第93話 思いは次へ
帝国歴534年4月、里ラメンテ。
「はぁはぁ。こ、これ重いです。師匠。外したい」
「その状態であたしから一本取れ。レベッカ」
両手両足に重りを付けられたレベッカは、まともに体を動かせる状態じゃないのに、ミランダから一本を取るまで終わらないという超難題の修行をしていた。
この内容。
一般人であれば、出来るわけのない意味の無い修行なのに、そんなことを二人はかれこれ半年も続けているのだ。
「慣れるまでずっとつけてろ。食事中もだ」
「え!? そんなの無理ですよ」
「何言ってんだ。文句ひとつ言ったら、重りを増やすぞ」
「・・・・」
凛々しく、美しく。少女から女性になりかけているレベッカは、艶やかな髪をポニーテールにして戦う。
おしゃれとは無関係な彼女の髪に潤いがあるのは、アイネが丁寧にお世話した結果だ。
『武人になるのもいいですが、女性らしさも失わないで』
と、口酸っぱく言ったおかげで、彼女が身の回りの世話をすることが出来ていた。
「ほらほら。反応が遅いぞ」
「あ、当たり前! 師匠。無理に決まってるでしょ。こんなの酷いよ」
「おらよ」
左右から連続攻撃が飛んでくる。
剣一つで抑え込むにも、腕の重りが邪魔で仕方ない。
文句を言いたくてたまらないレベッカは、ギリギリで攻撃を防いでいた。
「動きが遅くても動けるようになるんだ」
「それって、何の想定ですか?」
「怪我した時の想定だ」
「今、師匠のせいで、怪我どころか死にそうですけど!」
右から来た攻撃に対して、下からかちあげて防ぐ。
速く動けない体を利用した最小限の動きである。
「生きろ!」
「そんな。無茶な」
本気の一閃がお腹を掠る。服が切れて、はらりと一部が落ちていく。
「殺す気じゃん」
「死と隣り合わせじゃないと意味がない。生きようという意志が、お前を強くする」
「その前に死んだら意味ないじゃん」
「死なん!」
「なんでわかるの!」
レベッカはまるであの頃の自分。
険しい表情のミランダの心の中は笑顔である。
「お前は神に愛されている。だから、大丈夫だ」
「なんだよ。その曖昧な答え!? うわっ」
ミランダの攻撃が終わらない。
「鈍い。こっちだ」
「ぐあっ。ごほごほ」
剣閃での攻撃かと思いきや、前蹴りが飛んできた。
レベッカの胸に、靴跡がついた。
「師匠。剣の修行じゃないの」
「剣の修行だぞ」
「じゃあ、なんで足が飛んでくるの?」
「戦っているからだ!」
「は?」
「戦っている時に、剣だけで攻撃して来るなんて、誰が決めた」
「いや、これは修行じゃん?」
「修行でも常に戦うことを想定しろ。つまり、何が起きてもおかしくないってことだ。油断するな。相手を見ろ。動きや考えも見ていく。いいか。戦う時には色んなことを考えて、戦うんだ。いいな。レベッカ。甘えは許さん」
「甘えって。これのどこが・・・いでっ」
拳骨が頭上に落ちた。
腫れあがりそうで、これからさらに痛くなりそうだった。
「レベッカ。まだまだやるぞ」
「は、はい」
口答えはいけない。
レベッカは師であるミランダの事を理解してきたのである。
◇
そこから二か月後。
「やった・・・当たった!」
大の字に倒れたレベッカが言った。
「ん。まあ、いいだろう」
ミランダは赤く腫れた左肩を押さえた。
今まで一撃も当てられなかったから、急所じゃないが負けを認めたのである。
「終わりだな。あとはお前次第だ」
「私次第ですか?」
「ああ、そうだ。あとの修行は、お前だけで出来る。あたしの基礎を全てクリアしたからな。あとは自分自身で、自分を見つけるんだ」
「自分を見つける???」
「そうだ。自分のやり方を。自分の成長を。自分で見つけるんだよ。今のお前なら出来る」
「わかりました」
ミランダは満足して近くにあった大きな岩に座った。
「レベッカ」
「なんですか」
「これから話すこと。父と母には内緒だ。あたしとお前の秘密にしてくれ」
「・・・なんでですか?」
「ああ、お嬢にはまだ内緒にしないといけない事がある。でもお前には知っていてほしい。お前が受け継いでほしいからだ」
「何をです?」
「これだ。ほれ」
ミランダは自分の腰にぶら下げている刀を放り投げて、レベッカに渡した。
「こ、これは、師匠の??」
「ああ。
「いいんですか?」
「ああ、お前がいいんだ。私が返したことになるからな。ただ、あたしの思いは別だぞ。しっかりしたものをお前に預ける事にする」
「返したことになる???」
手招きするミランダは、自分の隣にレベッカを呼んだ。
ちょこんと小さくなって隣に座る姿はまだ子供。
いくら大人のような戦い方が出来ても、いくら見た目が可憐になっても、まだ12歳の少女であるのだ。
「レベッカ。お前に昔話をしてやろう。これは、お前の母と父が生まれる前の話だ」
「結構前ですね」
「ああ。三十年以上前の話さ・・あたしがまだお前くらい」
ミランダがレベッカの頭を撫でる。
「・・・いや、違うな。もうちょい下くらいだな」
「師匠が子供の頃の話ですね」
「まあな。ってか、お前も子供だよな。背が伸びたから子供っぽくねえけどよ」
「え。私はもう大人ですよ」
「どこがだ。まだ子供なはず。お前、いくつだ?」
「えっと。今何年ですか?」
「知らねえ」
「じゃあ、私も知らないです」
二人とも、暦なんて気にしない性格であった。
「まあいいや。あたしの話を少ししてやる。それで・・・」
ミランダは、人に話したことのない昔話をレベッカの為にした。
◇
真実を知ったレベッカは、ただただ驚いていた。
「そ、それじゃあ。私は・・・そういう事なんですか」
「ああ。悪いけどな。お前の本当の所はそうなんだ。だから、お前には、あれを作って欲しいんだ。あたしが作ったウォーカー隊を超えるものをさ」
「ウォーカー隊を!?」
「そうさ。お前はあたしを越えてくれ。悪いけどよ」
「・・・じゃあ、皇帝じゃなくて、私はその道がいいんですね」
「いや、皇帝でもいい。でもお前の性格じゃあな。お前、皇帝に向いてねえもん。アインにでも任せてみろ。あいつ、かなり優秀だからな。お前はアインを支える側になった方がいい。それにな。たぶんそうなった方がお前は自由だぞ」
「・・・自由」
「ああ。お前がまたそいつを作り上げたら、おそらく帝国は発展する。面白い事になるはずさ。お前には自由があった方が良いのさ」
「・・・わかりました。これ。これに誓いますよ。師匠」
レベッカは
「レベッカ・ダーレーは、来るべき時の為。師匠とこの剣に誓います。家族を守り、民を守り、大陸を強くしていきます。師匠! どうですか」
ミランダは、ニッコリと笑う弟子が眩しいと思った。
「ああ、頼む。これであたしも安心だ。あとは、お前の両親に返すことにする」
「はい」
「よくやった。レベッカ。ここからは、お前の力で生きていけ」
「はい。師匠ありがとうございました」
「ああ。頑張れ」
ミランダとレベッカの修行が終わった。
四年の修行で得られたのは、単純な強さだけでなく、指揮官としての成長もしていた。
ミランダは、全ての基礎をレベッカに与えていたのである。
◇
修行が終わり帝都に戻ると、レベッカはミランダと共に帝都城の両親の元に向かった。
「父。母。レベッカ・ダーレー。帰って参りました」
「え? あ、うんうん。レベッカ。ご苦労様です」
娘の変貌ぶりにフュンが驚いていると。
「よく頑張りましたね。レベッカ。偉いですよ」
シルヴィアは労う。
「はい。母。母もお元気でありましたか」
「ええ。ずいぶんと立派な子に。先生ありがとうございます」
ミランダは、フュンとシルヴィアに微笑んだ。
「ああ。まあな。んで、あとはこいつには自由を与えた。勝手に成長するはずだから、お前らに返すぞ」
「はい」
「んで。この四年。何があったか。フュン、お前から話を聞いておこう。シルヴィアはレベッカと積もる話があるだろ。ここに置いて置くわ」
「わかりました」
「フュン。執務室だ。お前の考えた作戦をあたしに見せてくれ」
「はい。ミラ先生。ではいきましょうか」
「おう」
フュンとミランダは、最終作戦の話し合いをし始めた。
クリスも後で加わり、激論になったとされる。
出来るか。出来ないか。
やれるのか。やりきれるのか。
様々な角度から、入念な話し合いが行われたのである。
フュンの大計画。
『イーナミアの終曲』
上手く発動させることが出来れば、王国が帝国の動きに惑い、踊り狂うことになる大計画だ。
ここから三人で話し合い。大将たちと綿密に調整していく事になる大計画が、発動するまであと僅かだと思われた。
しかし、ここで思わぬことが起きるのであった。
帝国に起きるとある問題と、大陸を揺るがす問題がほぼ同時に起きてしまうのであった。
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