第4話 『身体で支払う』契約

「契約の内容については改めて論じる必要はあるが――今は金を用意できない、という話だったな」

「その、すみません……」

「別に構わないさ。その代わり――先ほどの話は覚えているか?」

「は、はい」


 フェリナは少し、頬を赤く染めて頷く。

 ――当てつけではあったが、魔術傭兵としての経験からしても、後払いの契約には問題が起こりやすいのは事実だ。

 フェリナはまだアーゼルト家の財産を全て相続しているわけではなく、現状では伯父のマーシェルに狙われていて、即金を用意できないのだろう。

 そうなると、担保となるものは当然必要になるわけで。


「たとえば宝石類でも構わないが、何か身に着けている物は?」

「母の形見はありますが……これは、その」

「渡したくはない物、か。ならば、無理に取るつもりはない」

「……すみません」

「謝る必要はない――となると、一番手っ取り早いのは、やはり身体で支払うという話になるか」

「その、エベルテさんは女性、ですよね……?」

「見ての通りだが」

「えっと、身体で支払うというのは、つまり……?」

「包み隠さず言えば、私とセックスするということだが」

「……っ」


 包み隠さず答えると、フェリナの顔はすっかり赤くなってしまっていた。

 ――相手は年頃の女の子。

 それも、貴族の令嬢ともなれば――知識くらいはあったとしても、経験はまだないことだろう。

 女性同士、というのも彼女にとっては未体験のことで。

 やはり、困惑は隠せないようだった。


「私は男と寝る趣味はない。だから、君が金に困っているというのなら、身体で支払うことも可能――そういう提案だ」


 あくまで、エベルテの方が譲歩をしている、というわけだ。

 ――正直、破格であることには違いない。

 フェリナは頬を朱色に染めて、視線を泳がせていた。

 当然、無償で受けるつもりはないし、金を用意できないというのであれば、何かしらの対価を支払ってもらう必要はある。

 それが魔術傭兵としては当たり前のことであり、エベルテも例外ではない。


「……わ、分かりました」


 やがて、フェリナは意を決したような表情をして、頷く。


「私の身体で、支払えるというのなら……っ」

「――契約成立だな」


 エベルテは立ち上がると、すぐにフェリナへと迫った。

 彼女は驚きに目を見開きながら、ソファの上でバランスを崩す。


「え、い、今ですか……!?」

「当然だろう。私が望んだ時にしてもらわないと困るのだが」

「そ、その、いきなりは私の方が困るというか……!」

「正直、大分譲歩した契約だと思うけれどね。すぐに金を払えないという、君の提案を受けての代替案だ――無論、金を支払えるというならそれに越したことはないが」

「……っ、わ、分かりました。好きに、してください」


 フェリナはそう言うと、目を瞑ったまま動かなくなる。

 身体で支払う契約――エベルテ自身、自嘲気味に笑ってしまうような契約だ。

 金を支払えないと言うのなら、断ればいいだけの話なのに――理由をつけて、エベルテは彼女の護衛を引き受けようとしたのだから。


(全く以て、バカらしい……)


 エベルテがフェリナの顎の辺りを掴むと、彼女はびくりと身体を震わせた。

 そのまま――彼女の唇を奪う。


「ん……っ」


 艶めかしい、吐息が漏れる音。

 少しだけ抵抗するような仕草もあったが、彼女がすぐに受け入れた。

 唇を離すと、少し緊張が解けたようにフェリナは吐息を漏らす。

 ようやく、閉じていた目を開いて、


「……この後は、どうすれば……?」

「――いや、今日はこれでいい」

「え?」

「護衛も始まったばかり――今のは、先ほどの男達から守った報酬とさせてもらおう」

「……そ、そう、ですか。えっと、では、今日から、よろしくお願い致します」

「ああ、よろしく」


 フェリナはまだ顔を赤くしているが――しばらくすれば落ち着くだろう。

 ――エベルテとしても初めての、『身体で支払う』契約が始まったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔術傭兵のお仕事 ~令嬢と『身体で支払う』契約始めました~ 笹塔五郎 @sasacibe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ