第3話 身体で支払う
――やってきたのは、帝都内にある建物の一室。
エベルテが借りている部屋であり、フェリナの姿もあった。
「適当に座ってくれ。令嬢に会う飲み物は出せないかもしれないが」
「お構いなく――って、私のことを知っているんですか?」
「アーゼルトと言えば、帝国でも名門の貴族だろう。当主は確か、イルス・アーゼルトだったか」
「……はい、私のお父様です」
フェリナは一瞬、父――イルスの名を聞いて表情に陰りを見せる。
――何か家族間で確執があるのか、あるいは別の理由か。
現状、まだフェリナから詳しい話は聞いていない。
依頼をさせてほしい――身体で支払っても構わないだとと言うので、さすがに放置するわけにはいかなかった。
別に、それがエベルテの目的だったわけではないが。
「ここって、エベルテさんの事務所、でしょうか?」
「事務所、か。まあ、魔術師として活動するのなら、そういうところを持っていてもおかしくはない――が、私の場合はただの寝床だ。それも、いつ捨ててもいいような場所だ」
エベルテの言葉の通り、あくまで借りているだけの部屋で――置いてある物の大半は、この場に捨て置いても問題ない代物ばかりだ。
魔術傭兵として活動するエベルテは、仕事の関係で私怨を買うことも多い。
故に、特定の家で暮らしているわけではなかった。
この部屋も、エベルテが使っている部屋の一つに過ぎない。
「口に合うといいが」
「あ、ありがとうございます!」
フェリナの前に飲み物を差し出し、エベルテは椅子に腰かける。
彼女は一切、迷うことなくそれを口にした。
「……不用心だな」
「? 何がでしょうか?」
「いや、それで――君の依頼の詳細について聞こうか」
「! そう、ですね。まず、私は先ほどのように狙われている状況です」
エベルテも、目の当たりにした――相手はエベルテと同じ魔術傭兵。
実力は、大したことある連中ではなかったが、むしろフェリナのような少女一人を狙うにしては、随分と過剰にも思える。
「狙っている相手に見当は?」
「……はい。おそらくですが」
「誰だ」
「伯父です」
「!」
エベルテはその答えに少し驚いた。
たとえば、貴族の令嬢が家出をした娘を取り戻すため――そんなちょっとした家族喧嘩なら、まだ可愛いもので。
けれど、フェリナの状況から察するに、そういった軽いいざこざではないことは分かっていた。
――とはいえ、血縁に狙われているが現状、というわけだ。
「君の父――イルス殿はどうしている? まさか、すでに亡くなられたのか?」
「い、いえ、お父様は、病に倒れて……その……」
「意識がない状態、というわけか」
エベルテの言葉に、フェリナはこくりと頷いた。
――つまり、アーゼルト家の当主であるイルスが倒れ、後継者問題が発生している、というところだろうか。
「……伯父のマーシェルは、その、アーゼルト家からは出奔した身なのですが、お父様の体調が芳しくないことを聞きつけてか、その辺りから戻ってきたようで」
「自分が後継者になろう――そういうわけか」
「はい。ただ、お父様は倒れる前に、アーゼルトの次期当主は私にする、という書類をすでに作られていました。それが、これです」
フェリナが懐から取り出したのは、封をされた手紙だ。
――魔術的な細工が施されているのが一目で分かり、簡単に破棄できないようにしているらしい。
あるいは、マーシェルが暴挙に出ることも予見していたのか。
「後継者になりたいマーシェルが、君を脅してその座を奪い取ろうとしている、と」
「……それが、今の私の現状です」
なるほど――分かりやすい話だ。
魔術傭兵を寄越したのも頷ける。
まだ歳若い少女であるフェリナが、三人の男に追われて脅されれば、継承に関わる書類を渡してしまってもおかしくはない。
アーゼルト家ともなれば、奪い取る価値は十分にあるほどの資産もあるだろう。
ましてや、同じ血族である以上――そこに不自然さはないというわけだ。
想定外だったのは、フェリナがその脅しに屈することなく逃げ回り、こうしてエベルテに依頼するまでに至っていることか。
「つまり、君の依頼は伯父の脅しに屈することなく、正式にアーゼルト家の当主になるまでその身を守ってほしい――そういうことでいいか?」
「! はい、えっと、そうなるかと思います」
「なるほど、当主の座を渡すつもりは?」
「そ、それは、ありません」
エベルテの問いに、フェリナは少し弱気な雰囲気を見せながらも、首を横に振る。
「当然、危険が伴う状況だと認識している。君が当主の座に固執しているのは、アーゼルト家の財産に関わることか?」
「! それだけのために、アーゼルトの名に固執しているわけではありませんっ!」
今度は強く反応して、声を荒げるように否定した。
すぐにハッとした表情を浮かべて、
「ご、ごめんなさい。大声を上げてしまって……」
「……いや、私も聞き方が悪かった。私が聞きたいのは、身の危険を感じている状況で、それでもなお――当主の座を守る理由だ。おそらく、交渉に応じれば、相手も君に危害を加えるつもりはそこまでないと思えるが」
「私は――魔術師になりたいんです。人の役に立つような、そんな魔術師に。アーゼルトという立場は、魔術師としての活動をする時に、役立ちます」
彼女の言う通り――魔術師でも、名門の家柄であれば融通が利くのは間違いない。
当主であれば、なおのことだろう。
おそらく、彼女の言う『人の役に立つ』というのは、一般的な魔術師では実現不可能なことまで指している。
そこまでの覚悟が、彼女にはあるということだ。
「私の事情については、これで全てです。その上で、依頼を受けていただけますでしょうか?」
「……そうだな」
エベルテとしては、依頼内容としては断るほどのものではない。
報酬さえもらえれば、受けても問題ない内容と言えた。
ただ、改めてフェリナを見る。
――やはり、同じというわけではないが、エベルテの知る人物に雰囲気がよく似ている。
そこが、少しだけ彼女を悩ませる理由であった。
――そもそも、彼女と関わってしまった大元も、似ていることが原因であると言えるが。
(全く、私も面倒な性格をしているな)
小さく溜め息を吐きながら、エベルテは口を開く。
「内容を聞いた上で――依頼として受けてもいいと判断した」
「! あ、ありがとうございます!」
フェリナは笑顔で喜んだ後、今度は何か思い出したようにして顔を赤くする。
「? どうした」
「あ、えっと、依頼を受けてくださるということは……その、報酬は、ここで支払う、ということでいいんでしょうか?」
急に歯切れが悪くなったのは、先ほどの話のことを思い出しているからだろう。
――身体で支払う、という話だ。
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