゆっくりと頭まであてる。まずは足にかかった速度上昇の効果を取り除いてから、ストップの効果を取り除く。

 これはその相手にかけられた良い魔法も悪い魔法もまとめて消去する魔法の一つだ。高等呪文らしく、その詠唱のみが伝えられている。『ブランディ家』は権威ある魔術の家系らしく、厳しくしつけられてうんざりだったという記憶は脳に刻み込まれていた。

「ったあぁ……!」

 私のお陰で門に激突お茶会お開きではなく軽くぶつかる程度で済んだウェヌは、額をさすりながら上目遣いのまま「ありがとうございます……」と呟く。あえて普段は髪で隠しているのであろうその顔は美少女そのもの、上目遣いも天然でやっている事なのだろう。なんて恐ろしい主人公補正なのだと思いながら「いいのよ」と笑って私はウェヌの家に案内された。

 ウェヌの格好は確かにドレス――ではあったが生地が安っぽいのが目に見えて分かる。家庭環境は良くないと見えた。であれば自分に優しくしてくれる執事がいたならば心が傾くのも理解が出来るというもの。だがしかし、これはあまりにもというか何というか、確かに簡単な速度魔法ですらあんな暴走っぷりを見せたウェヌを考えると、魔法社会であるこの世界では中々生きにくそうだとは思ったけれど。

「あ、姉様……、おはようございます」

 ウェヌは一瞬暗い顔をした後に表情を取り繕って、何処ぞのダンスパーティーにでも出かけるのかと言わんばかりに着飾っているのに妙に眠たげで、ウェヌの顔を悪意に三日三晩付け込んだような女性に頭を下げる。

「あら……貴方」

 ウェヌの挨拶も無視して、その派手な女性はこちらを一瞥した。

「はじめまして。ウェヌさんの友人の、レイジニア・ブランディでございます」

「んんっ、名前なんて知ってるわよそんな事。私が聞きたいのは……」

 ウェヌの姉らしき女性――といってもこちらも名前は事前に調べて知っているのだけれど『リベラ・ディーテ』は大きく伸びをしてからウェヌを睨む。

「何で此処にブランディ家のご令嬢が? って話よ」

 その視線に怯えるように、ウェヌは前髪で顔を隠したまま、一歩だけ後ずさる。

その姿はまるで蛇に睨まれた蛙、いや、雨は余計か。とにかく面倒な展開になってきたのでさっさと立ち去って紅茶をしばかせたい。お上品でいるのも正直疲れる。特に今日は美味しい紅茶は飲めないと思っているからこそ、億劫で仕方がない。

わたくしがお茶会を開かせて頂けないかと提案させて頂きましたの。いつも自宅で飲んでいると味気なくて、その点ウェヌさんの庭園は素敵だと聞いておりましたので」

「誰がそんな事を?」


――これもやぶ蛇か。


「勿論風の噂です。ウェヌさんはそんな、自身の邸宅の評価を周りに言って話すような方ではありませんから」

 事実、庭園について威張り散らかしているのはリベラに他ならない。庭園が立派なのは間違いないが、それを整備しているのはウェヌの両親であり、もっと言えばウェヌ自身が庭師のやるような仕事までさせられていると来た。これは流石に私もあんまりだと思ってしまい、思わず嫌味が出てしまう。彼女は苦虫を噛み潰すような顔を隠しもせずに「まぁ勝手にすることね」と邸宅の階段を登っていった。

「ニア様、ありがとうございます……」

「いーえ、まぁ後から私が貴方に謝る事になるのかもしれないけれどね」

 明らかに今のやり取りのとばっちりはこの子に来るだろう。しかしまぁ、それもどうせ何かにつけていつもされている事なのだろうと思えば、仕方がない。その分お茶会を楽しく……してはいけないんだった。


 私はもう一度溜息をついてから、彼女に茶器の用意と、彼女を懇意にしているという執事を呼んでもらった。立派な庭園、手製の茶葉、そうして友人。

 字面だけ見れば素晴らしいけれど、今から私がすべき事は、彼女にとってのバッドエンドの用意なのだと思うと、少しだけ胸がモヤついていた。

「不条理じゃ、無いわよね」

 言い聞かすように呟く。

いつのまにか手に汗が溜まり、最初は着方も良く分からなかった黒いドレス――ウェヌの着ているそれとは違って良い生地で作られたドレスを、強く握りめている自分がいた。

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