第2話 意外な一面?

 雛乃ひなの早紀さきは部活動見学に行くらしいけど、あたしは行かずに帰ることにした。

 部活動に入るかは、まだ決めてない。

 とりあえず今日は、ドラッグストアに寄って帰りたかったの。


「うーん、やっぱキープ力弱い気がするー。合ってないのかな……?」


 小さな鏡を覗きながら、独り言を呟く。

 今朝ばっちり上げた睫毛は、残念ながら、かなり下がってきていた。


 だから新作のマスカラを買って、明日からはそっちを試してみようと思うんだ。

 透明の液で、色がつかないのは同じだけど、形が違うから、とっても塗りやすいんだって。

 そんな噂を聞いたら、試してみたくなるよね!


 鏡をブレザーのポケットにしまって、ドラッグストアに入る。


 中学の時は反対方向だったから、学校帰りに寄ったりできなかった。

 けど高校なら通学路に大きめのドラッグストアがあって、いつでも寄り道し放題!

 新作が出たらすぐに買えちゃうなんて、とっても便利だよね。


 コスメコーナーは、お店の右奥。

 真っ直ぐに進むと、目的の棚に先客が見えた。


 ……うわっ、最悪。

 と、思わず口に出しちゃいそうになった。


 じっとコスメを見つめてるのは、あたしと同じ制服を着た――サラサラした黒髪の女子生徒。

 後ろ姿でわかる。あれは絶対咲良さくらだ。あたしが見間違うわけがない。


 後日にする? でも、マスカラが欲しい。

 それに咲良を理由に諦めるのは……なんとなく嫌。


 こっそり近くの背の高い棚に隠れて、様子を伺ってみることにした。


 咲良は少し前のめりになるほど、真剣に商品を吟味してるみたい。

 手に取るわけでもなく、ただただじっと眺めてる。


 ……咲良も、本当は興味あるんじゃない。


 興味ないようなフリしてる癖に。

 本当は、咲良もあたしと同じように、メイクを楽しんでるの?


 いつから? 休日ならしてるの?

 どんなメイク? 何のためのメイク?


 ――メイクをした咲良は、もっと綺麗なんだろうな。


 見てみたい。見てみたいけど、見たくない。

 咲良のことを考えると、自分が何をしたいのかも曖昧になって、嫌になる。


 ほんの5分程、そうしていて。

 咲良はただ眺めただけで、何も買う気はないらしい。

 他の物でも買うのかと思ったけど、真っ直ぐ出口の方へ向かって、そのまま帰っちゃった。


 ……目当てのものがなかった、とか?


 ちょっと不思議だけど、そんなこともあるよね。

 買う予定もなく、何となくでコスメを見に来ることもあれば、欲しかったものが売ってないこともある。

 咲良にもそんな一面があったのは意外だけど、別におかしなことじゃない。


 気にしないことにして、目当てのマスカラを探し始めた。






 今日もあたしは教室で、メイクの仕上げをしてた。

 初めて使うマスカラ。ぶっつけ本番だったけど、ちゃんと上手くできた。


 確かに塗りやすい。

 心なしかキープ力も高い気がするし、いける気がする……!


 じっと鏡を見て、今日の出来を確認する。

 誰が見ても可愛いと思えるくらい、あたしの理想の夢愛がそこにいた。


 ――うん! 今日のあたしも、最高に可愛い!


 お決まりの呪文で魔法をかけて、鏡とコスメポーチを鞄に仕舞う。

 昨日と同じようなタイミングで、雛乃と早紀が登校してきた。


「おはよー!」


 今日はあたしから声をかけると、弾んだ声の「おはよー!」が二つ分、返ってくる。

 それぞれの席に鞄を置いた二人は、中から取り出したポーチを持って、あたしの方へやってきた。


夢愛ゆあいー、リップの塗り方教えて!」


「いいよー、任せて任せて」


 あたしがぐっと親指を立てて見せたら、早紀はやった! と嬉しそうに笑った。


「どっちかにあたしがやって、一人が真似する……って感じでいい?」


「あ、じゃあ私やってほしー!」


 ぱっと手を上げて言った早紀に、雛乃もこくりと頷いてる。

 隣の席と前の席の椅子を借りて、あたしの席の周りに3人で座った。


 早紀がポーチから取り出したのは、よく使ってるリキッドタイプのツヤリップ。

 いつもはスティックタイプのシアーリップを使っている雛乃も、似たような物を持ってきてくれた。


 鞄からポケットティッシュを取り出して、机の上に置く。

 ……よし、準備万端!


 リップを開けて、チップについた液の量を調節する。

 早紀の顎に指を添えて、そっと唇をなぞった。


「気持ち内側めで普通に塗って、ティッシュオフして」


 綺麗なピンク色に染まった唇に、ティッシュを軽く押し付ける。

 こうして余分な色を落とすのが、今回のポイントなの。

 一旦雛乃の方を見て、ちゃんとできてるか確認しておく。


「――で、内側にちょっとだけ重ね塗り。指でいい感じにぼかしたら、完成!」


 ちょんちょんと重ね塗りをして、リップの蓋を閉めた。

 ぼかす作業は、早紀に自分でやってもらおう。


「……こう! できた!」


 鏡を凝視していた雛乃が、嬉しそうに声をあげた。

 続いて早紀も、鏡を置いて顔をあげる。


「二人とも完璧! 似合ってるよ!」


 早紀は可愛らしいピーチピンクで、雛乃は大人っぽいオレンジベージュ。

 どっちもグラデーションでじゅわっと血色感が出てて、とっても可愛い。


「でっしょー!」


 あたしがぱちぱちと手を叩くと、早紀が得意気に胸を張った。


「いや、早紀は夢愛にやってもらったでしょ」


「えへへ、バレた?」


 早紀は調子よく言って、誤魔化すように笑った。


「夢愛、メイクするの上手だねー! メイクしてあげる人なれるんじゃない?」


 もう一度鏡を見た早紀が、嬉しそうに笑って言った。


「本当!? あたし、そういう仕事したいと思ってるの!」


 つい嬉しくなって、大きな声で言った。

 あたしの将来の夢は、メイクアップアーティスト。

 メイクが大好きだから、メイクに関わる仕事に就きたいの。


「えー、そうなの!? 絶対向いてる、なれるよ!」


「夢愛がそうやって仕事してるとこ、イメージできるわ」


 早紀がぱっと目を輝かせて、雛乃も大きく頷いた。

 そう言って貰えると、かなり自信が付く。


 嬉しいなーと思ってると、早紀が突然立ち上がった。

 早紀はそのまま、斜め後ろの方の席へ向かう。

 え? 早紀、まさか……。


「ねねね、桜庭さくらばさん!」


 ぱたぱたと咲良に駆け寄っていき、そのまま声をかけた。

 嘘でしょ……何やってるの……!?


「えーと、早紀、さん? どうしたの?」


 咲良は困ったように、綺麗な眉を下げて早紀を見た。

 にこにこと笑いながら、早紀は自分の顔を指さす。


「このリップめちゃくちゃ可愛くない? 夢愛にやってもらったのー」


「そ、うなんだ。とっても可愛いと思うよ」


 得意気な早紀を見て、咲良はにこりと微笑んで答えた。

 その笑顔も完璧なくらい綺麗だけど……少し引き攣ってる。


「でっしょー! 桜庭さんもやってもらう?」


「「えっ」」


 早紀の思いがけない発言に、2人の声が重なった。

 勿論、あたしと咲良の声。

 思わず真っ直ぐに咲良を見ると、咲良も同じように、あたしを見てた。


 視線がぶつかって、空中で弾ける。

 何も話をすることもなく、お互い静かに目を逸らした。


「……ううん。私はいいよ」


 遠慮がちな声で、咲良はやんわりと断った。

 昨日コスメを見てたし、意外と乗ってくるかな。

 なんてほんのりと思ったけど、そんなわけなかった。


「メイク、あんまし興味ない感じ?」


 とっさに目を逸らしたけど、やっぱり気になる。

 はっきりとは目が合わないように、さりげなく咲良の方を見てみた。


 咲良は下を向いてしまっていて、早紀が不思議そうに見てる。

 咲良はしばらく無言で考え込んで――ぎゅっとスカートの裾を握った。


「……あんまり。私……メイク似合わないから。」


 咲良の言葉を聞いて、あたしははっとした。

 “似合わない”という言葉が頭に突き刺さって、古い記憶を呼び起こす。


「そーかな? 絶対可愛いのにー」


「ごめんね。誘ってくれてありがとう。」


 嫌がっている咲良に無理強いはできないみたいで、早紀は大人しく諦めた。

「駄目だった」と笑いながら、あたしの席に帰ってくる。

 あたしの顔を見て、早紀が心配そうに眉を寄せた。


「夢愛、大丈夫?」


「えっ、あ……うん。ごめんー大丈夫!」


 あたしはまた無理矢理唇を釣り上げて、誤魔化すように笑った。


 咲良の言葉は、あたしとは関係ない。

 そう決めつけて、安心しちゃえばいいのに。


 なのに少し、ほんの少しだけ、思ってしまう。


 もし、あたしが言った言葉が、こうして咲良を縛っているのなら。

 咲良の思考の根本に深く、あたしの存在が関わっているのなら――。

 ――ちょっと、嬉しい。って。

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