第三章 思いを繋げ 道を進め
第85話 フュンの教えを覚えている
帝国歴531年7月13日
帝国の町ミラークの手前にて。
ドリュースが率いる王国軍は何も出来ずに止まっていた。
それはミラークへの侵入を防ぐように、デュランダルとアイスの両軍が道を断ち、そこに壁のように塞いでいるからだけではなくて、王国軍の背後のとある軍のせいで止まっていた。
ドリュースは、絶妙な距離間で待機している軍を見た。
「なんだあの軍は・・・あの両軍以外だと、ハルク軍?」
「違いますね。あれは、フラム軍では? 服装がそうです」
セリナが答えた。
「フラム? 奴はリリーガに入ったはずじゃなかったか?」
「ええ。でもそれはフラムのみだったのでは?」
「そうか。フラムだけがリリーガに入り、フラムとフラム軍は切り離されていたのか。では誰がフラム軍を操っている。厭らしい位置にいるぞ。あの軍は・・」
つかず離れずでこちらが何も出来ない。
フラム軍を指揮している者が何者なのだと、ドリュースとセリナの二人は悩んでいた。
◇
「このままの位置でいきましょう。私たちが無理をする必要もない。ここが補給路を断つにもいい場所ですしね。あの男・・・ドリュース。なぜこの深い位置まで来たのでしょうか。ビスタまで取れたから、もっと先までいけるとでも思ったのか。甘いな。補給路を考えずに戦ったのが一番甘い。奴の名はあまり聞かないから、戦争を盤上でした見た事がないタイプか? 大きな一つの面として捉えた事がないのか? 特に地形をだ」
敵将の行動を制限していた男の名はシュガ。
サナリアの斧のシガーの一人息子。
フュンから、名将になる器の一人だとして高い評価を受けている人物だ。
特に素晴らしい副将になるとされている。
得意な事は、補強戦術。
味方を補助することがとても上手い。
今も、デュランダルとアイスの戦いをサポートしている。
敵の退路を断つ事と、補給路を断つことを同時にこなしていた。
「シュガさん。これでいいんですか。もう少し近づいた方が戦いが楽に?」
フラムの部下のルドーが聞いた。
「いいえ。このままで、相手に腹を空かせてもらった方がいい」
「腹を?」
「ええ。軍がいくらか兵糧を持っていてもですよ。ここで止まっている限り、無駄に消費します。そして、デュランダル軍とアイス軍は連戦をしています。疲れもたまっている状態なので、ここは戦わずに休んでいた方がいいでしょう。私たちも疲れていますが、それは後方軍であったので、彼らよりは体力がある。だからこちら側に来るように仕向けたい」
体力管理すらも視野に入れた敵の封じ込め。
そのシュガの意図を理解してくれたのが、デュランダルとアイスだった。
二人も無理に攻める事をせずに、敵がどのような行動に出るのかを監視しながら兵士たちに休息を求めていた。
体力の回復を優先にしながら、敵を倒す道を作る。
シュガは抜け目のない将である。
「こんな戦略。良く思いつきますね」
「いいえ。これは私の策ではありませんね。これはフュン様の基本の教えです」
「フュン様の?」
「はい。フュン様は、昔。サナリアの反乱の時に教えてくれたのですよ」
◇
その昔、サナリアの関所にて。
シュガは色々フュンから戦略という者を教わった。
「兵糧。これが重要ですね。ズィーベがいつまでにここに来るのかが分からないので、貯えが必須ですから、ええ、関所に隠すのは良くない。もしサナリア軍にここを奪われた場合に、それを使用されます。帝都への進軍の勢いを与える形になります・・・なので」
フュンはサナリア平原ではなく、北にあるサナリア平原の方を見た。
「ここから北のサナリア山脈に兵糧を隠しましょう。その日一日分の食料をこちらに運ぶ形にしましょうか。それをクリスにやらせましょう。彼なら何でも出来るでしょうからね」
フュンは当時からクリスを頼りにしていた。そつがない仕事ぶりを見ていたからだ。
ここでシュガが聞く。
「フュン様。兵糧など、ここにたくさん置いてでも大丈夫では?」
「いいえ。多くある必要はありません。かといって少ないと駄目で、兵士たちのお腹は満たされていないと力は発揮できませんよ。やっぱり人はご飯が大切。元気じゃないと戦えませんからね」
フュンはシュガを見る。
「シュガ。覚えていてください。ゼファーだと忘れそうですけど、あなたならば大丈夫だ。実は戦争で重要な事の一つにこの兵糧があります。先程も言ったようにご飯の力は偉大です。今日は良くても明日は食べられない。そんな事が兵士たちに知られてしまえば、たちまち力なんて出なくなるでしょう。なのでね。ここは兵糧の経路を第一に考えてみてください。どこからどこへ運ぶのが、効率がいいのか。またはどこへ隠せば敵に見つからないのか。などなどですね。将となれば、これらを考えねばなりません」
フュンはサナリア平原を指差した。
「今回は、ズィーベの方が有利。サナリアの王都から供給が出来ますからね。あちらの裏を止める手が僕らにはありませんから、補給路を断つ動きが出来ません。しかし、この断つ動きが出来るなら、やった方がいいです。だからシュガ。出来る機会があれば、必ずやってください。味方を救う逆転の一撃になったりしますからね」
若い頃からフュンはミランダの教えが染み付いていた。
サナリアの知識にはない戦法をここで教わり、シュガはこの事を鮮明に覚えていた。
◇
「フュン様の戦法ですね」
「そうでしたか・・その戦いというと、大元帥は・・・20歳くらい・・・。お若いのに、色々な事を考えておられたのですね」
「そうですね。今もフュン様は若いですがね。ハハハ」
「ええ。そうでしたね。でも、フュン様はまだまだ若い。とは思えないくらいに立派な方ですからね」
フュンはまだ31歳。でも彼は31歳にして、色々な経験をしてきた。
人質、辺境伯、大元帥。
立場が上がっていく中で、苦楽を経験する一方で、彼自体の心持ちは変わらない。
いつも笑顔で人々の先を見据えている。
「ここは粘りですね。我慢比べに負けたら、敵は村よりもこちらに来ますね。ビスタに逃げたくなるでしょうからね」
シュガの予想は兵糧切れ、もしくは兵糧が消えかけたりでもしたら、必死に退却しようと自分たちのいる軍を撃破しようとしてくるはず。
だからそれまでは休憩でいいだろうと、余裕と緊張感の二つの状態で、敵を待ち構えていたのである。
この戦場は、戦うために様々な準備がなされていた戦場だった。
だがしかし、数日後。
シュガが率いていた軍の背後にとある連合部隊が白旗を持って現れた。
それは帝国と王国兵の連合である。
「シュガ殿!」
「・・・・アナベル様?」
「シュガ殿、停戦でお願いします」
「何故アナベル様がこちらに?」
「今の私は停戦を知らせる使者です。こちらのブルー殿と一緒に停戦命令を出すために、こちらに来ました」
「そ、そうなのですか」
シュガがアナベルの隣の女性の顔を見る。
「はい。私もあちらの軍に知らせを出したいので、ここを通ってもよろしいでしょうか」
「・・・あ、わかりました。道を開けましょう」
「ありがとうございます」
ブルーが丁寧に頭を下げて、そこから前へ進もうとする。
「私もいきますので、ブルー殿行きましょうか」
「はい。お願いします」
アナベルも共にドリュース軍の元へと急いだ。
二人が移動していく。その背中を見つめているシュガは、何が起こったのかを考えていた。
「シュガ殿。ど、どういうことなんでしょうか。停戦が急に決まるとは」
ルドーがあたふたした。
「全体の戦場が止まる。ということは、ルドーさん。どこかで決定的な戦場が生まれたのでしょう。たぶん、フュン様が何かをしたのですよ」
「フュン様がですか?」
「ええ。ギリダートでとてつもないことをしたのでしょう。フュン様のしようとすることは、いつも想像できませんからね。昔から驚いてばかりだ・・・でも驚きすぎて、逆に冷静になってしまいますね。ハハハハ」
シュガとフュンの思い出は、最初からおかしなことばかりだった。
サナリアの王都脱出。そこからフィアーナの里での戦い。ロイマンの村との協力。関所での戦いなどなど。
思い返せば、あの時、自分も生き伸びた事が奇跡だった。
フュン・メイダルフィア以外があの体験をすれば、確実に死んでいる。
だから今回も何かをするとしたらフュンの戦場しかない。
奇跡は彼にしか起こせない。
そう昔から信じているシュガは、今回の停戦も意味あるものなのだろうと思い、ここで張りつめていた戦いへの気持ちを抜いていったのである。
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