第97話 僕は、あなたに勝ちます

 帝国歴534年10月1日

 

 ガルナズン帝国第三十一代皇帝エイナルフ・ヘイロー・ヴィセニアの葬儀が行われた。

 帝国の都市、町、村の全てが、この日は帝都に向かって祈りを捧げる。

 偉大な王を送るに相応しい葬儀で、帝国に住む人々の気持ちは一つになっていた。


 それと、この葬儀にはイーナミア王国の王ネアル・ビンジャーも来ていた。

 なので、アーリア大陸全土がエイナルフを見送る形となったのだ。

 これだけでも、エイナルフは帝国でも異例の皇帝となった。

 死してなお輝く。アーリア全土を巻き込んだという功績の一つである。



 式の後。

 ネアルは、皇帝夫妻に挨拶をする。


 「この度は・・・」


 シルヴィアが遮った。


 「いえ。ありがとうございます。文字でだけでもいい所に、こちらにまで来て頂いたのです。それ以上をこちらがもらうのは、よろしくない。お気持ちだけで、ありがとうございます」


 全てを言わせなかったのは、王国の王に頭を下げさせない意図があった。

 話を変えてシルヴィアが感謝を述べた後、フュンが続く。


 「ネアル王。申し訳ありませんね。停戦が空けた今。戦わないという事になってしまい」


 フュンが申し訳ないとして頭を下げた。


 「いや、こうなると戦えないでしょう。私の方からも控えますぞ」

 「ありがたいです。それで再開のタイミング。こちらからだと悪い気が」

 「そうですか。いやそちらも一年は喪に服すのでしょうから。こちらも、後腐れのないようにしたいので、気持ちよく再開させるには二年の延長。これでどうでしょうかな。536年7月くらいの再開はどうでしょうか」

 「いいのですか。そうなるのであれば、こちらとしては有り難いです」

 「大元帥がよろしいのであれば、皇帝陛下は?」


 ネアルはフュンだけではなく、シルヴィアにも聞いた。


 「ええ。お願いします。ネアル王。父を静かに送ってあげたいですから」

 「そうでしょうね。わかりました。私はその期間の間。大人しくしております」

 「はい。こちらも同じく静かにしています」


 シルヴィアが頭を下げるとフュンも下げた。


 「はい。互いにそうしましょう」

 「ありがとうございます。ネアル王」


 ネアルも気を遣っていた。

 エイナルフの葬儀の日は、停戦延長の日でもあったのだ。


 ◇

 

 二日後。

 帝国は夕食会を開いた。

 ネアルを招待して、少数で行なう。

 この場にいるのは、皇帝の家族と、ネアルに付き従った者たちだけである。


 「おお。こちらがアイン殿ですか」

 「はい。陛下と僕の子です」


 席が隣同士のフュンとネアル。

 会の途中で、前回は会わせなかった自分の息子を紹介した。

 フュンに背中を押されてアインが挨拶をする。

 

 「ネアル王。アイン・ロベルト・トゥーリーズと申します。よろしくお願いします。以後、お見知りおきを」

 「丁寧にありがとうございます。アイン殿。ネアル・ビンジャーでございます」


 ネアルはアインから流れる気配に少しだけたじろいでいた。

 それはフュンの雰囲気に似ていたのだ。

 柔らかい印象の中に、力強さがある。

 そして、フュンよりも才能の底が見えない。

 そんな恐ろしさを持つ少年に見えた。


 「いえ。偉大なイーナミアの王に、敬意を示すのは当然の事でありますので、これくらいはと当たり前かと。それとも、もっとへりくだった方がよろしかったのでしょうか? ご満足いただけなかったのでしょうか?」

 「ふっ・・・大元帥殿。この子は、いったい・・・・いくつですかな?」

 「8歳ですね」

 「そうですか。あの頃のレベッカ殿と同じですね・・・子供らしさ・・・が全然ありませんな。大人と変わりない」


 レベッカからは、子供らしさを感じた。

 それに隠しきれない溢れる闘気があった。

 しかし、アインからはそのような感じがない。

 ただ、底知れぬ気配だけが漂っていた。


 「姉上共々、これからよろしくお願いします。ネアル王」


 挨拶の裏に隠された感情が一瞬だけ見えた。

 あなたが父の代で決着を着けないのなら、私が姉と共にやってみせよう。

 ネアルは、今の一言からそんな風に感じた。


 「ええ、レベッカ殿もですな。もちろんでございます」


 ネアルも試しに威嚇したような意味合いで言葉を出した。

 自国の雑魚貴族であれば震え上がるような力強さで返事を返した。

 だが、この子供はものともしない。


 「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」


 表情一つ。

 微動だにしない少年。

 ネアルの方が表情が僅かに動いた。


 「ええ。こちらもよろしくお願いしますぞ。アイン殿」


 強敵の子もまた化け物ではないか?

 ネアルは、フュンとの決戦を早めた方が良いと思った。

 この子と戦うのは、もしかしたらフュンよりも難しい事かもしれないと感じ始めたのだった。


 「ネアル王。お久しぶりです」

 「ん? ああ、もしや。レベッカ殿ですかな」

 「はい。弟と話していたところ。失礼します」

 「いえいえ・・・それにしても、凛々しく可憐になられて・・・まるで別人のようですな」

 「そんなことはありません。あまり変わっていませんよ」


 レベッカ・ダーレーを見た瞬間。

 ネアルは背筋が凍った。

 圧倒的な武の気配があった幼い少女の頃の姿が今はない。

 ただの普通の人のような感じになっていて、貴族の作法で優雅なドレス姿を周りに見せていた。

 

 しかし、体をよく見ると、細かい傷が多々ある。

 自分を鍛え上げている姿なのだ。

 なのに、一般人のような気配を出しているのが不気味だった。

 武の気配が圧倒的にあった幼い頃よりも、今の姿の方が恐ろしい。

 そんな印象である。


 「レベッカ。アイン。二人はもういいですよ。座ってなさい」

 「「はい」」

 

 行き届いた教育をしている。

 礼から始まる姉弟を見て、ネアルは感心していた。


 「素晴らしいお子さんたちですな。大元帥殿」

 「んん。まあ、まだまだですよね。二人は僕の小さい頃よりも素晴らしいですがね。でも、彼らならもっとできますからね。まだまだです。そう思っていてほしい」


 謙虚であってほしい。フュンの言葉にはその思いがあった。


 「そ、そうですか」


 自分の子供への期待。理想。

 それらが標準よりも高い。

 でも、フュンは決して自分の理想を子供たちに押し付けるようなことはしなかった。

 自分の成長は、自分で。

 親がこうしなさい。ああしなさいでは、成長曲線が大きくなることはないだろう。

 フュンは自主性を重んじていたのだ。

 ここは、アハトにも似ていたように感じる。

 アハトもフュンの成長を見守っていた節があった。

 途中であきらめてしまった部分もあるが、彼も不器用なりにフュンを愛していたのだ。


 「しかし、子供の成長は早いものだ。いいものですね。子供は未来が無限だ」

 「ええ。そうですが、ネアル王はご結婚されないんですか?」

 「私がですか。いや、相手がいないですからな」

 「え? ブルー殿は?」

 「ブルー? いやいや、それはないでしょう。家臣ですぞ」

 「でも、良き人でしょうに」

 「・・・無理ですな。ブルーは貴族であっても、格がない。私の妻としては、周りが認めんでしょう」

 「そうですか。それは、難儀な・・・・」


 身分の違いによって、結婚できない。

 ブルーはあれほど親身になって献身的に支えているというのに、ネアルの妻になる事が一生ないなんて・・・。

 そんな事許されるのか。

 王国が存在する限りは、絶対にない事なのか。

 フュンはそれが寂しいと思った。


 「・・・いいでしょう。あなたを結婚させてみせましょう」 

 「ん? 大元帥殿?」

 「おまかせください。僕が必ずね」


 フュンの目が輝いていた。 

 ネアルを見ずに真っ直ぐ向かいの席にいるブルーを見る。


 「素晴らしい女性に、幸せを・・・僕は彼女の為にも勝ってみせましょう」

 「え? 誰の為?」

 「ええ。気にしないでください。僕はあなたの為にも戦いますし、彼女の為にも戦いましょう。僕の目指す理想の大陸。ここではあなたたちも幸せになりましょう」

 「ほう。大元帥殿の理想ですか。面白い。どんな理想なんでしょうか」

 「ええ。僕の理想は、平等だ。身分に囚われない平等性です」

 「ん?」


 フュンの言った意味が分からずネアルは首を傾げた。


 「僕は全ての人が平等である必要はないと思っています。ですが、全ての人に機会が平等であるといいなと思っています」

 「機会が平等?」

 「はい。あなたは何々の人だから。駄目。あなたはこんな人だからいいですよ。なんてくだらないものを取り払いたい。僕は元々王子。でも、帝国では人質でした」


 フュンは真っ直ぐ前だけを見て、ネアルに答えていた。


 「王子の頃。こうでなければならないという教育を受けて来ませんでした。武人とはなにか。人とは何か。僕を育ててくれた師匠。ゼクス様はそういう教えだけを僕にしてくれました。思えば、あのころが一番自由でありましたね。それも全てはゼクス様のおかげだ。本当に僕みたいな出来損ないの人間にはもったいないくらいの素晴らしい人がお師匠様でした」


 フュンの中でのゼクスは、普通の指南役以上の存在。

 親に近い存在である。


 「次に人質の頃。本当の所、僕がやるべきことはサナリアのために動くことだったのだと思います。でも、僕の父は、そんなに人質としての役割をしろとは言いませんでしたし、何かしたい時には許可をくれました。今思えば、あの父は僕の事を信頼していたのでしょう。僕の事を捨てた人なんだと、あの頃は少し恨んだりもしましたが、よく考えれば、父も僕の事を心配していたのでしょうしね。親になれば分かりますね」


 アハトの心配。それはフュンが我が子に対する心配と重なる部分がある。

 だからアハトが何をしたかったのかを理解していた。

 我が子を思って信じる。

 それだけだったのだ。

 それがただ素っ気なかっただけなのである。

 

 「王子という枠。人質という枠。僕はそれを超える事をさせてもらえていたような気がします。僕は恵まれていたんですよ。こちらに来てから、その枠組みを超える事をさせてもらえたのは、エイナルフ陛下がいたからだし。シルヴィアと結婚したことも大きいと思います。だから僕は、機会の平等が欲しいです。皆に、機会が訪れるようにしたい。その機会を掴む。これはその人次第。でも機会が訪れない。それは社会のせいだ。だから僕は大陸に新しい枠組みを作って、新しい人種を生み出したい。アーリア人は皆。機会が平等でありたいのです。生まれた環境で枠が決まらない。自分で自分の枠を決めない。大陸に住まう人々の未来に無限の可能性を見出せるようにしたい」


 ネアルの目には、フュンが輝いて見えた。

 目を擦り、周りの人間を見てからフュンを見る。

 すると、この場から浮いているように光っている。

 

 それはまるで、周りを照らしだす太陽のような輝きだった。

 それが、太陽の人フュン・メイダルフィアなのだ。


 「ですから、僕が勝ちますよ。ネアル王。申し訳ないが、あなたが作る世は、ここでは訪れない。あなたは、僕らが作る新たな世の中で、幸せに生きてもらいましょう」

 「はははは。いいですな。大元帥殿。あなたのその自信。私が打ち砕く・・・それと、今のは私への挑戦と捉えた方がいいでしょうか。それとも挑発でしょうかね。ははは。いやどちらでもいい。ここは受けて立ちましょう!」


 生涯の宿敵が、全力で戦ってくれる。

 フュンの言葉に返答するネアルは、喜びに打ち震えていた。


 「今のは挑発じゃありませんよ。これはあなたへの宣戦布告だ。ここで宣言しましょう。僕が勝ちます」

 「ふっ。いいでしょう。私もあなたに勝ちたい。こちらも、そのように宣言しておきましょう」

 「はい。いいですよ。互いに勝ちにいきましょうか」

 「そうですな。次に会う時、その時が決戦です」

 「ええ。もちろん。全てを出し尽くして戦います」


 ネアルとフュンの決戦は延期にはなった。だが、互いに決意は知れたのである。

 挑む理由は違うけれど、達成するべき目標は同じ。

 相手に勝つ。

 ただそれだけであった。


 

 

 

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