第三章 同士たちよ 希望は捨てるな 太陽の人はここにいる

第101話 存亡を賭けた戦いの予兆

 帝国歴535年に生きた人々は、停戦が延長となった事で、戦いのない穏やかな一年を過ごせていた。

 しかし、この幸せな日々を過ごせていた人々の裏では、アーリア大陸を揺るがす。

 とある大事件の幕開けを予見させる出来事が発生していた年だったのだ。


 二大国が来年に激突するよりも、厳しい出来事。

 これは両国の存亡の危機、いや、アーリアの存亡の危機であった。

 この時からその予兆が訪れていたのだ。



 ◇

 

 帝国の全都市は、フュンの作戦通りに戦争準備をしている最中で、フュンもその連携を確認しやすくするために、帝都で仕事をすることが多くなっていた。

 執務室で資料を読む日々を過ごしていた。

 とある日。

 突然の連絡がやって来た。


 「フュン様」

 「クリス? マルクスさん??」


 慌てているクリスに、息が上がっているマルクスなど珍しい。

 フュンは、二人から封筒を受け取った。


 「「こちらを」」


 二人とも、息を合わせていないのに、同時に同じことを言うくらいに慌てていた。


 「ん?」


 フュンが渡された封筒を裏返す。

 封筒が赤い。

 これは、緊急連絡の証だった。

 だからフュンは差出人を確認する。


 「ラーゼ・・・タイローさんか!?」


 ラーゼ国からの急ぎの連絡。

 これだけでも、帝国にとっては緊急事態だった。

 滅多にこんなことをしてこない国だからこそだ。

 

 「な、何の連絡でしょうか」


 封筒から手紙取り出してを読む。

 クリスとマルクスは、次第にフュンの顔が青ざめていく事に胸騒ぎを覚える。


 「こ、これは・・・・」

 「フュン様」「フュンさん」

 

 二人の方を見たフュンは、第一声から指示を出す。


 「クリス。今からサブロウとレヴィさんをここに! 早くしてください」

 「わかりました」


 クリスが走って呼び出しに行くと、部屋に残ったマルクスが話す。


 「フュンさん。何かありましたか」

 「はい。まずいです。まさか、こんなにも早く事態が急変するとは・・・しかしまだ統一されていない。ど、どうしましょうか」

 「フュンさんがそんなに慌てて。いったい、何が?」


 取り乱すフュンなど珍しい。

 マルクスは、懸命に宥めていた。


 「これを見てください」


 フュンは、マルクスに手紙を返した。

 マルクスも目を通す。


 「な!? これはたしかにまずい」

 「ええ。ですが、走り出した僕らは止まってはいけない。戦争を止める事は出来ません。しかしです。この事態を前にして・・・このまま二か国で戦争をするのは危険だ」

 「・・・でも、フュンさん。この手紙ではまだ宣戦布告ではないのでは。予想していた事態とは少し違う・・・そんな気がします」

 「ええ。僕もそう思います。タイローさんが教えてくれた中身は、そのような事じゃありませんね。でも不安にはなります」

 「はい。ですから可能性があるのかと」

 「可能性とは?」

 「共存の道・・・あるいは、戦いの道。もしくは・・・」

 

 マルクスの表情が暗くなっていく。

 その先が重い言葉だからマルクスは言えなかったから。


 「服従の道ですか」


 フュンが答えを言った。


 「・・・・」

 

 マルクスは黙って深く頷いた。


 「ええ、そうですよね」


 フュンは唇を強く噛んだ。

 目の前のネアルに集中したいのに、ここで別な事件が襲い掛かってくるとは思わなかった。

 ここでクリスが二人を連れて来る。

 

 「フュン様」「フュン。なんぞ? おいらもかいぞ」

 「二人とも来てくれましたか。では、今から出かけます。いいでしょうか?」

 「え?」「おいらは今からでもいいぞ」

 「それでは、ついて来て下さい」


 レヴィなら驚いていても、一緒に来てくれるはず。

 フュンは時間が無いと思い、余計な説得時間を作らなかった。

 自分の準備をしながら、周りに指示を出す。


 「マルクスさん。ここから情報を封鎖してください。国内もです」

 「了解です」

 「クリス。僕が帝都にいない事を誰にも知らせないでください。僕が普段通りここにいるみたいな感じに、まとめてください。いいですか」

 「はい。おまかせを」

 「それとクリス。あなたが僕の仕事をお願いします。マルクスさんと連携して。それと全てにおいて許可をするので、僕の権限で仕事してください。責任は僕が負いますので、いつも通りに仕事をしてください。それと、周りには僕がやっているように見せてくださいね」

 「はい」


 影武者をしろと命令したのはこれが初めての事であった。

 この事から、いかに緊急事態であったかが分かる。


 「では、急ぎます。二人とも影で行きますよ。あと、郊外で馬を借ります。その時にサブロウ。変装をお願いします」

 「おうぞ」

 「僕らが移動していることは内密に。いいですか」


 二人が黙って頷いた。

 彼らは、厳戒態勢でラーゼへと向かった。



 ◇


 フュンが慌てる要因になった事件は、この日よりも五日ほど前。

 アーリア大陸北東の小国ラーゼから始まる。

 

 よく晴れた早朝の出来事。

 ラーゼの港に、爽やかな朝に似つかわしくない姿の男が現れた。

 襟や袖、ズボンや靴に血痕がある男がやって来たのだ。

 その人物は近くにいた漁師に向かって。


 「・・・こ、この大陸にまだ・・・トゥーリーズはいるのか。どうなんだ?」

 

 と言った。

 急に何の話をしているんだと思った漁師は。


 「お前さん、何を言ってんだ? それよりもその血。どうした? 怪我したのか」


 当然の質問を返した。

 しかし、血だらけの男は漁師の話を聞いていない。

 興奮状態なのか?

 自分の話しかしないのだ。


 「おい。いるのか。いないのか。ここが重要な事なんだ。頼む。教えてくれ」

 「・・・まあ、いるよ。今は名前が違うけど、トゥーリーズはいるぞ」

 「本当か! どこにいる。会いたいんだ」


 血だらけの男は漁師の両腕を掴んだ。


 「会いたいだって!? いやいや無理だろ。その人、帝国の皇帝の旦那様だからな。殿上人だぞ」

 「帝国???」

 「ああ。でも、この国の王様はその人の友達だからな。王様にお願いしたら、会えたりでもするかもな。俺にはわからないけどさ」

 「ほ、本当か! じゃあ、その知り合いの・・・ここの王様に会えたりするのか」

 「どうだろうな。気軽に会える人ではあるけども、こんな朝っぱらからは、会えたりするのかな? それも俺にはわからないな」

 

 漁師は、ラーゼの王に月に三回くらいは会えている。

 ラーゼの王は、都市の見回りをたまにするので、その時に会える機会があって、そこで話す機会もたまにある。

 ラーゼの王は、気さくな人であるらしい。

 でも早朝からは会ったことがないので、漁師は曖昧な返答をした。


 「頼む。会わせてほしい。緊急事態を・・・トゥーリーズに知らせたい」

 「え? 緊急???」

 「そうなんだ。頼む。見知らぬ人・・・お願いだ。俺を助けてくれ」

 「わ、わかったよ。漁師の組合長に言ってみる」


 困っている人を見過ごせないと漁師は動いてくれた。


 「・・あ、ありがとう。助かった・・・」


 血だらけの男はその場でへたり込んだ。


 その後、漁師組合の長がタイローに連絡をして、タイローがこの事態に対処。

 タイローは、彼を自分の家の招いて、人目に付きにくくした。


 ◇


 血だらけの男は、タイローの屋敷でお風呂に入れてもらい、身なりなどを整えて、服も新調して、彼と出会う。

 タイローの屋敷の応接室に二人で座る。


 「あなたが、タイロー王で?」

 「ええ。そうです」

 「そうですか。あの、これら。ありがとうございます」


 男は、着させてもらえた服を引っ張ってお礼をした。


 「ああ。別にいいですよ。それで、何の用件で私の所に?」


 親切なタイローは冷静に話を進める。


 「それは・・・トゥーリーズに会いたいのです」

 「ん?」

 「お願いしたい。生きているのなら、会わせてほしい」


 男は前のめりになった。

 テーブルに手をかけて、身を乗り出す。


 「なぜ?」

 「知らせを持ってきたんだ。お願いしたい」

 「知らせですか。なにの?」

 「それは言えない。トゥーリーズがいるのなら、その人に教えたい」


 男はトーンダウンして、ソファーに座った。


 「・・・あなたが理由を教えてくれないと、その願いを聞き入れるのは難しいですよ。私としても、彼をここに呼び出す。建前が欲しいです。私がですね。いくら彼と友達であってもですよ。今の忙しい彼を、用件もなしにここに来いと言って引っ張り出すわけにはいきませんからね」


 当然の理由で断ろうとすると。


 「それでも、あなたにお願いしたいんだ。俺は、ここに来るために。この手で数人、殺った。それで今、そのおかげで。この話をあなたに話せるんだ。頼む。一生のお願いだ」

 「ん?」

 「全てをこの日の為に準備したんだ・・・引けない・・・俺は・・・・俺はワルベント大陸から来たんだ!」

 「なんですって!?」

 「だから、トゥーリーズに会いたい。お願いしたい。もし、こちらの大陸に、太陽の人がいるのなら、ぜひ会わせてほしいんだ。頼みます。タイロー王」


 アーリア全土を巻き込むことになる事件は、二大国の英雄が激突する前から始まっていた。

 アーリアの存亡を賭けた戦いの予兆である。

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