第65話 英雄対面
二人の英雄は、戦い前の挨拶をするために軍から離れた。
少数の兵だけをギリダート西の平地に連れて、先頭に立つ二人が会話する。
「大元帥殿。まさか・・・ギリダートを奪ってくれるとは」
「ええ。ネアル王。奪わせてもらいましたよ」
「しかし、兵や民も返してくれたのは、なぜですか?」
「それはもちろん。僕は無益な殺生を好みません。とにかく民には生きてもらいたい。命が大切です。それとですね。今後も、こちらに対して不満を持ってもらいたくありませんからね。帝国のルールの元で生きてもらいますから・・・」
「ほう。なるほど」
ネアルとフュンの会話から、ギリダート攻防戦は始まる。
フュンの言葉を裏返すと、自信があるという事だ。
口ぶりからして、ギリダートの民をすでに自国の民としてカウントしていた。
それに今後も勝つ。
勝ってそちらの民をこちらの民にしてみせるという言い方でもあった。
「ネアル王も、ビスタ。ガイナル山脈で勝ちを得ましたよね」
「そうですけども・・・あなたの方が価値ある勝利でありましょう。私の戦績など、あなたと比べてはいけませんな」
ネアルの言葉を聞いて、フュンの目が鋭くなった。
言葉の裏にある悔しさと、狙い通りの対抗意識が見え隠れした。
完全に自分に関心が来たと思ったのだ。
「そうでしょうかね。今ここであなたに負ければ、それも泡と化しましょう」
だから挑発してみた。
「ハハハ。ご冗談を。あなたはここで負けるつもりがない」
思った以上に食いついてきたので、フュンは更に重ねる。
「ええ。そうです。ネアル王に負けないために。長年、戦略を練ってきましたからね。ここであなたに負けたくないですね。数年が無駄になっちゃいますよ。ははは」
「なるほど。自信がおありのようだ。さすがだ。大元帥殿」
「ええ。ですが、あなたこそ、ここで挽回しようとしているのでしょう。その自信があるようだ。ネアル王。今、この時が決戦。勝負の時ですね」
「そうです・・・ですから、これから戦うのです。必ずギリダートを奪い返しますぞ」
「ええ、いいですよ。どうぞ。いつでもいいです。お待ちしております」
受けて立つ。
フュンが一枚上の意識で言い放った事で、ネアルの燻っている悔しさに火を入れる形となった。
こうして、二人は自分たちの本陣に戻っていった。
◇
本陣に戻ったフュン。
各将軍らの顔を見ながら話し出す。
「フィアーナ。あなたは作戦通りに、橋にいてください」
「おうよ。最終的には守らなくてもいい場所だよな」
「ええ、そうです。もしネアル王がそちらを狙って来たら、あなた流の戦い方でこちらに来てください。そして攻撃が来そうにない場合は、あなたは自由です。何をしてもよろしい。いいですね」
「おう。任せておけ。あたしらは狩人。狙った獲物を誘導してみせるぜ」
「はい。お願いします」
狩人部隊は待ち伏せが基本だった。
「レヴィさん」
「はい。フュン様」
「太陽の戦士たちは、シガーの後ろにいてください。彼らの防御で、相手の攻撃を受け止めきった。その時に、反撃をしてください。あなたたちがいきなりぶつかっては、相手を驚かせることは出来ませんからね。相手の動きを封鎖して、初戦で叩く。たぶん、敵はまだまだ来るはずです。援軍を出せる量。帝国と王国では人的資源に違いがあります。僕らが勝つには、ここで耐えるしかないですからね。いいですか。守と攻。この二つを上手く使って、僕らはこの戦いを乗り切ます」
「はい。わかりました。フュン様」
レヴィが頭を下げた。
「次にシガー」
「はい。フュン様」
「あなたの軍は一列。横一列で敵の攻撃を防ぎます。いいですか。ギリダートの東。北と南に一本の線を二つ敷きます。橋の偽装建築が完成した今。あそこをラインで守る必要がなくなりました。なので、あなたはギリダートの門となるのです。いいですね。抜かれてはいけません」
「はい。おまかせを。このために私の部隊は鍛えておりますから」
「ええ。重装盾部隊。その真価を発揮してください」
「はい」
シガーはいつものようにどっしりとした心持ちである。
「最後に、シャニ」
「はいだよ」
「君は・・・自分がやるべき事、わかっていますよね」
「うんだよ」
曇りのない瞳。
「本当ですか?」
「本当だよ」
瞳が輝いたままだった。
「・・・では、最初に何をするか。わかっていますか」
でもフュンは怪しいと思ったので、念を押す。
「拙者は、ギリダートの中で待機だよ・・・・だよね?」
「そうです。大丈夫そうですね」
自分の役割を覚えていてくれたんだと安心したフュンの肩が下がる。
「うんだよ。任せてくれだよ」
「よし。では。頼みましたよ。あなたの事も信頼していますからね」
「はいだよ。おまかせだよ~」
シャーロットの返事が軽い。
意気込んだり緊張しすぎていたりなどの精神面の不安がない。
ただ作戦の面の不安があるので、ゼファーにも似ている。
でも彼女も、ゼファーと同じように素晴らしい武将であるのは間違いない。
スクナロは彼女を使いこなせなかったが、このフュンならば・・・。
そう次世代の武将が今ここで花開く時であった。
◇
戦いは守が基本。
帝国軍は守りに徹する構えだった。
都市の東側一帯を守るようにして布陣するシガー部隊。
城壁の上にいるのが、シャーロットとフュン親衛隊の半分とその指揮下に入った帝都軍少々だ。
城壁にはあまり兵を配置してない理由。
それは、敵が平地を優先するはずだと考えたから。
東の平地を制してしまえば、フュンが壊した壁の方から侵入していく事ができ、それが一番被害が少なくて済むためだ。
この戦場では城壁を攻めるのが非効率となる。
なので、フュンの狙いも、ネアルの狙いも東の攻防となった。
だがここで、気になる点が、戦場から離れた場所にいるフィアーナだ。
橋の基礎を建築した場所は、ギリダートから見て北東の場所にある。
ここでフィアーナと五千の弓騎兵は、守ることを演じている。
実際はそこを守り切る気持ちはなく、ネアルの動き次第で、どのような動きをしても良いとフュンからの指令を受けていた。
「インディ」
「うっス!」
「臨機応変にいくぜ。ついて来い」
「はいっス」
「よし。あとは向こうがどう出るかだ」
フィアーナが戦場を見る。
敵の動きを、本能で理解して、観察していくのだ。
◇
「ネアル王。あそこにうちがいこうか?」
アスターネはフィアーナ軍を指差した。
「いや、待て。あの軍。怪しいな。彼があそこを守る気であるならば、ギリダートから直線で結ぶはずだ。なのに、あそこに兵をわざとらしく配置。まるで狙ってくれと誘っているように見える。それにあれでは見捨てたような形にも見えるぞ・・・だから気に食わない。彼らしくないぞ」
ネアルは、ここで初めてフュンの思考を読もうとしていた。
好敵手ならば、人を見捨てるような策を考えるわけがない。
だからあれは何かの罠だと考えていた。
「そうかな。んんん」
単純な配置じゃないのと思っていたアスターネは、悩んだ。
「今回は慎重に行こう。じっくり攻めて行けばいいだけだ。ここから領土拡大されなければ良しとしてもいいのだからな」
ネアルの意見にブルーが賛同する。
「無駄に兵を減らすのはよくないですからね」
「ああ。怪しい点があるからな。それに、もっと援軍が来てからでも良さそうだ。この形であれば、封じ込めには成功している」
ネアルは敵配置で怪しんだ。
平地で戦う事はよく分かる。自分もそうするはず。
東の壁を壊してしまった結果。
二枚目の手前にある巨大な船にも触られたくないのだろう。
しかし、あの橋の建築部分。
見た目上は橋の基礎が出来ている。
もしあれが完成してしまえば、ギリダートとリリーガの繋がりが、アージス平原よりも速いものになる。
そうなると防衛も攻勢に出るのも余裕だ。
でもそんな簡単には、橋を作る事は出来ないはず。
この戦争中にでも建築するなど考えられない。
そう考えたネアルは、フィアーナ軍を無視することに決めた。
「しかしあの位置。そして微妙な数・・・完全に無視するのにもな。勇気がいる」
「私が見張りましょうか。ネアル王」
「ん。ああ、イルミネスか」
「はい。背後を守りましょうか? 王はあちらの横一列の部隊に攻撃したいのでしょう?」
「まあ。そうだな」
「では、王が戦っている間。私は背を向けて、あちらを正面にしておきましょう」
「そうだな。それでいこう。挟撃にならないように見ていろ。イルミネス、いいか?」
「ええ。おまかせを」
「・・・しかし、なぜお前がいる? 私は編成していなかったが」
「それはヒスバーン殿が。私もついていけとね」
「そうか。ヒスバーンの推薦か」
「はい」
イルミネス・ルート。
ヒスバーンの推薦でネアルの幹部入りを果たした男性。
ネアルが広く人材を求めていた頃に、ヒスバーンは五名の人間を推薦していた。
イルミネス。ドリュース。ノイン。セリナ。ルカ。
この五名はヒスバーンによって重役になっている。
中でもイルミネスとルカは、ヒスバーン直属の部下で、内政重視のイルミネスと、戦闘重視のルカとなっているが、二人とも両面で活躍できる男たちである。
「イルミネスよ。まさかお前も来ているのならば、ルカもか?」
「ええ。ブルー殿と一緒に来ると。彼はミコットの兵士と共に進軍する予定でした」
「なるほど。わかった。奴が来るならば、この戦い。楽になるだろうな」
「ええ。そうでしょうね」
イルミネスは最後。
「ああ、あと、ネアル王。この軍の出陣タイミングを教えてください。それまで私は寝ていたいので、休ませていただきたい」
「ん? そ、そうだな。もう少し待つ。ブルーが来たら攻撃開始だ」
「そうですか。では寝ます。おやすみなさい」
あのヒスバーンが推薦したこともあり、当然変人である!
王を前にして眠ると言える度胸は、ヒスバーンを除いて他にいないだろう。
ここからネアルは、二日を置いて援軍を待った。
戦いをするための準備を入念にする。
これはネアルにしては珍しい事である。
慎重を期するネアルなんて王国軍の仲間たちも見た事が無かったのだ。
それほど、フュン・メイダルフィアを警戒したという事だろう。
彼の実力を知るからこそ、彼の行動すべてを疑っているのだった。
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