第59話 電光石火の突破
「ふぅ。壊せましたね」
船をもう一つ先の壁へ移動している間。
「フュン様。フィアーナ様からの連絡です。砲弾を使い切ったそうです」
クリスが下から上がって来た。
「わかりました。ここを崩すのに・・・やはり・・・砲弾を全て使いきりましたか」
ありったけの砲弾を持ってきていた帝国軍。
帝国の全都市の砲弾すらも、かき集めていた。
それでもこの要塞都市が落とせれば良しとして、この戦いに臨んでいたのだ。
この事から、フュンは最初から帝国の都市で大砲を使用する気が無かったのだ。
「フィアーナは上に。シガーは下を警戒です。進軍するにはそれが重要でしょう。下の兵士たちの統率をお願いしますと伝えてください」
「わかりました」
下で船を引っ張る兵士。
その兵を守る盾兵。
両方の力で少しずつ移動していた。
壁が崩れ去った今、船は真っ直ぐ二枚目に進んでいる。
「大将。あたしはどうしたらいいんだ」
「フィアーナ。脅しをかけます」
「脅し?」
「はい。やけくそになって大砲を撃たれるのが一番厄介だ。なので・・・大砲の砲門が見える壁はありますか。ここは要塞都市です・・・一枚目はないのが分かっていましたからね。ですから、二枚目には存在していると思うんですよね。破られた場合の保険をもっているはずだ」
フュンとフィアーナの二人は壁を凝視。
あると思われる大砲を探した。
「あった。大将。壁の中盤に大砲が四つある」
「四つですか・・・いいでしょう。今からモヤモヤ砲を撃ってください」
「おい大将。あと一発ずつしかないぞ。一つ無理だ」
「ええ。いいです。どこが一番近い大砲でしょう」
「ここからだと、門の脇にあるあそこだな」
ギリダート二枚目の門の右脇の穴。
そこが、この船の移動先で一番近い大砲だ。
「あそこですね。あそこはサブロウの火炎瓶で。レヴィさん!」
「はっ」
「正確にぶつけてください」
「エマンドにやらせます」
「はい。お願いします」
エマンドは、サブロウが開発したバリスタに火炎瓶を装備した。
甲板にある牽制用の大砲とバリスタ。そして、船の中には秘密兵器があり。
サナリアの箱舟には、ありとあらゆる攻城兵器が詰め込まれていた。
火炎瓶の投擲距離に入ると、フュンが叫ぶ。
「エマンド!」
「はい。フュン様。投げます!!」
エマンドが火炎瓶改を投射。
と同時に、ソフィア号の甲板にある砲弾も飛んだ。
ギリダートにある四カ所の砲台全てに攻撃が当たると、火炎瓶の場所は燃え上がり、モヤモヤ砲の場所は暴発する。
一番酷く炎が上がっているのが火炎瓶の場所だった。
「・・・エマンドよくやりました」
「はい」
嬉しそうに端的に答えるエマンドは後ろに下がっていった。
「しかし、火炎瓶は直接過ぎますね。相変わらず、恐ろしいものだ。ラーゼの時にも実証済みですが・・・」
「フュン様」
「なんでしょう。レヴィさん」
「あと少しで船が二枚目の城門に到着します。太陽の戦士たちで、勝負でしたよね」
「そうです。そして僕を先頭に、城壁に登ります!」
「え!? フュン様が」
「当然。ここは速度勝負。士気を上げるには、僕がいかないとね。それにこの都市を落とすのは僕でなくてはいけません。あちらのネアル王に見せつけないといけませんよ。僕が戦果を挙げないと、彼が躍起になってくれませんからね。今後の為に、彼を単調にさせたい。僕が単純な挑発をするよりも効くはずだ。僕に対抗意識を持つはず」
好敵手だからこそ分かる。
自分も彼に負けたくない気持ちを持っているから、彼もまた負けたくないと思ってくれるはずだとフュンは考えた。
「・・・そうですか・・・わかりました」
多少の不安が残っているレヴィ。
しかし、フュンは意外にも頑固だ。
ここであなたは残ってくださいと言っても言う事を聞いてくれないだろう。
だったら自分が守ればいいと頭を切り替えた。
フュンが船の縁に行き、下に声を掛ける。
大声同士のやり取りをした。
「シガー! 足場を固めて盾兵でそこを死守してください。城門から兵が出てきた場合の対処を!」
「わかりました」
「パースとジャンダの輸送部隊にも、離れていろと連絡を。彼らの防衛も頼みます」
「わかりました。やっておきます」
船が城門の手前まで到達すると、船の前方部分から巨大な杭が飛び出た。
壁に撃ち込まれたその杭には鎖が付いている。
「引っ張って固定です。サナリア軍。頑張ってください」
船の中にいる兵士たちが、鎖を引っ張って手繰り寄せると、船が更に壁に向かっていった。
「皆さん、上手くいってます。船が近づいていますよ」
下に声を掛けてから、フュンは太陽の戦士たちに指示を出す。
「乗り込めるタイミングで行きます。ラインハルト! ジーヴァ。僕とレヴィさんと共に、城壁の上にいきます」
「「「了解です。フュン様」」」
激しい衝突音と共に船がギリダートの城壁にぶつかり、壁にぴったりとくっついた。
ソフィア号の甲板は、ギリダートの城壁と同じ高さに設定されているので、そのままの形で乗り込むことが出来る。
船そのものが攻城兵器と呼んだ理由はここにあった。
乗り込むための高さも持っていたのだ。
フュンの大計画『サナリアの箱舟』の肝の部分である。
「いきます。太陽の戦士たち! 僕に続け。ギリダートの東門を制圧する」
「「「おおおおおおお」」」
フュンを先頭にギリダートの東門に次々と太陽の戦士たちが足を踏み入れる。
「ジーヴァは右に。ラインハルトは正面。僕は左です」
それぞれがそれぞれの方向を目指す。
ジーヴァは足場の確保。ラインハルトはサナリアの箱舟からの兵士供給の安定。
そしてフュンは、敵大将クローズを狙っていた。
「ニール。ルージュ。僕は正面の敵しかやりません。あなたたちは僕の側面をお願いします」
「「殿下、了解だ!」」
「はい。頼みますよ」
フュンが真っ直ぐ走っていくとニールとルージュがちょこまかとその周りを走り、フュンの脇を潰してこようとする敵を切り刻んでいった。
赤と青の閃光が延々とまとわりつく形は、動き続ける盾を持っているようだった。
「レヴィさん。足場が固まったと思ったら、ママリーたちにも連絡を・・」
「わかりました。もう少しで信号弾を放ちます」
フュンの後ろを守るようにして付いてきていたレヴィはここで振り向いて、味方の配置を確認。
レヴィと共に来ているのはリッカである。
「リッカ。あなたたちは大丈夫ですね」
「んんんんんん・・・・大丈夫です」
悩みがちボーイは治っていなかった。
だけど、フュンのそばにいるので自信はある。返事自体は力強い。
「よろしい。では、ラインハルト、ジーヴァが安定してきていますので、いきます」
レヴィから赤の信号弾が打ちあがると、サナリアの箱舟から追撃部隊が出ていった。
ママリー。ハル。ナッシュ。エマンドと各部隊の戦士たちが戦場に出現。
帝国軍の状態が、一気に攻勢に変わる。
「フュン様。安定しはじ・・・めて」
レヴィが報告をしようとすると、フュンが立ち止まった。
◇
「ふぅ。やれやれ。ようやくです。あなたがクローズさんですね」
「十分も経っていないのに・・・なんだその強さは」
突入して五分。
兵士が大勢いたはずの城壁の上で、フュンと太陽の戦士たちは一瞬で大将の所まで到着した。
「ええ。どうやら僕らが強いというよりも、あなたたちが弱いですね。ここが鉄壁の要塞都市。この看板にどこか安心と安全を預けていたようですよ。やっぱりね。気を引き締めていないと、兵士たちは緩んでしまいます。自分たちが完全に守られている状態だとね。兵士たちの訓練に身が入っていなかったようですよ」
ここまで圧倒した展開での戦闘をした事で手ごたえを感じていないフュンは、ギリダート兵に低い評価を下した。
鉄壁という名の甘い誘惑。
外が硬い分、中が柔らかかったのだ。
「さて、負けを認めてください。このまま捕虜になって頂けると嬉しいですね。あなたには、ギリダートの皆さんに敗北を宣言して欲しいです」
「なんだと。そんな事できるわけがな・・・」
フュンが手をかざして、話を止めた。
「駄目です。あなたにも生きてもらいたい。このまま戦うと、殺すしかなくなる。それはいけません。壁を壊してしまったけど、この都市をそのままの形で残してあげたい。この都市に住む人々を守るために、あなたが負けを宣言してくれれば、皆さんが無事で生き残れますから。それに僕らが余計に人を殺さずに済みます。なのでお願いしたい」
「・・・で、できるわけがな・・」
話を遮るフュンは後ろを指差した。
「ほら、あちらを見て頂ければ、分かりますよ。すでに、僕らの攻撃があちらの北門の方まで行きます。あなたたちを蹂躙してしまいます。そしたら次は民になってしまう。でも僕は、王国の民でも命を守りたい。しかし、あなたたちを殲滅してしまえば、民たちを真の意味でコントロールする人がいなくなってしまう。それではいけませんよね。なので、敗北を宣言してください」
今が、一分一秒を争う判断を必要とする場面だった。
それは、太陽の戦士たちの進撃具合が波状攻撃のように異常だったのだ。
瞬きを一つすれば、人が十人以上消えていく。
そんな異常事態である。
「頼みますよ。クローズさん。僕は殺し尽くしたいわけじゃない。早く決断をしてほしい」
「・・・わ、わかりました。ギリダートは降伏します。どうか、そちらの攻撃の停止を」
「はい。では、そちらから、停戦の合図を出してください。続けて僕も出します」
こうしてギリダートは降伏した。
ギリダートの四方に白旗が掲げられると、フュンも信号弾で全体に指示出しをして、両軍が動きを止めた。
帝国歴531年5月29日
ギリダート攻略戦争の要の一つ。
要塞都市ギリダートでの戦いが、たったの半日で終わった。
王国からすると、悪夢のような大敗北である。
なぜなら、朝に巨大な船が大都市から出現したと思った瞬間には、それが昼前には自分たちの城壁の一枚目に到達してきて、更にはとんでもない量の砲弾を出してきて、鉄壁だと信じていた壁を粉々に破壊して、そして更に二枚目に対して、巨大な船が衝突。そしてそこからの侵入があり、あっという間の占拠が始まる。こんなの夢でも考えられないまさかの攻撃であったのだ。
王国兵にとっては、この日一日が現実の話だとは思えなかった。
そして帝国からすると最高の結果だった。
大勝利と呼んでもいい結果であるが、その大将であるフュンは、まだ顔が険しく、気を引き締めていた。
それはこの結果がもたらすことになる。
大陸の全体図を予想していたからである。
フュンと帝国軍は、ギリダート攻略戦争の最初を制したに過ぎないのだ。
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