第99話 恐るべき子供たち
「どけ。ダン!」
「どきません。やめなさい。レベッカ様」
「仕方ない・・・」
ふっと力が抜けたのが分かる。
レベッカの拳から勢いが消えて、抑え込む両拳が楽になる。
でも相手は神の子。油断をしてはいけない。
ゼファーの教えが体中に叩き込まれているダンの目は、しっかりとレベッカを捉えていた。
彼女の両足が強く地面を掴んだ。
「ん!?」
両足が同タイミングで、右を向く。
その行動に対応するダンは、鏡のように左に動いた。
「な!?? ダン! お前。私の動きを読んで、合わせて来ただと!?」
「レベッカ様。止まりなさい」
レベッカの高速移動に、ダンはピタリとくっついて来た。
思わず彼女の笑みがこぼれる。
「ダン。成長したな。嬉しいぞ」
「ええ。もちろん。でも止まってください」
「駄目だ。そいつに一撃を加えないと気が済まん。馬鹿に付ける薬はないのだ。二度とそんな口を聞かせん! 封じる」
「駄目です。そんなことしたら、殺してしまいます。あなた様が止まらないのであれば、私も本気を出しますよ」
「ほう・・・面白い。こいつで勝負か」
レベッカが刀に手をかけると、奥から声が聞こえてきた。
「こら、いけません!」
「ん?」
「駄目です。姉さん」
ダンの後方にいる。
群がる生徒たちの列から、弟のアインが出てきた。
レベッカの顔が青ざめていく。
「ダンがいるから大丈夫だと思っていましたが、姉さん。何をしているのですか」
「アイン!?」
「アイン様」
ダンはアインに跪いた。
「姉さん。何をしているのです」
「・・・それは・・・そうだ。暇つぶしだ」
レベッカの目が急に泳ぎだした。後ろめたい気持ちが爆発していた。
「暇つぶしで、ここで大暴れですか? 何を考えているのですか? ここは学生たちの場所ですよ。姉さんが暴れていい場所ではないのですよ! まったく」
「・・・ん。まあ、その・・・暴れてなんていないんだぞ。お前にはそう見えたのか。駄目だな。もうちょっと目を鍛えないと」
「僕を騙そうとしても無駄です。姉さん。その踏み込み。本気でしたよね」
アインの詰め寄り方はフュンにそっくりだった。
見た目。怒っていない。
むしろ笑顔である。
だけど、どこか怖いのだ。
逃げられない。
恐ろしい詰め寄り方をしている。
「・・・・」
目を合わせる事が出来ないレベッカは、アインの顔を見ていなかった。
「姉さん。戦闘の駆け引きもしましたよね。腕の力を抜いたふりをしたりですよ」
「お前・・・さっきの細かい攻防が見えていたのか」
「ええ、当然です。まったく。ダンだから止められたのですよ。学生さんたちでは、止められるわけがないでしょ。姉さんが本気を出したら、大人でも大怪我なんです。気を付けてください。あなたも皇族ですよ。こちらの方々も守らないといけないのです。傷つけるなんて、以ての外だ」
「ん・・・んん」
自分の強さを見抜くなんて。
もしかして弟も強いのか。
我が弟の強さを見誤っていたか。
レベッカはアインを観察し始めた。
「アイン。なんでお前がここにいるんだ?」
「僕は校長先生に挨拶に来ただけです」
「お前が? なぜ?」
「父さんに頼まれましたから」
「何を?」
「挨拶です」
「は?」
「来月の冬休み前の挨拶を父さんに代わって僕がしますのでね。その挨拶をしに来ただけです」
「お前が!? まだ八歳だろ」
「はい。しかし、父さんは今忙しくてですね。母さんもまた弟たちの世話で大変なので。僕しかいませんのでね。まだ若輩者ですが、代わりを務めるしかないのです」
「・・・アイン・・・お前・・・」
八歳にして、父の代役をこなす。
聡明さはすでに子供の領域を完全突破しているのだ。
「姉さん。僕を心配してくれるなら、姉さんがやってくれますか?」
「いや、無理だな。私はやらん」
「そうでしょう。だからミランダ先生が、連れて行ったのですよ」
「は?」
「姉さん。あなたが学校みたいな場所で大人しく出来ますか? ここにいる素晴らしい学友の方たちと親交を深めるようなことが出来ますか?」
「・・・無理だな」
「ええ、そうでしょうね。だから個別指導をしてもらったのですよ。ミランダ先生はそこまで見抜いていますよ」
「そうなのか」
「そうでしょうね」
レベッカは弟と話しているのに、フュンと話すみたいな感覚を得ていた。
会話で押され始めるのが分かる。
まだ跪いているダンに向かって、アインは話し出す。
「ダン。立ってください」
「はっ。アイン様」
ダンに話しかける時のアインの声は穏やかだった。
「姉さんをよく止めてくれました。よく出来ましたよ。さすがですね」
「ありがとうございます。アイン様」
「ええ。いつもありがとうございます。あなたは、我ら皇帝一家の大切な家族。とても助かってますよ」
「いや、しかし。アイン様。それは・・・」
「いいのです。あなたはゼファーの子供。そしたら僕らの家族にとって、あなたも家族に決まっています。ゼファーは父さんの命と言っても過言じゃない。あなたはそんな人の子供なのです。僕とも家族に決まっています。血の繋がりだけが家族じゃないのですよ。いいですね。ダン。忘れないでくださいよ」
「は、はい。ありがたきお言葉・・・感謝します」
アインが家族宣言をここでした事で、周りにいた学生たちがざわついた。
これがアインの狙いであった。
ダンの学校での事情を知っていた時から、どこかで画策するしかないと思っていた所、都合よく姉が暴れたので、上手く利用してダンの地位を向上させようと、策を講じたのである。
人の心を利用するやり方。
アインは、八歳の時点で身につけていた。
この人には良くしておいた方がいいかも。
でもそれが出来なくても、せめて悪いようにしない学生生活を心掛けないと。
もし悪さなんてものをしてしまったら、その話が皇帝にまで届くかもしれない。
自分たちの評価が下がるようなことは絶対に出来ない。
あなたは家族。
これが、ここの学生たちの心を縛る魔法の言葉であった。
彼らのダンに対する嫉妬や疑念の抑制。
それが、アインの策である。
アインは、強かな策を発動させて、この学校にいる生徒たちの心を逆に縛ったのだ。
『ダンに悪さをするな。彼の後ろには皇帝一家がいるぞ』のメッセージが込められた発言だった。
「ダン」
「はっ」
「今後も姉上の監視。お願いしますよ。あなたが頼りだ」
「はっ。アイン様。おまかせを」
「我儘な姉さんをお願いしますね」
ダンに言う時は優しい口調で。
「さあ、姉さん。帰りますよ」
姉に言う時は厳しめの口調で、アインは巧みに声色を変えられた。
「う、うん」
レベッカが立ったままで動かなかったから、アインが指摘する。
「早く。いつまでもここにいたら、ダンに迷惑ですよ。行きますよ」
「わかったよ」
どちらが上なのか、分からない姉弟であった。
◇
姉弟は、並んで帝都を歩く。
「アイン。どこに行くんだ? この道だと、帝都城じゃないぞ」
自宅に帰る道とは反対方向にアインが進んでいた。
「はい。今からサティ様の所に行きます」
「サティおばさんの所!?」
「はい」
「なんで?」
「姉さん。さっきの話は本当の事ですか?」
「さっきの話ってのは、なんだ?」
「姉さんが、ゼファー軍よりも強い部隊を作りたいという話です」
「ああ。お前。あの話、聞いていたのか?」
「はい」
「どこから? 周りにいた生徒たちの中にお前はいなかったぞ」
学生たちの中に、小さな子供はいなかった。
あの一瞬で、レベッカは周りの状況を把握していた。
「ええ。その時僕はもっと離れた場所にいましたから、姉さんの位置からでは見えませんよ」
「嘘だろ・・・お前、耳がいいのか」
「そうみたいです」
アインは地獄耳。それくらい耳がよかった。
「なんだよ。お前、五感の才があるんじゃん。だったら武術を習えよ」
「習っていますよ」
「誰に?」
「たまにゼファーに」
「たまにじゃない。常にやっとけ」
「別にいりませんよ。姉さん」
アインはため息をついた。
「ん、なんだ」
「姉さんが僕を守ってくれるんでしょ」
「それはもちろん。そうだぞ!」
「なら、いいです。戦うのはお任せします」
「・・・そっか。ならいっか。まかせとけ」
「はい」
弟に頼られちゃしょうがない。
姉御肌のレベッカである。
「それで、なんでサティおばさんの所に行くんだ?」
「それはですね。姉さん。さっきの話に戻りますが、そのゼファーよりも強い部隊を作るのですよね」
「ああ。もちろん。この大陸で最強を目指す」
「それはどうやって?」
「どうやってって? 私が人材を見つける。大陸中を探し回るんだ」
「僕はそういう事を聞いていません。どうやって、運営するのですかと聞いています」
「運営?」
「部隊なんでしょう? 軍じゃなく?」
「理想はそうだな」
「それはウォーカー隊のような形なんですか?」
「・・・・まあ、そうだな。傭兵みたいな感じになるな」
「そしたら、お金は?」
「金?」
「そうです。姉さんが雇う兵士たち。これのお金はどうするのですか」
「そんなの国から貰えばいいじゃないか」
「はぁ・・・駄目だ」
アインは深いため息をついた。
「姉さん。好きな事をやるのは結構。ですが、好き勝手にやる事とは別であります。姉さんは、父さんと母さんの長女ですよ。ですから、好き勝手してしまえば、姉さんは国民から何もしなくてもお金が入ってくるから何でも出来るのだと思われてしまうのですよ。それでは、民たちに示しがつきませんよ」
「・・・・」
小さな子供に説教をもらうのも、子供であった。
レベッカは、肩身が狭くなり、小さくなってアインの隣を歩いていた。
「いいですか。姉さん。お金は湯水のように湧いて来るのではない。どこかで、誰かが、一生懸命働いてくることで生まれていくものなのです。それが、あなたの一声でただ金を出せなんて、民の誰が納得するのですか。国のお金は、民のお金。それを好き勝手使っていいわけがない」
「・・・はい。そうですね」
弟の言葉で深く反省した。
「それで、姉さん。あなたがもしその部隊を、ウォーカー隊のようにするのだとしたら、どうやってお金を稼ぐつもりなのですか」
「それは傭兵家業で・・・」
「だからそれが出来ないのですよ」
「ん?」
「今後、傭兵家業なんてものは、ほぼ廃業になりますよ。いいですか。姉さん。父さんが大陸統一の夢を果たしたら、その時大陸は一個の国になります。ただでさえ賊が少なくなった帝国ですよ。傭兵の仕事なんてほとんどないのに、そこからさらに激変するのです。治安の維持だって、軍で出来るようになっていますから、ますます仕事が無くなっていくのです」
だから、ウォーカー隊も無くなったのである。
「それに、父さんの政策は人々のための政策が多いですからね。一つの国になっても荒れる事は少ないでしょう。だから傭兵家業で賊を倒すことなど無くなるだろうし、一つの国になるので、戦争が起きる事もないです。傭兵なんていらない世界になります」
「・・・じゃあ、どうすんの。何も出来ないのか?」
「ええ。そこで、資金を確保するしかありません」
「資金?」
「後ろ盾になってくれる人を探すしかありません。かつて、内乱時代にあったウインド騎士団という騎士団を参考にして、お金を入手するしかありません」
「ウインド騎士団だと!?」
レベッカは目が飛び出るくらいに驚いた。
「ん? どうしました。姉さん? 急に大声になって??」
「い、いや、なんでもない。話を続けてくれ」
何で驚いているんだろうと思いながら、アインは話を続ける。
「ウインド騎士団は、各地の困っていた貴族や豪族の傭兵みたいなことをして、お金をもらったり、そこから継続的にお金を支援してくれる人を探したりですね。それに自分たちの王族の資金も投入して運営していたと言われていますよ。お金のやりくりは難しかったみたいです」
「へぇ。そうだったのか」
「はい。それにウォーカー隊もですが、国の要請に応じてお金をもらっていました。あとはミランダ先生の軍師としてのお給金がウォーカー隊の資金でありました」
「そうか・・・知らなかった」
「ええ。ですから、姉さんも誰か。お金をくれる人と協力関係にならないといけません」
「・・・誰かいるのか。私にお金くれる人。アイン。私には無理そうだよ」
難しい話になり、頭を抱えているレベッカは諦めそうになった。
「ですから、僕がいます」
「は?」
「僕がお金を出します」
「ん? アインが? どうやって? お前、国から貰うのか?」
「それじゃあ意味がありません。当然違いますよ。僕がとある物を取得したので、サティ様と交渉するのです」
「交渉?」
「だから今からサティ様の所に行くんです。姉さん、見ていてください。姉さんの夢を後押しするのは、この僕。アイン・ロベルト・トゥーリーズしかいませんよ。僕は戦わなくても、姉さんを助けてみせましょう」
ニッコリと笑うアインは、太陽のように輝いていた。
眩しい笑顔が可愛いなと思うのが姉のレベッカであった。
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