第86話 誓いのフュン
アージス方面が停戦になる頃。
フュンはネアルと共に、ガイナル山脈に入った。
船で川を移動したので、時間短縮。体力的にも温存が出来た。
だから、彼らの山での移動が早く、順調に進んでいった。
途中。
南の要所を目指す前に、帝国の本陣の方にも立ち寄り、フュンはジークらを解散させて、ハスラに返した。
そして今度は、要所についてすぐネアルが、ヒスバーンに戦闘停止命令を出して、このガイナルも停戦状態となった。
ただし、この時。
フュンが、南の要所を建築することは止めておらず、そこを砦化する作業について、特に反対することもしなかった。
それを疑問に思ったのがヒスバーンとネアル。
どうして、止めないのかと思うのは当たり前だった。
戦力強化に繋がる行為を完全停戦の文章の発行前でも、やっても良いとする意味がよく分からなかったのだ。
そしてここから、フュンはマサムネを連れて行った。
「フュン。お前がここに来たのか」
「はい。マサムネさん。申し訳ない。あなたに辛い思いをさせました」
「いいや。いいんだ。お前が気にする事じゃない」
フュンは誰よりもマサムネの心情を思いやっていた。
家族を殺してでもネアルを倒そうとした罠。
そんな心が苦しくなるような罠を仕掛けるなど、どれほどの苦痛を伴った作戦だったのか。
マサムネに重い十字架を背負わせてしまったとフュンは悔やんでいた。
「マサムネさん。お二人を見つけたいのです。二人の最期を見ているのはマサムネさんだけなので、その場所まで案内をお願いしたくて」
「・・・そうか。お前、あいつらを見つけたいから、ここまで来たのかよ」
「はい。そうです」
「ふっ・・・お前って奴は。総大将なのにな・・・」
相変わらずのお人好し。
そう思ったマサムネは、笑うつもりもないのに、ついつい笑ってしまった。
「こちらにはジャンダの部隊も連れていて・・・」
話の途中でマールが来た。
「フュン。あっしもいいですかい」
「マールさん!」
「あっしも。兄貴を」
「当然です。いきましょう」
「ありがとう。フュン」
マールも早くにザンカに会いたかった。
ずっと土の中にいるなんてと、思いながらもここまで戦っていたのだ。
だから一緒に行くことになる。
◇
ガイナル山脈の要所同士の間にある谷にて。
「マサムネさん。どのあたりですか」
「そうだな。おそらく、こっちだな。ここらでネアル王が出てきたからな。もっと向こうだ」
ネアル王が脱出した位置は、ガイナル山脈の南側に近い。
流された位置から計算しても、土の威力が弱まっていた場所だった。
「真ん中あたりですね。これだと深いかも・・・かなり掘らないとお二人を見つけるのは難しいかもしれない」
フュンは、ここらへんじゃないかとマサムネが案内した場所に立った。
「・・・やりましょう。ジャンダ!」
「はい。フュン様」
ジャンダ部隊にフュンが指示を出す。
「お願いします。救いたいんです。出来るだけ皆さんも救いたい。ヒザルス軍の人や、ウォーカー隊の人たちもここにいるはずなんです。皆さん。頑張りましょう」
「「「はい」」」
フュンが陣頭指揮を取って、救出作業を進める。
深い位置にいるだろう皆の為に、フュンたちは懸命に掘り続けた。
一日目では見つからず、その日はそこの近くに寝泊まりして、次の日の朝から作業を繰り返す。
それもフュンも共に汗を流して、土を掘っていた。
そして三日目。
「ん!? ヒザルスさんだ!?」
土に埋もれたヒザルスをフュンが発見した。
「・・・申し訳ない。僕のせいで、あなたが・・・」
ヒザルスの前で、フュンは泣いた。
冷たくなった顔に触れる事で実感する。
亡くなってしまったのだと。
「フュン。見ろよ。こいつの顔・・・こいつ、笑ってるぞ」
フュンの肩に手を置いたマサムネが、ヒザルスの表情を指摘した。
苦しんだ表情もせずに笑顔だった。
「え?」
「こいつ、満足して死んでいきやがった・・・そうか、こいつ。守れたと思ったんだ」
「・・・守れた?・・・シルヴィアをですか」
「ああ。そうだ。お嬢とジーク。この二人を守れたとさ。死の間際でも心底思ったんだろうな。俺たちの生き甲斐があの二人なんだ。守れたんだって思ったら、俺たちは死んでもいいのさ」
「・・・ジーク様。シルヴィアをですね。そうですね。皆さんの思いだ・・・ウォーカー隊の思いだ・・・」
フュンの両眼からは涙が流れ続けていた。
「兄貴だ!」
近くでマールが叫んだ。
「いやしたぜ。フュン。マサムネ。兄貴がここに!」
マールが二人を呼ぶと、すぐにそちらにも行く。
顔を見るとマサムネは思う。
「お前もかよ。ザンカ・・・お前も満足だって言いてえのかよ」
マサムネが言うと、フュンも続いた。
「ああ、ザンカさん。僕は・・・僕は・・・」
鼻からも涙が出ているマールの下には、ザンカがいた。
引っ張り出して、マールはザンカを抱く。
腕に抱かれているザンカの顔は、ヒザルス同様に笑顔だった。
死の間際でも。
こんな苦しい場所での死だったはずなのに、最後は笑顔で亡くなったのだ。
「必ず。守りますよ・・・ザンカさん、ヒザルスさん。僕は、必ずダーレーのお二人を守りますからね。お約束します・・・必ずです・・・」
蹲るフュンは泣きながら、地面を叩いた。
苦しみを吐き出すようにしてフュンは誓う。
「これ以上は死なせない。守る。僕は絶対にあなたたちが大切にしている者を守りますからね」
◇
三人がひとしきり泣いた後。
フュンも力を合わせて、皆と一緒に他の兵士たちを見つけようと、夜まで作業を続けた。
それでも、見つける事が出来たのは約二千名だった。
土の中に人は、まだいるはず。
でもこれ以上の作業は危険だとした。
なぜなら、辺りが穴だらけになっていて、さらに雨も降り始めたために掘る作業が出来ないと判断したのだ。
日数をかければ、もう少し見つける事が出来るかもしれないが、ここはすでに王国領土になっているので、長くは居られない。
フュンは後ろ髪を引かれる思いでここを去った。
そして、ガイナル山脈の要所で、ネアルと約束をする。
それは、イルミネスとクリスが作成している文書を、王都リンドーアに送るというもの。
停戦の効果を発揮させるのは文書であるとしたので、これにて正式に停戦は行われた。
その後にフュンは、ガイナル山脈から出る。
山から降りた先の林付近に、ガイナル山脈で戦っていた仲間たちがいた。
最初に話しかけてきたのはエリナだった。
「フュン」
「・・・エリナ」
「お前・・・またか。ヒザルスもザンカも、お前のせいじゃない。シゲマサの時みたいに、全ての責任を背負うと思うなよ。あたいらを舐めるなよ。フュン。あたいらはお前のために動いたんじゃない。あたいらは自分の為にお前を信じているんだ。いいな。忘れんじゃねえ」
「・・・はい」
「納得してねえ顔だな。まあ、しょうがない。お前は悩んで、悩み抜いてから、また前を向け。フュン。支えになってやる。あたいらウォーカー隊がな」
「わかりました。エリナ、ありがとうございます」
「ああ。んじゃ。ほれ。こっちも待ってくれてんだぞ」
エリナが背中を押したのは、タイローだった。
「タイローさん!? ハスラでの待機じゃなく、こちらに来てくれたのですね」
「はい。フュンさん、心配していましたよ。それと、お二人の事は残念でした・・・あとですね。ミシェルさんの事も、報告を受けましたか」
「はい。そうだ。ミシェルはどうなりました。大丈夫ですか」
「ええ。ラーゼから連絡が来て。目は無理でしたけど、命に別状はないとの事で。あと一カ月程、安静にしてもらえれば、日常生活が出来ます」
「命は大丈夫だと。よかった・・・」
「ですが、戦うのは無理かもしれません」
「・・・そうですか。んん、それは良かったとは言えませんね。ミシェルにとって戦えないなんて、強さを証明できない。それもザイオンさんに証明したいでしょうに。彼女はザイオンさんを追いかけているんだ・・・」
二人の会話に入ったのはリアリスだった。
「殿下。ごめんなさい。あたしが、あたしのせいなんだ」
「ん? リアリス?」
「あたしが弱いから、ミシェルが傷ついた・・・んだ。あたしのせいなんだ」
零れそうな涙を必死に我慢するリアリスは、フュンに苦しさを訴えていた。
そこに当然に気づくフュンは、自分の辛さを表現しない癖に、他人の辛さだけは痛いほど痛感していた。
「リアリス」
「え? 殿下??」
リアリスの顔がちょうどフュンの胸に収まると、フュンが二人を呼ぶ。
「ニール。ルージュ。来なさい」
「「うん」」
二人も、リアリスを抱きしめた。
四人が一塊になった。
「あなたは我慢せずともいいのです。それとあなたには、僕とニール。ルージュがいます。もちろん、ゼファー。タイム。クリス。カゲロイ。そして、怪我をしたミシェルも、絶対そばにいますよ。僕らは共に里で修行した仲間です。大切な仲間です。だから気持ちは一緒。あなたが悔しいのも皆が分かってくれます。僕も悔しいんです。そうでしょう。ニール。ルージュ」
「もちろん」「我もだ」
「リア」「でも泣くな」
「「我らはまだ一緒に戦える。我らはまだ頑張れる」」
三人に優しい言葉を掛けられて、我慢していたリアリスは涙が溢れた。
「うん・・・うん・・・」
しばらく泣かせてあげると、フュンたちは離れた。
「リアリス。あなたが背負ってしまった苦しみ。それを僕に任せてください。僕は君たちを絶対に守ってみせますからね。信じてください。あなたたちに信じてもらえれば、僕は何だって出来ますから」
「はい。殿下。信じてます」
「我らも」「我らも」
「「殿下を信じてる」」
フュンは笑顔になって答えた。
「はい。だから僕は頑張れるんですよ。そうです。何があっても進みますよ。僕はここで止まれない。絶対に止まりませんよ。ここからは皆で一緒に進むのです」
どんなに苦しくても、どんなに厳しくても、フュンは大切な仲間と共に、前へ進み続ける事を誓った。
目指すのは、全員で平和に過ごせる未来。
それがフュンの描いている夢なのだ。
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