第87話 大切な人たち

 停戦から一カ月後。

 フュンは、帝都に全将軍と各都市を担当する内政官を呼んで、大会議を開こうとしていた。

 全体でここから動きを確認しようとする会議である。


 その会議を開く前の事。

 フュンは、戦争以来で初めて会えた人物と会話になっていた。

 その人は眼帯をして現れた。


 「フュン様」

 「・・・ミシェル・・・本当に目が・・・」


 ミシェルの頬に手を伸ばしたくなるフュンは我慢して答えた。


 「はい。ご心配をおかけしました。ゼファーまで寄越してもらい。ありがとうございます」


 フュンの暗い顔に対して、ミシェルは明るい表情で答えた。

 前を向いていたのはミシェルの方だった。

 

 「それは当然です。旦那さんですよ。国が緊急時でもないのに、そばにいないなんてありえないです。あなたが入院中。ゼファーはどうでしたか?」

 「私の隣でトレーニングしてました」

 「は?」

 「体が鈍ったらいけないと、鍛錬してましたよ」 

 「え?」


 奥さんが大変なのに、なんで体を鍛えているんだろうと思ってしまった。


 「でもそれでいいんですよ。フュン様。彼が何でも気を遣っていたら、気持ち悪くありませんか?」

 「ええ。まあ。それもそうですが、さすがにですよ・・・」

 「いいんです。ゼファーは我が道をいってほしい。そしてフュン様のそばで活躍して欲しいのです。私の願いです」

 「・・・そうですか。ミシェル。いつも彼をありがとうございますね。大変でしょうけど支えてください」

 「いいえ。それはこちらこそ、私はあなたに出会い。ゼファーに出会えた。これだけで、幸せであります」

 「・・・ええ、僕もですよ。あなたに会えてよかった。ゼファーを頼みますよ」

 「はい。おまかせを」

 「ミシェル・・それと、ちょっといいですか」 

 「ん? 何でしょうか?」

 「それで・・・・・」


 込み入った話をした後、ミシェルは晴れ晴れとした顔でフュンの元を去っていった。


 ◇


 その後。フュンは、シャルフから戻ってきたサナとマルクスとも会った。


 「サナさん・・・感謝します。ハルク軍の引継ぎ。ありがとう」

 「いや、大元帥。こちらこそ感謝するよ」


 フュンはあえてハルクの死を悲しんだという言葉を使わなかった。 

 その方がサナにとっても良いからだ。


 「父上の遺体。あれを回収できた。マルクスから聞いたんだ。大元帥が向こうと交渉してくれたってさ。アージス平原。あそこはもう王国のものだろ」

 

 フュンがマルクスを見ると、笑顔で手を挙げてくれた。 

 

 「はい。そうです。でもそれは当然の事なんですよ。ハルクさんは、英雄ですからね。あのエクリプスを倒したのです。そんな人をあそこで放置しておくなんて、僕には出来ません。なんとしてでもこちらに返してもらいたくてですね。掛け合ってみました」

 「大元帥ありがとう。本当に感謝する」


 サナは再び頭を下げた。


 「父上は私なんかじゃ出来ない。凄い功績を残したんだ。本当にさ。父上は私と比べちゃいけないくらい偉大だった」

 「いいえ。サナさんも出来ますよ。ですけど今ではない。今後、必ずあなたもやってくれます」

 「・・・そうか。そうだといいな」

 

 父のような戦功をあげてみせる。

 サナは静かに闘志を燃やしていた。


 「それで、俺も来たんですけど、なんででしょうか?」

 「あ、それはですね。お二人に相談をしたくてですね」

 「「相談??」」

 「はい。これからの作戦と、新たな人事についてですね。ご意見をもらいたくてですね」

 

 フュンの言葉に二人が同時に驚く。


 「え? 俺たちでいいんですか」

 「はい。マルクスさんは情報部の視点から作戦を見てもらいたく・・・」

 「じゃあ、私は? なんで?」

 「サナさんは新しい人事で相談がありましてね・・・」


 思いもよらない言葉を聞いて、二人とも互いに目を合わせた後。


 「いいぜ」「いいですよ。聞きましょう」


 承諾をしてくれた。

 友人が相談してくれる喜びがあった。


 「それでは・・・」


 二つの話が進むにつれて二人の顔色が変化する。

 全てを聞かされた後。

 

 「で、出来んのか。そんな作戦」

 「出来ます! とは言い切れそうにないですがね。皆さんでやればですね。なんとか実現可能かと思ってます。一気に終わらせるには、これしかないんですよ。それで、どうでしょうか。マルクスさん。いけそうですかね。あなたの考えが知りたい。情報部としての考えが欲しいです」

 「・・・そうですね。情報から考えるにですよ。それは可能だと俺は思うんですけど。・・・たぶん、金っすね。実行前の金が大切です。なので、サティ様にも相談した方がいいですよ」

 「確かに、お金が掛かるかも知れませんね」

 

 マルクスと二人で相談していると。

 

 「いやいや、金の問題だけじゃないぞ。将が足りないんじゃないか? そこまでの規模となると。大将が最低でも五人以上はいないといけないぞ。でもこれは最低だ。実際はもっといないと不可能だ。それ程の広域展開。せめて、アイス並みの将がいないと駄目だ」


 サナが疑問点を言った。 

 指揮官としての実力が、最低でもアイス将軍クラスで、しかも複数いないと成功しないと指摘した。


 「ええ。それは先ほどお話した人事でですね。カバーします」

 「・・・ああ、それでか。いやでも、それでも、かなり難しいんじゃないか?」

 「大丈夫。僕は皆さんを信じていますからね。必ずやってくれると思っています」

 「いや、さすがにそれだけではな」


 信じるだけでは難しいだろう。

 サナは難色を示していたが、マルクスが明るく話し出す。

 

 「サナ。考えたばかりの作戦なんて不安ばかりよ。でも作るだけ作っておかないと駄目なのよ。だから、フュンさん。とりあえず、その作戦を動かしてみた方がいいですよ。三年後。準備が出来次第で、発動させればいいのでは? 出来なかったら別なものを考えましょう。それに似たようなものでもいいですし、俺も一緒に考えますよ」

 「おお。さすが、マルクスさん。ありがたい助言をいつもありがとうございます」

 「いえいえ。いつもこの程度でしかお役に立てていませんからね」

 「その程度だなんて、聞いてもらえるってのが重要です。助かってますよ」


 フュンはサナリアの箱舟計画などの相談をミランダ、クリス、ルイス以外では、このマルクスに話していた。

 親友だからだけじゃなく、マルクス自体の情報精査能力を買って相談しているのである。

 それとマルクスは口が堅い。女にだらしなくても、重要事項の時だけは、口が堅い男なのだ。


 「ああ、それでお二人にお聞きしたいことがありましてね」

 「ん?」「なんでしょう」

 「いつ、ご結婚するんですか?」

 「「は!?」」

 「いや、お二人はいつ結婚するのかなって・・・どうなんですか?」

 「私がこれと? ないない」「俺もないですよ。これなんかと」

 

 二人で同時に互いの顔に指さした。

 

 「んだと。私の顔に指をさすな!」

 「お前もだろ」

 「お前なんかと誰が結婚すんだ。女好き。女たらし」

 「うるせえ。お前なんか女じゃねえ。野蛮なメスゴリラだ」

 「んだと。この野郎」


 サナの得意のヘッドロックがマルクスの首に入っていた。


 「暴力で訴えるな・・・死んじまう・・・がくっ」 

 「この野郎が」


 サナが、気絶したマルクスを横に寝かせる。


 「まあまあ、サナさん。それくらいで」

 「大元帥。あんたも酷いな。こんなのと結婚しろだって?」

 「いや、冗談ばかりではいけませんよ。あなたはスターシャを背負うんです。いつまでもお一人じゃいけませんし。あなたは、マルクスさんがお好きでしょ。僕はわかっていますよ」

 「・・・・」


 サナが顔を伏せて黙った。


 「ねえ。素直になってくださいよ。でも無理にとは言いません。しかし、お二人はお似合いですからね」

 「・・・そうか?・・・私みたいなガサツな女が、妻になってもいいのかな?」


 自分でも女ぽくないと思っているサナであった。


 「いえいえ。あなたは立派な人ですから大丈夫。マルクスさんをしっかり教育できますからね。男なんてあなた好みに教育しちゃえばいいんですよ」

 「教育?」

 「ええ。マルクスさんは、面白くていい人です。ですが、至らぬ点は多々あります。女性にだらしないですしね。その話は僕の耳にも入ってますよ。でも大丈夫。この人が真に大切にしているのはあなただけですからね。ええ、だから今回、心配でリリーガに来ていたのですよ」

 「こいつが? リリーガに?? え?」

 「そうですよ。マルクスさんは、あなたが心配で、前線に来ていたのです。レイエフがリリーガにいて情報整理をしてくれていたので、別にマルクスさんはね。帝都にいても問題がなかったんです。それなのに、わざわざ前線に来てくれたのですよ」


 フュンが、マルクスの頬をツンツンと突く。


 「それはあなたがアージスで戦うからでしょうね。サナさん。あなたにとっての大規模戦争は、あれが初だ。だから心配だったんですよ」

 「え? いや、でもこいつ、そんな事言わないし、それにいつもは帝都にいて」

 「そうですよ。いつもはただの小競合いのような戦いだったでしょ。そうなった場合はあなたの実力では、相手に完璧に勝つことが情報だけでわかる。だから帝都にいたんです。でも今回は違う。王国との死力を尽くす戦いです。無事に生きて戻れるか分からない。だから、心配で。だから最前線にいてくれたんです・・・そうでしょ。マルクスさん」

 「大元帥。なにしてるんだ!?」


 サナが驚いていると、フュンが笑顔でマルクスのおでこにデコピンした。


 「起きてますもん。いつも、マルクスさんは起きてますよ。ねえ」

 「いつつ。バレてましたか」


 赤くなったおでこに手を当ててマルクスが起きた。


 「はい。嘘つきでしょ。彼女への本音以外はね」

 「・・・」

 「ええ。だからどうぞ。僕からは何も言いませんよ。ほら」


 ニコッと笑うフュンを見て、マルクスは立ち上がった。

 真っ直ぐサナを見つめた。


 「ま、なんだ。その・・・サナ。悪い。長い間言わなくてさ・・・なんだ、結婚って奴。付き合ってもねえけど・・・しようか。お互い気心知れてるしさ」

 「んだよ・・・そんな・・・急に」


 それにその言い分はないだろう。

 という事で、フュンがマルクスの背中を蹴った。

 

 「いでっ」

 「マルクスさん。それはいけませんよ。ズバッと言わないと。駄目です。男でしょ」

 「フュンさん」

 「サナさんが、いくら凛々しくとも、いくら逞しくともね。それにあなたを理解してくれようともね。こういう時にはちゃんと言われたいんですよ。ほら。しっかりしなさい」

 「・・・はい。そうですね。だらしないですね。俺」

 「ええ。そうです。しっかりしましょうね」

 

 フュンに言われて、マルクスはサナの目を見た。

 

 「サナ。俺はお前が好きだ。フュンさんに言われたからじゃない。前から好きだったのさ。でも、身分が駄目だと思ってたんだ。お前は名門だから、良いところの人と結婚するだろ。それで俺は弱小だ。背伸びしても、持っている肩書きは弱小だ。だから、友達だったら長く付き合えると思ってさ。今まで隠してた。悪い。俺はやっぱりお前が好きなんだ」

 「マルクス・・・んだよ。早く言えよな。遅いんだよ」

 「え?」

 「私の家は家柄なんてどうでもいいんだよ。お前、情報部だろ。そんな事分かれよ。私の母の半分は、貴族じゃねえんだぞ。母は平民と貴族の間の子だ。格なんてどうでもいいんだよ。馬鹿」

 「うそだろ!?」

 「マルクス。私だってお前が好きだ。でも言ってくれねえんだもん。こっちからは言えねえよ」

 「なんだよ。そうだったのかよ・・・俺、言えばよかったのか。もっと早くにさ」

 「ああ。そうだよ・・・馬鹿」


 サナが両目から流れる涙を拭いていると、マルクスが優しく抱きしめた。

 その時にフュンは、後ろを振り向いて去っていった。

 親友たちの幸せを誰よりも願うのはフュンである。


 

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