第100話 太陽の継承者 アイン・ロベルト・トゥーリーズ
「サティ様。アインです。失礼します」
「ええ。アイン。どうぞこちらに・・・ん? レベッカもこちらに?」
「はい。サティおばさん。お久しぶりです」
突然のレベッカの訪問でも、サティは笑顔で受け入れた。
来るのがアインだけの予定であっても、追加がレベッカなのであれば別に姪っ子なので気にしない。
自分にとって、可愛い子供たちだから、来てくれて嬉しいともサティは思っていた。
「アイン。とりあえずお菓子を食べますか。たくさん用意しましたよ。アインの好きなものは何ですか」
「なんでもいいです。でも、それだとお困りになると思うので、僕はサティ様が、お好きなものでいいです。それよりもこちらをどうぞ」
アインはここに来る途中で立ち寄ったお店で買った物をテーブルの上に置いた。
「こちらの紙袋は何でしょうか?」
「はい。お土産ですね。サティ様の行きつけのお店で用意してもらいました。こちらサティ様がお好きだと聞いた紅茶です。どうぞ」
「あらまぁ。この子・・・・あなたは子供ですよ。気を遣わないで。それだと大人みたいですよ」
「いいえ。僕はまだまだ子供です」
「そんなこと言う子は、子供に見えません!」
立派な大人の雰囲気がある。
サティはもう少し子供らしくてもいいのにと思った。
「それじゃあ、アインが持って来てくれたものを飲みましょうか。せっかく頂いたので、三人で飲みましょうね」
「「はい」」
サティは、素直な二人に微笑んだ。
◇
テーブルに紅茶とクッキーを並べてから、話し合いが始まる。
「アイン。お話はなんですか? 突然話をしたいと言ってきたので、何の用なのかと、私は気になっていますよ」
「はい。サティ様」
アインの礼儀正しい姿勢と口調が、子供の頃のフュンに重なる。
こうして、紅茶を飲んで、相対していると、まるであの頃のフュンと会話しているようだった。
「なんですか」
「僕と契約をお願いします。サティ様にしか活用できない。とある物の権利を売りますので、僕はお金を頂きたいのです」
「権利ですって、なんのでしょうかね?」
アインが取り出したのは、綺麗な水色の小石。
パラパラっとテーブルの上に置かれた。
「この石。フーラル湖で採れたのです」
「フーラル湖で?」
「はい。僕も一度あそこに行ったのです」
「あなたがですか!? なぜ、停戦だとしても最前線ですよ」
「ええ。停戦期間中なので大丈夫です」
「な!?・・・は、はぁ」
なんて無謀なと思ったサティは頭が痛くなった。
両手でこめかみを辺りを押さえる。
「それでですね」
話が続いていた。
のんびりしているところもフュンに似ている。
「サティ様。僕、フーラル湖に行って気付いたことがあるんです」
「ん? 何をです」
「僕、ハスラに行ったことがあります」
話が急に飛んだ。疑問に思ってもサティは静かに聞いた。
「そうなんですね。フュン様とですか」
「はい。小さい頃に行きました」
「い。いや・・・」
今も小さいんだけど・・・。
と言いたいサティであった。
「それで、フーラル川にも行きました。ハスラ。あそこのフーラル川だと、川の上流でしょう。そうですよね?」
「ええ。そうですね。ハスラ辺りだと、上流から中流になりかけるあたりですかね」
「ええ。じゃあ、僕が見たのはガイナル山脈に近いから上流ですね」
「そうですか。それで?」
「はい。上流の水は、透き通っていて綺麗な水でした。フーラル川は自然豊かなガイナル山脈から流れて来るので、綺麗な水が流れているんですよね」
「そうですね」
「そして行き着く先が、フーラル湖です」
「はい」
「では、フーラル湖は何故綺麗なのでしょうか?」
「ん?」
「フーラル湖。あそこの水はもっと汚くてもおかしくない。上から流れてくる過程で、泥水とまでは言いませんがもう少し湖の水が濁っていてもおかしくはないでしょう。それなのに、上流よりも綺麗に見える。だから変です」
「ん?・・」
水質が変わらないどころか、湖の水は綺麗な透明な青である。
川の上流よりも綺麗に見えるのは何故だろう。
アインはそこに気付いた。
「そこで、僕は湖に潜ってみました」
「は?」
「でも深い位置までは無理だったので、湖のほとりの近くの場所くらいでですね。ドボンと潜ってみました」
「は、はぁ」
もうよく分からないと思ったサティは、話の腰を折らずに聞くことにした。
「そしたらこの石を発見しまして、綺麗な色の石だったもので。気になってしまい。これを調べることにしたのです。サブロウに協力してもらいましてね。色々実験しました」
「ん? サブロウですか」
「はい。彼の実験魂に火をつけて、僕の手伝いをさせました」
「なんと」
興味を引かせる言葉を巧みに使ったのだろう。
強引に手伝わせたと言わない辺りに、強かさを感じる。
「それで、僕の仮定をお話すると、サブロウがそれに沿った実験をしてくれました」
「あなたの仮定ですか?」
「はい。この石。水の浄化作用があるんじゃないかなって仮定したんです」
「浄化作用ですか?」
「はい。水を綺麗にしている可能性を疑ったんですよ」
「なんと・・・」
「だって、川が流れた終着点の湖ですからね。もう少し濁っていてもおかしくない。特に雨が降った時などはもっと色が変化してもおかしくないのに美しいのですよ。だからやっぱり変ですよ」
「・・・たしかに」
「それでですね。実験結果はやはりそうでした。浄化作用がありました」
「そうですか・・・で、それでなぜ、それを私の元に?」
「この事実。僕とサブロウしか知りません。二人だけの秘密にしてもらいましたので、まだ誰も知りません」
「ええ。それで」
何をもったいぶっているのか。
話の組み立てで、まだ隠し玉があるのだなと思ったサティは静かに聞き役に徹していた。
「この石。おそらく湖の底に大量にあると思います。それで、それを掘削できれば、莫大な利益に繋がるのだと僕は思います。ただ湖の底へ行く方法が分かりませんが・・・」
「ん?」
アインは淡々と話を続ける。
「サティ様。この石がですね。両国に知られていない理由はただ一つです。フーラル湖がどちらの国のものでもなかったからですよ。あそこを調査するなど、長い間両国が出来ない事でした。しかし、今は帝国の領土。調べるなら今です。そこで調査団をサティ様が派遣して、こちらを調べてください。リナ様にもお伝えして、大々的に調べるのですよ」
「それで?」
サティはそれだけが目的ではないと思い、端的に聞いた。
「そしてですね。この石の試作品。それがこれです」
アインが取り出したのは、空の容器だった。
形状は手のひらサイズの丸いものである。
このサイズから言って、化粧品の容器に見える。
「これが僕とサブロウが作った容器です」
「ん? 何の容器ですか?」
「これに石が使われていて、殺菌作用があります」
「え。これが?」
アインは容器をサティの方に送り、彼女はそのまま持ち上げて、顔の前に持ってくる。
「はい。なので父さんの作った化粧品。薬用のシャンプーなど。それらに、この石を基準にした容器を使用すれば、今よりも長くそれらの効果を長持ちさせることや、今よりも大容量に出来ると思うのです。そして、この容器自体もかなり長持ちしますので、再利用ができると思います。煮沸消毒かなにかで、もう一度使用可能だと思うんですよな。まあ、そこら辺の実験をしていないので、そこの実用化は、サティ様の会社にお任せしたいです」
分からない所は分からないというあたりに誠実さがある。
フュンに似ているのはこういう部分も同じだった。
「もし完成したら、使用する容器をこちらにして、使用後に皆さんから返してもらう形をとると面白いかと思います。もう一度使用できるようにするのです」
「・・・なるほど。容器の再利用ですか」
「そうです。一から作るよりも簡単になる部分もあります。その仕組みを作る時の細かい部分は僕にも分かりませんが、これ役に立ちませんかね? 商品にするにはまだ生産過程に問題があると思います。ただ、これを使えば、商品の中身の使用期限が伸びる・・・ていうだけでも、よくありませんか?」
「・・・そうですね。どのような形になるかは分かりませんが面白いですね」
「そうでしょう。なので、この作り方と石の情報を差し上げますので、お金が欲しいです」
「ん?」
「僕に出資してください。サティ様」
「あなたにですか。なぜ?」
「僕はそのお金を、姉さんに全額注ぎ込みます」
「え? 自分のお金じゃなく?」
「はい。姉さんが今から部隊を作りたいらしく、僕がそのお手伝いをしたいので、お金が欲しいのです」
「部隊を作りたい? レベッカが?」
「はい。姉さんが大陸一の戦闘集団を築くらしいのです」
ここでサティは、アインからレベッカを見た。
黙って話を聞いていたレベッカを見て、成長したんだなと思った。
「レベッカ。本当ですか」
「はい。サティおばさん。本当です」
レベッカを見るサティは、何だかシルヴィアを見ている気分になっていた。
やりたいことに一直線。でも不器用だから空回る。
彼女の目と同じ目がここにあった。
そして、その彼女を支えてくれたフュンが、ここにいるような気がした。
真っ直ぐ見つめてくるアインの目は澄んでいた。
姉のしたい事をさせてあげたい。
私利私欲のない目が、自分だけを見つめている。
「はぁ。似ていますね。あなたたちは・・・いいでしょう。アイン。いくら欲しいのですか」
「容器による利益分だけでいいです。そんなにたくさんはいりません」
「・・・わかりました。出しましょう。レベッカ、あなたのお金はアインから出る。そういう形になりますよ。いいのですね」
「はい」
「国からではないです。一個人から出るという事を胸に刻んで、頑張りなさい。レベッカ」
「はい。サティおばさん。ありがとう」
「ええ。そして、アイン」
「はい」
「あなたは少し私の所に来なさい」
「え?」
「私の仕事を教えてあげます。あなたはこちらも勉強した方がいいでしょう。フュン様とシルヴィには伝えておきます」
「わかりました。サティ様。よろしくお願いします」
「ええ」
ガルナズン帝国第四皇女サティ・ブライト。
神童と呼ばれていた彼女は、人や物の先見性を見抜く天才。
だから経済が得意分野で、政治的センスも抜群であったから、帝国が御三家戦乱中でもブライト家を背負い、一人でも生き抜いてこれたのだ。
その彼女が、今目の前にいる少年には、とんでもない値打ちがあるのだと感じたのだ。
考えの鋭さ。
それに至るまでの行動力。
そして人を動かす力。
どれをとっても子供のレベルじゃない。
そして姉の為にお金を全額出す漢気もだ。
まあ、お金に関しては・・・。
「フュン様も、そうでしたね。自分の貯金。全てを出し尽くして、あのサナリアを大発展させたのですものね。稼いだお金を誰かにあげても、別に何とも思わないのでしょうね・・・そっくりね」
サティは、レベッカとアインが喜んでいる姿を見て、そう呟いた。
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