第63話 ギリダートを奪った結果で起きた事
帝国歴531年6月2日の夜。
ギリダートの兵舎の一室で、考え込んでいるフュンが呟く。
「陥落寸前。王に連絡を入れたと言っていたクローズ閣下。という事はですよ。ちょうど今頃その連絡がネアル王の耳に入っているはずだ・・・そして、現在の戦場の情報がこれですね」
フュンの前にある地図。その脇には、各戦場の情報がまとめられた紙が置いてあった。
資料を作成したのは、リリーガで仕事をしているレイエフとマルクス。
情報収集をマルクスが、情報をまとめて書いているのがレイエフである。
地図と資料を照らし合わせると、戦争の息遣いすらもわかるくらいに、詳細に良くまとめられているのだ。
これはレイエフの得意分野である。
ヌロは資料作りのスペシャリストでもあるのだ。
「こうなったのだとすると・・・ここから彼が考える事は・・・おそらく・・・」
フュンは、状況からネアルの思考を読み続けていた。
「そうですか。ならば、ここは、こうなりますね。やはり予想通りの展開になると思いますね。うん。ギリダート野戦になるか・・・」
一つ思いついて、夜空を眺めた。
本当のギリダート攻略戦争はもうすぐである。
◇
ガイナル山脈南の要所にて。
「し、信じられん。ギリダートが落ちただと!?」
「はい。ネアル王。伝令の兵がパルシスにやって来て、そこからパルシスの兵が寝ずに来てくれたらしいです。これらから想像しても緊急連絡でありますし。この情報は信憑性があります」
「そ、そうか。いつだ。落ちたのはいつだ」
「5月29日です」
「なんだと。四日も経っているのか」
「はい」
「・・・・ビスタを取った連絡が来て、そこから、ギリダートが落ちた連絡が来る。ということはだ。ビスタからの連絡は、ギリダートを通ってきているはず。しかし、その時は落ちていない。そうか。ビスタの伝令兵は落ちた事を知らずに来たに決まっているんだな。だったらビスタの状況。それはギリダートにいる彼も知っている形になる。そうなるとフュン・メイダルフィアは、全ての戦場の状況を把握してるのだな。それはまずいな。こちらとアージスの状況が我々に優位でも。ギリダートが奪われていたらまずい。私が状況を把握するのに、時間が掛かってしまう」
ネアルは悩んだ。
自分が前線に来た判断は、間違いじゃない。
だがその結果、今の状況が圧倒的不利となっている。
それは自分が王都にいないことで、全体の状況把握に遅れる現状があるのだ。
しかもギリダートがないことで、左右の戦場の情報共有が、大きく崩れていく。
でもこれは仕方ない。
あのギリダートが落ちるなど誰も想像できない事だからだ。
「ネアル。どうする」
「・・・ヒスバーンか」
「考えをまとめろ。ここからは迅速に対応せねば、お前は負けるぞ。フュン・メイダルフィアに完膚なきまでにな」
「それはわかっている!」
焦りから声が大きくなっていた。
勝っている状況が二つ。
それは引き分けのように見えている。
こちらのガイナル山脈も要所の確保によって、時間が経てば状況が好転するのが明らかだったから勝ちだと数えてもいい。
だが、今は時間をかける判断をしてはいけない。
時間が掛かると、ギリダートが盤石な状態になってしまう。
帝国があの要塞都市を完全掌握したとなれば、それこそ左右の戦場で勝った意味がない。
真ん中を得るとはそういう事だ。
この絶体絶命な状況を作り出したフュンの策は見事。
ギリダートをどうすべきか。
これがネアルの頭の中で渦巻いている。
「ヒスバーン。お前の判断は」
「俺のか? いいのか」
「ああ。いい。ここは皆で知恵を絞りださないと勝てないぞ。奴らは間違いなく、王国を終わらせるための一手を打ってきた。私は、帝国との我慢比べのような戦いを選択したというのに・・・奴の方が私よりも凄い手を使って来たな。これは奴の手腕を認めざるを得ない。私よりもだ。明らかに上だ。フュン・メイダルフィア・・・」
好敵手を称賛するネアルの組んでいる腕が赤くなっている。
力いっぱいに自分の腕を掴んでいた。
「そうだな。お前の度肝を抜く戦略を仕掛けてきたな。普通は、あの要塞都市のギリダートを攻略しようとは思わない。俺だって思わないし。当然お前だって思わない。でも、大元帥は違う・・・それがこの結果だな」
「ああ・・・まったく、その通りだ。彼には先入観がない。だからこそ、普通の手を取って来たというわけだ。中央突破。これが出来たら誰だって、その作戦に飛びつく。これは通常の策だ。しかしだ。大体にして、あの湖が邪魔だし。それにこちら側は要塞都市だぞ。誰があそこを抜くと考えるのだ。でも彼はそれをあえて、このタイミングでやって来るんだ。完璧にしてやられたわ」
笑う余裕すらもないネアル。
宿敵だと思った男の行動はこちらの考えを上回る一手だった。
「ネアル。ここは、各地に伝令を急いで送るしかないな」
「ん? それは当たり前の話だが・・・何か意図があるのか?」
「ああ、ギリダートを落とした際の兵数が分からない。だが、とりあえずあそこを囲わないといけない。各地に派兵した兵数くらいを、急遽用意して、敵との決戦をしないと駄目だ。あそこが奪われたままだと、俺たちの重しになり続けることになる。だからなんとしてでも最悪、ギリダートまでで、止めないといけない。奴らがそこから好き放題できるようになるからな。だから、それには王都リンドーア以外にも、ミコット。ルコット。ウルタス。ババン。これらの大都市から兵をかき集めてリンドーアに送って、急いで終結させないといけないぞ」
「それはそうだがな。では誰がギリダートに行くべきだ。私か? やはりここは私しかいないか」
ヒスバーンは頷いて、指を二本立てた。
「ああ、お前しかいない。だが、お前が悩む理由は、二つ。ここをどうするかと連れて行く将だろう」
「よく理解している。さすがだな」
「今現在、俺たちは南北の攻略拠点を得ている。ガイナル山脈とビスタだ。これは俺たちの利点。でもこの利点を大きく上回る失敗。それがギリダートを奪われた事だ。二つの利点の帳消しどころか。マイナスにも程がある大失敗になった。だから、ここから逆に考える。利点を捨ててギリダートを奪い返そうとすると、俺たちは更なる大失敗をするはずだ。全体の負けが確定するような失敗だ。だから、ここはだ」
ヒスバーンはゆっくり立ち上がって、皆の前で地図を広げた。
「この戦い・・・二つを捨てずに、ギリダートで終わらせる。ギリダートは奪い返せるならそれでよし。出来ないならせめて、ギリダートにフュン・メイダルフィアを閉じ込めるんだ。本当ならな。川の奪取もしたい。でもそれは着手しない方がいいだろう。俺たちの川方面の水軍は、ほぼほぼ訓練をしていない。あそこは山と平地を奪うための時間稼ぎの場にして、足止め程度の考えだったからな。水軍の動きは、最初から海に重点を置いていた。だからまあ、こうなると川は捨てて、ここで線引きをしよう。フーラル川と湖を奴らにやるかわりに、俺たちはアージス平原とここの要所を完璧に手の中にいれる。これで全体の状態を引き分けにまで持ち込み・・・」
まだ全てを言っていないヒスバーンの戦略を、ネアルは理解した。
ニヤリと笑って答える。
「そうか。わかった。停戦へと持ち込むか」
「ああ、そうだ。失敗を、口で帳消しにするしかない。交渉で彼と戦うんだ」
「なるほどな。その交渉結果を導くための戦い。それがギリダートを奪還する戦いだというわけか」
「そういうことだ。だからこの戦いの終盤の決戦と捉えてもいいぞ」
「・・・わかった。私がやろう。しかし、ここはどうする。今の状況で、私がいなくなり。将が居なくなったりでもしたら、あそこにはゼファーがいるのだぞ。どうやってここを死守する」
ネアルがここから去ると、ゼファーと戦える者が一人消える。
これは大きな痛手となってしまう。
ここは死守。
それが停戦する時の絶対条件なのだ。
交渉材料が一つ減ってしまう。
「ここは俺と、ノインが残る。この戦場はこれ以上進む必要がないから、俺たち二人で十分だろう。だからお前はブルーとアスターネを連れていけ。あと、ドリュースの方面にも連絡を入れて、セリナとゼルドにも援軍として来いと指示を出しておく。彼らだけで来いとの指示だな。二人の兵士はそのままにしておくんだ。あとは俺の部下にも連絡を入れるので、それで将は足りるだろう。決戦だ。出来るだけ多くの将がそっちに向かった方がいい」
「そうか。足りなくなる指揮官の補充ってわけだな。わかった。それでいこう。ブルー。お前はヒスバーンと共に各地の連絡の準備だ」
「はい」
ブルーが頭を下げた。
「アスターネ。ノイン。さっきのヒスバーンの指示通りでいいな」
「わかりました」「ああ。いいぞ」
アスターネもノインも了承した。
「では、私自らが出陣しよう。隠れていなくなるからな。朝方に移動を開始だ。皆、ここが正念場だ。やるぞ」
「「「「おおお」」」」
フュン・メイダルフィアが考えた通り。
ギリダートを奪っただけでは、この戦いは終わらない。
ギリダートを奪った事で、大陸の主導権をどちらが握るかを巡る戦いに発展する。
これから起きるのは、二大国英雄戦争山場の一つ。
ギリダート攻略戦争の中の戦い。
大陸の英雄フュン・メイダルフィアと、王国の英雄ネアル・ビンジャーの死闘。
ギリダート攻防戦が運命の一戦となる。
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