第73話 十日決戦 希望の声

 帝国歴531年7月4日。

 十日決戦。

 ギリダート攻略戦争の終盤に起きた激闘である。


 25日から始まったギリダートを防衛する戦争は、王国側の猛攻の嵐を帝国側が十日間も防ぐだけの形で続いていた。

 23日に起きた戦いの陣形と、形が全く同じからのスタート。

 帝国軍は東門の北側と南側の防衛を横一列で行なっていたのだが、そこから日数が経過すると、その広範囲の防御を捨てて、帝国軍はギリダートの東に半円を描いて防御陣を築いていた。

 この陣形には、交代をしやすくなるという点と、防衛範囲が小さくなるという二つの利点があるのだが、この守り方だと、苦しい戦況を表していたのだ。

 

 半円での防御は、一人一人の守る方向が多くなり負担が大きくなる。

 なぜなら横一列であれば正面だけを気を付ければいいだけだが、半円であると、斜めも視野に入れなければならず、自分自身を守るのが難しくなる。

 徐々に、重装盾部隊の負担が増えていき、そのカバーをしているフュン親衛隊も太陽の戦士たちも苦しくなっていた。


 「まずいですね・・・援軍が来ない。リリーガ。これは、何かの情報を得ましたね。援軍を送らない選択肢を取っているのは、何かが起きていますね」

 「フュン様。行動を起こせないとしたら、もしかしたらビスタかもしれません」


 背後にいるクリスが進言した。


 「・・なるほど。それで、リリーガからは出られないというわけだ・・・うん。これは、あの時に似ているな・・・」


 フュンは、昔を思い出す。

 これほどの劣勢状態で戦ったのは、ハスラ防衛戦争の時のシゲマサと共に戦った時と同じだと思った。

 円陣形で何とか耐えていた戦いは非常に厳しい戦いであった。あの時はザイオンとシゲマサがいなければ全滅であった。

 だから今回も援軍が大切であったが、リリーガに何かあったので、ここは期待できない。

 なので、フュンはあの時とは違う戦法を取る。


 「いいでしょう。僕はあの頃の無力な僕とは違います。ここはいきますよ。ここまでの大規模な防衛を逆手に取りましょう」


 フュンは覚悟を決めてここで秘策を発動させようとする。

 守りだけに重点を置いたことを、ここで上手く活用しようとしていた。


 「フュン様。それは危険では」


 クリスが詰め寄るような形でそばに来た。

 フュンがやろうとしていることを先回りで理解して助言する。


 「ん。クリス。あなたは心配症ですね。僕もやる時はやりますよ」

 「しかし、せめて、太陽の戦士たちだけでも」

 「いいえ。ここは太陽の戦士たちも防衛に入らねば、ここを死守できません。なので、こちらの予備兵たちから、一気にいきたいですね」

 「そうですか・・・わかりました。ご武運を」


 クリスの目が若干泳いで、眉が微かに動いた。


 「ふっ。渋々ですね。苦い顔をしていますよ」


 その表情の変化をフュンだけは分かっていた。


 「え? 顔などいつも通りですが」

 「いいえ。僕には分かりますよ。あなたは無表情の様で、意外と顔に変化がありますからね。わかりやすいですよ」

 「そ、そうですか」


 フュンの顔が笑顔から切り替わる。

 

 「クリス」

 「な、なんでしょうか」

 「あなたに全権を託します。僕に何かあっても、あなたがこの軍を率いてくださいね。いいですね」

 「何かあるなら、私は出撃の許可をしませんよ。フュン様」

 「ええ。大丈夫。死ぬ気はないです。家族を残しては死にませんよ。僕にはたくさんの家族がいますから」

 「そうです。死なせません」

 「それはこちらもですよ。僕は君も。皆も死なせません。絶対に皆で平和な世界を作るんですからね。それには僕の家族が必要なんですから」


 目標を達成するため。

 フュンは、この戦場最大の命懸けの作戦を仕掛ける。



 ◇


 防御に徹している重装盾部隊の中で、フュンは部隊編成をした。

 盾兵以外と予備兵から二軍を編成。

 自分とシャーロットに一万ずつで指揮権を与える。 

 フュンは親衛隊が基準。シャーロットは帝都軍が基準である。


 「シャニ」

 「はいだよ」


 フュンの隣のシャーロットは元気に返事を返した。


 「君はこの半円の右斜め。ルカ軍に対して突撃を」


 右手で真っ直ぐ敵を指して、あなたが良く場所はこちらですよと案内した。


 「うんだよ。二つあるだよ・・・まさか、フュン様も突撃だよ??」

 「ええ。やります。ここは僕もいきます。僕は、ここから左斜めにいるアスターネ軍を強襲します」


 フュンは、左手で真っ直ぐ敵を指した。


 「これが成功すると、五つの軍を分断する一手となります。いいですか。今までの僕たちは一度も攻勢に出ていません。なので、リズムが一定であったのです」

 「リズム?・・・だよ??」

 「はい。敵が猛攻をしていても、それは一定の間隔で攻撃をしているのですよ。例えば、ドン! この一音くらいの一撃を、一定の間隔で行なっているのです。こちらが常に防御でしたからね。動きが単調になっているのです」

 「うんだよ。それはわかるだよ」


 シャーロットは素直に頷いた。

 彼女はこのような戦い方の講義を受けた事がない。

 それは、フィアーナには無理だからである。


 「それで、同じ攻撃を同じ感覚で続けていた所に、急に敵が行動を起こしてきたらどうなりますか。それも彼らは数日間同じ行動でしたよ」

 「・・・ああ、そうなのだよ。動くのに反応が遅れるだよ」

 「そうです。その通りです。同じ動きが体に染みついているので、こちらから反転攻勢を一気に仕掛ければですよ。どうなりますか?」

 「う~ん。もしかして、ビックリするだよ?」

 「ええ。そうです。体の動きを変えられなくなります。それと、心の準備が足りなくなるでしょう。なので、この攻撃をやるにしても、相手がこちらの反撃に対処できない間が勝負どころとなります。ですから、一気にいきます! シャニ。僕の声を聞いてください。これは、信号弾の合図ではやりません。僕の声でタイミングを合わせます。まあ、それは今のあなたなら、何故僕の声でやるのかも分かるでしょう。いいですね。シャニ。信じていますよ」

 「はい。頑張るだよ!」

 「ええ。では配置に。僕はあちらに行きます」

 「はいだよ」


 二人は突撃準備位置に行った。


 配置する間際。

 レヴィがやって来た。

 

 「フュン様。私も」

 「駄目です」

 「ですが、私が戦わねば・・・」

 「駄目です。ここは僕が先頭にならないといけません。それと、あなたにはやってもらいたいことがある。ナッシュ。ハル。二人と二人の部隊も連れてクリスのそばにいてください。太陽の戦士たちは、ラインハルトを中心にしてください。彼を中心に全体の補強。あなたは恐らくクリスから指示が出ますので、そばにいてください」

 「クリスから?」


 先程の会話では、そのような内容ではなかった。 

 

 フュンはあえてクリスにだけ何も指示を出していないのだ。

 それは、彼ならばこの変化する戦場の中で、正しい戦術を見出すからである。

 自分の余計な指示で、いらない先入観を与えたくない。

 それが彼に対するフュンの気遣いだった。

 クリスなら、必ず勝機を逃さない。

 その信頼感で指示をしないのだ。


 「わかりました」

 「はい。レヴィさんはここで大人しくしていてください。それに僕が、この戦場を変えてみせましょう。見ていてくださいよ。僕も、成長しましたからね」

 「・・・はい」

 「いつまでも子供じゃないんですよ。はははは」

 「ええ。わかっています。勝利を信じています」

 「見ててくださいね」


 我が子。それに近しい思いがレヴィの中にある。

 大切なのだ。

 ソフィアの忘れ形見であるフュンは、レヴィにとって特別な存在である。


 ◇


 この日の激闘が始まって二時間。

 シガー部隊の懸命な防御も、崩れかけて苦しくなってきた時間帯。

 疲れを越えて、動けるようになるのが、今までであったが、この日の疲れは、その微妙な回復すらも起きなかった。

 手足がだるくなり、体が徐々に重くなり、心も重くなっていく。

 どこまで守れば敵が諦めてくれるのか。

 仲間たちも次々と倒れていく中で、帝国兵たちの心が折れていないのが不思議なくらいであった。

 光が見えない暗闇の中に、希望の声が響く。


 「聞け。帝国軍!」


 フュンの声が響いた。愛刀左文字を掲げている。


 「よくぞ。ここまで頑張った。帝国の為。大陸の為。死力を尽くし戦った同志たちよ。僕の夢に付き合ってくれて、ありがとう。ただ、ここで終わりになってはいけない。僕は諦めない。だから下を向くな。上を向け。隣を信頼しろ。そして前を向いて、僕の背を見ろ。今より・・・」


 フュンは、左文字を前に出した。


 「今より、ガルナズン帝国大元帥。フュン・メイダルフィアが君たちに希望をみせる。君たちの心の拠り所になり、勝機を見出してみせよう! 僕と、僕の秘密兵器がこの戦場を支配する。勝利は僕とシャニが作ってみせよう。皆、諦めるな。前を向け。苦しいと思ったら、僕とシャニを見よ・・・・いくぞ。帝国軍出撃だ!」

 「「「おおおおおおおおおおお」」」


 フュンの言葉と共に、フュンが率いる軍が出撃。

 それと同時に・・・。


 「皆。いくだよ。フュン様と共に、拙者らも突撃だよ! 進めだよ。道は拙者が作るだよ。後ろをついてこいだよ。帝国兵!」

 「「「ああああああああああああ」」」


 シャーロットも鼓舞をして突撃を開始した。

 

 今まで最高クラスの士気で敵を押し切る!


 それがこの疲れた状態でも出来る。

 それは何故か。

 当然の事。フュン・メイダルフィアが自ら戦うことを宣言したからだ。

 勇ましい彼の声につられるように、皆の士気が高まり勢いが増す。

 突撃は深い位置にまで進んでいく。


 王国兵は突然の反撃に、体の反応が遅れた。

 フュンの予想通りに動きが硬くなったのだ。

 攻撃態勢から上手く防御に切り替わることが出来ずにいる所に、先頭を走るフュンを受け止められない。

 それに合わせて、シャーロット方面でも彼女の一撃を止めることが出来なかった。

 フュンとシャーロットは、敵陣の中を突き進めたのだ。



 ◇


 それを眺めるのは、中央後方にいたネアルである。

 ブルーを脇に据えて呟く。

 

 「私の所ではない? なぜだ・・・ゼファーは窮地で私の所に来てくれたというのに・・・なぜ彼は・・・アスターネの場所へ。この中で一番弱いとでも思ったのか」


 寂しそうな顔をしたネアルは、宿敵と戦いたい気持ちを優先してしまい、フュンの策を考えずにいた。

 その余計な考えが、フュンの考えの本質を見抜けなくさせた。

 一つだけ考える時間を遅らせてしまった事。

 このたったの一つ分の考えの遅れが、勝敗を分ける部分となる。


 「ネアル王。何をお考えで。彼の意図を探ってくださいよ。ここから指示を出さねば、あの勢いは止められないのでは」

 「・・・それもそうだ。なぜ・・・そうか。そういうことか。まずい。これは分断か。彼の狙いは、倒すことじゃないな。こちらの軍を五つから三つにして分断することが目的だな」


 この反応の遅れの分。優位になるのは帝国となる。

 劣勢からの逆転劇の演出は、ほんの僅かなフュンとネアルの違いで起きる。

 考えに感情が生まれてしまった所が違いとなった。


 

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