第67話 英雄の快刀『斜撃のシャーロット』
ネアルから見て、王国右翼後方。イルミネスから見て王国左翼前方。
そこの端から、シャーロットは突撃を開始した。
先頭を走る彼女の勢いは、敵とぶつかっても衰えない。
それほど、彼女の武が強烈であった。
「あ、ほい。ほい。ほほいのほい! 皆、ついて来ているだよ?」
「「大丈夫です!」」
「うんうん。それじゃあ、いくだよ。まだまだ進むだよ」
独特の動き。左右で足の歩幅が違う。
一歩動くと遅かったり、次の一歩分が、三歩分移動していったりと、彼女の動きは流れに囚われない。
その不規則な行動のせいで、王国兵たちは彼女を捉えきれないのだ。
「ここはどこらへんだよ? まあ、行ける所まで行くだよ。そしたらどっかが崩れるはずだよ」
自分が敵を切り裂くことで、フィアーナ又はシガーの裏にいるフュンかクリスが敵の状態に気づくはず。
仲間を信じているシャーロットは、とにかく敵を切り裂いて、中を乱すこと。
それが自分の役割だと信じている。
◇
突入を開始して二十分。
シャーロットの足が止まった。
それは目の前の男の武力により止まったのだ。
「貴様。何者!」
「ん? あなたこそ何者だよ??? 強いだよ」
「私を知らんのか。貴様。好き勝手に暴れおって」
「知りませんだよ」
「な、なんだと。私はネアルだ!」
なんとネアルの元まで敵陣を切り裂いていたのだ。
無意識は怖い。
彼女の武は圧倒的である。
「ネアル・・・おお! 相手の王様だよ。こんな所で会うとは・・・どうもだよ。拙者、シャーロット・ニーガストだよ」
丁寧なお辞儀をした。
「な、なんだ。この女は?」
ネアルも戸惑うくらいに天然。それがシャーロット。
ある意味、ヒザルス並みに苦手である。
「では、止まると危険なので、ここでお別れだよ。じゃあ!」
と言って、シャーロットはもう一度走り出そうとした。
だが、ネアルが目の前を塞ぐ。
「いかせるか。このままにしておくわけが無かろう」
「んん。通して欲しいだよ。そしたらあなたを斬らないといけないだよ。拙者、あまり好まないだよ」
「ん?」
「拙者。怪我した相手と戦うのは嫌いなのだよ」
「なに!?」
「あなたのその肩。そして、手。負傷しているだよ。始まったばかりなのに、なんでだよ?」
「怪我などしてないわ」
「嘘はいけないだよ。万全な状態のあなたならば、戦おうだよ。だから後にしようだよ。ここは通してもらうだよ~」
ネアルは見抜かれていた。
肩の負傷は、ヒザルスの罠により。
手の負傷は、ゼファーとの戦いでだ。
満身創痍の中でも、王国の総大将としてこちらの戦争を主導しなければいけない。
それほど、この状況が苦しいものであった。
「貴様。その口を閉じろ。言いがかりだぞ」
「え? 言いがかり? なんでだよ。本当の事だよ・・・でもまあ、それでも拙者に向かって来るなら、遠慮なく斬るだよ」
と言ってシャーロットは周りの兵士を一気に斬った。
十人が地面に平伏す。
「ロンドさん。あなたが先頭で、このまま斜めに走ってくれだよ。拙者は後で追いかけるだよ」
「わかりました。ご武運を」
「うんだよ。ほいじゃ。斬るだよ」
ゼファーと似たような武の気配を、この女性から感じた。
強さが人を越えている。
そのように感じる将は少ない。
自分と同等。
もしくはそれ以上の人物に出会ったとネアルは思う。
万全であれば対処ができるだろう。
でも戦わない選択肢がない。
この人物を止められる者がいないからだ。
初戦でいきなり決闘が起きるとは思わなかったが、ネアルは怪我を押しても戦う事を決意した。
「やるぞ。シャーロットだったな」
「はいだよ。こちらからいくだよ!」
リズムがおかしい。
遅い。速い。遅い。遅い。速い。
変化が不規則で、動きを見極めにくい。
しかも、振り切る剣の速度も可変する。
「なんだ。その剣は!」
盾でようやく守れたネアルは、受け止めきってから愚痴を言った。
「え? 刀だよ。王様なのに知らないのだよ? これ、刀って武器だよ?」
「そういう意味じゃないわ!」
天然具合には、ツッコミを入れるしかない。
あのネアルでも、ついつい大声で答えてしまっていた。
「え? どういう意味だよ?」
「貴様の動きが独特なのだ。剣筋すらもな」
「そうなのだよ? これが普通じゃ・・・・」
「普通ではないわ」
「これがだよ? 普通だよぉ」
シャーロットが刀を引くと、ネアルも盾を引く。
この女の動きを良く見ようと距離を取ったのだが、一瞬で距離を詰められた。
「は、速い!?」
「ん! ネアル殿。その右。全ての調子が悪いのだよね? それじゃあ、盾で拙者の攻撃を防ぐのは無理だよ」
「なに!?」
シャーロットの一閃は、ネアルの右肩を狙った攻撃。
真っ直ぐ横一文字の攻撃を防ぐには、盾を若干だけ今の位置よりも上に上げないといけない。
ネアルが右の肩を動かすと、行動が鈍った。
「き、貴様・・・」
間に合わせるために強引に肩を稼働させると痛みが出て来る。
でもこれを防がないと、死んでしまうためにネアルは我慢して盾を上に上げた。
防ぐための軌道に、盾は間に合ったはず。
剣はそこに向かうはずだった。
しかし・・・。
「なに!? ど、どうなって・・・」
ネアルの盾に向かうはずの剣は途中で下に向かう。
軌道が急遽真横から直角に近い形に変化して、振り下ろしの攻撃に変わったのだ。
「ぐおっ」
シャーロットは、ネアルの右足を斬った。
咄嗟の判断でネアルも深い傷にはならないように、足を引けたのはよかった。
でも浅くもない。足を引きずって歩けるくらいだ。
「くっ。なんだこの女」
「ほらだよ。あなたの右。動きが悪いだよ。それじゃあ、拙者とは対等な立場で戦えないだよ・・でも立ち向かってくるなら、拙者はさらに斬るだよ」
「貴様」
ネアルが怒るのも無理もない。
挑発したつもりじゃないが、シャーロットの発言の全てが挑発であった。
彼女自身は、万全な状態での敵と戦いたいだけなのだ。
それが、英雄の半身ゼファーとの違いで、英雄の快刀シャーロットは彼の従者ではないので、目的に対して、是が非でも勝ちに行くスタイルは取らない。
ゼファーならば、ここは我慢して、相手がどのような状況でも殿下を守るためだけに戦うだろう。
あれだけの強者であるゼファーの行動の基本は、主が基準である。
「・・・ネアル王!」
ネアルの裏にいる人間が叫ぶ。
ネアルが負けるかもしれない。そう思った新しく編成された近衛兵たちが、シャーロットの前に立ちはだかった。
足を引きずるネアルを奥に押し込む。
「ん!? そう来るだよ。じゃあ、拙者はいくだよ。バイバイだよ。まただよ~~」
無理をしない。それがシャーロットの戦法だ。
それと一対一が好きなので、一対複数は興味がないので、この場から立ち去っていった。
◇
戦闘離脱直後。
シャーロットは自分の部隊を見ると、勢いが足りなくなっていた。
自分が先頭にいない事で、進軍速度を失っていた。
彼女は勢いよく加速して、先頭に踊り出ようとしていた。
その背中を見るネアルは。
「な、なんだ。あの女は・・・大元帥。あんな女すらも配下に加えているのか。なんたる度量。誰かが制御できるとは思えない。破天荒さだぞ」
強敵リストの中に、シャーロットを入れたのだった。
◇
先頭に入るシャーロットは、前の勢いが消えているのを理解した。
自分が先頭でなければ相手を切り裂けない。
それは百も承知。
「皆。拙者に続いてほしいだよ。こっちだよ・・・ん? あれ。なんで前が???」
今から斬り伏せようとしている場所が、急に緩くなった。
シャーロットが不思議に思うと目の前から彼らがやって来た。
「シャニ」「こっちだ」
「「我らについて来い」」
ニールとルージュが道を作っていた。
影となり、侵入してきたのだ。
「おお! 二人とも、来てくれただよ。そんじゃ、ついていくだよ~」
「「こっちだ!」」
英雄の影ニールとルージュ。
二人もまたこの戦争で、活躍していく事になる。
フュンの作戦を常に補完する動きをする事になるのだ。
◇
合流少し前。
「なるほど・・・流石はフィアーナ。それとシャーロット。良き師弟ですね」
フュンは、本陣で戦場の様子を眺めていた。
二人の意図を理解したフュンは何度も頷いた。
「でも・・・事前に打ち合わせはしていないでしょうね。うんうん。似た者同士だこれは・・・」
理解力抜群。二人の連携は何も考えていない連携である。
アドリブだらけの戦術で、ここまで見事に敵を切り裂いていた。
しかし、シャーロットが突撃した位置が悪い。
だからフュンは影を呼ぶ。
「ニール。ルージュ」
「殿下!」「なに?」
「シャーロットを救出します。影となり突撃を開始してください。ラインハルト。それとエマンドを連れて道を作りなさい。出来ますか?」
「出来る!」「任せろ」
「はい。では任せます。二人の部隊と共に行きなさい」
「「了解!」」
こうして、二人の影は行動を開始。
シガーの盾部隊に穴を開けて、そこから英雄の影と太陽の戦士たちが侵入。
彼女の部隊の足が止まりかけているので、急ぎで敵をなぎ倒して、道を作った。
二人が作った脱出路は見事に機能してシャーロットたちをシガー部隊の裏にまで連れてきたのだ。
シャーロットがフュンの前に来る。
「よくやりましたね。シャニ。初陣でこの働き。立派ですよ」
「はいだよ。でもどうだよ。フュン様。拙者の働き。これ、どうなのだよ?」
自分では自分の成果がよく分からない。
やりたいようにやるだけなのが、シャーロットの本分なので客観的に見て自分を評価できないのだ。
「いいんですよ。素晴らしいです」
「本当だよ。やっただよ。これでお師匠様に怒られなくて済んだだよ~」
それだけが怖い。シャーロットの恐怖は、フィアーナに怒られることである。
「ははは。そればかりですね。あなたは・・・」
困る事も多いけど、面白い事も多い。
それがフュンの隠し玉。
英雄の快刀『斜撃のシャーロット』である。
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