第98話 才覚を秘めし次世代たち

 帝国歴534年11月5日。

 帝都の学校にて。

 午前の授業終わりのダンは、中庭に一人でいた。

 周りに誰もいない環境は今日に限った事でない。

 直接イジメられているわけではないけれども、それに近い環境にいることはたしかだ。

 

 それがなぜかというと、学生たちは、ダンに対してどのように接していいのか分からずにいたからだ。

 馬鹿にするわけにもいかない。

 実際に彼は優秀だから、自分が惨めな思いをするだけ。


 それに、身分についても言ってはいけない。

 事実として、王国の奴隷であるという事実を変えられないけど、でも現在の彼は、あの大元帥の従者ゼファーの子供なのだ。

 誰も文句のつけようのない身分である。


 だからか、彼に対してどんな内容で話しかけていいのかもわからないし、中にはその境遇や待遇の良さに不満を持っている者もいたりする。

 それに、彼と話して、周りの生徒らに奇怪な目で見られるのも避けている節があるので、余計にダンが避けられている状態である。

 

 ◇


 ミシェルが作ってくれたお弁当を広げて、ダンが黙々とご飯を食べていると、学校全体がざわざわとしてきた。

 なんだか賑やかだなと思ったダンは顔を上げて、サンドイッチを食べた。


 「なんだろう? いつもより騒がしいな」


 あぐっと一口食べて、正面を見る。

 すると、学校に通う者じゃない制服を着ていない女の子がこちらに向かって歩いていた。

 その子に、なんだか見覚えがある。

 

 隠している実力の中にある覇気。

 子供たちの中で、ダンだけが感じていたのはその圧倒的な気配だ。

 隠している奥底の力は、震えるほどの恐ろしさに加えて、感動にも繋がったりする。

 

 「ああ、いた。ダン!」

 「え??? ん???」


 失礼が無いようにしないといけない。

 この人だと確信がないのでダンは口を噤んだ。


 「ダン? どうしたの?」

 「えっと・・・ええ・・」

 「なに。久しぶりに会ったのに、一言も話さない気?」

 「いや、あの・・・」


 しどろもどろのダンが上目遣いをして、目の前に来てくれた女の子の肩とか髪を見つめた。

 目を合わせないのは、綺麗な方だと思い、恥ずかしかったからである。

 思春期全開の青年であった。

 

 「ん? ダン。まさか、私を忘れたの?」

 「いや、そんなことはありません」

 「じゃあ、なんで目が合わないのよ」 

 「いや、それは・・・恐れ多く・・・」

 「本当は忘れたんでしょ。酷いわね」

 「いえ。忘れてはいません」

 「じゃあ、私誰よ」

 「そ、それは・・・」

 「ほら、忘れてんじゃない。四年くらいで忘れちゃってさ」


 口を尖らせた女の子は、プンと怒って体を左に回して、ダンから目を逸らした。

 腕組みして腕にかけている指がイライラして腕を叩いている。


 「れ、レベッカ様です」


 もうすでに怒られているので、どうにでもなれと思ったダンは、一か八かで名前を呼んでみた。


 「ん! 覚えてるじゃないの」


 顔がパッと明るくなる。

 表情豊かなのは相変わらずであった。 


 「忘れる事はありません」

 「ならなんですぐ言わないのよ」


 これは怒っている。顔に怒りが浮かび上がっていた。


 「それは、レベッカ様があまりにも美しくなられたので、確信がなかったのです。別人のようです」

 「そ、そう・・・綺麗になったのかな? よく分かんないのよね」

 「はい。お変わりになられて、本当にまるで別人の様でありまして・・・はい。お綺麗です。レベッカ様」

 「ありがと。そうなんだぁ」


 ちょっと照れたレベッカの機嫌は元に戻った。

 

 「お師匠様ってさ。そういう事言わないからさ。よく分かんないだよね・・・ああ、でもアイネとイハルムは褒めてくれたなぁ」


 レベッカの師匠はおしゃれに無頓着であるために、容姿の良し悪しを細かく言う事がない。

 でも、一緒に来てくれた二人は違う。

 イハルムは執事、アイネはメイドだ。

 二人は王宮について詳しいので、レベッカの身なりに対しては気を遣っていた。

 いずれは宮中でも仕事があるかもしれないからだ。


 ミランダとの修行期間中。

 レベッカの修行は、大体が戦闘の事に関するものであった。

 武術、戦術などが中心。

 でも、二人のおかげで、一般知識や礼儀作法、それに料理も習ったのだ。

 

 レベッカは、大好きな父がアイネと一緒に料理を作っていた事を知ったので、父と同じになりたいと思い、アイネが覚えている料理を全て習ったのである。

 だから、今のレベッカは普通の皇帝の子とは違い、フュンのように自力で日常生活を送る事が出来る皇族となっている。


 「それで、ダン!」

 「は、はい」  

 「なんで一人でいるの?」

 「それは・・・」


 ダンが周りを見ると、人だかりができていた。

 レベッカがこの学校に来ている。

 これが瞬く間に学校中の噂になって集まって来た。

 それに、学校では腫れものの、渦中の人物の為に、レベッカが来たとなっているので、余計に注目を浴びる形となってしまった。

  

 「なに? ああ、ここの子らから、いじめにあってるのね」

 「いいえ。そうではありません」

 「そうなの?」

 「はい。ただ一人でいるだけです。私が特異なもので」

 「・・・まあ、しょうがないわよ。あなた、王国の人だもの」

 「はい」

 「でもその覚悟があって、ここに来たのでしょ?」

 「そうです」

 「なら、頑張りなさい。私は止めないわ」

 「はい」


 自分の意志が重要。

 他人に絆される程度であれば、自分のライバルとはならない。

 レベッカは、ダンを高く評価している。

 この程度で気持ちが負けるのなら、自分があの時に認めていないと。


 「ダン。それでね」

 「あ、はい」

 「話に来たんだけど」

 「え? 私にですか」

 「うん。こっちに帰って来てから、抜け出すのに苦労してね」

 「抜け出す?」

 「うん。母がうるさいの。とにかく部屋にいろって、とりあえず何か問題を起こしちゃ駄目だから、あと半年くらいは帝都城の中で暮らしなさいってさ。でもそんなの私には無理でしょ」

 「え。ええ。まあ」


 なんて答えたらいいんだ。

 ダンは返事を曖昧にした。


 「だから父がね。『この子に半年は長い。無理です。せめて半分以下。二か月ちょっと。長くても100日未満にしてあげなさい』って母に言ってくれたんだ。お爺様が亡くなる頃とこの期間が被っちゃってさ。だから自由になったのが今なの」

 「なるほど・・・そういう事ですか。それで学校に?」

 「うん。それで、ダンに用事があるからこっちに来たよ」

 「私に? なんの用事でしょうか」

 「ダン。私、とある傭兵・・・いや、戦闘集団を作りたいの。その副団長になって!」

 「は?」


 唐突過ぎて、頭が動かなかった。


 「ゼファー軍。太陽の戦士。ラーゼの獅子。この三つよりも強いのを作りたいの。だから、ダン。一緒に来て」

 「え? いや、私はまだ学校にいなければ」

 「うん。だから学校終わったら来てよ」

 「いやいや、私はまだ一年生でして、まだあと最低でも二年は残っていますよ」

 「うん。だったら、飛び級しなさいよ。ぶっちぎりで優秀になりなさい。私の片腕になるならね」

 「・・・え?!」

 「ダン。私と共に、大陸一の戦闘集団を作るわよ」

 「・・・!?!?!?」


 ダンの目が丸くなった。


 「何キョトンとしてるのよ。私と共に進むの!」

 「それは・・・そうはしたいですが。大陸一?」

 「当り前よ。私が作る組織よ。最強を目指すに決まってるわ」

 「・・・え。いや、レベッカ様は、皇帝陛下になられるのでは?」

 「私が? ならないわよ。そんなのは弟にやる」

 「え???」

 「アインがやるからいいの。そう約束してくれたからね」

 「アイン様が!? 皇帝になると!?!?」

 「ええ。あの子が皇帝。私は団長。あの子を守る最強の戦闘集団を作るの」

 「・・・」


 自分が考えていた事と違う。

 未来の皇帝陛下を命懸けでお守りするために、勉強をしていたのだが。

 皇帝陛下になるはずの人はならないと言って来た。

 頭の中が大混乱しているダンは、無言となる。


 「ダン。いいから一緒にやろう。私とあなたが組めば、この大陸で対抗できるものはいない。あなたは私の次に!!! 強くなるんだからね」

 「・・・」


 自分がこの大陸で一番になるのは絶対。

 そして次のダンが二番目になると信じている。

 こうなれば、大陸に対抗できる者など存在しない。

 そういう確信が、レベッカにはあるのだ。


 「もう。ダン! 人の話、聞いてる!」

 「・・・は、はい」


 レベッカは、煮え切らないダンの顔を覗きこんだ。


 「どうなの。来るの。来ないの。ここで決めないなら、私は別な人を見つけに行く!」

 「え?」

 「まず軸となる人を見つけないと駄目だからね。あなたが駄目なら、他にいくわ。早くみつけたいしね」


 この人の隣を、他の人に譲るのは嫌だ。


 「・・・や、やります。ダンがあなたの片腕になりましょう」


 ダンは慌てて宣言した。


 「ほんと! いいの?」

 「ええ。私が支えます。レベッカ様」

 「よし。じゃあ、学校。頑張りなさい。私は帰る!」

 「え?」

 「だって、用が終わったもん」

 「これだけのために・・・こちらに?」

 「うん」


 これだけならば、別に目立ってまで学校に来なくても。

 ダンは本音を心の中にしまった。


 「え。ならば、レベッカ様。ダーレーのお屋敷に来てもらえれば、もっと楽に私を探せたでしょうに。今の私はそこにいるのですが・・・」


 だからダンは、やんわりと今後はそちらに来てくださいと伝える。


 「そうだったの」

 「はい。ミシェル様とゼファー様と一緒に暮らしているので」

 「そうなんだ。二人とも一緒にいるのね」

 「はい。そうです」

 「じゃあ、後で立ち寄るね。二人に会いたいし、遊びに行く」

 「はい。待っております」


 レベッカがそう宣言して、学校から出て行こうとすると、この会話を聞いていた生徒たちが騒ぎ出す。

 

 「何、今の?」

 「新しい組織の話?」

 「俺たちも」「私も入れるのかな」


 レベッカが作る新たな組織に注目が入った。

 そして子供の中には無鉄砲な者もいる。

 帰ろうとしているレベッカの前に勇気ある者が現れたのだ。

 彼女の帰り道に立つ少年は、グッリグリの茶髪のカールボーイだった。


 「あなたが、レベッカ様」

 「誰だ?」

 「私は、シュルテン・ミアルマです」

 「そうか。それでなんだ?」


 自分の行く道を塞がれている状態なので、少々機嫌が悪い。

 でも昔よりかはマシとなっていた。 

 声にだけ不快感が現れていて、態度はギリギリ正常を保っていた。


 「あなた様が新たな組織を作ると? 優秀であれば入れると?」

 「そうだ。私が気に入れば、入れる! ただ、実力はべつにどうでもいい。優秀だったらいいなくらいだ」


 この言葉で、周りに生徒たちはどよめいた。

 自分も入れるかもしれないと淡い期待が生まれる。


 「ならば、この私を入れてください」

 「なぜ?」

 「なぜ???」


 自分が断れると思っていないシュルテンは驚いた。

 自信過剰な男なのだ。


 「言っただろう。私が気に入った者しか入れないと。だから、なぜだ?」

 「え?」

 「お前を入れねばならない理由が私にない。私が気に入っているわけでもない。だからなぜだ? 入りたい理由がお前にあるだろう」

 

 入れない理由はたくさんある。

 それに入れたい理由がこちらにないのだから、貴様が入りたい理由を説明しろ。

 お前と呼んでいるだけ、大人になったレベッカであった。


 「あの男が入れるなら、私だって入ってもいいはずだ。あの程度の男・・・私の方が優秀ですからね」

 「ん? は? なんだと」


 地の底が震えるような爆発音が聞こえた気がした。

 辺りを包み込む空気が重くなる。

 周りにいる生徒たちの肩に、ズシズシとのしかかるような重さが出てきた。


 「私を入れない気でありますか。レベッカ様。それは見る目がない。私のような華麗な剣技を持つ男を確保しないなんてもったいないですぞ。青田買いをした方がいい。忠告しますよ。商人だったら大損だ。その男を連れるということは、負債を抱えるようなもの」


 シュルテンは悦に入って、レベッカの顔を見ていなかった。

 皆に演説をするようにして話していたのだ。


 「いらん」

 「は?」 

 「いらん。雑魚が! 目障りだ。ここから消えろ」

 「なんですと!」

 「貴様。私の視野の中に入るな。三秒経っても、私の瞳に映ったら消す」

 「え?」

 

 本気が見える。実力を隠していたレベッカから溢れ出る闘気が圧倒的であった。

 空間を埋め尽くすような重たい空気以外にも、呼吸ができなくなるような息苦しさも出てきた。


 「三秒経った。ぶっ飛ばす!」


 礼儀正しさを得て、傲慢さのようなものは消えた。

 だがしかし、短気だけは治っていなかった。

 ダンを馬鹿にするセリフだけは許せなかったのである。 


 動きが速すぎて、シュルテンとの間合いが一瞬で埋められていることに、気付いている人物はこの中で二人だけ。

 その中に一人であるダンは、レベッカの動きに対応した。

 シュルテンの前に出て、レベッカの拳を受け止めたのだ。


 「ぐっ。レベッカ様。止まってください」

 「邪魔だ。どけ。ダン!」

 「駄目です!」


 ぐぐぐっと、レベッカの右拳と、ダンの両拳が押し合いをし始めた。

 

 「こいつは、ダンを馬鹿にした。ぶっ飛ばす」

 「レベッカ様。それではいけません。怒りを静めてください」

 「無理だ」

 「出来ます!」

 「やれるか。こいつはぶっ飛ばす」

 「出来ます。この人はやらせません」


 レベッカとダンの意地と拳の張り合いが続いた。


 

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