第91話 感謝と相談

 サナリアのアーベンにて。

 フュンが人に対して急かすように話しだした。

 

 「アルザオは! どこにいますか?」

 「こちらです」


 メイドの女性は、その勢いに押されることもなく冷静に返した。


 フュンはアルザオのお屋敷にやって来た。

 目的はお見舞い。

 彼の体調が悪くなったとの連絡がローズフィアに来たために、わざわざこちらのお屋敷まで来たのである。

 

 「アルザオ」

 「フュン様? なぜ、こちらに」

 「あなたの体調が悪くなったと聞いて、すぐに来ましたよ」 

 「儂はローズフィアにだけ連絡したのですが。なぜフュン様が?」


 アルザオは、フュンにまで連絡したつもりがなかった。

 自分が死んだらフュンに伝えてくれとの連絡をしたくらいに頑なに連絡を拒んでいた。


 「僕がちょうど、ローズフィアにいたんですよ。まさか! あなた。僕に連絡するつもりがなかったなんて寂しい事を言おうとしているのですか」

 「ハハハ。わかっていますね。さすがはフュン様。儂は連絡するつもりがなかったんですよ。ひっそりといなくなろうかと」


 アルザオは、帝都にまで連絡をしようと思っていなかった。

 

 「何を寂しい事を」


 フュンが強めの語気で言うと、アルザオは手をかざした。


 「今は一大事。サナリアの小さな田舎の片隅で仕事をしている老人の為に、あなた様が来てはいけませんよ」

 「そんなことありません。あなたの仕事はサナリアにとって。帝国にとって。そして大陸にとって大きなものなんです。あなたがしてくれた事はこの先の大陸の融合に大きな影響があるのです」


 アルザオの功績は大きな物。

 フュンが思うアルザオの価値はとても高い。


 「大陸の融合? なんですか。それは?」

 「はい。サナリアの部族融合。それによって、サナリアにはサナリア人が誕生したんです。なら、次の段階。アーリア人もここから誕生すると思っています。ここには王国の捕虜や奴隷が来ましたでしょ」

 「ええ。来ましたね。彼らもここなら何不自由なく過ごせてると思いますぞ。ここは人種の垣根はありませんからね。皆が協力して生きています」

 「そうです。それを作ってくれたのがあなたです。これが小さな仕事なわけがない。あなたの仕事はとても大事なお仕事だったんですよ。誇りを持ってください」

 「そうでしたか。最後に大仕事が出来ていたとは・・・儂の人生。満足ですね。最後の最後に、人の役に立てるとは。あなた様の役に立てたとは。感無量。もう十分ですね。ええ・・十分だ」


 アルザオは最後を覚悟していた。

 だからフュンはその覚悟を無駄にせずに、話の腰を折らずにいた。


 「アルザオ。ありがとうございます。僕は、あなたと出会えてよかったですよ。僕の父とのわだかまりを取り払ってでも、僕の元に来てくれた事。本当に感謝します」

 「いいえ。フュン様。あなた様の下にいられた時間。その時間こそが、人生で一番幸せな時間でした。ありがとうございます。そして、あなた様のこれからのご活躍。それを見守りますよ。あ、そうだ。あとの引継ぎは、ランダに託します。よろしいですか」

 「ランダ。ああ、あなたの部下ですね。もちろんです」

 「はい。儂のしてきた事を引き継いで、ここでやり遂げる男のはずです」

 「わかりました」


 アルザオは、ここから三か月後に亡くなる。

 最後にフュンに会えた事で寿命が伸びたとまで言われている。

 本当はこの時でも起き上ったのが奇跡だと言われていた。

 アルザオはサナリアにとって重要な人物であった。

 それは部族間のわだかまりを無くすための話し合いを根気強くやってくれた男で、フュンの代理を務めて素晴らしい仕事をしてくれたのだ。

 彼のこの仕事のおかげで、次なる融合が始まる。

 サナリア人と、イーナミア王国の人々の融合。

 次の時代を作り出すのも、アルザオの普段のコツコツと積み上げた努力のおかげとなる。

 

 

 ◇


 フュンはここからアーベンの光の監獄にも立ち寄った。

 

 「フュン様」

 「シャイナ様、お久しぶりです」

 「はい。フュン様。お元気そうで何よりです」

 「ええ。ウィルベル様もお元気そうで」

 「ああ。そうだな。大元帥。息子は? 役に立っているか」


 自分の事よりも息子。

 第一声が息子であったウィルベルは、何よりも家族を大切にする男になっていた。


 「ええ。もちろん。あなた様に似て、とても優秀だ。とんでもない切れ者になりましたよ。リナ様も自慢の子になると言ってます」 

 「そうか・・・よかった」


 自分の息子が牢屋に入れられたままだったら、息子に悪いと一生悔やんでいただろう。

 それが今や、大元帥の元で大きく羽ばたいているなら、自分は満足だとウィルベルは静かに微笑んだ。


 「フュン様。こちらをどうぞ」

 「ん? 何のお茶です?」

 「ヨモギです。ここで採れるんですよ」

 「そうですか。これはおいしいですね。売れてますか。どうです?」

 「はい。おかげさまで。アーベンでは売れているみたいです。この後で、ローズフィアにも売るらしいですよ。フュン様。今のここは有名な農作地帯になっていて、意外な食材がアーベンの食を支えているんですよ」

 「そうでしたか。彼らの仕事もですか?」


 フュンは下を見た。

 視線の先にいるのは、カミラたち、昔のサナリアの大臣らである。


 「はい。そうです。裕福とまではいきませんが。人並みにはなったかと」

 「それはよかった。彼らも人となったのですね。悪魔からね」


 フュンは過去の彼らの所業をそう見ていた。

 でも今の彼らに悪魔が取りついていない。

 心が綺麗に洗い流されているのだ。


 むしろ、自分の方が悪魔かもしれない。

 そう思い始めていた。


 「僕の方が危ないですよね。大陸に対して血を流せと、言っているようなものだ。あの時からは逆のような立場に思える」


 大国である帝国と無謀な戦争が出来る。

 そう考えたのが当時のズィーベとカミラだ。


 そして強大な王国とも渡り合える。

 そう思っているのが今の自分だ。


 戦うことを決めているフュンはある点で悩んでいた。

 融合には、血が大量に必要になる。

 大陸の民たちに血を強いるのは自分。

 だから怖いのだ。

 守りたい人たちの血が必要だなんて、矛盾した中にフュンはいたのだ。


 「悩んでいるのか。大元帥」

 「え。まあ、そうですね。大激戦が待っています。おそらく今までの比じゃない。でもやるのは決まってます。だから少しだけ迷っています。この作戦を取るべきかです」

 「そうか。でも迷いはあっても、目が悩んでいないぞ・・・それに、大元帥が戦わなくても、この世界は戦うんだ。王国と帝国。二つの国家がある限りな」

 「ええ。そうですね。その通りだ。僕なんかがいてもいなくても、戦いは終わらない」

 「そうだ。でも、大元帥がいれば、この戦いを終わらせることが出来るだろう」


 ウィルベルは、諭すわけでもなく静かに語っていた。


 「僕が?」 

 「ああ。だから戦うんだ。大元帥。あなたならやり遂げるはず。大陸の闇を払った。太陽であるあなたならばね。必ずできるはずだ」

 「・・・そうですか・・・そうですね。僕が悪魔だろうが太陽だろうが。どちらにしても、大陸を一つにするために動かないといけませんよね」

 「そうだ。そうすればその先にいけるだろう。アーリアは新たな大陸に生まれ変わる」

 「・・・ええ。そうです。そうしなければなりません。そうだ。ウィルベル様なら、この後の展開はどうお考えでしょう。どう思いますか? これを見てください」


 フュンは全ての資料をウィルベルに渡した。

 戦争。経済。そして戦略。

 内政の天才であるウィルベルなら、計画に無理があるなら見抜けると思い提示した。

 ウィルベルは資料に目を通す。


 「そうだな。この作戦。成功させるなら、一瞬が鍵だろう」

 「やはりそうですか」

 「ああ・・・そうだな。仕掛けて三カ月。この展開にならない場合。大失敗に繋がるだろう。そこが難しい。しかし上手くいけば」

  

 ウィルベルの話に、フュンは頷いていた。


 「どの都市も壊滅的なダメージをもらわなくて済む。経済的にもダメージが少ない。そして、それは向こうも同じになるな。双方の被害が少なくて済む」

 「そうなんです。だからこれで行こうかと」

 「うむ。でもリスクはあるぞ。しかしリターンが大きい。これはハイリスクハイリターンだな」

 「はい」

 「大元帥。悩んでもこれはやる価値がある。その先が見えているあなたならば、これをやるべきなのだろう」


 ウィルベルは資料に込められた思いに気付き頷いた。

 この大陸を救いたい。

 そんな事は一文字も書かれていないのに、そんな文面に見えていた。


 「ウィルベル様、ありがとうございます。やってみます」

 「うむ。応援していますよ。ここから、シャイナと一緒にね」

 「はい。ありがとうございます。シャイナ様。ウィルベル様。お元気で」

 「ええ」「ああ」


 二人に挨拶をしたフュンは再びローズフィアに戻る。

 目指すべきものは高い。でもやり遂げられたらフュンとしては満足いくものとなるだろう。

 大陸を一つに。

 そして思いを一つに。

 敵も味方も関係なく、これからの大陸は進んでいくことになる。

 このサナリアのように・・・。



 

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