第81話 強さへのアプローチ

 翌日。

 道具類を予定位置に運び込んだゼファーは、全てを王国側に引き渡すところで、その長のルカに出会った。


 「ルカ殿。こちらをどうぞ」

 「ありがたいです。ここから俺たちは作りますね・・・おい。お前ら頼む」


 ルカが部下たちに指令を出すと、彼らはテキパキと作業を始める。

 手際の良さから言って、ゼファー軍とそう大差がない。

 ゼファーは感心しながら作業を見つめていた。


 「・・・」

 「どうしましたか? 何か不満でもありますか」

 「いえ。なにも。ただ、慣れているのかと思いましてね」

 「慣れている?」

 「ええ。我らと同じように、ここの兵士の方たちは、外に慣れている・・・気がしますね。野宿のような訓練をしているのかも?」 

 「なるほどね。鋭い」


 ルカは感心する。

 今回、自分が連れてきた兵士たちは、王国兵ではなく、自分が直に育てた直属の兵となっている。

 ルカと共にあるところで修行してきた兵士なのだ。


 「それに、なんとなく・・・」


 ゼファーは何かに似ていると思った。だから戸惑っていた。


 「ゼファー殿。暇なので、体を動かしませんか」

 「動かすとは?」

 「稽古に付き合ってくださいよ。無手でやりません?」

 「武器なしですか・・・なるほど、いいですね。やりましょう。どなたとやればいいですか?」

 「俺です」

 「!? ルカ殿とですか」

 「ええ。お願いしたい。強いと噂の人とね。一度はやってみたい。そういうもんでしょ。あなたも」

 「・・・ええ、そうですな。いいでしょう。やりますか・・・リョウ!」

 

 ゼファーは、後ろに控えているリョウを呼んだ。


 「はい」

 「立会人を頼む」 

 「わかりました」


 ゼファーとルカは何故か戦うことになった。


 ◇


 王国の兵が真剣に天幕を準備している脇で、二人の男は立つ。

 

 「ではいきましょうか」

 「ええ。じゃあ、リョウ。頼んだ」

 「はい」


 リョウが手を挙げて、掛け声とともに手が下がる。

 

 「はじめ!」


 真っ直ぐ走って衝突。シンプルな攻防から始まる戦い。

 互いが右の拳を顔面に叩き込む。

 どちらがではない。どちらも同じことをする。

 だから、同じことを考えたのかと、二人は驚きながら拳を振り切った。


 「うおっ。あぶねえ」


 首を傾けて躱したのがルカ。


 「くっ。速い!?」


 首など傾けずに、拳の横に頬を合わせて、攻撃を少しもらいながらも前に出るゼファー。

 両者は攻防に対する考えに違いがあった。


 「ん。こいつは無理だな。ちょっと・・・」


 その躱し方の分、拳が伸びているのがゼファーであった。

 伸びて来る拳に対して、距離を取ろうとルカが後ろに飛ぶ。


 「あ!? なに」


 がしかし、ピタリとくっついた形でゼファーが前に飛んできた。

 考える事に徐々に違いが出て来る。


 ルカの基本は受け身。

 相手の攻撃を流すことが主体で。相手をいなし続ける事に重点を置く考え。

 それに対してゼファーは全身全霊の突撃的な攻撃。

 圧倒的な攻撃力を前面にして、相手と戦うというよりも自分と戦っている。

 己の意識に集中して、己の動きを敵に押し付けるのだ。


 「腹か」


 顔面を殴った初回と同じフォームで殴りかかって来たのに、軌道は腹だった。

 ゼファーの拳が突き刺さる寸前で。


 「む!? これは・・・」


 ゼファーの拳を左右のクロスした腕で絡めとった。

 ルカの華麗な防御である。


 「龍舞!?」


 自分の攻撃を完璧に防いだ腕を見つめるゼファーは、驚きのあまりに動きを止めてしまった。

 だからここで攻守が逆転する。

 ルカが隙ありだと思い、その状態から右足でゼファーの顔面を狙った。


 「どうしました? 俺の動きは変わってますよ!」

 「ん!? ぐっ危ない」


 ゼファーは足蹴りを躱すと同時に距離を取った。


 「これもあたらんのですか。なるほど。だから鬼神であると・・・これが太陽のそばにいる鬼か・・・」 

 

 ルカが軽く飛び、準備運動を始めてから動き出す。

 先程よりも速い動きで、華麗な動きをしだした。

 

 ここからゼファーが食らいつく展開になり五分後。


 「なぜ・・・なぜあなたが・・・レヴィさんとも重なるんだ?」


 ルカの動きが、タイローと重なり、そして、気配がレヴィにも似ているのだ。

 まるで太陽の戦士のような動き。

 日頃から彼らと訓練をしているゼファーはそこに戸惑いを持っていた。

 一つの行動を起こすに、若干の時間を要していた。


 「こんな感じの技なんですけどね。もらってくださいますかと」

 「ん!?」


 ルカが懐に入ってきていた。

 

 「波掌」

 

 掌底が腹にめり込んだ。

 臓器を貫通して、背中に衝撃が入る。


 「ぐはっ・・・な、この威力」

 「ほう。頑丈だ。ゼファー殿はよほど体を鍛えていると見える」


 自分の一撃をもろに喰らったはずなのに、立っている。

 ルカはゼファーの頑丈さに驚いていた。


 「ま、鍛えるのは当然でありますが・・・この技、体の芯に響きますな。もしや、これは会心!?」


 レベッカが見つけた武器の会心。それに似通った攻撃方法。

 体の芯にまで響くという事は、それと似たような事かと思ったのだ。


 「会心? ですか?・・・よくわかりませんがね。あなたのような方に勝つにはね。これくらい見せていかないといけないでしょうからね」

 「我に勝つ気ですか・・・いいですな。こちらももう一段階全力でいきましょうか!」

 「ん? なに、速い」


 勝ち負けと言われて、頭が吹っ切れた。

 悩んでいた部分が消えて、戦いに集中し始める。

 この一瞬の切り替えがゼファーの良さである。


 「お! 危ない」

  

 拳が頬を掠めただけで、血が出そうだった。それ程の速さの拳は中々味わえない。

 

 「いきますぞ」

  

 ゼファーの気配が変わる。

 これからがこの人の全力だと思ったルカが身構えると・・。


 「ルカ様。終わりました」


 部下が報告が来てしまった。

 せっかくの戦いであるが、ここで互いに手が止まった。


 「あれ!? いや、今、良い所だったのに。まあしょうがないか」

 「そうですか。なら仕方ない。我も停止しましょう」


 二人は大人しく戦いを辞めた。


 ◇


 「ルカ殿。なぜあなたが龍舞を」

 「ん? 龍舞?」

 「ええ。あの動きは龍舞のはず?」

 「龍舞とは何でしょうか? この技は俺の実家で習った技でしてね。名はなかったはず・・・たしかね」

 「そ、そうなのですか」 


 部下がぞろぞろとルカの元に集まって来た。


 「ええ。そうです。ああ、よくやった。皆、安全は確認しておけ。天幕ぶっ壊れたら、恥ずかしいからな」

 

 部下たちをルカが労いながら、話は進む。


 「それで龍舞とはなんですか」

 「ええ。戦闘舞踊です。帝国とラーゼの踊りですね」

 「戦闘舞踊?」

 「ええ。華麗な動きで、戦うのです。我には無理ですが、殿下のご友人がその技を持っていましてね。それとそっくりだったもので、つい聞いてしまいました」

 「そうですか。似ているんですね。珍しい事もあるもんだ」


 二人の会話が脱線したので、リョウが前に出てきた。


 「これで終わりですね。隊長。どうしますか」

 「ん。そうだな。ここで帰るか。ルカ殿、色々と暴れてしまい。申し訳なかったですな。しかし、楽しかったですぞ。お強いみたいで、再戦できる時を楽しみにしますぞ」

 「それはこちらもです。俺もあなたのような方と戦場で会えるのを楽しみにしようか。他に楽しみがなさそうだしな」

 「ええ。またお会いしましょう」

 

 ゼファーが手を出すと。


 「ええ。また今度。お願いします」

 

 ルカがその手を握り返した。

 固い握手をして、二人は再戦を誓った。



 ◇


 帰りの道中。

 ゼファーとリョウは並んで戻る。

 

 「おかしいな。あの男」

 「隊長、どうしました?」

 「隠している。あの技の事も知っていると思うのだ」

 「本当ですか? 知らないって顔してましたよ」

 「顔はな・・・だが、実力も隠しているのだ。あれ以上があるぞ」

 「え? 本当ですか」

 「うむ。あれ以上がある。だから、警戒せねばならんぞ。もし殿下を襲えば、我らだけでは、彼を止められないかもしれない」

 「それはまずいです。俺たちも警備に入った方が良いかもしれませんね」

 「ん・・・そうだな。太陽の戦士、ニールとルージュの二人と。情報を共有していた方が良さそうだ。殿下は何としてでも守らねばならん」

 「はい。わかりました。俺がやっておきます」

 「うむ。頼んだ」


 ゼファーは警戒すべき強敵を一人増やした。

 自分と同等どころか、もしかしたら自分よりも強い者が現れた。

 それを嬉しく思ってしまう所がゼファーが根っからの武人であることが分かる。


 ◇


 天幕の中に入り、ひとしきり小物類を調べているルカ。


 「ふぅ。強いな。ゼファー・・・クソ、思った以上の強さだわ。あのシャーロットも強かったが、彼はそれより少し上だな」


 光と共に、ルカの隣に人が現れた。


 「そうですか。彼は強かったですか」

 「ん? ああ、いたのか。イルミ」

 「ええ。いましたよ。それで、強いと?」

 「そうだな。少なくとも俺以上ではある」


 ルカが答えた。


 「そうですか。では私よりも?」

 「お前は俺と同じくらいだろうが」

 「え? いつから、ルカと私が同レベルになったのですか。私の方が強いです」

 「ふざけんな。お前の言っているのは、子供の頃の話だろうが。今は俺!」


 子供みたいな喧嘩が始まった。


 「いいえ。私の333勝332敗です」

 「イルミ、数えてんのかよ。それに一勝しか違わないだろうが」

 「されど一勝ですよ」

 「はぁ。細かい奴だな。面倒くさがりの癖に、一番面倒なんだよ。お前が」

 「ゼファーは、彼よりも強いのですか?」


 話を切り替えるのが早かった。


 「そうだな。それはないだろう。あいつの方が強い」

 「そうですか・・・そうなると。ここはゼファーの対応については、彼の指示を受けねばなりませんね」

 「そうだな。まあでも。この場面では、ネアル王の言う通りに動くのが一番だろ」

 「ええ。そうですね。私たちはあくまでも、この戦いの補助。脇役に徹しなければ」

 「そうだな。そういうことだったからな・・・」

 「ですから、早く寝ますか」

 「おい。それはお前の趣味だろ。役割とは関係ないぜ」

 「とにかく・・・寝ます」


 マイペースに急に眠り始めたイルミネス。

 ここは明日の会談で使用するので、ルカはおんぶして連れ帰る事にしたのであった。

 

 「たくっ。子供か・・・こいつは」

 「子供ではありません。むにゃむにゃ」

 「なんで眠って答える事が出来るんだよ。この野郎・・・はぁ」


 イルミネスの尻拭いはルカの役割であるのだ。

 幼い頃からの決まりであるらしい。



 いよいよ明日が重要な分岐点。

 フュン・ネアルの停戦会談が行われる。

 王国が奪ったのはアージスとガイナルの一部。

 帝国が奪ったのがギリダート。

 双方の戦いの結果を天秤にかけた口での戦いが始まろうとしていた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る