第75話 十日決戦 罠

 二人の英雄が激突する前。

 目まぐるしく変化する戦場を確認後、クリスは一人静かに微笑んだ。

 正面にいる軍の大将ネアルが突然横に動き出したのだ。

 彼が動く。

 よほどのことがここで起こったのかと思ったが、その動きがフュンを狙う事だと分かった。


 「・・・これは、そういうことですか。フュン様。まさか、この作戦の本当の意味とは・・・私に言わなかった意味も分かりましたよ。これが成功するかどうかが分からないから、あなたは教えてくれなかったのですね。しかし、私はこれに付け加えさせていただきますよ」


 クリスが自分たちの置かれた状況を把握した。

 王国は半円を囲む際に五つの軍でこちらを囲んできていた。

 0度の位置に、ゼルド。

 45度の位置に、アスターネ。

 90度の位置に、ネアル。

 135度の位置に、ルカ。

 180度の位置に、イルミネスである。


 この五つの軍がそれぞれを担当しているが、この中でフュンが突撃場所として選んだのが、アスターネとルカの軍だ。

 この二つを強襲して上手く敵を退けると、軍を三つに分断出来る。

 しかし、その場合。突っ込んでいった軍が大変危険な状態になるのは間違いない。

 この状態では左右から来る圧力をいなしきれずに、失敗に終わってしまうだろう。

 しかし、あのフュンが失敗に終わるような策を単純に展開するわけがない。

 

 でも、この時のフュンは、この状況をシンプルに考えていた。

 それが中央突破である。

 本来有効な突撃というものは、ネアルのいる90度の位置を突破することなのだ。

 敵を真っ二つに分断すれば、あとは大挟撃状態に踊り出ることができて、相手を殲滅状態に持っていく事が容易になる。

 ただそれには、そこにいるネアルが重しとなっているから出来ない。

 彼の指揮は、他の四つの軍と比べても、手堅く穴のない防御をしているからだ。


 「だからフュン様は、攻勢に出たのではなく・・・」


 自らが囮になった。

 アスターネを狙うのが、自分であれば、どの感情に陥ろうとも必ずネアルが自分を追いかけて来る確信があったのだ。

 そして今回は。

 『自分が無視されたから激怒した。それとも、アスターネが危ないから助けに行く』

 どちらの理由であっても、必ずフュンの所に来てしまう理由となるはずだ。


 そうなるとクリスがするべきことは、一つだけになった。


 「レヴィさん!」

 「クリスなんですか」

 「フュン様が、この戦場の勝利への道を作りました。太陽の戦士を全開にします。残りの全ての太陽の戦士で、ネアル軍を強襲してください。ここから真っ直ぐ正面を走り抜ける。そして、敵を大分断します。しかも、ここからが私の要望です」

 「フュン様ではなく、あなたのですか?」

 「はい。こちらにブルーを持って来てほしいです」

 「ブルーを?」

 「はい。お願いします。レヴィさんにしか出来ません」

 「わかりました。いきましょう」

 「あと、レヴィさん。奪取したら、合図をください」

 「はい」


 レヴィを出撃させる。

 クリスはフュンの考えを完璧に理解していた。

 しかもその上で作戦の上位版を提案。

 それは、敵将ネアルの最大の理解者で、ネアルが王となれた最大功労者であるブルーの強奪である。


 ここで戦況は一変する。

 それはフュンが企んでいた罠によってだ。

 そもそもとして、この防戦一方の戦略を最初から選んでいたのがおかしかった。

 クリスもなぜここまで防戦だけをフュンが提案していたのかが分からなかった。

 主の考えだから今まで黙っていたが、本当は気持ちの半分くらいは、攻撃に出て行った方が良いと進言したかった。

 でもここに来て理解した。

 防御すらも、窮地すらも、全てが演出。

 この時の為に残しておいた策だったと理解した。


 「深い・・・フュン様の考えは、戦だけじゃないのですね。人の心を理解している。特にネアル王の気持ちを理解しているんだ・・・これが、私たちの大切な主フュン様の罠なのですね」

 

 自分たちの主は、人を良く知る。

 性格を掴んで離さない。気持ちを理解してくれる怪物である。



 ◇


 「ど、どうして、ネアル王が?」

 「アスターネ。待ってろ。そこを・・・まず逃げろ」

 「え。うちはもう。ネアル王。うちは、ほっとおいて。駄目。これはそんな単純な事じゃ・・・」


 焦るアスターネは叫んでいた。

 フュンの笑顔の裏に隠された罠。

 何が罠かは分からなくとも、自分が負けていることが引き金で起きる罠だと。

 なんとなく気付いたのだ。


 「何を言っている。諦めるな。離れるんだ」

 「駄目! 来ちゃ駄目~~」

 「ええ、そうですよね。アスターネさん。あなたの勘は当たりですよっ!!」


 フュンがアスターネのお腹に一撃を加える。


 「ぐふっ・・・ふゅ・・敵将フュン・・・あなた・・まさか・・」


 アスターネは、肩に手をかけてフュンを睨むが、力が抜けていく。

 眠らないように粘っていたが、ダメージが深く気絶した。

  

 「くっ。アスターネ!? 私が今、いく」


 抱き抱えられているアスターネを見て、ネアルは加速していく。

 しかし、あと少しであるのに遠のく。

 なぜなら。


 「ニール。ルージュ。退却します。僕の背を守りなさい」

 「「殿下。もちろん」」

 

 肩にアスターネを担いでるフュンが、信号弾を発して退却をし始めた。

 突破した勢いを反転させて、戻りだすとその背に向かってネアルがやって来た。


 「ニール。ルージュ。いいですか。相手はネアル王です。気を引き締めて」

 「「了解」」

 「待て。アスターネをかえ・・なに」


 フュンの背後につこうとしたネアルは、追いかけながら二つの閃光の襲撃に遭う。

 

 「赤。青!? 速い」

 

 左から赤。右から青だと思った。

 だが、双方はクロスしながらこちらに向かってくる。


 「くっ。こっちか」


 最速で到達したのは青い閃光ニール。ネアルの左から出現して、首を狙うために、飛びついてダガーを振り切る。

 

 「ここだろう!」


 閃光のような速さに対して、自分は対抗できないと悟ったネアルは、相手の動きから逆算して、剣を振り切る。

 ニールのダガーごと叩き伏せる一撃だ。

 

 「むむむ」


 ネアルの剣が思わぬ形で飛んできたので、ニールは動きを変えた。

 空中で飛び掛かっているために、ルージュを呼ぶ。


 「ルー。そっちじゃない。こっちだ」


 ルージュは、ネアルに攻撃しようとしていた体勢を強引に変更、ニールの方に飛びかかった。


 「ニー。はい!」


 ルージュは攻撃対象をニールにして、彼女の蹴りはニールの左首に入った。

 この蹴りの勢いが強く、ニールが地面に落とされた。

  

 「味方同士? な、仲間割れか・・・じゃない。これは・・・」


 地面に落ちたニールは、着地と同時にネアルに再度襲い掛かる。

 ニールは地を這う一撃を繰り出す。

 ネアルの左足を狙った。

 

 「くっ。貴様ら、むちゃくちゃな連携を!?」

 

 ネアルが体を畳んで強引に右手にある盾を向けるが、一歩だけニールが速い。

 ダガーの切っ先がネアルの太ももを斬る。

 が、それは表面で止まる。

 切られても、盾が遅れて邪魔に入った。


 「むむむ。これ以上切れないか」

 「危なかった。この・・な!?」

 「こっちを忘れているぞ。王ネアル」


 ニールを蹴り飛ばしたはずのルージュが、ネアルの反対の足を素早く切る。

 軽い出血が右足からも出た。


 「速い。しかもちょこまかと、すばしっこいと言った方がいいのか」


 手負いで戦うべき相手じゃない。

 表情には出さずともネアルの内心は焦っていた。


 「貴様ら、誰だ。資料にないぞ。見た事もない」


 質問されたので、ニールとルージュがネアルの正面で胸を張る。


 「我ら」「殿下の影」

 「ニール」「ルージュだ」

 「「殿下の宿敵!!」


 二人はネアルを指差した。


 「「殿下には我らがいる限り。貴様は殿下に触れる事も出来んぞ。我らが必ず守るからだ」」


 えっへん!

 という感じで、二人揃って腰に拳を当てた。

 

 「は? なんだ。まるで子供みたいな・・・」

 「なに」「失礼な」

 「「我らはもう大人だ」」


 二つの星は、少し怒って再び攻撃を再開させる。


 「くっ。もう少し大人しくしろ。このチビ共」

 「うるさい」「失礼な奴だ」

 「「殿下の敵」」


 英雄の影ニールとルージュ。

 この戦いで表舞台に現れた星たちである。

 フュンの裏には、常にこの二つの星がいたとされる。

 青い星と赤い星は、大陸を照らす太陽のそばを離れなかったのだ。


 「ニール! ルージュ! 退却しているのです。追撃が目的じゃない。基本は僕の後ろですよ」

 「むむむ」「そうだった」

 「「殿下、待って」」


 二つの星が太陽を追いかける。


 「待て。貴様ら。返せ・・・ぐっ。ア、アスターネが・・・」

 

 足を前に出した瞬間、ネアルはバランスを崩す。

 シャーロットから受けた傷に加え、今のニールとルージュにやられた傷が思った以上に深かった。

 

 遠くなる背を見つめるだけで、ネアルは何も出来ずにいた。

 その時に、ネアルは気付く。

 自分がとある罠に嵌っていた事にだ。


 「ま、まさか・・・フュン・メイダルフィア。貴様、それが狙いで、こちらが本命じゃないのか。しまった・・・まずい。この戦いが・・・くっ」


 窮地に陥っていた帝国軍のたった一つの反撃が戦場を変えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る