第66話 では、どこに罠があったでしょうか

 帝国歴531年6月23日昼。

 援軍が到着した王国軍は総勢10万となり、フュンが率いる帝国軍の7万を上回る総数となった。


 両軍の内訳は。


 王国軍から。

 ギリダート東の城壁の北側に布陣したのが5万で、ネアル本陣と裏で待機するイルミネス。

 ギリダート東の城壁の南側に布陣したのも5万で、ブルー。アスターネ。ゼルド。セリナ。ルカの五将である。


 王国は四方を囲んで壁を乗り越える事よりも、東の城壁に開いた穴を利用するために、野戦を選択した。

 壁の上にいる帝国兵を完全無視することで、平地での戦いを優位に運ぼうとした。



 次に帝国軍。

 ギリダートの北東の橋の基礎部分にて。 

 フィアーナの弓部隊が5千。

 彼女の部隊は、王国軍を挟み撃ちに出来る場所にはいるのだが、如何せん数が少ないので待機状態となっていた。


 ギリダートの東の城壁から北と南。

 そこには、シガーの部隊が横に列を作り待機している。

 シガー部隊は3万5千で、重装盾部隊が動く鉄壁の壁となっている。


 そしてシガー部隊よりも内側に待機しているのが太陽の戦士たち。

 それとフュン親衛隊1万で、両方ともにシガー部隊の支援部隊となっている。

 動く壁に穴が開きそうになると救援に駆けつける部隊だ。


 そして、シャーロットが城壁の上、1万で待機している。

 もしかしたら王国軍が壁を攻撃してくるかもしれないと、念のための予備兵として配置されている。

 

 フュンは、クリスと共にシガー部隊の真ん中に立つ。

 二人は、ギリダートの中にいる事をせずに、表に出て皆と共に戦う事を決意していた。

 フュンが音声拡声器で指示を出す。


 「ではでは、皆さん。死守ですよ。やるべきことは分かっていますね」


 声が穏やか。今から戦うような掛け声じゃない。


 「いい顔ですよ。よし。信じています。守りましょうね」


 この声は王国側にも聞こえていた。


 ◇


 「ふっ。舐めているわけでもなく、不安になるわけでもないか・・・さすがだ。フュン・メイダルフィア。しかし私は油断をしないぞ。あなたが守り一辺倒だと? そんなの嘘に決まっている。あの後ろの兵が我々を狙っているのだろう。挟撃だろうな」


 ネアルは油断をせず、後ろを気にしながら全体に指示を出す。


 「出撃だ。ヨーク。狼煙をあげろ」

 「はっ。只今」


 王国軍は、狼煙を上げる事で、北と南で同時に攻撃を開始する。

 開幕は、実質10万対3万5千である。



 ◇


 「守れ。シガー部隊! 盾を展開だ」

 

 シガーの通る声で、全体が盾を展開する。すると、一枚の大きな壁となった。

 盾に隙間がないのは、部隊の規律の良さと連動性が素晴らしいからだ。


 「来るぞ。受け止めろ!」

 

 王国軍の初撃を完璧に封鎖。

 一歩も移動しない防御は、固い岩のようだった。

 たまらず先頭にいる王国兵たちは後ろに下がる。


 「怯んだ。押せ! 顔面に叩きつけろ」


 重装盾部隊は、持っている盾を前に突き出して歩く。

 押し込む形を取り、盾部隊のすぐ後ろの兵士たちが、槍か剣で刺していく。

 防御から攻撃までがスムーズであった。


 「よし。いけ。押してから引け」


 押すだけでは終わらない。引いていく事で、相手に選択肢を与える。

 攻撃するのか引くのか。

 この二つが迷いとなり行動を鈍らせる。

 それが重装盾部隊の動き方だった。


 ◇


 「なんだ。あの盾は鉄壁だな」


 見た事がないくらいに大きい盾は、人を一人隠すくらいの大きさでありながら、見た目とは反して、軽そうであった。

 自分の盾と比較できるネアルは一発でその性質を見抜いていた。

 

 アンがサナリアで生み出した制作物は、王国側には漏れていない。

 しかも、この五年のサナリア産の武具類は門外不出になっているので、帝国兵たちでも知らない武具が多いのだ。


 この当時。

 この武具たちは最高ランクの物である。

 王国でも帝国でも手に入らない物がサナリアにはある。

 国が消えて、フュンが辺境伯になり、たったの十一年・・・サナリアは大陸随一の大都市となったのだ。

 フュンとサナリア人の努力の結晶がここに詰まっている。

 戦争でも活躍するほどの武具が作れるなど。

 あのちっぽけな、いがみ合いしかしてこなかったサナリアが、こんな事まで出来るようになるなんて、いったい誰が想像できるのだろうか。

 帝国を照らす太陽の力は偉大であった。


 「ネアル王」

 「ん。なんだ。ヨーク」

 「後ろから伝令が」

 「内容は」

 「動いた。だそうです」

 「一言か。あいつめ。もう少し説明しろ!」


 イルミネスの戦場が動いた。

 前方軍が盾で困惑する中で、後ろには動きがあったようなのだ。

 本格的な戦闘の始まりは、イルミネスとフィアーナの場所だった。


 ◇


 「ほうほう。あれはどんな意味があるのでしょうか・・・私ではわかりませんな。あの動きは」


 イルミネスは、正面にいるフィアーナの軍の様子を窺っていた。

 動きが独特。左に行ったり、右に行ったり、一見すれば右往左往しているように見える。

 でも意味の無い移動の中。

 軍の中央にいる女性だけが、こちらを見ている。

 何かのタイミングを見ているのか。

 味わったことのない戦略が楽しみで、イルミネスは嬉しそうに笑った。


 「あれは直感型ですな。ルカに似ている・・・面白いですな。フュン大元帥の部下には面白い人間が多いですよ。さすがですな。あの方は」

 

 ◇


 「インディ。ちょいとちょっかい掛けるぜ。あたしが矢を放つ。小部隊の隊長クラスをぶっ殺しまくるぞ。馬は全力だ。いいな。今回は全員で弓を放つぞ。振り落とされるなよ」

 「大丈夫っスよ。あの時よりも慣れてるっス」

 「ああ。いいぜ。インディ、ついてこい・・・」


 フィアーナは戦争開始直前まで、自分の場所がいの一番に狙われるのだと思っていた。

 たったの5千の兵なのだ。

 各個撃破には最適なはずである。

 それなのに、王国軍は自分たちを無視する形を取った。


 しかし、その王国側の考えは、フュン・メイダルフィアの罠だと思ったのだ。

 すぐにでも殺せる数を用意すること自体がおかしい。

 そう思うのも無理もない。

 フュンは、色々な人物を罠にかけてきたのだ。

 その戦いぶりを調べあげているネアルは、かぶりつきたい餌をあえて食べないようにしていた。

 でもそれは間違いだ。

 この部隊をただの囮部隊や罠部隊だと思ったのが、間違いなのだ。

 彼女たちの部隊は、助攻の部隊にもなれるの当然。

 そもそもが、主攻をこなす事が出来るのである。

 とても器用な部隊、それがサナリアの狩人部隊だ。

 

 「出撃する。いくぜ!」

 「「「おおおおおおおおおおお」」」


 フィアーナは、飛翔だ。

 空を飛ぶが如くの馬たちを御して、猛烈な勢いで敵に襲いかかる。

 王国後方軍も、まさかその数で、突撃を仕掛けてくるとは思わなかった。

 王国兵の腰は少しだけ及び腰になる。


 「お!? 来たぜ。あたしに続け」

 

 その猛烈な勢いの弓騎兵に対して、王国の騎馬部隊も立ち向かっていった。

 同数で様子を見たのが、イルミネスだった。


 「よっしゃ。当てんぜ」


 今の位置からでは、弓なんて届かないだろうという距離。

 それでも、とんでもない速度で走る弓騎兵たちは弓を準備し始めた。

 

 「おらよ。野郎ども。出せ!」


 狩人部隊の弓だけが届く。

 彼らは超長距離の弓術を身に着けているのだ。

 王国の騎馬兵たちの騎馬に次々と当たり、騎馬兵が騎馬じゃなくなっていく。

 その精度は、目を見張るものだった。


 「こ、これは・・・素晴らしいな。あの弓。王国にはない弓部隊ですな」


 イルミネスは手を叩いて喜ぶ。

 自分の軍の兵士たちがやられているというのに、フィアーナ軍の見事な弓を見て満足していた。

 本当に変わった人物である。


 「こうなると、やりたいことはそうだな・・・横に走る事ですかな」


 敵のやりたいことを理解したイルミネスは、後方軍前列を盾兵に変えて、矢を通さない動きにした。


 「これでどうなりますか。困ってくれたりしますかな」 


 自分の考えが合っているのか。

 イルミネスは問題を解いて答え合わせを待つ子供かのようにワクワクしていた。



 ◇


 「ん? なかなかやる奴がいるぜ。盾がいい感じで前にあるな・・なら、インディ」

 「うっス」

 「お前らは速射にしてくれ。当てなくてもいい。とにかく数が欲しい。矢の嵐でいけ」

 「了解っス」

 

 フィアーナの狩人部隊は、敵の近くに来ると横に走り出した。

 それは以前の牽制のような動きで、王国軍後方右翼から左翼を目指す。

 高速移動の中で矢を放ち続けるのだが、その矢は通らない。

 意味の無い矢が降り注ぐ形に見えた。


 ◇


 「なんでしょうか。急に意味の無い攻撃が?」


 イルミネスは完璧に矢を防いだことには満足したが、敵の意図が急に変化したように感じる。

 何の行動でしょうかと悩んでいると、王国軍の左翼の端から回って、もう一度右翼方面の方に移動してきた時に気付いた。


 「ん? あれは・・・なに。まさか」


 イルミネスに見えたのは、強烈な矢が三本。それが確実にこちらの小部隊の隊長クラスを殺し続けている事だった。


 「あれはまずい。中にも盾を。隙間を作ってはいけない。的確に命令系統を減らされ続けることになりますな!」


 ◇


 「皆。やり続けろ。あたしが獲物を狩る!」


 フィアーナの部隊はフィアーナのしたいように動いてくれる手足である。

 まるで、一人の人間が数千本の矢を放つかのように一体感があるのだ。

 飛翔のフィアーナの狩人部隊は、この高速戦闘の中でも、弓を射る能力が桁違いなのだ。


 右翼から左翼。左翼から右翼。この行動を二週半したあたりで、フィアーナの矢が入らなくなった。


 「ん!? なかなかやるな。あたしの矢を防ぎ始めたわ・・・」


 敵の小部隊長の前に盾が到着した。

 完全に封鎖する動きのせいで何も出来ずにいる。

 矢を無駄にするかもしれないのに、フィアーナは狩人部隊で矢を放ち続けた。


 ◇


 「防ぐことが出来ている・・・なのに、帝国が攻撃をやめてくれない・・・これには何の意味があるのでしょうか。矢を無駄遣いしたいのか。いいえ。それはに。おかしいですな。いくら直感型だと言っても、そんなことはしないはずですよね。すぐにでもやめるはずだ」


 イルミネスは疑問に思う。

 いくら戦いが好きな女性であっても、矢が通らない環境に陥っていったのなら、矢を放つのを止めるはず。

 矢の嵐とまで言っても過言じゃないほど矢を放っているのだ。

 これでは持っている矢の消費が大きい。

 無駄に攻撃を続ける意味が思いつかないのだ。


 「あの考え、なんでしょうかね・・・ん!?」


 後方軍の左翼。ネアルの前方軍から見れば、右翼側。

 そこで、きらりと光るものが見えた。

 首を左に回していくイルミネスは、徐々に顔色が変化する。

 思いもよらない所からの襲撃を知ったからだ。


 「まさか。これを狙って・・・正面に目を向けさせるために、矢を撃ち続けていたというのか!」 


 ◇

 

 十分前。

 ギリダートの北門一枚目付近。


 「それじゃあ。いくだよ。拙者のお師匠様。おそらくあれは拙者らを待っているのだよ。たぶんだけど。だよ?・・・あの人、作戦とかそういうの教えてくれないのだよ。自分で考えろっていつもいつも言ってだよ。酷いだよね。ねえ? 何があってもあんまり教えてくれなくて、本当に手取り足取り教えてほしいものだよ。だから鬼なのだよ。あの人・・・酷いだよ」


 そんな事、今ここで言われても困ると思った帝国兵たちは、苦笑いをした。

 

 「それじゃあ、拙者らは敵の横っ腹から、斜めに進軍を開始するだよ。皆、不安もあるかもしれないけど、拙者の後ろについてきてほしいだよ。いいかな?」

 「「「はい!」」」


 気持ちのいい返事が返ってきて、シャーロットは嬉しそうに笑いながら宣言する。


 「それじゃあ、拙者が先陣切るだよ。ついて来てほしいだよ」

 「「はい」」

 「ほんじゃ。いくだよ~~~」


 この戦いが、シャーロットの指揮官としての初陣。


 英雄の快刀。

 斜撃のシャーロットの本領発揮である!

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