第105話 延期を狙う

 「・・・そうだ。タツロウさんは、ここからどうするつもりなんですか。僕らに知らせる。これは分かりました。ですが、これからの個人としての動きは?」

 「はい。まず目的の一つは達成しました。今の情報をお伝え出来たので、俺は満足しています。今のが、人生の目標みたいなものでしたしね」


 タツロウが軽く頭を下げた。フュンもお礼として頭を下げた。


 「それで、あとは帰るだけかと思います。ですがその際。偵察内容としては当たり障りのない事を言わないといけません」

 「ん。当たり障りのない?」

 「はい。こちらの説明を深くしないで、報告するのです」 


 タツロウの意図を大体読んだフュンは、次に重要な情報の時間を聞いた。


 「・・・ん。そうだ。タツロウさん、滞在期間って決まっていましたか」

 「はい。短くて一カ月。長くて半年の予定でした。潜水艇が、試作機でありまして。最初の偵察なので、上手くいくかどうかの実験も込みでありましたので、滞在期間が短く設定されています」


 フュンは今の相手の国の考えを想像した。


 「なるほど。ではあまり人数をかけずにこちらに? 潜水艇と呼ぶものは小さいのですか」

 「はい。七人で来ました」

 「七!?」


 思った以上に少ないと感じた。


 「ええ。しかし今は俺を含めて三です。もし、あなた方が良ければ、協力者の二人をここに置きたくてですね。俺は一人で大陸に帰るつもりです」

 「協力者をここにですか!?」

 「一緒に来た二人は技術者なんです。あちらの大陸の技術を持った二人をここに置きたくてですね。なんとか強引にこの作戦に参加できるようにしました」

 「な・・なんですって!」


 フュンは背もたれにのけ反るくらいに驚いた。


 「俺たちとあなたたちが協力関係になってくれるなら、元々協力者の二人をこちらに置く予定でした。それで俺は、レガイア国には難破して一人になってしまい。命からがら帰って来たと報告するつもりでして、潜水艇の実験を延長させるつもりでした」

 「・・・それって、もしかして・・・その潜水艇が上手くいかずに、中にいた乗組員を失ってしまいましたとか言って、まだまだ改良の余地があるんだぞって、報告するつもりなんですか?」


 これがタツロウの意図だろうと、フュンが聞いてみた。

 さすがは太陽の人だと思ったタツロウは感心しながら話す。


 「はい。その通りです。それで時間をコントロールしようかと思いましてね。それに実は、この潜水艇の実験が終わると、潜水艦の実験に入る予定でして、それをやられると、こちらには準備の時間がないでしょう。すぐに敵が来てしまう感覚になると思います」

 「潜水艦?」

 「はい。巨大な船を海の中で航行させるものです。これが完成してしまうと、あとはもう・・・」

 「そうですか。艦隊がこの大陸にやって来て、軍が押し寄せてくる・・・というわけですね」

 「そうです。そしてその計画の初めは、脅しだそうです」

 「脅し?」

 「はい。最初に圧倒的武力を使ってこちらを攻撃して、話し合いを始めるのだそう。それはもう交渉ではなく脅しであります」

 「なるほど・・でも理に適っている。従属国にするのが一番ですもんね。自国にダメージが少ない手段だ。ジャルマ家というのが、内部を掌握していると言ってもまだ残り二つの家がある。それに外部との戦いが拮抗しようとも、後ろに厄介な小国があれば、大戦争に集中できない・・・ふっ。まるで僕が幼い頃と状況が同じだな・・・」


 別に激怒するつもりもない。

 フュンは冷静に事態を把握していた。


 今の現状が、まるで昔のサナリアのようだった。

 小国が大国に飲み込まれていく。

 時代の流れに逆らう事の出来ない大波。

 今は小大陸が、巨大な大陸の波に追いやられて溺れていくような感覚だ。

 でもまだ完全にどっぷり頭まで溺れたわけじゃない。

 まだ腰辺りだとフュンは思っていた。

 

 あの時のアハトは、下げたくもない頭を下げて帝国に跪いた。

 では自分は、この大陸の人々を守るために何をするべきか。

 跪くべきか。徹底抗戦に出るべきか。

 フュンの選択が、大陸の運命を決めるのだ。

 父アハトと同じような道を辿ったのだと、フュンは思わず苦笑いをしていた。



 ◇


 「冷静ですね」

 「ええ。まだ想定内です。ただ、技術をもらえるとは思ってなかった。これは僕らにとって大きな事です。時間が無いとしても非常に助かる部分ですね」

 「それもまた冷静だ」


 タツロウは、全く動じないフュンに驚いた。


 「もちろんです。ここで慌てても良い事はないです。それと、その計画。何年後になるのでしょうか。今すぐではないですよね」

 「はい。当初の計画では、この偵察後。半年後に二隻。そして次に潜水艦が一度こちらに来て。その次に艦隊が来る予定でした。この最終段階までで、三、四年らしいです。資料を盗み見しました」


 危ない橋を渡って来たのがタツロウだ。

 情報部に潜入して、情報を入手するなど一般人には不可能。

 さすがは影であるとフュンは思った。


 「・・・ふぅ。厳しいな。その期限だと厳しい」

 「しかしです。今。俺が偽の報告をすれば、倍ぐらいにはなるかと思います」

 「??? 倍ですか!」


 向こうからの驚きの提案で、足の上に置いた手に力が入った。

 その期間があれば、フュンはまだ出来る事があると思ったのだ。


 「はい。俺が一人で帰って報告する内容は、荒波を超える事が出来なかったとするのです。他の乗組員は犠牲になって、修理に時を要したと言って、ギリギリの期間で帰ります。こうなると、帰って来た船の点検から始まり、今までの設計の見直しが始まると思います。それで計画を遅らせて、六年から八年。ここらへんまで伸びてくれると思います」


 報告をまとめる際。

 殺した乗組員も、こちらに置く協力者の方も、荒波で犠牲になってしまったために、自分一人で帰還したとする。

 この報告であれば、潜水艇の点検だけじゃなく、改良から始まるだろう。

 そうなれば、計画されているものが根底から変わっていき、時間を要する形になる。


 タツロウは、知らせる事と今の計画の二重の計画をしていた。

 自分がトゥーリーズに会う事。

 会えたらこの計画を遅らせる作戦を発動させる事。

 双方を成し遂げるためにタツロウは、今まで必死に努力をしてきたのである。


 「六年・・・か。アーリア決戦を更に早めるしかない。僕の計画をより高速化しないと駄目だ」

 「アーリア決戦?」

 「はい。こちらも戦争状態なのです。現在、二大国が争っています」

 「なんと・・・勝てるのですか」

 「わかりません。ですが、勝ちにいかないと・・・いえ、勝ち切らないと駄目だ。僕らが勝たないと、たぶん大陸が終わるでしょう。ネアル王はここまでの事は考えていないでしょうからね。僕はアーリアの為に、あなたがいる国と戦います。レガイア国でしたよね」

 「そうです」 

 「その国を退けるくらいの国力を手に入れましょう。なんとしてでもです!」


 フュンは、今の先を見据えた。

 ネアルとの決戦だけは中止に出来ない。

 なぜなら、ここで同盟なんてものを結べば、彼の心のどこかに勝負をしたい気持ちが残ってしまう。

 それでは、ネアルが納得するわけがない。

 彼が納得をしなければ、一つの大国となっても、きっと内乱のような戦争が再び起きてしまう。

 それでは別大陸にある超大国との決戦など望めないのだ。


 フュンは、アーリアの未来を守るために覚悟した。

 強引に前に進んでいく事を!


 ◇


 「とにかく会いましょうか。その協力者の方たちとお会いしてから、そこからですね。色々な情報を知りたいです」

 「わかりました。移動しますか」

 「ええ。そうしたいですけど。もう一つ悩んでいることがあります。タツロウさん。あなた、ここから一度帰れば、危なくないですか。一人で帰って来れたなんて、そんな都合よく、国の上層部を騙せますか? 僕はあなたが心配です」

 「たしかに、危険です。俺は帰ったら、綱渡りの状態に入るでしょうね。一つ間違えれば、命はない。ただそれでもやるしかない」

 「ええ。だから、僕はあなたが心配で・・・」

 「え? 俺が・・・」

 「はい。僕はあなたが心配です。ここまでの事をしてくれた人が・・・その身が危険になるなんて、本当ならこちらの大陸にいてもらいたいくらいです」


 しかし、それをやってしまうと、計画を延長させることが出来ない。

 タツロウにはレガイア国に帰ってもらわないといけないのだ。


 「いえ。いいんです。俺はアスタリスクの民。それがあなたを見て、今の話を言えた。ここが重要。しかも・・・」


 タツロウはフュンの顔を見た。


 「あなたはやはり、俺たちが何百年と待ち望んだ・・・太陽の人だ。俺には分かる。たぶん、他のアスタリスクの民もあなたを見ればすぐに分かる。俺たちの主はここにいると」

 「・・・いや、さすがに・・・・それはどうでしょうか。何百年も一緒にいなかった一族ですよ。無理じゃないですか?」

 「いいえ。わかります。アスタリスクの民ならば、あなたを選ぶ。そうに決まっています」


 タツロウの言葉を聞いて頷いたのが、レヴィであり、そしてタイローが言葉を返した。


 「その通りです。タツロウ殿。私たちも、フュンさんが太陽の人であると確信してからは、選んでいます」

 「選んでいる??」


 フュンが首を傾げた。


 「そうですよ。フュンさん。私たちは・・・いえ、ラーゼの民は、あなたと共に生きようと。選びました! この国の誓いの文に、こう書いています『私たちは太陽と共に』とね。だから、帝国に太陽がいるから、私たちは帝国と同盟を結んでいます。もしあなたが別な国。そうですね。サナリアにいても、私たちはあなたと共に生きますよ。それがたぶん。タツロウ殿の言った。アスタリスクの民の本音なのでしょう。この国のラーゼの民はあなたを信頼しています。あのラーゼ防衛戦争の頃からです」


 共に命を懸けて戦って来た。

 だからフュンを信頼し、そして友人となった。

 共に寄り添う。同士にもなった。

 それがラーゼの獅子。ラーゼの民たちである。


 「ですからタツロウ殿の勘は正しいと思いますよ。私たちもまあ、そのアスタリスクの民ですからね。あなたが思うフュンさん・・・太陽の人を思う気持ちが大体分かりますよ。ただ、このフュンさんがですね。自分の事を大したことないって思っているのが、私たちは納得いってませんよ。友人代表としては、ご自身に自信を持ってもらいたいですね。ははは」


 タイローは爽やかに笑った。


 「な! そんなこと思っていたんですか。タイローさん。でもたしかに、自信はないですね。いつも不安と共に歩いていますよ。自分で決めた道。そこの隣には不安が付き纏う・・・でも、皆さんが助けてくれた道でもあります。僕は、僕が歩こうとした道を周りの人が支えてくれたおかげで、不安が消えていただけなんですよ。弱いですね。僕は・・・」


 誰かのおかげでやって来れた。

 自分の力では無理だった。

 フュンはそれが強さでもあり、弱さでもあったと思っていた。

 心のどこかで、皆に頼りっきりだったかもしれないと反省していた。


 「ま、そうぞな。それにおいらたちは、お前さんが言わない不安の部分にも気付いているけどぞ。お前さんは滅多にそういう事を口にしないからぞ。皆、気を遣って黙っているんだぞ」

 「え!? そうだったんですか」

 「もちろんだぞ。楽勝でわかるぞい。顔に出るぞ。出なくても雰囲気で分かるぞ」

 「え?」

 「レヴィも気付いているぞ。な?」

 

 レヴィがサブロウの言葉に頷く。


 「当然です。しかし、フュン様は頑固です。自分から言ってくれないとこちらからは聞けませんね。相談も乗ってあげられません」

 「レヴィさんも分かっていたのですか」

 「はい。当然です。ソフィア様にそっくりですから」

 「なんだ。僕だけ一人で悩んでいるみたいになっていますね」

 「ええ。そうです。ですから、フュン様。皆でやりましょう。ここは難しい局面。ですが、また皆で乗り切る時が来たのでしょう。サナリアの反乱の時と同じです。あなたの未来。そして大陸の未来。これが重なる時が来たようですよ」

 「・・・僕の未来ですか。そこが大陸に繋がるかは分かりませんが・・・そうですね。皆で自分たちの未来を守りましょうか。やりますか。よし」


 フュンは立ち上がった。


 「タツロウさん。ではよろしくお願いします。あなたの覚悟を、僕は大切にします。そして共に。この困難に立ち向かいましょうか」


 手を前に出したフュンが握手を求めると、


 「はい。お願いします」


 タツロウはその手を握り返した。

 

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