第104話 同胞の意地を見たい

 「最後の影?」

 「はい。アスタリスクの民は、ほぼ消滅したんです。アスタリスク戦役でほとんどが殺されたのです。だから最後のトゥーリーズがどこに行ったのかすらも分かりません。ですが、消えた当時。影の当主ヒヨリ・フジが最後に囮となってくれたおかげで、少しでも影の味方を残してくれたことで、アスタリスクの民は細々と生き残れたのです。影の変装術。あれらのおかげで一時的に逃げる事に成功したのです」

 「・・・なるほど。それって、百年前の話ですよね?」 

 「はい。大体がその時期だと思います」


 当時の彼らは、生き残ることに必死であって、ここの部分の歴史が口伝となっていた。

 タツロウも正確な年数までは知らなかった。


 「そうですか。それで今、あなたがご当主で」

 「ええ、でも俺は影での当主であって、アスタリスクの民を真の意味で主導する人間じゃありません。指導者は別にいます。あ! 話が少しだけ逸れますが、生き残ったアスタリスクの民たちは、今はその名を名乗らずに、レガイア国民のフリをしています」

 「なるほど。本当の身分は隠していると」

 「ええ。そうなんです。色々と面倒なのでね」


 アスタリスクの民は、その強さから悪魔の血脈とされているらしく、疎まれて惨殺された。

 太陽の人を想うと強くなるという得体の知れない強さが他の人間たちにとっては不気味なのだ。


 「まあ、でもそんな危険な状態でも俺はなんとかして、レガイア国の諜報員になれましてね。外部内部。双方の情報を得られる仕事に就けたのがよかったんです。俺は色々情報を集めていたんですよ。レガイアについても、こちらの大陸についても、そして、兵器などの情報についてもです。それと内部に仲間を送り込みました」

 「・・・・」


 向かいに座っている男が嘘をついているとは思えない。

 フュンは、知らない真実に驚いてはいたものの、冷静に分析を始めていた。

 嘘偽りがこの中にあるのであれば、相当な演技派だ。

 動揺もなければ、言葉が詰まるような事もない。

 スラスラとここまで話が出来るのなら信用してもいいだろう。

 それに、そもそもが予想していた事だ。

 ワルベント大陸から、どのようなアプローチが来るのかをだ。

 そしてその目的が、最も最悪の支配であり、そして最大に嫌な事はその時期が早かった事だ。

 フュンの予想では、自分の死後。もしくはその前後に近い50年先くらい。

 それが今になってしまったのが良くない。

 アーリア大陸がいまだに一つではない状態。

 なのに、敵は強大なワルベント大陸になる。

 この嵐に守られている大陸のおかげで、今までのアーリアはかろうじて無事な状態だった。

 でも、そこを突破する方法があるのならば、こちらは丸裸になった弱小大陸だ。

 難しい決断がここに待っていた。


 「技術革新に追いつく。これはどうでしょうか。太陽の人」

 「そ、それはしたいですが・・・時間がありますか? 僕らにはどれほどの時間があるのでしょうか。残された時間が分からないし、それにあなたはさっき偵察部隊だと言いましたね?」

 「はい。俺はとある人と協力して偵察部隊に配属されるように仕向けてレガイア国に潜入しました。潜水艇ギミダル号に乗って来たんです」


 今の答えに疑問を持ったタイローが聞く。


 「すみません。その潜水艇と呼ばれるものを見ていないのですが? あなたは一人で港に現れたと聞いているのですが?」

 「はい。乗って来た物は仲間が隠しています。それと、俺が一人で現れたのは、一緒に乗ってきた仲間以外の奴らを殺してきたからです。同士以外は皆殺しにしました」

 「「「「な!?」」」」


 全員が驚いた。


 「影の技術を持っていますから、簡単な事です」

 「それは、もしやこちらの情報の口封じ?」

 

 すぐに冷静になったフュンが聞いた。

 

 「そうとも言えますがね。本当の所は、こちらの滞在を伸ばして、あなたに会いたかったのです。もしトゥーリーズがいるのなら、俺たちにも最後にすがってもいい希望があるのかもと思ったんですけどね。確かにあなたに言われたように、ワルベントにもう一度太陽を・・・は無理でしょうね」

 「ええ。出来ませんよ。いくら僕がその太陽の人とかいう奴でもね」


 自分の力がそんな超大国に通用したら楽な事はない。

 このアーリアだって容易に守れるはずだからだ。


 「でも、俺はこちらに協力したい。俺たちの心は、アスタリスクの民という信念で固まっています。仮初の姿のレガイア人に誇りはない。それに国に魂は売りません。まあ、それを堂々と言えないのは情けないけど。今のレガイア国なんかに忠を尽くせない。それにあなたが俺たちの本物の主だ」

 「いや、僕は大したことはないですし、主なんて。何百年も前の人ですよ。僕とはほぼ無関係だ」

 「いいえ。そんな事はない。よく爺様が、先祖の言葉を言ってましたよ。太陽の人は出会った瞬間に分かる。この人だと。直感で分かるのだと。それがアスタリスクの民の想いであると・・・それで俺はすぐに理解しました。こちらにあなたが入ってきた瞬間。三人もいたのに、あなたが太陽の人だとすぐにわかりました。これが爺様が言っていた事かとも思いましたよ」

 「それって、たまたまじゃないですか。あははは」

 「いいえ。わかります。あなたに間違いない。あなたが太陽の人だ」


 真っ直ぐな瞳は、透き通る緑色。

 草原のような爽やかな香りがしそうな綺麗なグリーンだった。 


 「・・・ふぅ。では、お聞きしますよ。タツロウさんの最終的な目的って何ですか? こちらに住むこと? それともただの復讐?」

 「んんん。何なんでしょうかね。どれもそうかもしれませんが・・・どれとも違うような気がします」


 タツロウは目を瞑って悩み始めた。

 目的はなんだ。

 こう聞かれるとは思わなかった。

 太陽の人を連れて行きたかったのは本音。

 本来のレガイア国にとっての本物の主であるからだ。

 でも、数百年。

 大陸を支配している家系ではなくなったので、レガイア国の民に影響を与えるような王にはならない。

 この意見はフュンの方が正しい。

 では、どうしたらいいか。

 タツロウは一つの答えに辿り着く。


 「アスタリスクの民。そうです。アスタリスクの民の力を見せてほしい。あのレガイア国相手に、負けないでほしい。俺たちは負けちゃったけど、勝ってほしい。これが俺の本音でしょうかね」

 「ん? どういうことで???」

 「太陽の人以外にも、こちらに来た者たちが、今でもいるはずです。アスタリスクの民も、最初のソルヴァンスと共にこちらに来ているはずですから」

 「・・・ああ。そういうことですか。ええ、そうですよ。今もアスタリスクの民はいます。こちらの彼がその子孫ですよ」


 フュンはタイローの事を紹介した。

 タイローが照れ臭そうに頭を下げた。


 「それにこちらのレヴィさんもです」


 レヴィは無表情で頭を下げた。


 ラーゼの獅子は、元はロベルトの民。

 そのロベルトの民は、元はアスタリスクの民である。

 そしてレヴィはドノバンの民で、同じく元はアスタリスクの民である。

 

 「な!? じゃあ、俺はたまたま良い所に来れたのですね」

 「まあそうなりますね」

 「ここが、アスタリスクの民がいる場所か・・・そうだったのか」


 タツロウは最初にあった気のいい漁師の顔を思い浮かべた。

 話しやすい人で、自分の知るアスタリスクの民に似ていると思った。


 「はい。ここはアーリアでも最強の戦士たちがいる国です。現在は、ラーゼの獅子と呼ばれる戦士たちがここにいます」

 「ラーゼの獅子!?」

 「ええ。戦闘舞踊。龍舞を体得している戦士ですね」

 「・・・龍舞。あれですね。太陽の戦士たちの技だ」

 「ご存じで?」

 「まあ、名だけは知っています。ですが、太陽の戦士たちが、ワルベントにはもういないので、名だけを知っている形です」

 「そうでしたか。アスタリスクの民には。そうか、居ないのか・・・あ。そうだ、今の影の活動は、あなたがメインで動いているんでしょうか」

 「いえ。違います。他にもいます」

 「そうでしたか。なるほど」


 当主のタツロウ以外にも活動している人間がいるとの事。

 意外と大国であっても情報は駄々洩れになっているかもしれないとフュンは思った。


 「それとですね。隠れ住んでいるのが千近くいるのですが。その中で影の技術を持っているのが数名だけしかいません。だから少ないから、俺が当主ってだけで、とんでもないくらいに小さな組織なんですよ」


 影は極少数となり、それにアスタリスクの民自体も、国の規模に比べれば極少数だった。

 タツロウの目が悲しげで、ここには深い理由があるようだ。


 「あの。フジ家とかの説明もしてもらえませんでしょうか。サブロウも気になっていると思いますし」

 「ああ。そうですね。それもしましょう」


 フュンは、サブロウの事を考えれば当然の質問をした。


 「フジ家。クキ家。アオイ家。の三つは太陽の戦士たちとは独立した影の組織です。元は太陽の技を会得出来なかった人間たちの救済措置の場所でした。太陽の戦士の技術は、才能がないと出来ません。もちろん影の技術も同じでありますが、太陽よりかは誰でも出来ます。特に太陽の戦士の技とは無関係な声や変装などは誰でもできる技でした」

 「たしかに。こちらもそんな感じですね」

 「はい。それで、ソルヴァンスよりも前の頃。戦乱が増えたあたりで影も増えていき、太陽の人の家系であるトゥーリーズを支える家が三つ出来て。それがフジ。クキ。アオイです。俺はフジ。これは正当な影であります。影が出来た最初の家の名。クキはフジ家の分家です。アオイは、この二つのライバルの家みたいな感じで成長していった家です。だから二つとは血が別です」

 「なるほど」


 それではサブロウはどこだろう。

 フュンが疑問に思った。


 「サブロウは? どこに入りますかね」

 「・・・俺の予想でもいいですか」

 「お願いします」

 「正確な文献がないので、分かり兼ねますが・・・おそらくクキ家じゃないかと思います」

 「クキですか」

 

 フュンがサブロウを見ると、サブロウの目が輝いていた。

 新たな知識、知らない情報。未知なるものへの探求心が強い男。

 フュンとそこが似ているので、息が合うのだ。


 「おいら。サブロウ・クキか・・・」


 しんみりと言っていった。


 「フジ家は俺です。最後まで粘ったことで有名なので、そちらに行くことはないと思います。そしてアオイ家ですが、これはアスタリスク戦役よりも前に行ったと思います。なので、ソルヴァンスと共にアーリアに行ったのがアオイ家だと思います。なので、百年近く前がクキ家だと思います」

 「そうですか。・・・そうか。そうだとしたら」


 ナボルの源流はアオイ家の技。

 太陽の戦士たちとアオイ家が融合したのがナボルではないか。

 なにせ、ナボルよりも影の技術が高いのがサブロウだった。

 サブロウの技は、クキ家の影の技だろう。

 分家の方がアオイよりも技術が高かったのでは?

 フュンは、なんとなくこう思ったのである。


 「特色があるんですか? その家の違いに?」

 「え? いや、俺は他の家の人間にあったことがないんですよ。だからよく分かりません」

 「あ。そうか。最後の影ですもんね」

 「はい。ですが。文献を見る限りには・・・フジ家は王道です。アオイ家はそれに対抗しようとしたので、邪道であります」

 「王道? 邪道??」

 「はい。影になる際の違いがあるようで、俺たちは人の影響下の中で影になります。独立して影になる事は少ないです。でもアオイ家は勝手に影になります。ですが、自分から勝手になる場合だと敵に見破られる可能性が高くなります。影になる頻度が高い場合でも、見破られる可能性が高くなります。そこで、アオイ家は影になる際、確実に相手を殺します。アオイ家は暗殺が主体の家で、殺せない場合の二段構えで毒を使用したりします。フジは偵察が主体で、影が上手いですね」

  

 毒が得意。

 ナボルと同じで、自分の母もドノバンの民も、それにラーゼも毒が得意なので、フュンは、アオイ家がソルヴァンスと共に来たのが確実だと思った。

 

 「なるほど。ではクキは?」

 「クキは、フジの分家であるので、似たような技も扱えますが、中身は独特です。その中間と言えばいいのかどうか・・・それにクキは影の技術の他に新たな道具を作るのが得意でした。それらの一例として、この竜翼と呼ばれる道具や、竜爪と呼ばれる道具。これらを作ったとされるのがクキ家です。これは太陽の戦士たちも使用していると思います」


 タツロウが見せてくれた武器は二つ。

 レヴィも愛用している武器『竜爪』と、それともう一つは、『竜翼』と呼ばれる鎖に繋がれたナイフの道具である。


 「これは、私の愛用の!?」

 「ん? 私の??」


 タツロウが首を捻っているとフュンが答える。


 「ああ、こちらのレヴィさんは太陽の戦士ですから。この道具を使っています」


 フュンがテーブルの上に置かれた竜爪を指差した。


 「そうですか。これを扱えるんですね・・・結構、操作が難しいんですけどね。これを今も使える人がいるのか」


 タツロウは自分以外の影では使用できないもの。

 それを、この人は巧みに操れるのかと感心した。


 「それにこちら、これは竜翼。懐かしい」

  

 レヴィは竜爪の隣にある道具を指差した。

  

 「ご存じですか」

 「はい。これを使えるものは、今はいません。ですが、四十年くらい前にはいました。私と同じ太陽の戦士の方の愛用の武器でした。これは竜爪よりも遥かに難しい武器ですよ」

 「ええ。そうです。これはかなり操作が難しい。投げるのが基本でありながら、糸のように巧みに鎖を操作しないと威力が出ない物ですからね」

 「はい。懐かしい・・・懐かしい武器です」

 

 扱えていた男はソフィアを守るために死んだ。

 レヴィは目の前にある道具が、今は亡き同胞の形見のように思えた。


 「道具作りが得意。じゃあサブロウはクキ家で決まりですね」


 これほどの道具を作るのがクキ家なら、自分と一緒に開発してきたサブロウもクキ家だろう。

 フュンは笑顔でサブロウに話しかけていた。


 「・・・んんん。そうなのかぞ?」

 「そうでしょう。サブロウ。あなたは手先が器用だ。だからクキ家。そう考えてもいいでしょう」

 「おいら、自分を器用だと思ったことがないぞ」

 「え? あなた、サブロウ丸をたくさん作ったじゃないですか」

 「作ったぞな。でもほとんどが試作で止まっているぞ。満足いってないぞ」

 「ええ??? あれでですか。満足してなかったんですか!?」

 「もちろんぞ。おいらの心を満たすような創作物がまだ出来てないんだぞ」

 「えええ。あれだけ作っておいて、まだ満足してないんですか・・えええ」

 

 二人の会話を聞いて、タツロウは笑顔になった。


 「なんだ。ここでも。まだアスタリスクの民たちは、太陽の人を信じているのですね」

 「え?」


 フュンが驚いていてもタツロウは話を続ける。


 「よかった。太陽の人が忘れ去られるような人だったらどうしようかと俺は思っていました。あっちでは消えてしまった太陽の人。でもここでは、まだ輝いていたんだ。まだ消えていなかったんだ。俺は、それだけでも知れてよかった。命懸けでここに来てよかったと、今思います。ありがとうございます。あなたのおかげで、俺たちは今までの苦労が報われたような気がします。アスタリスクの希望は、まだ消えていないんだ。ここにいたんだ・・・」


 太陽の人を見つけると、決意を胸に秘めて、アーリアに来た男。

 タツロウ・フジ。

 彼は存在するかもわからない人を見つけるために。

 命懸けでレガイア国の内部に身分を隠して潜入して、この危険な任務に就いた。

 全ては、太陽の人に出会うため。

 でも、それは一か八かどころか、ほぼ敗北濃厚のような作戦だった。

 未知なる事に挑戦する。達成出来ないかもしれなくても挑戦する。

 それがどうやらアスタリスクの民たちの心持ちであるようだ。

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