第92話 これからの希望
帝国歴532年2月
帝都城で研究しているサブロウは、一人でコツコツと何かを分解しては組み合わせていた。
砲弾のような形の鉄の塊に、何か変なものを詰め込んでいる。
彼が居る研究室は、フュンの執務室の隣。
重要機密があるこの場所は、太陽の戦士たち又は影たちが常に守っている場所だ。
『コンコン』
サブロウがドアを見る。
「おお? フュンぞ。どうしたぞ」
ノックをしたのは笑顔のフュンだった。
「サブロウ。やって欲しい事がありましてね。今、お時間いいですか」
「おうぞ。いいぞ。なんぞ?」
「えっとですね。ミラ先生がいないので、あなたにやって欲しいのです。ウォーカー隊についてです」
サブロウが作業中にいつも座る椅子の隣に、フュンが座った。
「なに? ウォーカー隊ぞ?」
解散した隊に仕事を依頼。
だから、サブロウでも驚いたのだ。
「ええ。申し訳ないですが。再結成して欲しくてですね」
「ん?」
「ウォーカー隊の皆さんに得意な事をしてもらいたくて、今から3万を集めます。そして、そのままギリダートに行ってもらい。王国に潜入してもらえませんか。重要任務の変装が出来る影を中心に各地に散らばせていく形でいきます。そしてとあるタイミングで、ある都市を襲ってもらいたい」
「おいらたちが???」
「ええ。これは皆さんにしか出来ない。マサムネさんとサブロウ。マールさんとエリナは後ででもいいんですが、隊員の皆さんは各地に散らばって欲しくてですね」
「・・・そうか。わかったぞ。あれかぞ。現地集合の事前準備かいぞ?」
「そうです。戦争をする時に速度を出すための作戦です」
「・・・わかったぞ。んで、その指揮を誰が取るんだぞ。集めるのはいいとしても、戦う時の指揮官が重要ぞ」
「ええ。それはもちろん。ミラ先生しかいません。先生が総隊長ですから」
「そうかいぞ。わかったぞ。今から準備をしてみるぞ」
サブロウが作戦を承諾した。
「フュンぞ。でも、敵の影はどうなったぞ。あれらがいるとおいらたちのウォーカー隊の潜入が難しいぞ。おいらたちの影はだけいけるけどぞ。あいつらは影にはなれんぞ」
「はい。そこは大丈夫だと思います。敵の監視は目視。ギリダートの監視は南西。リンドーア方面からこちらを見ています。数人体制ですかね」
フュンたちは敵の偵察兵の配置も確認していた。
「それと、敵の影はアーリア各地。広域をカバーするには数が少ないと思います。モモさんとマサムネさんの戦闘報告書から察するにノインの部隊が影部隊であそこに集約されていたようですよ。だから、敵の影がかなり減っていますね。それで、ここの監視の影が少なくなっていて、おそらく重点的に置いているのは奪った場所の方。ガイナルとビスタですね。あそこの施設関連と、こちらの内情の方を知りたいらしいです。特にビスタ周辺の方を念入りに散策しているみたいですよ。ジュリアンさんの報告書に書いてありました」
「なるほどぞ・・・ギリダートも警戒はしているだろうが、奪われてしまったならしょうがないと思っているのぞな。こちらの方に攻撃に出たいネアルらしい考えぞな」
ジュリアンらのドラウドは、変装しながら自国内を警備している。
町人。村人。商人などなど。
あらゆる人物になりすまして、敵の影を発見していたのだ。
「ええ。それで、皆さんにはギリダートで待機してもらい。そこから少しずつ王国に潜伏してもらいます。数年をかけて現地人みたいな感じになれればいいかなと、だから上手く潜り込んでください。お金は出しますのでね。ああ、それと、ある程度の固まった人数は、シルリア山脈に潜伏してもらうと助かりますね。一気に各都市に見知らぬ者が増えると、この作戦を警戒される恐れがありますから」
「それもそうぞな。わかったぞ。なんとかするぞい」
「はい。お願いします。シルリア山脈であれば、そこから狙う都市も近いので、ちょうどいいです」
「わかったぞい。マサムネと相談するぞい」
「ええ。お願いします」
フュンが地図を広げた。
シルリア山脈は、アーリア大陸北西の大山脈。
ガイナル山脈よりも高く険しい山々が多く、ラメンテのテースト山で育った人じゃないと住むには厳しい山が、たくさん存在しているので、おそらく村のような物がないだろう。
なので人が隠れ住むにも適しているのだ。
「あと、そうだ。サナリアから・・・そうだな。ロイマンの所に行って、協力者を募ってみてください」
「ロイマンぞ?」
「ええ。ロイマンが育てた村人たちなら、シルリア山脈でも簡単に家などを建築できるでしょう。もしかしたら洞窟などが住処になるかもしれませんし、そうなった場合彼らの技術が役に立つでしょう」
「なるほどぞ・・・わかったぞ」
「はい。慎重に送り込んでください」
サブロウはとある特殊任務を請け負った。
敵の各都市にウォーカー隊を配置して、大部分は敵の領土の山に暮らす。
ウォーカー隊らしい戦術を繰り出そうとしていた。
「あと、サブロウ。今の開発。どうなってます。なんかあります?」
「そうぞな・・・・これどうぞな?」
「え。どんなのです」
この二人のヘンテコ開発チームは、仲良くあーでもない、こーでもないと言い合いをしながら、明日の為の開発をしているのだ。
それは敵に勝つため。
何てのは大体嘘で、本当に趣味でやっている事だった。
二人は、これを仕事だとも思っていないのである。
「サブロウ丸おっかなびっくり砲だぞ」
「何の効果があるんです?」
「とにかくびっくりするんだぞ。こっちもぞ!」
「へぇ。そうなんですね。びっくりするんですね」
普通の人間なら納得しない。
不安になりそうな会話であった。
◇
帝国歴532年7月
帝都の皇帝夫妻の自室にダンとミシェルがやって来た。
「ダン。ミシェル。今日は何の用でしょうか?」
シルヴィアが聞くとミシェルが答える。
「お嬢。ダンを学校に入れてもよろしいでしょうか」
「学校? 学校には入っているでしょう。サナリアの学校に入れていたのでは?」
「はい。そうなのですが、帝都の学校にも入れてあげたくてですね。お嬢の許可が欲しくて、お願いに来ました」
「まあ、いいんですけども。ミシェル、こちらへの入学理由はなんですか?」
込み入った話の中で、フュンはお茶を用意していた。
緊張気味のダンのそばに行って、笑顔でいる。
「はい。どうぞ。ダン。いいんですよ。リラックスしていても。僕らは家族ですから」
「は、はい。フュン様。ですが・・・」
「君は真面目だな。ハハハ」
皇帝夫婦と家族だと言われても、ダンは律儀なので、しっかりした線引きをする男である。
「お嬢。フュン様。ダンは、王国出身です」
「ええ」「そうですね」
席に着いたフュンと隣のシルヴィアが答えた。
「そして奴隷出身です」
「「はい。そうですね」」
息ピッタリの夫婦である。
「なので、この子を希望にしたい」
「「???」」
「ダンを。帝国と王国の融合の象徴にしたいのです」
「なるほど」
フュンが瞬間的に理解した。
ダンの存在は大きなものである。
今、ダンとミシェルが住んでいるサナリアには、ギリダートにいた二万人の奴隷がいて、彼らはサナリア人とほぼ変わらない生活を送っている。
だが、心のどこかで与えられたものからの脱却が出来ていなかった。
こちら側が用意した職業や住居に住んでいるのが彼らであったのだ。
自分たちで勝ち取った自由じゃなく、自由を与えられたような状態なのだ。
それに、捕虜兵としてサナリアに向かったものたちも同じような状況だった。
前よりもいい生活はしているが、自分自身の真の希望が見えていなかったのだ。
「わかりました。ですが、ダン。ここだと難しい立場になりますよ。ここの学校であると、あなたは苦しい部分が出て来るかもしれません。サナリアだと、身分など気にしませんが、こちらの帝都は昔よりはいいですが、それでも差別的な事はありえます。大丈夫ですか」
フュンは心配そうな顔でダンに聞いた。
昔の自分だって、帝都にいた頃に人質という理由で白い目で見られた事があった。
学校には通わなくてもそう見られたのだ。
帝都の学校に通っていたら、もっと酷い目にもあっただろう。
ミランダがいたから、たまたまそういう場面に出くわすことが少なかったのだ。
それでも多少なりともあったのに、ダンがそこに通うとなると決意が無いと駄目だろうとして、フュンが聞いたのだ。
「大丈夫です。フュン様。私はレベッカ様の従者になるために、帝国の人たちに認められたいです」
「・・・わかりました。いいでしょう。僕が推薦状を書いて、入学させます」
真っ直ぐな瞳で自分を見つめてきた。フュンはダンを信用した。
「フュン様、よろしいのですか」
「ええ。ミシェル。親となり、この子の事を考えたのでしょ?」
「はい」
ミシェルも真っ直ぐにフュンを見つめた。
「ミシェル」
「はい」
「ただし、あなたもこちらに住みなさい。学校の訓練だけでは足りません。ダンを強くするには、あなたの訓練が必要でしょう。それに、ゼファーの基本をここにしますので、二人でダンを強くしてください。いいですか。これが条件です。この子の親は、あなたたち二人です。二人が愛してあげれば、この子も強くなる」
「はい。わかりました」
「どうですか。ダン。これでいいでしょうか」
「あ。ありがとうございます。フュン様」
フュンがシルヴィアを見た。
「シルヴィアはどうです」
「私もそれでいいかと思いますよ。でも」
「でも?」
「ええ、住む場所がですね・・・そうですね。ダーレーのお屋敷に住みましょうか。ゼファーのここでの家が小さいです。あれでは他の者たちに舐められてしまう可能性が出てきます。出来るだけダンには格を与えていきましょう。それと、入学前に成績も出しましょう。そこでも舐められないようにしたい。ミシェル。勉学はどうなっていますか」
「サナリアではトップクラスです」
シルヴィアが頷く。
「よろしい。ならばこちらに来ても上位でしょう。あそこで優秀なら安心です」
シルヴィアはダンに語り掛けた。
「ダン。無理はしないでくださいよ。辛くなったら相談しなさい。ただし、途中で辞める事は許しません。フュンの推薦で入るということは、そういう事です。よろしいですか」
「承知しています」
「よろしい。ダン。頑張りなさい」
「はい」
こうして、元奴隷ダンは帝都の学校に入学できた。
基本が貴族社会ではない実力社会になった帝国でもあっても、いまだに高い教育水準を得ているのは、貴族や豪商、豪農だ。
だから、サナリアの学習環境が珍しいのである。
色々な人材に門徒を広げていること自体が、帝国のどの都市にもない制度である。
誰でも意欲があれば学習できる環境は、サナリアだけであり、帝都はというと、やはりお金が無くては入れない場所になっている。
それでもダンは推薦で入学して頑張ろうとする。
だから周りの目も厳しくなるので、優秀さで周りを黙らせないといけない。
それに推薦を出してくれるフュンの顔に泥を塗るわけにはいかない。
ただ、ここで彼が実力を示せば、フュンの考える帝国と王国の融合の中心人物になるのは間違いない。
ダンが、帝国でも立派な役職に就けば、これからの希望となりえるのだ。
ダン・ヒューゼン。
ミシェルとゼファーが手塩にかけて育てる人物は、新たな大陸の希望となる男なのだ。
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