第2話 当てつけのつもりだったのに

 エベルテも、さすがに少し驚いた。

 この状況で――まさか、エベルテが魔術傭兵だと知るなり依頼をしてくるとは。


「……お連れする」


 エベルテが答える前に、男達が動き出した。だが、


「待て」

「っ!」


 エベルテが言うと、全員動きを止める。

 まだ、エベルテは依頼を受けていない――そして、男達はなるべく、エベルテと敵対はしたくない。

 そういう状況なのだ。


「安全なところ、では依頼内容が抽象的すぎる。それに、報酬に確約が得られない場では、もう少し分かりやすい方がいい」

「え、えっと、つまり……?」

「たとえば――この場を切り抜ける、とか」

「! エベルテ、依頼を受けるつもりか?」

「言葉を挟むな、今は仕事の話をしている」

「ちっ、居合わせただけの奴が邪魔をするな!」


 後方から来ていた男が――魔術を発動する。

 空中に描かれたのは術式。

 そこから、魔力が変換されて、生み出されたのは魔力の矢だった。

 ヒュンッ、と風を切るような音と共に、エベルテへ向かってくる。

 だが、それはエベルテには届かない。

 足元に描かれた術式から発動するのは、障壁を作り出す術式だ。


「先に仕掛けたのはお前達だ」


 エベルテがそう言うと、今度は反撃に出る。

 発動した術式は、男の足元――バチッと一瞬光ったかと思えば、男の身体から小さく煙が上がり、そのまま倒れ伏す。

 他の二人はすぐに反応して、後方へと下がった。


「……一人やられた。どうする?」

「エベルテが相手では、俺達だけでは分が悪い。一度退く」

「懸命だな。一度、ではなく二度と顔を見せるべきではないが」


 残った二人は、警戒しながらも去って行く――別に、逃げる相手を追う趣味はない。

 エベルテは、懐から一本の葉巻を取り出すと、術式で火を作り出して吸い始める。


「あ、えっと……ありがとうございますっ」


 呆気に取られていたフェリナが頭を下げた。

 一先ず、この場を切り抜けはした。


「ふぅ、礼は不要だ。向こうが仕掛けてきたから反撃したまでのこと」

「……その人は、殺したんですか?」

「いや、そこまで強い威力の魔術ではない。まあ、しばらく入院は必要だろう。後で、適当に倒れていたと警備隊に報告すればいい」


 エベルテはそう言って、歩き出す。

 巻き込まれたとはいえ――実質的にはタダ働き。

 エベルテにとっては、随分と珍しい話であった。


「ま、待ってください!」


 去ろうとしたエベルテを、フェリナが止めた。


「まだ何か?」

「エベルテさんは、魔術傭兵なんですよね? その、報酬さえ支払えば、何でも依頼を受けてくれる、っていう」

「認識としては間違っていない。無論、依頼を受けるかどうかは内容によるところだろうが」

「……今の通り、私は狙われていて、その……」


 狙われている――何に狙われているのか、どういう事情なのか。

 話を聞かなければ分からないことばかりだ。

 だが、エベルテは彼女を見るたびに、昔のことを思い出してしまう。

 フェリナは――好きだった人によく似ている。


「ふぅ、私に依頼したいのであれば……そうだな。報酬は私が決めさせてもらうが」

「! も、もちろんです。私に支払えるものであれば、何でも」

「何でも、というのは適切ではないな。魔術傭兵は基本的に金でしか動かない」

「お金……その、今すぐに用意できるかどうか……」

「用意できないのなら、身体で支払うという選択肢もあるが」

「!」


 フェリナは、驚きに目を丸くする。

 身体で支払う――その意味が、分からないわけではないだろう。

 みるみる、顔が赤くなっていくのが分かる。


「お金じゃなくて、身体、ですか……!?」

「ああ、そうだ。もっとも、それは契約の内容によるだろうが、な」


 ――元々、助けるつもりもなかったのに、関わってしまった。

 だから、彼女には悪いが、これは当てつけのようなもので。

 同性であっても、身体目当てのような報酬など――彼女が貴族の令嬢であるのなら、まず受けることはないだろう。

 彼女との関わりは、これでお終いだ。


「……分かり、ました」

「分かったのなら、早くこの場から――」

「わ、私の身体でいいのなら……依頼させてください!」

「……なんだと?」


 今度は、エベルテが驚きの表情浮かべた。

 ――当てつけのつもりだったのに、フェリナはエベルテの提案を受け入れたのだ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る