第83話 ネアルも変わる
「・・・ん。アスターネだけ?」
「ええ。アスターネだけです」
「ぶ、ブルーは?」
「ブルーは別な条件で解放します。ですが、今はアスターネの件です。こちらに川下の保有権をください。それだけでいいんですよ。でも、それ以外は受け付けません」
アスターネとブルーの条件が別。
という事はもう一つ条件があるのだ。
橋を建築したいので、川下が欲しい。
保有権付きの湖の権利をくれ。
でもこれは、両国の運命を左右するようなとても大きい条件だ。
そして、さらにブルーをまだ使わないということは、これと同等の大きな条件があるということ。
ここにネアルが悩む。
アスターネを救いたいとして条件をもし飲んだら、その条件と同じようなものがもう一つ追加されて、それを許可しなければならない。
そうなのだ。一つ許可をしたら、もう一つもという事になるのは当然である。
なにせ、アスターネだけを救ってブルーを救わない、なんてことをしてしまったら、王国軍全体の士気の低下に繋がる。
だったら両方を救わない方がまだいいくらいだった。
「・・・ブルーの条件はなんでしょうか。それを先に聞きたい」
「ブルーのですか? アスターネの件もまだなのに?」
「ええ。聞いておきたい。二人の条件を聞いておけば、決断できるかもしれない」
「そうですか。いいですよ」
やけにあっさりとしている。
ネアルも、イルミネスも、もっと時間を使って、もったいぶりながら、今のよりも重い条件を突き付けてくると思っていた。
だがフュンはそんな考えではない。
彼は人の心を巧みに操る。
微笑む天使のように見えて、ある意味悪魔であるのだ。
「ブルーの条件は、ガイナル山脈の谷。あそこの地面を掘らせてほしいです。なので、条件は停戦期間の間。許可制であそこに立ち入らせてほしいです」
「・・・ん?」
提案の意味がわからない。
ネアルは声に出して、イルミネスは無言で、混乱していた。
「僕が提案した停戦であると、ガイナル山脈の谷は、そちらのもの。なのでそこにいける許可が欲しいです」
「な? 何のために?」
「それは当然。僕の大切な家族をあそこに埋めておくことはできない。こちらに連れて帰ります。なによりも大切ですから」
フュンの顔に色があった。
目が輝き、表情が少しだけある。
これが真の目的。
停戦を受け入れた最大の理由であると言わんばかりの表情だった。
「ブルーの条件がそれですと」
「ええ。そうです」
「本当にその程度の事でいいのですか」
「その程度の事じゃありません!! 僕にとって、ヒザルスさん。ザンカさんは、家族だ。そして、シルヴィアにとってこそ。彼らが本物の家族。彼女は、彼らに大切に育ててもらったんだ。そんな人たちを、あんなところに眠らせてはいけない。亡骸でもいいんだ。大事にしたい」
真っ直ぐ見つめて来るフュンの目が潤んでいた。
悲しさと苦しみと後悔が見える。
「・・・そうですか」
「ええ。それにあなたにとって、ブルーも大切でしょう」
「・・・当然ですな。彼女は王子時代から仕えてくれましたから」
「ええ。だから彼女とこの条件が合います」
「ん? しかし、生きている者と死んでいる者では、価値が違うのでは? こちらの方が良い条件すぎるのでは?」
「いいえ。同じ価値です。死者であろうと、生者であろうと、大切に思う気持ちは変わらないのですから。ここだけは全くの同じ。絶対に対等条件です」
フュンの力強い言葉に頷いたネアルは決断した。
「・・・わかりました。いいでしょう。ブルーの件もアスターネの件も了承します」
「はい。ならば、解放もします。停戦も受け入れましょう。日数はどうしますか。そちらが決めていいです」
「え。我々が決めていいのですか」
「はい。どうぞ。後ろのイルミネスさんとルカさんとも相談したいでしょうから。僕らはここで待ちましょうか? それとも外に出て行った方がいいですか?」
「それならば、我々が出て行きましょう。少しお待ちを」
「わかりました。ここにいます」
フュンはここに残り、ネアルらは天幕から出て行った。
◇
ネアルたちは、天幕から距離を取るとすぐに話し合いに入った。
ルカから始まる。
「王。いいんですか。別に俺はいいんですけど、条件を飲み込んで後悔はないんですか」
「うむ。そうだな。難しい判断だったが、ブルーの条件がな。こちらとしては助かる」
実際は厳しい条件なのに、なぜか条件が良く感じてしまう。
それは、二つ目の条件が軽いからだ。
一つ目が重いのは言うまでもない。でも二つ目が軽いのが間違いないのだ。
そうなると双方を飲み込んでも、こちらが得られるものが大きいと思ってしまう。
それに、この条件で、ブルー、アスターネの双方を救わない場合。
兵士たちの士気は間違いなく低下する。
もしかしたら次の戦いにも影響が出てくるかもしれない。
救える人を救わない王に誰が忠誠を誓えるのかという問題に発展するのだ。
そして、片方を救わない場合。
これはもっと士気が低下する恐れがある。
人を選んだのかと、兵士たちに思われてしまうからだ。
だから、ブルーの条件が緩い今がチャンスだと思った。
しかし、それこそフュンの罠。
交渉に揺さぶりをかけていたのだ。
そこにイルミネスは気付いている。
「・・・さすがは大元帥。我々の思考の上をいく提案ですね」
「どうした、イルミネス?」
イルミネスは、交渉時のフュンの顔を思い出していた。
交渉の際に、条件をコントロールするのではなく、人の心をコントロールする巧みなやり方。
説得させることが難しいネアルを納得させて妥協させている。
この二つをやり遂げる事は、あのブルーやヒスバーンでも出来ない事だ。
納得させることが出来ても妥協が無理。
このプライドの塊のような男に妥協させるなど不可能に近い偉業なのだ。
イルミネスは感心しながらニヤニヤと笑っていた。
「・・・王」
「なんだ」
「私の予想を話してもよろしいですか」
「ん?・・・ああ、いいぞ」
ネアルは人の話を聞くことにした。
「停戦期間です。こちらがそれを設定すると、あちらから軽い条件が来ます。それでもよろしいですか」
「なに? 条件だと」
「おそらくですけどね。あちらが、期間を決めるのを我々に委ねた理由があります」
イルミネスは指を二本立てた。
「停戦期間が短くても、長くても。どちらであっても勝つと考えているからです」
「なんだと。短くてもか」
「はい。あの大元帥殿の口ぶり。あれは見栄などではない。自信があります。なので、短くても何かこちらを倒すための策がまだあるのだと思いますね」
「・・・そうか。それで短くてもいいということか」
「はい。なので、何かこちらに対して条件を付け加える気です。解放条件クラスではないですが、何か軽い条件ですね。それくらいはいいですよ。みたいな感じであると思いますね」
イルミネスの考えにネアルは頷いた。
たしかに、何かの条件が付与される可能性がある。
「では、お前はどうした方がいいと思うのだ」
「私ですか。王の考えは良いのですか?」
「うむ。ここは二人の話を聞いておきたい。話してくれ」
ネアルの言葉を聞いたイルミネスは、
「では、ルカからどうぞ」
ルカに話す権利を渡した。
「俺?」
「ええ。先にどうぞ」
「んじゃ。俺は王に賛成で。停戦で良いと思います。しかもあの条件でいいでしょう。ブルー。アスターネ。二人が帰って来るなら、ギリダートを失ってもいいでしょう。それに俺はこのギリダートを大元帥殿が手放すとは思えない。だったらあの二人が帰って来るならそれでいい。って考えです」
「わかった」
それも正しい。
自分と似たような考えをしているとネアルは思った。
「イルミは。どうだ」
「私はですね。一緒です。ブルー、アスターネクラスの将が、王国にはいません。下から探してもいません。おそらく育てようものなら時間をかけないといけません。なら、あちらに二人がいくときついです。将は重要。それが今回の出来事です。王。私が言った意味、わかりますか?」
「将が重要。それは当然なのことだが、今回の出来事だと?」
「はい。今回の戦争の事です。王は、敗因がどこにあると思いますか」
「敗因か・・・たしかに、全体を見れば負けだな」
自分が負けたつもりはない。
実際に王ネアルがいる戦場は負けていないのだ。
ガイナル山脈の要所を奪い。
ギリダートもまだ野戦を継続させることはできる。
しかし、状況が負けているのだ。
ギリダートが奪われていることが負けである。
「そうです。全体で見れば負け。でもあなたは負けていない。それはどういう意味か分かりますか」
「・・・?」
イルミネスは、丁寧に話出す。
「それはですね。あなたには将が足りない。でも帝国の方は粒ぞろいだ。各将たちはとても優秀で。おそらく予想ですが大元帥の策通りに動いているわけではないと思います」
「なんだと!? これほどの動き方で、彼の作戦ではなかったと?」
「いいえ。そうではなく。ここは私の予想ですが、あの人は大まかな作戦を作るだけ。細かい部分は各将が考えているのでしょう。あれをこうして欲しい。ここをこうして欲しいなどの細かい指示じゃなく、この戦場はこうなったらいいな。あっちがこうならここの策を変えよう。くらいの緩い考えで動いていると思います。各戦場の情報を精査するとそうなります」
イルミネスは戦争の結果から、相手の情報を読んでいた。
作戦の細かい部分におかしな点がある事は明白。
それはガイナル山脈、アージス平原。この双方の動き方が特徴的に違う事からも分かる。
最終的には時間稼ぎの動きをして、結果としては同じにはなっているが、それらに至るまでの道のりがバラバラなので、おそらくここには帝国左右将軍の意向があると考えられた。
フュンは大まかな事しか伝えておらず、細かい部分を丸投げにしているという事。
それで、上手く王国と戦えるという事は、帝国には非常に優秀な将たちがいる事になる。
幹部の考えだけではない。
その場の大将たちの独自の判断の良さがあるのだ。
ネアルの柱の一人。名将エクリプスを撃破する。
英雄ネアルがいても、奪えたのがガイナル山脈の要所程度で終わった。
この二つの事実。
それをフュン・メイダルフィア抜きでやり遂げたのが帝国の将たちなのだ。
これは、王国の各将たちでは出来ない。
なぜなら、数が足りないのだ。
エクリプス。ゼルド。セリナ。ドリュース。
ノイン。アスターネ。パールマン。ブルー。ヒスバーン。
クローズ。ルカ。イルミネス。
これらが各戦場に出た将だが。この内、ギリダートに参加した将が被っている。
そう。ここから考えるに、圧倒的に将が足りないのだ。
それに対して帝国は誰も被っていない。
戦争を終結させるきっかけになったゼファー軍ぐらいが二つの戦場に顔を出したくらいで、全ての戦場で別な将たちが出てきたのだ。
「私たちは将が足りません。しかし、将を蓄えるのは難しい。なので停戦が重要です。時間をかけるのはよくない。かといって、こちらはパールマンとエクリプスを失いました。ただでさえ将の少ない我々がこれから三カ所を同時に戦うのは厳しいのです。王。あなたが分裂できますか?」
「分裂だと? 何を言っている?」
「あなたが各戦場に出れば、話は別だ。三つの戦場であなたが采配を振るえれば、そこで勝てるでしょう。ですが、あなたの体は、脳は、一つだ。三つになるわけがないのです。なので、ここは停戦しかない」
「・・・そうか。そうだな」
あなたが三人に分裂できるなら、帝国に勝てる可能性がある。
しかしそんなことは出来ない。人間である限り出来ない事である。
「それで時間は、三年。これくらいが必要かと思います」
「三年もか・・・そこまで時間が必要か」
「はい。将を育てるのは当然ですがね。この三年では無理でしょうな。特にエクリプスほどの名将を育てるなど不可能ですよ」
「そうだな。本当にそうだ。エクリプス・・・彼は優秀だった。その息子のドリュースも優秀だが、まだ彼ほどの才ではないからな」
「ええ。なので、ここは三年を使って防衛に入ります」
「防衛だと」
「はい。ビスタ。ガイナル山脈。ここを要塞のようにして、パルシス。リンドーア。ルクセント。ギリダートから出撃できるこの三つも防衛に入りましょう。ギリダートを強奪されようが大丈夫でしょう。帝国から見ると、攻める事の出来る場所が要塞級になる。これで相手を悩ませる事になります。ですから、三年が必要かと」
「なるほどな。防衛か・・・じゃあイルミ。貴様がやりたいことは」
「そうです。守って反撃です。王国が勝つ確率で、一番良い作戦はこれでしょう。我々の将の数が少ないですから。采配に違いが生まれにくい。防衛を基準とした方が良いでしょう。そして相手が崩れる場所。隙が出来る場所に、王がいく。次回はこの形で戦うしかないですね」
兵数があっても将が足りない。
ならば、反撃が出来る場所にネアルを投入して、勝ちに行く。
これしか王国が帝国に勝つ方法はないだろう。
これがイルミネスの作戦であった。
「わかった。いいだろう。防衛を基準に私が出る。そういうことだな」
「ええ。そうです。防衛であれば、将がたくさん必要とはならない。防衛は、将が一人でも出来ますからね」
「うむ。よし。三年の停戦にするか。それが良さそうだ」
ネアルは自分の考えをまとめるのに、他人の意見を尊重したのであった。
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