理想と現実と少しのデジャヴと
「合格だ美鈴。やはりお前の孤独力が我々には必要となるようだ」
黒く大きい生物が「意味のわからない事」を立て続けに口にしている。
「何で私の名前を知っているの」
「ずっと注目し、お前という人間を観察させてもらっていた」
「私は…特別でもなんでもないよ」
何か自分がとても冷静に話をしていると思った。それは眼の前にいる、おそらく「ツチノコ界隈」の主であろう、黒く大きな生物から敵意を感じなかったからなのかもしれない。しかしそれと同時に「焦燥感」のようなものも感じていた。深堀りして言えば、とてつもない「使命感」に駆られているような「真っ直ぐで愚直な目」をして、まんじりともせずこちらを見ている。
「…お話があるんだね?」
そうだ、と言うと「彼」は全てを語り始めた。
「単刀直入に言おう。お前達人間のせいで我々の種の存続が危うい。ツチノコ族はこの島国がまだ大陸と陸続きだった頃から、この土地の地下を空間化させて種を繁栄させてきた。驚くかもしれないが、基本的に我々には寿命という寿命は存在していない。必要な食べ物と綺麗な水さえあれば未来永劫に生命を保持することができるのだ。その分新しい個体を増やすことが遺伝子の構造上、難儀になっている。だからこそ種の個体を減らさないようにしていかなければならない。ただここ数千年で人間という生物が此処に現れて食料を奪い水を汚した。その結果「飢え死に」したり「栄養失調から病気になる」個体が増えて数が激減してしまったのだ」
黒いツチノコは続けた。
「私達は基本的に争いを好まない。色々な種が共存することに本来は肯定的だ。それ故に我々は人間の使う言語だけではなく、鳥や猫など「他種族」の使うコミュニケーションの術を数多く駆使することで融和を保ってきた。だからこうしてお前に話しかけ、会話をすることが可能なのだ。とにもかくにも、環境がココまで来てしまった以上、何もしないということは自らの種が絶滅する事を容認し、加担さえしてしまうことになる。それはつまり、先に旅立ってしまった仲間達を「裏切る」ことにもなるのだ。そうなってしまうぐらいなら、我々は元凶となったお前達人間の「首」を狩り始めるだろう」
放たれている言の葉が「怖いくらい」無防備な心にドンドン突き刺さる。その事を知ってか知らずか彼の「口撃」は続く。
「そんな中で我々は「共存案」を模索し続けた。そしてどうやら、それを可能にするためには人類の代表として選定した「適材」の後押しが必要であり、直接やり取りをする必要があったのだ。我々の種の言い伝えとして「異種との間において、何か大層な事を成し遂げようとする時、対象となる別種族が重んじているであろう「相手側のやり方」に順じなければならない。さもなくば自らの身を削る事に繋がるであろう」というものがある。調べたところではお前たちは「力という暴力」ではなく「言葉による話し合い」を介し「譲歩」しながら物事を決めるらしいではないか。それに従うため「交渉相手」を見つける中で「美鈴」、お前に白羽の矢が立ったのだ」
「何で私である必要があったの」
「お前は「人類という種の個体数が減る事」に抵抗が無さそうな人間だ」
「そんな理由で…?」
「お前の他人に対する抵抗と不信感のバランスこそがそれにふさわしい」
私の負の感情なんて「大したことない」はずだ。丸め込むのに都合の良い人間ということなのか。考える間もなく、周りの雑踏がすごい速度で私を飲み込む。
「…それで?」
「お前達の数を減らしそこからまた種を繋いでもらう」
「どれくらい減らすつもりなの?」
「1000人単位に個体数を減らさせてもらう」
「…全世界で?」
「そうだ。それを飲めないというなら全面戦争を起こすつもりだ。例の光景が夢では済まなくなる。あれは我々の最後警告でもあるのだ」
心底無茶苦茶だと思ったし、非現実的過ぎるとも思った。ただ「黒い彼」の目を見る限り、全く嘘だとは思えない。
「勿論美鈴、お前への見返りはしっかり用意してある」
そういって彼は自らの口の中から黒い真珠のような物を「吐き浮かせ」た。
「これは我々一族に伝わる不老不死の秘密だ。これを口にすることで未来永劫に「死という最もな恐怖」とは無縁で過ごすことができる。もし先程の交渉が成立した時にはこれをお前に授けよう」
いわゆる不老不死の薬だそうだ。
そして彼等は死ぬことが一番怖いとも言った。
周りの壁から溢れる水の量が次第に増えている事に気づく。
このままでは今いる空間も時期に埋め尽くしてしまうだろう。
私は「流されそう」になった。それは人間でもありながら、その人間が嫌いだからである。
種族としては、空気や海や森を汚し、住んでいる星に対し我が物顔で容赦ない。そして一個体としても大勢に流され、都合の良い言い訳を繰り返し、嘘だったり隠し事を重ねていく。そこに信頼や忖度、人間関係という複雑なものが絡まりあい社会が構成されていく。そして最後儚くも何も無かったかのように、死んで無くなる。そんな「人間」という輪廻が私は嫌いだ。
無くなるのが怖いから、ハナから欲しくないようにしちゃえばいいんだ。私はそう思って人間関係について考えてきた。だって、自分の発言で友達が急にいなくなったりする。でも…今思えば、そもそも私もいつか死ぬ。無くなるなんて当たり前だ。無くなる事に恐怖を覚えて輪廻から外れてこのまま死ぬくらいなら、いっそ「リセットボタン」を押すような感覚でこの話に乗ろう。そしたらそもそも無くならないし亡くならない。それって無敵なんじゃないかって思った。
「わかっ…」
しばらくしても最後の「た」が出てこない。
ここ数日、堂々巡りを繰り返してきた。
奈緒とケイゴが恋人同士になって嬉しかったのに、1日券の種類が違ったたけで私は嫌な気持ちになった。そうでもなると、助ける事も振り返ることもせずに仲間を置いて私は立ち去ったりする。この段階では不届き者であるが、そのあと流した私の涙には友人を無くすという「悲壮」や「後悔」による「哀」というある意味「善」質な成分も、多分に含まれていた。「いつものように」そうやって思い返し、相変わらず堂々巡りをする私もいる。
そして今改めて、私の命も「いつか無くなる」ということに、「また」少しでも気づくことができた。だから本来は無くなることに恐怖を覚えて遠ざけるのではなく「無くなる事に慣れていく」というトレーニングをしなければならないんだ。本当は誰より強くなりたい。
私は人である。ツチノコがいう「不死身である事」を可能にする薬にはそもそも興味もない。ただあの時の「黒い彼」の目を忘れる事もできない。だからここで分かり合って、私がこれから死ぬまでの間ずっと…。
「わからない。やっぱり私にはその考え方が。でもあなたの仲間の事も無駄にはしたくない。だからこれから私は自然についてたくさん考える。死ぬまで全世界にその事を訴えていくから…だから許して」
「ならぬ」
そう言って私の眼の前に体を近づけた。
「人間はいつもそうだ。口では自然を守ると言いながらまとまる事なんて一切なく逆方向に進んでいくではないか」
ぐぅの音もでない。そのとおりだ。
「全世界の人間が全員頭の片隅にその事を入れてくれさえすれば、地球の自然は守られるかもしれないのに、だ」
「私はそれを絶対にやってみせるから!」
瞬間沸騰されて湧き出た涙を流しながら、泣きながら私は叫んだ。
「あなた達の事情もわかるから。でも私…いや私達に最後のチャンスをちょうだい」
「もういい、交渉決裂だ」
無慈悲にも目の前が真っ白になった。
「ん。んん…?」
「お客さーん、終点ですよー。車庫行きなんで降りてくださいねー」
私を含む数人の酔いつぶれた乗客に対し、メトロの駅員さんが繰り返し声かけをしている。
今日はカフェのアルバイトの送別会だった。少し飲みすぎたか…。私はフラつきながら、メトロのとある終着駅にある自宅へ歩き始めた。
平凡な大学生としてスタートしたキャンパスライフ。だが「何かのタイミング」で途中から世界の環境問題に対する取り組み方に疑問を持ち始めた。それ以降、私の大学生活は「明確な人生目標を達成するための助走期間」に変わっていった。
その結果、この4月からとある電気会社に入社し、再生可能エネルギーについての仕事に携わる事となった。ゆくゆくは世界中の全人類が「エコ」や「リサイクル」に前向きな行動を習慣化する未来を創りたいと考えている。
4月。私は入社式の数日後、上司に連れられて数人の同僚と会社近くの居酒屋に足を運んでいた。
ザワザワと程よい雑踏が支配する、サラリーマン御用達の赤提灯の店。割と入り口寄りの席に通され、最初の一杯を注文する。
その横で同じくらいの年齢と思われる男女3人組のグループが、お酒が少し入った状態で楽しそうに話をしている。
「なんかツチノコが東京の地下鉄のトンネルにいるらしいよ!」
「……」
「んなわけないじゃん」
「ねーちょっとくらい真面目に取り合ってよー!」
「はいはいー。あ、お姉さんすみませーん」
耳を傾けていると危うくお酒を頼まれそうになったので「いまお酒を控えてるのでウーロン茶で…」と上司に告げた。昨今の「アルハラ」事情に理解のある上司は「おっと、危ない危ない」という顔をしかけながら「オッケーオッケー。他の皆は?」と気を配っている。
しばらくして飲み物が各自に届き、ムードメーカー担当の同僚がソツなく乾杯の音頭をとる。私は紙ストローの刺さったウーロン茶を飲みながら「流石にツチノコはいないかなぁ」と頭の隅っこで少しだけ考えていた。
そこにあるのは理想と現実と、何故だか分からない少しのデジャヴ。そしていつか会うかもしれない友人達の存在と、いつか絶対に対面する事になる「死ぬ」という事実。
ツチノコという言葉や文字に触れる度「この世」と「地球の上」で生きているという事を、あなたにふっと感じてほしくて。
東京ツチノコミステリー 「完」
東京ツチノコミステリー もにもに @monimoni4820
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