第72話 考えは一つじゃない。正解もまた一つじゃない

 帝国歴531年6月25日。

 この日から戦争が再開されて死闘が始まった。

 王国軍の絶え間ない攻撃が続き、それをかろうじて帝国軍が捌いていく。

 という攻防が入れ替わる事のない。

 一方的な戦争が続いていった。


 初日。二日。ここまでは、余裕で耐える事が出来た帝国軍。

 しかし、三日目辺りから厳しくなっていき、四日目には疲労が出てきた。

 そこで、フィアーナの勘がここだと囁き、大砲を一撃お見舞いする。

 敵の部隊に直撃させて数百を倒すと、王国軍は一旦停止して、一時しのぎの形となった。

 大砲の有効性を確認した帝国軍は、これを上手く使いつつ、耐える事そこから数日が経過して、防衛だけの十日間の戦争をした。

 弾は残り一発。

 騙し騙しで節約しても、もう少しで使い切ってしまう形となっていた。

 フュンたちの軍の疲労感はとてつもなく、体を動かすだけで一杯一杯になっていた。

 失ったのは兵ではなく体力だ。

 愚痴をこぼさない事で有名なシガー軍でも、思わずこぼしてしまうほどの疲労感は、初めての事。

 とても危険な状態に帝国軍は陥っていた。



 ◇


 そんな激戦の防衛戦争の最中に、別な戦場では・・・。


 ビスタには、セリナとその伝令たちが到着していた。

 彼女はネアルの指示を仲間に伝えるとすぐにドリュースがミラークへ出撃。

 ビスタの死守はセリナの役目となり、ドリュースはギリダートの囮の役目を買ったのだ。


 彼らの移動はやや大袈裟だった。

 仰々しく、ビスタの北と東の門を開けて挑発行為のように長い列で進軍を開始。

 ドリュースが北東方面に進んでいくと、帝国側もすぐに動き出した。

 シャルフにいたスクナロが、その移動の直後から瞬時に部隊を編成して、デュランダルとアイスの両軍を送り込む。

 それに対して、悩んだのはシャルフよりもリリーガだった。



 敵が移動したことを知ったフラムとアナベルが二人で話し合う。


 「閣下。どう思います?」

 「アナベル様。私はですね・・・」


 続きを話そうとするとアナベルに止められる。


 「閣下。アナベルです!」

 「む、無理ですよ。私にとっては主君のご長男。呼び捨てなど」


 アナベルは自分の呼び方に厳しい。 

 命令口調で呼びかけてほしいのだ。


 「今の私には、父上は関係ありません。閣下の部下が私です」

 「・・・・仕方ないですね。あなた様は頑固ですからね。わかりました。アナベル。私はここは、そのままでもいいと思います」

 「そうですか。待機ですか」

 「ええ。ビスタの兵は、スクナロ様にお任せするというのが一番いい手だと思います」

 「・・・私は出た方がいいような・・・こっちとあちらで、敵を挟む方が良いのでは?」

 「ええ。それも正しいのですが、私はそもそも、この軍の派兵がおかしいと思っています」

 「派兵自体がですか!」


 フラムは地図を出して、説明した。


 「ええ。この村を王国がとっても、その意味としては、支配領域が多少広がるだけであり、ほぼ意味がないと思います。侵略したという証しか生まれないでしょう。それに侵略をするのなら、ここククルまでえぐり込まないと意味がないと思います。しかし、そこを奪うには兵数が足りない。出撃した数が三万程度では不可能だ。・・・そして話を戻して、村を攻めるとして考えると、その数ならばこの村を取る事が目的ですが、ここで、別な位置を取りに行くのなら、この数でも効果的です。例えば、ミラークに行くような素振りをしてから、シャルフの兵を引っ張っていくとかですね。引っ張ることが出来れば、もう一度ビスタから別な兵が出撃すれば、シャルフを狙うことなど容易になるでしょう。作戦展開はこちらが吉かもしれません」


 フラムは、ミラークへの道のり途中で迎撃するような形に、絵を描いていった。

 迎撃して、シャルフを囲う際の一手目にするなどの作戦だ。


 「どうでしょうか。こうなるなら、スクナロ様が出撃するのは当たり前の話で重要な事です。ですが、ここリリーガの兵は、臨機応変に前線三方面に移動させないといけませんので、そう簡単には援軍を出してはいけないのですよ」

 「なるほど」

 「なので、ここはギリダートに援軍を出せる場所に連絡を入れてみましょう」

 「え? 出せる場所があるのですか。もうすべての場所に、兵が配置されているし、送っているはずで。今の帝国でここ以外が援軍を出すのは難しいのでは?」

 「はい。そうです。ですが、ここです。ハスラは、まだ派兵が出来る形です。川をロック。山もロック。ならば、ジーク様を頼りましょう。ハスラにはまだ予備兵がありますし、彼の頭脳にも頼りましょう。だから連絡してみてください。彼にこちらが持つ情報を丁寧に提示してみましょう。良い案を考えてくれるはずです。レイエフ殿とマルクスの資料をお渡しすれば、きっとこのギリダートへの援軍問題は解決すると思います」


 フラムは自分で解決する事を放棄した。

 最良の手が出せるのがハスラしかないと思ったのでジークを頼ることに決めたのだ。

 この判断が素晴らしい。

 フラムはいつも的確な判断が出来る男だったのだ。

 アージス大戦の第六次も第七次も、活躍はしていないかもしれないが、彼の判断は常に正しかった。


 「わかりました。連絡を入れてみます」

 「はい。お願いします。おそらく、ジーク様が解決案を持つはず。私たちは、最大の窮地に陥った場所に援軍を派兵した方が良いのです」


 フラムはここで一番良い判断。

 最前線の都市なのに、最も遅い行動を起こすことを決断した。

 これにより、全方面に援軍を送れる環境を整えたのである。


 これは我慢比べだ。

 この判断。相当な忍耐力がないと出来ない。

 普通の人であれば早く助けてあげたいと思って、援軍をすぐに決断してしまうからだ。

 フラムの能力の中で一番高いのがこの判断の際の忍耐力である。

 これは、フュンの恩情によって評価されたものではなく、実際に我慢強い性格から来ている稀有な才能だ。

 フュンが、フラムを大将に採用している最大の理由である。


 


 ◇



 帝国歴531年7月2日夜。

 ガイナル山脈の南の要所にて。

 要所から見て南の山を見つめるヒスバーンは、望遠鏡を外してから思う。

 帝国の陣に、昨夜との違いがあることに気付いた。

 

 兵の数は変わらない。

 姿も変わらない。

 しかし、松明の位置や、整列している場所が変わっている。

 

 でもそれは、ほんの僅かな違いだろう。

 人、三人分くらいの列のズレだ。

 でもそれがヒスバーンにとっては、大きな違いに見える。


 「そういうことか・・・わかったわ」

 「なんだ。ヒスバーン。何を一人で呟いている」

 「あ? お前か」

 「嫌そうな顔をするな。今は俺とお前だけだろうが。そんなんじゃ、他の奴らに、すぐに気持ちを分かられるぞ」

 「ん。まあ。別にいいわ。おい。ノイン。お前は気付いたか」

 「何をだ?」

 「はぁ。やっぱな」


 デカいため息は、相手を不快にさせる。

 今度はノインが険しい顔をした。


 「貴様、俺に喧嘩を売っているのか」

 「売る? お前にか? めんどくさい。お前、俺と戦う気か」

 「戦ってもいいぞ。わからせてやる」

 「そうか・・・俺の強さも知らんのに、戦って勝てる自信があるのか」

 「当り前だ。軍師で、内政が働きの中心である。お前に、俺が負けるはずがない」

 「ああ。そうかい。そうかい。でも安心しな。俺はお前とは力では戦わない。直接は面倒だからな」


 力が抜けているヒスバーンはのらりくらりとしている。

 ノインの挑発も意に介さない。


 「ふっ。自信がないのだな」

 「いいや、逆だ。めちゃくちゃある。俺の方が強いからな。お前は俺の真の力を知らんからな。そんなデカい口を叩くんだ・・・・・戦いなんて、情報を多く持っている方が勝つ。俺はお前を知っている。でもお前は俺を知らない。だからその差で俺が勝つ」

 「なんだと。貴様の事は知っているわ」


 気に障ったノインは、ヒスバーンに更に近づいてきた。


 「はっ。知らん知らん。お前は人に興味が無さすぎる。それに人を扱うのが下手糞だ。組織の頂点に立つにふさわしい人間じゃない」

 「言ってくれるわ・・・貴様、私を舐めているな」

 「舐めていない。正当な評価だ。セロ!」

 

 ヒスバーンは振り向いて、真っ直ぐノインを見つめた。


 「お前は、甘い。自分に流れる血が太陽の人と同じだからと言っても、お前にはその力はないと見た」

 「なんだと!」

 「トゥーリーズの血を持っていたとしても、それは出がらしの血だ。大陸を追われた情けない家系であるだろう。お前のその視野の狭さ。それが遺伝から来るものならば、滅びて当然だ」 

 「き、貴様!」 


 言いたい放題のヒスバーンに、ノインが詰め寄りそうになるが、ヒスバーンから流れる武の気配を感じて、詰め寄るのを躊躇する。

 得体の知れない。妙な気配。

 ノインは頭ではなく、体からそんな感想が出てきた。 

 手が震え、足が止まった。


 「だから、お前は努力しろよな。もっともっと、自分を鍛えて、周りを見るんだ。人に注目して、人の上に立つ努力をしないとな。それがお前には足りない」

 「なんだと。貴様。貴様こそ、人の上に立つような人間ではないだろうが。シンコ!」

 「その通りだ。だから俺はネアルの下にいる。俺がネアルを討って、王とならない理由はそこにある。でもお前はそれを狙うのだろう。だったら勉強しておけよな。お前はあの二人。ネアルと大元帥に及ばない。これを自覚して、成長しろ! あらゆる流れを読めないようでは、お前はまだ甘い。上に立つ器じゃない。ナボルの長だったのも分かるわ。あれが滅びる理由もな」

 「流れだと? 何の話だ」

 

 ヒスバーンは、気になった敵の配置を指差した。


 「あそこ。お前は何か気付くか」

 「・・・は? 敵陣なだけだろう」

 「ほらな。その程度の男だ・・・頭が弱い。考えが甘い。それではダメだ。お前には期待できんな」

 「なんだと。期待だと。まるで貴様の方が上のような言い方」 

 「は? 上とか下とかの話じゃねえ。お前は・・・俺の・・・満足に演じられないだろうな」

 「演じるだと? 何の話だ」

 「ああ、こっちの話だ。お前、その体でゼファーに勝てるか」


 今だ傷が癒えないノイン。

 ヒザルスとザンカにやられてしまった怪我は簡単には治らない。


 「・・・わからん。その噂の男を直接見た事がないからな」

 「そうだ。その判断は正しい。想像だけで判断しないのは良しだ。じゃあお前。タイローには勝てるか。その体で?」

 「・・・どうだろうな。この怪我で、勝つと言いきれるかどうか・・・悩むところだ。奴は強くなっていた。それも信じられない強さだった」

 「まあ、そうだろうな。ラーゼは、ロベルトの民だ。元が太陽の戦士たちと変わらん。だから強さが出て来るだろうな。太陽の人を確認したんだからな。それでお前、その判断はなかなか正しいぞ。お前、戦闘に関しては、まともだ。だからお前はどっちかというと、駒だな」


 ヒスバーンは評価した後、山から見える景色をぐるりと体を回して確認した。


 「ノイン。お前の判断はどうだ」

 「ん? 判断??」

 「お前が今。ここの長だとしたら、やるべきことは何だと思う」

 「それは・・・死守だろうな。この位置を確保していた方がいいだろう。攻勢に出ると、ここが疎かになるだろう。下手にこの周りの敵軍に突っ込めば、各個撃破をされてしまうだろうな」


 周りを囲う帝国軍に攻撃をすれば、逆に返り討ちに遭う。

 それがノインの下した決断だった。

 だから防御に徹して、要所を確保し続けた方が良いと考えていた。


 「正しい。それは本当に正しいぞ。ここを守るのが俺たちの役目であるのは確かだ。ただ、この大陸全体をひとつの盤面として捉えた時。その判断は正しくない。それが分からん限りは、お前はまだネアル・ビンジャーとフュン・メイダルフィアの間に割って入る事は出来ない。そう最後にアドバイスしておこう。お前が逆転したいなら、そこの考えで二人を上回らないといけないぞ」


 ヒスバーンは振り返り、自分の天幕に戻ろうと歩いていく。


 「何を言っている? ヒスバーン」

 「それを考えろ。セロ。お前も一度は大きな組織の頭だったんだ。自分で考える。この事を肝に銘じておけ。他にシエテとシンコしかいない。元組織の長だけどな」

 

 ヒスバーンがこの場からいなくなると、ノインは夜空を見上げた。

 

 「自分の頭で考えろ? 意味が分からん。さっぱりだ。相変わらず、あの男の考えがわからん。ナボル加入時からずっと・・・何を考えているのだ・・・シンコ。ヒスバーンよ」

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