第5話 あたしを信じて!

 走って校舎を出て、校門を出る。

 それで足は止めないで、通学路も走った。


 昨日もその前も、咲良さくらはかなり長い時間、コスメを見てた。

 だからもしかしたら今日も――ドラッグストアにいるかもしれない。

 まだ寂しい顔でコスメを見つめてて、あたしが走ったら、間に合うかもしれない。


 あの曇り空みたいな目に、星を灯してあげられるかもしれない。


 そんな大きなこと、あたしにはできない?

 ううん。できる。絶対できるよ。


 咲良は、あたしのことが好きだったんだから。

 あたしは……今も咲良が好きなんだから!


 ドラッグストアに着いた。

 自動ドアの開く速度すら、遅く感じる。


 店内に駆け込んで、真っ直ぐにコスメコーナーに向かうと――あたしの予想通り、綺麗な黒髪の女子生徒がいた。


 昨日はこの辺りで立ち止まって、隠れた。

 でも今日は違う。立ち止まらない。そのまま進む。


 咲良は人の気配に気がついたのか、ちらりと横目であたしの方を見た。

 あたしだと気づいて、ばっと顔ごとこっちを向く。


夢愛ゆあいちゃ――」


 驚いたように跳ねた声があたしの名前を呼ぶ前に、咲良の腕を掴んだ。

 びくりと跳ねた手が握っていたのは――昨日と同じ、真っ赤なリップ。


「……それ、買いなよ」


「え」と、微かな声が咲良の口から漏れた。

 そんなこと構わずに、続ける。


「気になってるんでしょ? なら、悩んでないで買えばいいじゃない」


 唖然としていた咲良が、慌てて首を横に振った。

 気まずいのかあたしが怖いのか、引き攣った笑みを浮かべる。


「……ううん。可愛いなって思ったけど、私が買っても、使いこなせないよ」


 ――だって私、メイク似合わないから。


 そう言った咲良の、痛々しい笑み。

 醜く歪んだ綺麗な顔を見て、頭がカッと熱くなった。


「……馬っ鹿みたい! そんなこと、本気で言ってるわけ!?」


 咄嗟に下を向いて、考えを整理する。

 似合わない? そんな昔の、ただのあたしの一言を、まだ気にして、本気にしてるの?

 笑わせないで。ふざけないで。


 顔を上げると、咲良はちょっと怖がるような顔であたしを見てた。


「咲良、やっぱりそれ買って。今から家来て!」


「えぇぇ?」


 咲良は困ったようにか細い声をあげる。

 整った眉が八の字に下がった。


 嫌って言っても、連れて行く。

 買わないって言うなら、あたしが買う。

 そのリップを、どうしても咲良につけてほしい。


「メイクするよ。咲良、メイクしよう!」


「でも……」


 渋ってる咲良の手を、ぎゅっと更に強く握る。

 もう片方の手も添えて、両手で包み込むみたいに。

 こうしたら、あたしの本気が伝わると思った。


「でもじゃない、絶対大丈夫! あたしが言うんだから、間違いないでしょ!」


 咲良ははっとしたように目を丸くして……その目を伏せて俯いた。

 そんなに悩まないで。するって、ただ二文字だけ言って。

 それだけで、あたしはあなたを笑顔にできるはずだから。


「あたしが昔似合わないって言ったから!? 馬鹿正直にあたしなんかの言葉信じて、ずっと気にしてたの?」


 勢いで言っちゃっただけなのに。咲良にとっては、重い言葉だったんだよね。

 もちろん、あたしにとってもそうだった。ずっと、気にしてた。


「なら、今回もあたしの言う事信じてよ! お願い、最後でいい。嫌な思いさせないから!」


 あの時、あたしの言葉を信じてずっと、メイクをしてこなかったんだから――今だって、その逆ができるはずでしょ?


 だから、メイクしよう。

 大丈夫。絶対大丈夫だから。

 あの時みたいに、あたしを信じて。今度は――いい意味で。


 あたしがそう言うと、咲良はぎゅっと目を閉じた。


 しばらくそうして、そろりと目を開く。

 右へ、左へ視線を彷徨わせてから、まっすぐにあたしを見た。


「……夢愛ちゃんが、してくれるなら」


 まだ不安そうな顔。

 困ったような目。

 でもその奥に――確かに、小さな輝きが生まれた。


「任せて! あたし、将来メイクアップアーティストになるんだから!」


 安心させるように。

 その輝きが、少しでも大きくなるように。

 あたしはなるべく明るい声で、心からの笑顔で言った。

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