魔術傭兵のお仕事 ~令嬢と『身体で支払う』契約始めました~

笹塔五郎

第1話 魔術傭兵

 ――娼館に通うようになったのはいつからだったか。

 思えば、使っても余りある金の使い道を求めた結果なのかもしれない。

 今やエベルテ・エンクールの趣味とも言えるだろう――同性と一夜を共にすることは。

 あるいは、命の危険に晒している仕事柄なのか、そういう行為を求めると聞いたこともある。


「ん……っ」


 口づけを交わしているのは、ブロンドの髪の女性だ。

 何も、こういった店を利用するのは男だけに限ったことではなく、エベルテのように――女性でありながら、相手に女性を求める者も少なくはない。

 すでに、今日だけでも口づけは何度か交わしてきた――当然、その先だってすることもあるが。


「今日は、しないの?」


 女性がそう、問いかけてきた。

 先ほどからキスや愛撫はあっても、行為には至らない。

 焦らすようなプレイに、女性の方から懇願するような形となった。

 普段のエベルテなら、そういうことも狙ってすることもあるが――


「あまり乗り気がしないな」


 そう言って、エベルテは女性から少し距離を置いた。


「散々焦らしておいて、お預けってこと……?」

「そういう気分の日もある。悪いが、自分で処理してくれるか? 今日は見てるだけにしておこう」

「……もう、しょうがないわね」


 エベルテの言葉に従って、女性は自らの下腹部からさらに下へと手を伸ばす――あくまで金は払っている以上、エベルテは客であり、その要望は基本的に受け入れられる。

 それは、エベルテの仕事にも共通しているところはあった。


   ***


 ――魔術傭兵は報酬さえもらえれば何でもする。

 魔術の才能を持ちながら、それを正しいことに使う者だけとは限らない。

 エベルテ・もその一人であった。

 彼女が魔術師としての活動を始めたのは十五歳の頃――当初は、魔術協会の正式な依頼しか請け負わない、純粋な魔術師であった。

 けれど、キッカケがあれば、人は善にも悪にも簡単に傾くことになる。

 それから五年以上の時が過ぎて――エベルテが商館から帰路についていた。

 長い黒髪に、黒を基調としたコートに身を包み、整った顔立ちは男女問わずに人気がある。

 もっとも、エベルテの恋愛対象は女性だけだ。

 ただ、彼女はもう、人を愛することはないだろうと、心の中どこかで感じている。

 ――そのはずなのに、目の前に現れた少女に、エベルテは思わず目を見開いた。

 ブロンドの髪と碧眼、可愛らしい顔立ちをしていて――あくまで、雰囲気だけだというのに、エベルテがよく知る人物に似ていたからだ。

 もっとも、似ているだけで同じ人物であるはずがないのだが――その少女もまた、エベルテを見てすぐに、口を開く。


「あ、あの……!」

「何か」


 冷静なエベルテに対し、少女は随分と慌てた様子であった。

 肩で息をしながら、見れば額に汗までかいている。

 服装を見るに、着飾っているようで――推測するに少女は高貴な身分のようだが。


「この辺りで、警備隊の方を見ませんでしたでしょうか……?」


 警備隊――都や町を巡回する者達だ。

 基本的には国に雇われた、国軍の兵士で構成されている。

 ここは『ヴェルエッタ帝国』――すなわち、帝国軍の兵士を捜している、ということだ。

 ただ、エベルテがいるのは人通りの少ない路地裏で、こんなところには滅多に兵士がやってくることはない。

 エベルテがここを通る理由の一つでもある――兵士に顔を覚えられて、いいことはない。


「いや、見ていないが」

「……! そ、そうですか……。ごめんなさい、時間を取らせてしまって」


 少女は落胆した様子を見せると、ちらりと後方を確認する。

 視線の先――エベルテも確認した。

 二人ほど、少女の元へと向かってくる人影がある。

 少女は慌てた表情を浮かべて、


「そ、それでは失礼しま――!」


 頭を下げて律儀に去ろうとするが、足を止める。

 振り返らずとも、後方からもう一人――やってきたのが分かる。

 狭い路地で挟み撃ち、というところか。


「フェリナ・アーゼルト様、あまり手間を取らせないでください」

「……っ、手間も何も、私は脅しに屈するつもりはありません!」

「脅しなどと物騒なことを……ところで、そちらのお方は?」


 少女――フェリナに話しかけていた男が、エベルテに視線を向ける。

 いずれもスーツに身を包んでいる彼らは――魔術師だろう。

 いつでも、仕掛ける準備ができているのが分かる。

 それも、おそらくは個人的に雇われている、エベルテと同じ魔術傭兵だ。


「私は――」

「こ、こちらの方は関係ありませんっ」


 エベルテが答える前に、フェリナが言い放つ。

 なるほど、どうやら他人を巻き込みたくはない――けれど、何か事情はあるらしい。

 フェリナ・アーゼルト――アーゼルト、という家は確か、この国においてはそれなりの名の知れた貴族であったはず。

 すなわち、フェリナは令嬢というわけだ。

 そんな彼女が、人気のない路地裏で――どうして追い詰められているのか。

 気になる状況ではあるが、彼女の言う通りで、確かにエベルテには関係のないこと。


「……いや、待て。あなたは――いや、お前の顔には見覚えがある」


 不意に、一人がそう口を開いた。

 すぐにハッとした表情を浮かべて、


「お前、エベルテ・エンクールか……!?」

「! エベルテ……凄腕の魔術傭兵と聞くが」

「ほう、私もそれなりに知られているようだ」

「魔術傭兵……?」


 フェリナがその言葉に反応する。

 彼女としては巻き込まないつもりだったのだろうが――生憎と、エベルテは通りすがりの一般人というわけではない。


「……関わりがないと言うのであれば、我々としてもお前と争うつもりはないが」

「それはこちらも同じこと。たまたま、私が通ったこの道で、この子と出会っただけのこと。君達の用があるのならこの子であるのなら――」

「エ、エベルテさん!」


 ガシッ、と勢いよく、フェリナがエベルテの腕を掴んだ。


「魔術傭兵なら、私を安全なところに連れて行ってくれませんか……!?」


 震える手で、そして――真剣な表情で、言い放った。

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