第74話 十日決戦 対決
「いくだよ~。ついて来てるだよ? 後ろを気にする暇がないから、とにかく走ってくれだよ~」
シャーロットは戦うというよりも全速力で戦場を駆け抜けていた。
ただただ走っているように見えるだろうが、実際は目の前の兵士たちを薙ぎ払うようにして戦っていた。
彼女の前にいる四、五人の王国兵が一瞬で消え去っていく。
一本の道が出来ていく事で、今のルカ軍の内部は混乱状態となっている。
「フュン様の予想通りだよ。敵が戸惑っているだよ」
十日間我慢したことがこの勢いを生んだ。
やはりリズム。
戦闘の習慣を変える事は難しく、それに心の持ちようの切り替えも難しいのだろう。
攻勢に出ているという事は、自分たちの身に危険があまりない状態での戦闘になり、気持ち的に常に楽な状態になってしまっていたのだ。
命の危機ではない事。ここが大きい。
それに防戦一方で亀のように手出ししてこない敵を見ていたのだ。
自分たちの守りを考えずに、攻勢に出ていれば良しであることが緊張感の欠如に繋がっていた。
それに対して、常に防衛をしていたという事は、命の危険と隣り合わせの状態で戦って来たという事だ。
相手の攻撃をもらわないために、盾で守り切る。
帝国兵は、常に緊張感のある戦いをしていたのだ。
なので、この違いは心の違いも生んでいたのだ。
決死の覚悟。
ここで負けたら終わり、だったら最後に一矢を報いる精神に、兵士たちの気持ちが辿り着いてもおかしくない。
フュンとシャーロットの部隊の強さは、この心の強さも加味されている。
「いた! ルカだよ」
人込みをかき分けてルカの元に走る。
戦争じゃなければ、感動的な場面だろう。
男女の出会いの場面にも見える。
だが、これは戦争。
二人の出会いは、ただの出会いで収まらない。
最初から全力の出会いである。
「ほいだよ!」
「おい! 挨拶もなしに。いきなりか」
ルカは、突撃してきたシャーロットの刀をいなす。
相変わらず長刀を巧みに操って、シャーロットの刀を自分の刃の上に走らせて、丸々攻撃を回避した。
「ん!? 当たらなかっただよ」
「まあ。防御が上手くいってよかった。ギリギリだったな」
「そうなのだよ? 余裕があるだよ」
「そんなことはない。シャーロット。お前は強い。こっちに来ても、おそらく上位陣に入る」
「そっちにはいかないだよ。拙者はフュン様の元じゃないと駄目だよ」
「なぜだ? なぜそう思う?」
ルカは、何も茶化すこともなく、素直に相手の思いを聞いた。
「拙者! スクナロ様でもお手上げだっただよ」
「お手上げ???」
「温厚なハルク様にも怒られただよ」
「は?」
「でも、フュン様だけには怒られなかっただよ。あの人じゃないと、拙者は戦いの中で生きていけないのだよ。無理なんだよ」
「ん? どういうことだ??」
拾ってもらった恩がある。
育ててもらった恩がある。
だから恩人以外に、忠を尽くすことはない。
シャーロットは国に恩があるのではない。
大元帥個人に恩があるのだ。
だから、イーナミア王国だろうが、ガルナズン帝国だろうが、どちらにしても関係がない。
シャーロットにとって、仕えるべき主君はただ一人。
フュン・メイダルフィアしかいないのである。
「拙者! 他にいない。だから、どこにもいかない! だからだから、拙者が勝って、ルカを会わせてあげるだよ。ルカ、フュン様に会いたいのだよ?」
「おお。そういえば、そんなことを言ったな」
「うんだよ。だから、連れて行ってあげるだよ。拙者が勝つ!」
「そうか・・・いいだろう。俺が負けたら、大人しくついていこう」
「ん! じゃあ、いくだよ」
シャーロットは武器だけじゃなく、体の動きが素早い。
一撃に込める際の力もあり、そこに速度も相まって威力が上がる。
さらに連撃に入ると鋭さが増して、敵を切り刻んでいく。
しかし、対戦相手のルカの動きは流れていく。
長刀を扱うのに、無駄のない動きをしていて、敵を魅了してくる。
捌くことが基準で、守りに入ると一切の攻撃を受け付けない。
「鉄壁・・・・押しても引いても。無理だよ。何も攻撃が通らないだよ」
「そうだな。その感想。こっちも同じだな。お前も俺の攻撃を受け入れてない。一つでも受けてくれればな。そこから、反撃の糸口があるがな」
実力は互角。
主導権を一歩も譲らない戦いがここから繰り広げられた。
◇
「殿下」「我らも」
フュンが先頭を駆けていくと、両脇から声が聞こえる。
影となっている双子が、フュンに聞く。
「いいえ。あなたたちは僕の合図で、出現してください」
「「え?」」
「まだ影でいなさい。これは絶対命令です。僕が死にそうになっても、駄目です。タイミングがあります」
「・・・」「駄目」
「「それは出来ないぞ」」
双子が言い返した。
「いいえ。あなたたちがこの戦いで重要です。僕の策があります」
フュンが敵を斬り伏せながら突き進んでいった。
「どんなのだ?」「殿下??」
「言えませんね。でも来るべきタイミングがあるだけです。指示を出しますので、我慢してください」
「言えない?」「どうして?」
「二人を信じています。あの時と同じです。でも今度は役割が逆です」
「「あの時?」」
「二人ともいいですか。僕らがミラ先生に戦いを挑んだ時と同じなんです。いいですね。やるべきことが逆なだけです。ニール。ルージュ」
「・・・わかった」「我慢する」
「いい子ですね。我慢してくださいね」
二人との会話を切り上げたフュンが、後ろの味方に指示を出した。
「皆さん。僕について来て下さい。ここから加速します。いきます」
刀と小刀の二刀流。
超攻撃的な戦闘スタイルのフュンは、左右正面の敵を同時に対処できる。
右から来たものは左に、左から来たものは右へ受け流し、正面の者と衝突させる。
味方同士で同士討ちにさせるのだ。
性格は温厚で穏やかなのに、戦闘は荒々しく、そして厭らしい。
相手が戦いにくい形に持っていき、得意な事を封じる戦いをするのが、フュンという男だった。
性格に次いで、これもネアルとは真逆の戦闘スタイルである。
完全に邪道な戦い方なのだ。
「トイ。ロロル。僕の左右に張り付いて、道を固定してください」
「「はい」」
副官となっている二人を人よけに使い。道を広げていく。
フュンはほぼ一直線にアスターネの元へ向かった。
◇
「あ、あなたは!? フュン!!」
「ええ。あなたが、アスターネですね。よろしくお願いします」
「い、いえ。あ・・・」
敵が敵らしくない。今までの敵にこういうノリの人間がいなかった。
度胸抜群のアスターネでも、調子が狂っていた。
「ところで、あなたの軍。これはあなたの直属の兵ではないのですか?」
「え?」
「いや、あなたの意思が見える時に限って、兵士たちの動きに若干の迷いがある。これは上手く命令が伝わっていない感じがしますね。あなたはですね。本来はもっと優秀な方だ。もっと上手く兵を動かせるはずなのに、何だか歯がゆいですね」
「な、なにを。うちの事を知ったような・・・」
「ええ。知っていますよ。あなたの事も調べてあります。アスターネ・フラッグさんですよね。ネアル王の腹心。ブルー。パールマン。ヒスバーン。この三人と同じ。子飼いの将の方だ」
「・・・そ、そうだけど・・・」
「そして、とても優秀な女性だ。戦闘は癖のある曲刀使いだけど、指揮は補助補佐型。戦場の補強をするタイプの女性だ。とても良いですね。こちらにもエリナやタイム、シュガがいますが。彼らに引けを取らない才能の持ち主だ。うんうん。素晴らしいです」
「ほ、褒めてるの?」
「ええ。もちろん。あなたは素晴らしい人ですよ。仲間だったらどんなに助かるか。容易に想像がつきます」
敵に褒められて戸惑う。
アスターネは、戦場では感じる事のない不思議な感覚に陥っていた。
「しかしね。残念ながら仲間ではなく。敵です。なので、ここで、捕虜となってもらいましょうかね」
「・・・な、なに!?」
「僕があなたに勝ちましょう。それじゃあ、いきますよ」
フュンの攻撃が始まった。
右手の刀。左手の小刀。
これが左右で役割が入れ替わったり、刀すらも入れ替わったりする。
フュンの動きは独特で、刀で攻撃を防いだと思ったら、小刀で斬りつけてきたり、小刀で相手の攻撃を叩くと、すぐに刀からの攻撃を飛ばしたりと、攻防が多彩で相手を混乱させる。
読み合い。
これがフュンの最大の武器。
敵が自分のどこを攻撃したいのか。敵のどこが守りにくい場所なのか。
それを瞬時に判断して動く中で、常に思考を止めない戦い方で、彼の戦う才は開花した。
「ち、近い。間合いが・・・視線も外せない!!」
曲刀使いのアスターネにとって、至近距離は戦いにくいわけではないが、フュンの至近距離は異常に近い。
相手の息を感じるくらいに超接近戦となっている。
「逃げられませんよ。アスターネ。これで、負けを認めてくれますかね」
フュンは、アスターネの苦し紛れの曲刀に対して、武器をクロスさせて捉えた。
右近と左文字の刃の中心で、アスターネの武器を挟み込むと、そこから捻じって武器を奪う。
「これで無防備だ」
彼女の武器をそのまま器用に、投げ飛ばした。
「な!? うちの武器が・・・え!?」
「はい。終わりですよ」
フュンが二つの武器で、アスターネの事を指し示す。
戦いの終わりを告げる合図だった。
「うちが負け? こ、こんなにあっさりと・・・」
「はい。では捕虜に・・・ん!?」
無防備な彼女を捕えようとすると、隣の戦場から急いで駆け付けてきた人物が叫んだ。
フュンはそちらを見る。
「それはさせませんぞ。大元帥殿!!」
猛烈な勢いで迫ってくるのが総大将のネアルだった。
ここで総大将同士の戦い。
一騎打ちが始まる・・と誰もが思う瞬間。
「来ましたね・・・ええ、当然でしょうね。あなたならば当然。その選択だ!!!」
こちらに向かってくるのがあなたであれば、それはこの作戦が成功した証。
フュンはネアルを見つめて不敵に笑った。
その笑みが、薄ら怖いと感じていたのが、目の前で敗北しているアスターネであった。
何もかもを見通していたようなフュンの口ぶり。
それに自信満々の笑み。
そこに、血の気が引いていく。
アスターネは、ここから戦えないから怖いのではなく、ネアル王の危機なのではないかと恐怖したのである。
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