第2話

 次の日曜日、インターホンの鳴る音で目が覚めた。妻が出てくれると思ったが、さっき美容院に行ってくると言われていたのを思い出した。スウェットのままインターフォンの画面を覗いた。男はスーツ姿で短髪だった。男がインターフォンカメラに近づけたものをよく見ると警察手帳で、鼓動が大きくなった。何もしていないのに自分の過去に行った悪事を思い返してしまう。コンビニでMサイズのコーヒーを注文してLサイズ分を注いだり、電車で隣に座る女性が寝ていて僕の肩に頭を預けてきたのでちょっと匂いをかいだり。小さな悪事がどんどん浮き上がってきた。居留守を使おうかと思ったが、より悪質だと思われて執行猶予がつくはずのものがつかなくなったらどうしようという思考が渦巻いた。

 心臓が暴れるのを深呼吸で整えながらドアをゆっくり開けると、さっきの男がぎこちない笑みを浮かべていた。男の後ろはモデルハウスがキープアウトの黄色いテープが張り巡らされている。

「ちょっと、お尋ねしたいことがあって。ご近所の皆さんにお伺いしてまして」

「あの家で何かあったんですか?」

 自分の悪事を暴きに来たわけではないことに息を吐くが、初めて見るキープアウトのテープと刑事との対面に鼓動が収まる気配がない。

「そうなんです。実はね、河川敷で男女の遺体が見つかりまして、身元の特定に時間がかかったんですが、最近、あの家に引っ越してきた中西さんだとわかりまして」

「ナカニシさん……」

「ええ、でお尋ねしたいのが、あの家で何か変わったことはありませんでしたか?」

 聞かれる内容を思い返しつつ、近くで殺人事件が起こったことへの恐怖と下品な興奮が頭をぐるぐると回ってなかなか思考が回らない。

「もしかして寝起きですか? 申し訳ないです。朝から」

「いや、大丈夫です。あの、変わったことは何も……。引っ越し業者くらいしか見ていません」

「その業者はいつ見られましたか?」

「いつだったかな……」

 Lサイズを注いだ光景と女性の頭皮の匂いが支配していた脳で必死に思い返した。

「確か一週間くらい前です」

 刑事は手帳にメモしだした。ドラマで見るような光景だった。

「その業者に不審な点はありませんでしたか?」

 ええ、と言ったきり言葉が出ない。特に不思議な点はなかった。挨拶が雑だと思ったが、むしろ自宅の二階にいる自分に会釈してくれたことは礼儀正しかったのかもしれない。自分もそんなに深々とお辞儀していたわけではないので気にすることでもなさそうだったし。

「そういえば」僕はふと思い出した。「長い段ボール箱を二人がかりで運んでトラックに積んでいました」

「長い、段ボール、ですか?」

「はい。引っ越しなのに、荷物を積むんだって思ったことを思い出しました……」

 自分の脳内から下世話な興奮が引いていく。あの部屋で中西さんが殺されたとしたらあの引っ越し業者が運んでいたのはもしかして……。あの引っ越し業者を目撃してしまった僕は無事でいられるのだろうか。


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モデルハウス 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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