第82話 交渉は印象が大事!

 表情に色が無かった。

 花がパッと咲いたように明るい表情しか他人に見せない男が無である。

 頬がピクリともせずに、前だけを向いている。


 「大元帥殿、交渉・・・感謝する」


 イーナミア王国の王であるネアルが先に挨拶をしようとも、ガルナズン帝国大元帥フュンは顔色一つ変えずに頭を下げた。

 

 イーナミアが強大であると、皆が口を揃えて言うのには訳がある。

 領土は互角。歴史もほぼ互角。

 様々な部分がガルナズン帝国と拮抗している王国。

 ただ、武器等の技術。体の強さなどには違いがあるが、それらはまだほんの少しの違いである。

 真に違いがある部分は、人口が二倍近く多い事だ。

 人の量。

 端的に言えば物量が違うために、量から質が生まれて、兵一人一人の強さが生まれているのかもしれない。

 王国が次から次へと援軍を送れる状況を作れるのは、この人口が要因としてあるのだ。

 だから、停戦を狙うべきなのは帝国である。

 しかし、フュンは強気であった。


 「はい。それで、何の交渉でしょうか」

 「それは停戦の交渉です」


 フュンの声にも色が無かった。

 柔らかな声。穏やかな声。それがフュンのいつもの声なのに、今は無機質。

 一定のリズムで一定の音程で話すので、物凄く冷たく感じる。

 普段のフュンを知る者として、ネアルもこれには違和感しか感じなかった。


 「そうでしたか・・・」


 停戦交渉だと事前に交渉したのに、今に聞いたような話しぶり。

 あの部下を大切にするフュンが、知らないわけがない。

 ネアルは、フュンの態度も交渉の内の一つだと感じて、相手に流されないようにと心がけた。

 

 「条件を詰めたい。そちらはどのような考えをお持ちですかな」

 「こちらのですか? おかしい話だ」


 フュンは首を振った。

 眉間にしわが寄って話し出す。


 「帝国の方が、停戦の条件を聞いた方が良いはずなので、条件は王国側から。どうぞ」

 「・・・ん・・・」


 フュンの言葉を推測するに。

 『あなたの国の方がまだまだ状況が悪い。だから条件を提示してください』

 おそらくこれであると、ネアルは今の会話で思った。


 交渉の主導権をあなたには握らせない。

 自分が、この話し合いを決めるように仕向けたいネアルは、この言葉から交渉内容が始まってしまったら、自分に主導権がくることはないと判断した。

 だから、最初から相手との駆け引きをしなければならない。 


 「いえ。そちらからお聞きしたくてですな。どうです」

 「いいえ。そちらからどうぞ」


 あくまでも立場は上。

 フュンの意志は固く、ネアルの質問に答えない。


 「大元帥殿。帝国も、大変な状況ではないですか」

 「いいえ。まったく。私たちは、状況が苦しくありません。このまま戦いを継続しても良いです。やれます」

 「いやいや。ありえないでしょう。ビスタ。ガイナル山脈。この二つこちらのものですぞ。双方を失えば、苦しいはず。それにあなたたちは、ギリダートを確保するために、兵士たちが疲弊状態でしょう。数の少ないそちらにとって、三方面の戦争は厳しいはず。こちらはまだ余力がありますぞ」

 「いいえ。まったく苦しくありません。ここがあって、人がいる限り、苦境にはならない」


 フュンは、自分の前にあるテーブルを、指でトントンとした。

 ここ、ギリダート周辺を確保している限り、帝国が不利になる事はない。

 ネアルに見せつける姿は威風堂々としていた。


 「しかしですな。ここを落とした荒業。あの壁が崩れ去っているのですよ。我々がこのまま攻撃を仕掛け続ければ、疲弊するのはあなた方だ」

 「それはそうです。ですが、私には逆転の一手がまだまだありますので、あなたはここで戦闘を継続すると、とんでもない事になりますよ。それでもよろしいのであれば、私は戦います。戦闘継続を念頭に置いて、こちらは次の行動を起こしてもいいんです。ですから停戦をしなくてもいい立場であります。なので停戦内容はそちらからの方が良いでしょう。こちらが停戦する意味が欲しいのです」


 嘘とは思えない。

 しかし、本当に本当のことを言っているのか。

 こちらに対して逆転の一手を持っているとここで言いきれるのは、なぜなのだ。


 ネアルは返事を返さずにフュンの言葉の奥を探っていた。


 「逆転の一手があるのに、防御だけをしたのですか?」

 「そうです。逆転するために防御を選択していました」

 「ん?」


 劣勢となり続けた十日決戦。

 何かの手があるのなら、あの戦い方はないだろう。

 最後の十日目にして、反転して行動を起こしただけなのだ。

 だから、まだ策があるというのは、嘘じゃないかとネアルは首を捻る。


 「ネアル王。早くに条件を提示した方が良いですよ。時間が掛かるならば、私が交渉のテーブルから外れる事になります」

 「・・・んん」


 なぜこれほど自信があるのか。

 ネアルはまた悩む。


 この交渉の初手から、流れはフュン側に有利に働いていた。

 それはフュンの会話の上手さと、彼自身の自信に満ち溢れた受け答えからくるものだった。

 どちらかというとネアルが普段からする態度が、フュンの方に現れている。

 威圧する雰囲気はあまり出していないが、それでもフュンの声に力がある。

 態度にもその片鱗があり、ネアルはフュンの考えが分からず、悩むしかなかったのだ。


 「ネアル王。この状況に陥った事。それが、あなたの苦しい状況を指しているのです。私から、交渉を提案していない。こちらはあなたたちの提案を受けいれた側なのですから、先に条件をどうぞ。そこから話し合います」

 「・・・それはたしかに」


 そうなのだが、フュンも苦しい状況には変わりないのだ。

 受け入れたという事は苦しいからこそ受け入れた。

 だからネアルの提案は間違いじゃなく、ここで終わりたいという意志はフュンも持っているはずなのだ。

 でもここで粘ると本当にフュンが交渉から外れそうなので、ネアルが慎重に条件を提示し始めた。


 「そうですな・・・では、こちらの条件は、ガイナルを手放すので、ギリダートを手放す。それでどうですかな」


 かなり強気な条件から始める。


 「ないです。ガイナルはいりません」 

 「ん・・・では、ビスタとギリダートの交換はどうでしょう」

 「それもいりません」

 

 奪った箇所の交換。これで終わるのなら良し。

 断られるのは当然のことだと思いながら、ネアルは言っていた。

 最初から本命を言ってはいけない。

 コツコツと積み上げようとしていた。


 「・・・では、アージス方面。あれら全体を無しにしましょう。これでどうですか」

 「いいえ。アージスもいりません。停戦の条件にしたらこちらが上だ」

 「ギリダートを奪った事。それはアージス全域よりも重いということですか!」

 「ええ。そうです。私としては、アージスだけじゃなく、ガイナルも付け加えても、無理ですね。停戦の条件。交換条件にもならない」

 「・・・では、停戦をどのようにしてくれると」

 

 フュンの目が輝いた。

 完全に上を取った瞬間だとして、フュンが前のめりになる。


 「このままの状態での停戦でいいです」

 「なに?」

 「ええ。このまま、あなた方にはガイナル。ビスタにいてもらって結構だ。この状態であればね」 

 「こ、この状態とは、どのような事を指すのですかな」

 「ええ。この状態とは・・・」


 フュンが説明したのは。

 ガイナルの南北の要所が王国。

 ビスタ。ガルナ門。アージス平原が王国。

 ギリダートが帝国。

 フーラル川、フーラル湖が帝国である。


 「それは・・・」


 てっきりどこかを差し出すことで停戦ができると思っていたネアル。

 この条件的にはそんなに悪くはないが、悩む場面なので、その場で固まった。

 すると、後ろに控えていたイルミネスが来て、耳打ちをしてきた。


 「王。他は妥協するとしても、川はまずいですな」

 「・・・ん。どういう事だ。イルミネス」

 「川を取られていると、停戦中。物資の輸送が速すぎる事になります。陸上輸送よりも、運搬の手間もかからない。という事はあのギリダート・・・どうなるかわかりません」


 ギリダートの再構築。

 これが容易になるのではないか。

 ここがこの停戦の肝である。


 イルミネスの助言を受けたネアルがフュンに話す。


 「川は無しで、中立地帯でどうでしょうか」

 「んんん。では、湖の北側。あそこを僕らの領土に。でいいでしょうか」

 

 ネアルは気付いていなかった。フュンの一人称が僕になっていることに・・・。

 そうフュンはこの時点で事が優位に運んでいるのを確信している。

 交渉条件の内容を自分が決められると思っているのだ。


 「それはあの橋を作ると」

 「ええ。作ります」

 

 ここで包み隠す意味がない。

 見せかけだが、基礎工事をしてあるので、作る事は決まっていた。

 再度イルミネスが耳打ちをする。


 「王。ハスラからギリダートへの支援物資は川からです。それはバルナガンからあの鉄の輸送をするためだと思います。だから川は駄目ですが。それよりも、リリーガからギリダートを考えると最悪かと」

 「まずいな。しかも陸上輸送が可能になるのがまずい。まだ船であればいいが・・・」

 「はい。そうなのです。陸上で運び出せるのはまずいです。自由になります」

 

 二人の意見は一致していた。

 

 「大元帥殿。さすがにそれは・・・」

 「そうですか。では、それが許されないなら、アスターネの解放は無しですね。この停戦条件でない場合。帝国がアスターネをもらいます」


 二人の交渉もしようとしていたネアルは、ここで切られる手札なのかと驚く。


 「なんですと!?」

 「ええ。川が駄目。湖の上部。川の下流も頂けないのなら、そうなりますね。場所が駄目なのであれば、僕は人がいい。戦争で一番重要な人をもらいます。彼女はとても優秀だ。僕の下で働けなくても、あなたの下にいないだけで、こちらは後々楽になりますのでね。なので、停戦はこれでいいです。最初に提案した条件に、川を削除でいいですよ」


 王国にアスターネがいないだけで、大幅な戦力ダウンになるだろう。

 フュンの考えは、やはり人にある。

 領土なんてものは所詮人がいる場所なだけ。

 ガイナル山脈には人がいない。ビスタももぬけの殻で人がいない。

 つまりこの戦い。

 帝国は場所が奪われただけで、人が奪われていないのである。

 対して、奪ったギリダートもただの場所。

 でも本当の意味で奪ったのは、クローズとその部下たちに、加えてギリダートの民たちである。

 彼らは意外にも帝国を受け入れている。

 それはフュンの政策がすでに発動していて、帝国の一部のような扱いをしてくれたからだ。

 だから、この戦争。

 フュンが奪っているのは人なのだ。

 ただ単純な場所取りをしていたわけではない。


 「ん・・・アスターネ・・・ギリダート」


 ネアルは目を閉じて悩んだ。


 アスターネが大切。それは当然。だが、ここで譲歩をしてもいいのか。

 橋を作られるのはまずい。

 だとしても、人がいなくなるのもまずい。

 ただでさえ、配下が少ない王国にとって、重要な人物がアスターネである。

 それに、この交渉の条件にまだ出ていないブルーも大切だ。


 ネアルに迫られた選択もまた、人であった。

 領土を取るか。

 人を取るか。

 どちらを取るかは、王国の英雄ネアルの判断となる・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る