第64話 互いの考え

 夜逃げをするかのようにネアルは、こそこそとガイナル山脈南の要所の本陣を抜けていった。

 味方にすらも気づかれないよう。

 伝令兵の装いをしてから移動を開始。

 二日をかけて山を抜け、一日でパルシスに到着。

 そこから休息を入れて、フーラル川の様子を見てから王都リンドーアを目指す。

 

 その途中。

 フーラル川を見つめて、現在置かれた自分たちの苦しい戦況を理解する。


 「川が・・・なるほど。完璧にやられたという報告通りなのだな。この目で見れば、納得する」


 報告だけではわからない現状が目の前に広がっている。

 対岸同士に船が布陣しているのではなく、こちら側を封鎖するように帝国の船が並び立つ。

 そしてここで一つ気付くのが。


 「この川の制圧。完璧であるのに・・・・このハスラ兵たちがパルシスを狙わない意図。それは・・・」

 「ネアル王。まさかこれは」

 「ん。お前も気付いたか。ブルー」


 ネアルの隣にいるブルーは答える。

 

 「はい。ギリダートへの攻撃の為の布陣ですね」

 「そうだ。帝国は各戦場を一戦場だと捉えずに、巨大な連携をしてきたのだ。フュン・メイダルフィアめ!!! なんという戦い方だ。私は各地域を戦場にしたのに、彼はアーリア大陸ごと戦場にしていたのだ。見ていた視点が全く違う。彼の展開力。それは桁違いだったのだ」


 驚愕の戦い方だと褒め称えているが、フュンはそこまで大層に計画を練っていたわけではない。

 アーリア大陸ごと戦場にした考えはなく、ジークとスクナロがその動きを補完してくれただけで、そのように見えているだけなのだ。

 実はフュンの作戦。

 穴があるわけではないが、その現場に居合わせた仲間たちによって、補強されて、完成したものである。

 そうフュンのみの独自の作戦であれば、こうも上手くいかない。

 裁量権を各将たちに委ねた事。

 フュンらしく人の力を頼った作戦であったからこそ、このように大きく場面が動いたのだ。

 ここに違いがある。

 ネアルの考えのみで動く王国との違いは、この人の違いである。

 人の力が重なっていく事。それで無限の力を得ていくのがフュンなのだ。


 「でも王。うちは腑に落ちないよ。どうやってギリダートが落ちるの?」

 「そうだな。報告によれば、たしか巨大な船が来たと言っていたな」

 

 アスターネの意見も分かるが、今の川の現状では、ギリダートが落ちてもおかしくない。

 なぜなら、ギリダートにも船がある。しかし、それらはパルシスのように多くない。

 それにリリーガから出撃してきた船が巨大であれば、小舟が百近く出撃しようにも意味がない。

 完全に湖を手中に入れれば、あとはもう援軍も自由に出せるはず。

 兵器。物量。

 どちらに重点を置いても、落とせる可能性は高い。

 

 「ブルー。今まで、リリーガに巨大船があると報告があったか?」

 「ないです」

 「そうだ。戦う前。そのような報告はなかったのだ。だから私らはな。あそこが落ちるなど想像が出来ん。だが落ちた!」


 予想も出来ない攻撃ではなく、予想もさせない攻撃であったのだ。

 

 「はい。あそこがいくら見えにくいとしても巨大な船が都市にあるのであれば、作っていたとしても分かりますし。どこかからか移動してくるのであっても、その情報はすぐにでも得られたはずですし……」

 「ああ、その通りだ。大規模な制作物。大規模な移動。どちらにしてもすぐに分かる。なのに私たちが分からなかった。それは恐らく、この戦争期間中に、リリーガにまで移動してきたのだろうな。偵察や意識が、全て戦場に集中するタイミング。しかも戦場はハスラとアージスのアーリア大陸の北と南だと思ってしまった。王国の意識がアーリア中央に向かない。この瞬間。あの男は船を移動させたのだ。こちらの深層心理すら理解した行動。くっ。一枚どころか三枚ぐらい上手だな。あの男は」


 フュンの作戦に対して尊敬と畏怖を感じて、ネアルはフーラル川を後にした。


 ◇


 ネアルが王都リンドーアに到着すると、すぐに軍を編成。

 予備兵として置いておいた。

 王都軍四万を出撃準備させ、そしてここから後方都市のババン。ウルタス。ルコット。ミコットからの援軍を合流させる。

 

 全体で数を確保したら、ギリダートを奪還もしくは、帝国を痛めつける。

 そのためには最低でも八万程は必要だと思っている。

 

 編成中。ネアルと一日遅れでババンとウルタスから援軍が到着。

 三万の兵がやって来た。合計七万の兵力であれば、とりあえずの戦闘が出来るだろうとして、ルコットとミコットの援軍を待たずしてネアルが出陣。

 両都市の軍は後からブルーが連れて来てくれとの事になった。


 ネアルが進軍を開始して二日。

 強行軍となったことで兵士たちに疲労が見られるが仕方ない。

 一刻も早くギリダートの様子を知りたかったのだ。

 

 「こ、これは・・・」


 ネアルが布陣しようとしたのがギリダートの南西。

 リンドーアから最短の距離であるからこそ、そこに布陣をしたかったが、実際に布陣したのがギリダートの北西である。

 その意図は、ギリダートから北東に原因がある。

 フーラル湖とフーラル川の繋ぎ目の位置の様子を見たかったのだ。


 「フュン・メイダルフィア! 貴殿は・・・どこまで考えていたのだ!?」


 ネアルは敵の配置を見て全てを悟った。

 この戦いは、死力を尽くさねば、停戦や譲歩などを引き出せない戦いになるのだと・・・。

 


 ◇


 ネアルが到着する数日前。

 フュンは、心理戦を仕掛けていた。

 会議室に、ジャンダとアナベルを呼んだ。

 

 「あちら側の準備が出来ているので、こちら側の基礎を少しだけ作りたい。ジャンダ。アン様の建築作業員を少しだけお借りして、土台を作ると見せかけてほしいです。出来ますか?」

 「フュン様。作ると見せかけるとは、どういうことでしょう?」

 「はい。橋の基礎工事を装います。アナベル様、出来ますでしょう」

 

 まずアナベルは返事の前に怒る。


 「フュン様。いい加減。私の事はアナベルとおっしゃってください。毎回、訂正をするのが面倒です」

 「あ。ごめんなさい。アナベル。どうですか」

 「はい。出来ますよ。実はですね。素材だけはすでにこちらに運んでいますので、あとは建築班がいれば取り掛かれる状態にはしています・・・」

 「もうですか。あなたは、さすがですね」

 

 運搬のスペシャリスト。

 ライノンと協力してアナベルは足りない物資を運んでいた。


 「では、ジャンダ。作れますか。一日か二日。この間で突貫工事でいいです。本物に見せかけてください。警備係としてシガーとその部隊と共にそちらに移動して、土台を作る振りでいいんです。やってください」 

 「作る振りですか? ど、どういうことでしょうか。よくわかりませんが?」

 「はい。見た目だけ、基礎が出来ているとしてください。それで敵を誘き寄せたい」

 

 ジャンダは理解できず首を傾げたが、フュンの意図を理解したのがアナベルだった。

 唸りながら何度も縦に頷く。


 「なるほど。なるほど・・・フュン様。敵の意識を北東に向けたいのですね」

 「そうですよ。アナベルは気付きましたか」

 「はい。現状。ギリダートは東門が破られている状態なので、籠城戦が難しいです。そしてあれだけド派手に壁が崩れていれば、敵に壁が壊れていることを隠し通すのは難しい。なので、逆に外で戦うのでしょう? どうですか。フュン様」


 アナベルはフュンの顔色を窺った。

 自分の考えの答え合わせをしたかった。


 「そうです。外で決戦をするしかありません。そうなると、敵の意識を橋に持っていきたいのです」

 「やはり・・・橋が気になれば、布陣はズレていく。包囲よりも意識が北東に向いて敵陣は恐らくギリダートの北西に置いて。敵は、目の前よりも橋側に到着するでしょう。そして囲もうとしても、やはり橋が気になり・・・バラバラの陣になるかもしれないし、そこに行って破壊したいという気持ちが出て来るという事ですか?」


 アナベルも良き考えを持つ人物だった。

 地図を真の意味で理解している。


 「そうですよ。橋を作る建築ラインから、こちらのギリダートの東門まで直線で結び。このエリアを罠とします。東からの侵入をさせないために、この橋の建築が重要かなと思いますよね。こちらに意識を向けて罠を仕掛けます。こういう感じでですね。防御ラインが、いくつか出来上がります。あとは耐えて耐えての戦闘のように見せて、とっておきを仕掛けてもいいですし。サナリアの馬がこちらにまで用意が出来ているので、別な戦略も出せますしね」

 

 フュンは地図に線をたくさん書いて、防衛ラインをいくつか決めていた。

 敵がどの手で来ても、対応できるようにする。

 それがいつものフュンの戦略である。


 「いいですか。二人とも。僕はここで全ての力を集約させて戦います。サナリア軍。帝都軍。この二つの力に合わせて、建築班や内政の人たちの協力。そして一番重要な援軍。リリーガの予備兵が来れるかどうかも考えたい。そして、この判断。あなたとフラム閣下に任せたいのです。なので、アナベル。あなたは、今からリリーガに戻ってください。いいですか。判断はお二人に任せますのでね。援軍を送るかどうかはお二人が決めてください。それはこちらだけではなく、全体の事も考えるのですよ。責任は僕が取りますが、判断はあなたたち。任せますよ。いいですね。これをフラム閣下に改めて指令として伝えてください。それとレイエフとマルクスさんの資料もよく読んでおいてください」

 「私と閣下が!? いいのでしょうか。そんな重大な役割を・・・こんな若輩者の私が」

 「大丈夫。もう十分。あなたも立派な内政官となりました。でも、不安に思うのでしたら、フラム閣下の意見をよく聞いてください。彼はあなたの良い手本になるでしょうからね」

 「わ、わかりました。フラム閣下とは相談して決めたいと思います」


 今の世代から、次の世代へ。

 フュンは、上司を選ぶのが絶妙に上手かった。

 フラムとアナベル。

 この二人は良き師弟関係になるのである。

 その他にもフィアーナとリアリス、シャーロット等々。

 人の相性を見抜くのも天才的である。

 

 「それでは、僕らは敵を退ける戦いをしましょうか。二人の準備が出来れば、あとは本番を残すのみですよ」


 帝国統一歴6月21日。ギリダート近郊。

 フュン・メイダルフィアとネアル・ビンジャーは、ここで相対した。

 フュンが狙うのは、ギリダートの壁を壊した事を補うための野戦での防衛。

 ネアルが狙うのは、ギリダートの奪還又は相手を苦しめて良き停戦条件を生み出すことだ。

 

 今現在。

 王国が停戦を提案すれば、ギリダート周辺を奪えたフュンの方が有利に交渉を進めるだろう。

 だからネアルがここで戦う決断を取ったのだ。

 現在の不利な条件から、交渉材料を揃えて、条件を五分に持っていくことが目的。

 それには、フュンを倒すことよりも、フュンの兵士たちを減らすことだ。

 それで最後に交渉する際に、条件をこちら側に有利に持っていきたい。

 せめて、ガイナル山脈とビスタの占領の維持だけはしたいと思っている。

 そのために、ネアルは戦うしかないのだ。


 だから戦いは、ここから死闘となる。

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