第84話 停戦
「殿下」
「ん?」
「よろしいので?」
「何がです?」
ネアルたちが外で話し合いをしていた頃。
フュンはクリスとゼファーの二人と話をしていた。
「停戦でいいのですか。戦わなくても?」
「ええ。いいです。一旦整えたい。呼吸をしたいのですよ。同時に皆で呼吸をね」
「呼吸ですか?」
「ええ。皆さんを早くに休ませてあげたいんですよ。戦争なんて、長期間行ってはいけません。心も体も疲弊してしまいます。やるのなら短期でやる。その方が民に負担がかかりません」
「そうですか」
ゼファーが下がると、クリスが出て来る。
「しかし、フュン様。それでは時間が・・・」
「まだ大丈夫。まだ。時間はあります。クリス。その時をただ待つわけではないのですよ。準備は当然します。けど休息が必要です」
「そうですか。わかりました」
「ええ。それで、先程の交渉。どうでした? あれでよかったですかね」
「え? それは?」
「僕だけで交渉をしてしまったでしょ。あなたの意見が聞きたい」
「それは私なんかが意見するような事じゃなく。私は失敗していますし」
クリスが珍しく落ち込んだ。
顔色は変わらないが首が少しだけ下に傾く。
「ん? 失敗??」
そんなクリスをフュンが見つめた。
「はい。イルミネスに主導権を奪われました。知らぬ内にあちらの言う通りに」
「ああ、はいはい。わかりました。悔しかったんですね」
「ん?」
「あなたが負けるのは珍しい。それも口でね。なるほどね」
フュンだけが納得していた。
「クリス。いいんですよ。事前交渉など別にどうでもいいんです。やりたいことは今、やれています。それで、あそこで重要だったのは、向こうの将の情報が少ないので、会うことが重要でした。会ってお話する。これが目的だったんです。別に交渉の主導権なんてものはいいんですよ。今回の話し合いが出来ればね。なんでもよかったんです」
「そうだったのですか」
「ええ。そうです。それで、向こうの二人はどうでしたか」
「それは・・・」
事前交渉の目的が違う。
王国側はおそらく深読みをして、主導権争いをしたのであろう。
だがしかしフュンの目的はあくまでも敵将の人となりを調べる事だった。
話すことで、相手の性格を掴む。
これが目的だったのだ。
フュンとしては、今回の本番でネアルに負ける事は無いと考えていた。
交渉前の段階で、こちらに手札が揃い過ぎている。
不利になるカードがないと、確信していたのだ。
ガイナル山脈はいらない。ビスタもいらない。
ただ、フーラル川は欲しかったけど、それは別になくても困らない。
欲しいものは、ギリダートとフーラル湖。
そして、家族の亡骸。
これが重要だったのだ。
なので今回、フュンにとって重要なものはほぼ手中に収めたのである。
「警戒した方がいいかと思います」
フュンの後ろにいたゼファーが少しだけ前に出てきた。
「ん? ゼファー?」
「我は、あのルカという男に気を付けた方がいいかと」
「ルカですか。イルミネスの隣にいた?」
「はい。そうです」
「わかりました。ゼファーが言うのです。警戒しましょう」
「はっ」
重要な事を殿下に言えたと満足してゼファーが後ろに下がった。
◇
天幕に戻ってきたネアルは、最初から本題に入った。
「大元帥。三年。これでどうでしょうか」
「三年・・・」
難しい顔をしたフュンは黙った。
「ご都合が悪いでしょうかな?」
「・・・いいえ。こちらは問題がありません。逆にそちらが大丈夫でしょうか」
「ん?」
「そちらが失ったものは大きいでしょう。補充の観点から見て、三年。それで足りますか・・・あなたの考えじゃないような気がするな・・・イルミネスさん。あなたの考えでしょうか」
フュンはネアルから、イルミネスに視線を切り替えた。
ネアルの背後で、表情一つ変えずにこちらを見ていた。
「私ですか? まさか、王のご判断です」
「そうですか。では、イルミネスさん。あなたは足りると思いますか?」
「足りるとは?」
「兵の補充です」
「足ります。それこそ、そちらはどうですか。今回、痛手では?」
「いいえ。僕らの方は大丈夫です。要がいるので、あなたたちの方が苦しいはず」
今の言葉に、顔を伏せたのはネアル。
痛手がない。要がいる。
この二つの考えから答えが出た。
それがゼファー軍と太陽の戦士の事である。
あの異常な強さを持つゼファー軍と太陽の戦士。
この二つの軍はとにかく信じられないくらいに強い。
戦ったから分かるのだが、ゼファー軍は軍隊として、太陽の戦士たちは各々が強すぎる。
しかもこれに匹敵する力を持つ軍も帝国の味方として現れた。
それがラーゼの獅子である。
あれらもノインとアスターネの報告を聞けば、強い事が分かる。
それで今回、この三つを倒すことが出来ず、せめて減らしていきたかったのだが、減らせた数と言えばゼファー軍の二千程度だった。
あの強力な包囲攻撃で削れたのが、たったの二千。
それに対して、自分の軍。近衛兵たちは全部が消えていった。
五千の兵はエリートだった。
自分が手塩にかけて育てた兵たちで、実は他にも育てていたのに、あれくらいの数にしかならなかったのだ。
それを一から、あれらと同等の数にするのは難しい。
正直に言って、フュンの言う期間が足りるのですかは、的を得た質問だった。
それと帝国軍は役割がハッキリしている。
攻に特化した将。守に特化した将。援護に特化した将。
各々が自分の役割を全うしているのが、この戦争でよく分かった事だった。
王国は万能な将軍を欲しがっていた。
一人で何でもできるタイプの人間を、ネアルは欲しがっていたと反省していた。
「では、三年よりも長い方がいいのですか。大元帥?」
「いえ。そちらがいいのなら、良いですよ。でも本当に三年でいいのですか? イルミネスさん」
「ええ。間に合わせたいので、三年がいいです」
「間に合わせる?」
「はい。あなたは間に合わせたいと思っているはずですよね。なので、三年でいいです」
「・・・ん? 何にでしょう」
言葉の意味を捉えきれない。やはりイルミネスの考えが深い。
フュンは、この戦争の他に、何か別な事を考えていると感じた。
「なんなら、そちらから行動を開始してもらってもよろしいですよ。三年が経ったらそちらから行動開始を宣言してもらってもいいです」
この揺さぶりは効果的だ。
ネアルは頭の中で、イルミネスの思考を褒めていた。
「僕らに再開を委ねると」
「はい。そちらが停戦開けの主導権を握っていいです」
「・・・わかりました。僕らからお知らせしましょう」
「ええ。どうぞ」
イルミネスだけでは良くない。
フュンはネアルにも同意を求めた。
「ネアル王。それでよろしいですか」
「どうぞ。私もその方がいいと思います。今回はこちらが宣言したので、次回はそちらで。この方が平等でしょう」
「・・・んんん。そう考えるとたしかに・・・いいでしょう。僕らが宣言します。王都に使者を送りますので、よろしくお願いします」
「わかりました」
二人は頷いた。
「では最後に、ネアル王。停戦を知らせるための使者と、アージスへの立ち寄りの許可を願いたい」
「ん? アージスへの?」
「はい。あそこには死体があるでしょう。僕らの兵士らのもです。彼らを埋葬してあげたいので、立ち寄らせていただきたい。その部隊を受け入れてほしいです。運搬の部隊です」
ネアルはこれがイルミネスが言った軽い条件かと思った。
本当に軽い条件で、子供のお願い程度の事だと感じる。
「わかりました。どなたが来ますか」
「こちらはアナベルという青年がいきます。受け入れてもらいたい」
「わかりました。では、そちらが解放してくれるブルーに任せます」
ブルーが案内役になった。
アージスも今や王国のものなので、通行許可を必要とするのである。
「停戦の文書の作成は、こちらはクリスを出します。そちらはイルミネスさんかな?」
「ええ。イルミネスにします」
「わかりました。では、ネアル王。今から僕らはガイナル山脈を停戦させましょう。ビスタ方面は、ブルーさんとアナベルに任せますので、移動準備をお願いしたい」
「いいですぞ。やりましょうか」
こうして、二大国英雄戦争は一時中断とされた。
第八次アージス大戦。ハスラ広域戦争。ギリダート攻略戦争。
三つの戦いを経て、帝国が獲得できたのは、ギリダート。フーラル湖。
この二つのみだった。
あとは失い続けて、領土的には大敗北と見ていい。
ただ、フュン・メイダルフィアはこの戦いを大勝利だと思っていた。
なにせ、大陸の中央を獲得したということは、ここからどこへ行っても良い権利を得た事を示すのである。
ギリダートから見て、北にはパルシス。
ここはハスラの正面の都市だ。
陸地からも攻める事が可能となれば、挟撃も容易に出来る。
そしてギリダートから見て南西には王都リンドーア。
王国は敵国を侵略することのみを考えていたために、王都の位置を前に持っていってしまった。
前線に常に援軍を送るための考え。
これも間違いじゃないが、それはギリダートとルクセントの二つの都市が手中にあって、初めて意味を成す考えである。
ギリダートを奪われた現状では、難しい位置に王都リンドーアを建ててしまったことになってしまった。
だからフュンは、この事から王都を攻めるために、ギリダートを奪う計画を立てた。
北と南を捨てても、中央をもらったのはこういう意図があったのだ。
戦いは一時休戦。
しかし、この休息期間は、新たな戦いの幕開けを待つ時間となったのだ。
双方が次の戦いの為の準備をする期間となったのである。
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