退廃世界の代行業者

Theo

第1話 日常の崩壊

 国は長い星間戦争の真っ只中にある。

 異星人はこの国に兵器を散布し、人間はそれに触れると死んでしまう。

 初めは毒やウイルスの類と思われた兵器だが、その死に様は多種多様であり──人体発火、窒息死、爆死等様々であった。そうした犠牲者の中には時折、異形へと姿を変える者も含まれる。彼等が引き起こす二次災害の被害もまた甚大である。

 多くの国民は異星人の姿形を知らず、国は兵器の正体すら掴めていない。

 そうした非日常が日常と化した現代、異星人の齎す被害は「自然災害」のようなものとして受け止められていた。

 ──世界がどれほど変容したとしても、自らの身に起きるまでは他人事なのだ。


 異星人など全く怖くないと思った。本当に怖いのは人間だから。

 少女──ミアはつい先日、異星人の襲撃で家族を喪った。そのことも後から聞かされただけでミア本人は事態の全容を知らない。

 とある日ミアは高校から帰宅し、家族四人で夕食を食べた。学校がある日のルーティンの一環だ。家族と他愛ない話をし、テレビを観て、自分の順番になったら入浴をし……普段通りに明日を迎えるはずだった。

 普段であれば23時前後までリビングに残り、家族四人でテレビを観ながらああでもないこうでもないと談笑をするのが日課だった。しかしその日は急ぎの課題があり、ミアは席を外していた──結果的にそれが功を奏したのかもしれない。

 思えばその日は普段よりも静かであった……課題の途中にミアがリビングへ飲み物を取りに行こうとした際、部屋にはテレビの音だけが響いていた。

 両親と姉はソファに椅子を腰掛けたまま、力無くだらりと凭れかかっている。

 

 初めミアは何が起きているのか理解出来なかった。

 皆の声がリビングから聞こえなくなったのはいつ?まだ息はある?

 両親と姉の身体を順々に調べたが、脈は無い。誰一人として呼吸をしていない──彼等は少し目を話した隙に突然死してしまったのだ。

 ミアは状況を受け入れられずしばらく家族の傍で立ち尽くしていたが、何分か経ってようやくテレビの音声がノイズではなく情報として耳に入ってきた。

 音声は繰り返し「避難勧告」「危険度7」を繰り返している。ミアの居住地一帯に発せられた警告──即ち異星人による襲撃の被害を示し、避難を促すアナウンスだ。7が最も悪い。普通に生きていれば拝めないような数字。静かな災害。

 ──その中でミアは一人生き残ってしまった。


――――――――――――――――――――


 それからの日々は被災者としてはありふれたものであった。

 ミアは家族の遺体を前に動けないでいたが、数十分後には役人が駆けつけてきて彼女を自宅の外へ連れ出した。そしてミアの親族に連絡を取り、一時的に親戚の

家に預けられることになった。

 ミアは家族の葬儀を希望したが、遺体は「不審死」と判断されたため国に引き取られ三人とも帰ってこなかった。

 家族の心配をしている場合ではない──ミアの居住地と親戚宅は遠く離れている。学校は当然転校することになる上、そもそも親戚の家は子供をもう一人預けられるだけの余裕が無い。となると当然「ミアを施設に預けてしまうのはどうか」「どの家がミアを預かるか」という問題が浮上する。親戚達は表立ってミアを邪険にすることはなかったが、それからはたらい回し……ミアはいくつもの家を転々とし、顔も名前も知らない遠縁の家に行き着いた。大人達は世間体が何だのと言い争いを続け、施設に入ることも叶わない。この間、ミアはまともに学校にも行けなかった。

 ──然しながらコレは被災者には「よくあること」の一つに過ぎない。


「ミアさんですね。私、こういう者です。フェノム・システムズをご存じですか?ここから遠く離れたセクターのリサイクル事業をしている企業なのですが……」


 そしてまたある日のこと。

 ミアは親戚に呼ばれ、家の応接室に唐突に押し込まれていた。来客対応をしろということなのかと思えば「自分に会いたがっている人間がいる」ということだ。

 机を挟んだ正面に座る黒髪の女性は見るからに制服というようなフォーマルな装いをしている。白いロングコートの袖に何処かで見たようなロゴ──彼女が手渡してきた名刺にも同じロゴが印刷されている。

 フェノム・システムズ……名前だけは聞き覚えがある。この国に存在する五十のセクターの内の一つを束ねる組織だ。本来こんなことは一々覚えていないのだが、五十うちの一番目にあたる所であれば話は別だ。縁もゆかりもない組織ではあるものの、誰しもが何となく憶えているだろう。数あるものの中の一番のことは。

 ミアはぎこちなく彼女の言葉に頷いた。


「簡潔に申し上げます。ミアさんはあの災害を生き延びた唯一の生存者です。我々は貴女に敵性兵器への耐性が有ると判断いたしました」


 その体質を弊社で生かしませんか?──私達の業務に参加しませんか。御親戚には既にお話をさせて頂いております。

 女性の話はこうだ。局地的な襲撃とはいえ、自分はあの襲撃における唯一の生存者であり……どういうわけかあの災害の後で各組織からマークされていたらしい。

 そういえば初めて親戚の家に預けられる直前に国から補助を受けて一度健診に行った記憶がある──あのようなデータが組織間で共有されているのだろうか?

 ミアの中で点と線が繋がる。女性の言動、そして親戚が妙にこの女性と自分を引き合わせようとすることも踏まえると……どうやら自分は厄介払いされそうになっているようだ。


「我々が貴女の負債を全て帳消しにいたしましょう。御家族の事業の事は御存じでしょう」


 一体何処まで話が筒抜けなのだろう。

 ミアは自分の腕に鳥肌が立っていることに気が付いた。女性もといフェノム・システムズには自分の父親の事業や財産の事が知れ渡っている……そして一企業がそこから自分を救うと言っているのだ。

 更に彼女はフェノム・システムズに入社した暁には衣食住を保証することを説明し、就業条件の記載された資料をミアの前に並べていく。雇用形態は正社員──年齢的には高卒者と同じ枠で扱われるのだろうか。給料は大卒の初任給に少し上乗せした程度だが、これ以上ない好条件だ。

 然しながら配属に関しては書かれていない。どんな仕事をさせられるか分からないことは不安の種だが、ここで女性の要求を突っぱねることは親戚を敵に回し……何より企業に目を付けられる可能性をも孕んでいる。

 この場が設けられてしまった時点で自分に逃げ場はないのかもしれない。


「契約すればいいんですか?私にどうしてそこまでしてくれるのか分かりませんけど、本当にただの学生ですよ……」


 元・学生ですけど。もうしばらく学校に通えてないから退学になっているかも。

 嫌味っぽい言い方になってしまった気はするが、仕事内容次第では明日にでも死んでいるかもしれない身だ。女性はミアがサインをする様子を見てにこりと微笑んだ。

 不気味だ。最初からこの人は笑顔だったのに。

 契約を交わした後、女性はすぐにでも部屋を用意すると言いミアを連れて家を出た。外に車を停めているとのことであった。親戚は案の定女性を止めるどころか喜んで見送ったあたり、最初から厄介払いのつもりで彼女と話を付けていたのだろう──一体いくらもらったのだろうか?それほど安い命じゃないといいんだけど。

  女性の背中を眺めつつとぼとぼと歩きながらミアは漠然と金の話を考えていた。

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