第58話 ギリダート一枚目

 リリーガ方面からギリダート方面までで三時間。

 フュンらは、最速の動きで対岸に到着した。

 これらはヴァンのおかげである。

 彼の船の操舵レベルが高く、さらに乗組員たちの迅速な対応で陸地対応も完璧であった。

 到着とほぼ同時に、進軍を開始できたのである。


 「ここからが、サナリアの箱舟計画の肝となる部分です。高速移動でギリダートまで行きます。引っ張りますよ。道が舗装されていないので、こちらでは遅くなりやすい。ですが、僕らは向こうと変わらない速度で移動したいと思います・・・それと、輸送船団が来るでしょうから、ここはジャンダ。下がっていてください。アン様に指令を出します。ジャンダはこちら側から、アン様はそちら側からの橋の建設をしますから下見をお願いしたい」


 フュンは湖の北側。フーラル川を指差した。


 「クリス。あちらにも護衛兵を派兵してください。シガー部隊の一部でお願いします」

 「わかりました」


 サナリアの箱舟計画は、ギリダート強奪に使うソフィア号を運び出すことの他に、簡易の橋を作る事も目的であった。

 フーラル湖に作るのは距離的に技術的に難しいので、フーラル川に作り出すは決まっていて、もし橋が出来たのなら、そこから援軍を派遣するのだ。

 船を必要としない物資と人の運搬は、究極の輸送手段となる。

 フュンは、以前からその材料をたくさん用意して置いていたので、一気に橋の構築しようとする計画なのだ。

 作成期間や材料の計算だけは皆にお願いしている。

 ただこちら側の現地調査が出来ていないので、その期間は再考の余地あり、一旦下調べが必要である。


 「では、お願いします。皆さんいきますよ」


 帝国軍と共にソフィア号はギリダートを目指した。


 ◇


 湖からギリダートの東門までは、それほど遠くない。

 ただし道が帝国よりも整備されていないので、船を運び出すのに苦労している。

 ガタガタと馬車が移動するのとは訳が違う。

 軽い揺れでも大きな船には危ないのである。


 「いけますかね。あと少しです・・・・」


 目と鼻の先にあるギリダート。

 形状は通常の正方形である。

 ただ、壁が頑強で、ちょっとやそっとの攻撃では通用しない。

 しかしそれは、どの都市でも同じ事。

 ただこの都市だけが一味違うのは、壁が二枚存在している事。

 外壁と、内壁の二枚用意されているので、この都市は要塞都市と呼ばれているのだ。

 鉄壁の要塞ギリダート。

 王国の内乱でも落ちたことがない都市。

 帝国が攻めてくるとは予想できないのは、この絶対の自信があるからだ。

  

 「フュン様。どのように攻撃しますか。いきなりですか」

 「いいえ。城主様がいるでしょう。えっと・・・クローズでしたね。その人が出て来てくれると思うのです。だから会話からですね」

 「そうですか。連続砲の用意をしておきます」 

 「はい。一枚目は強引にいきますからね、お願いします」

 「わかりました」


 クリスが答えた。


 ◇


 帝国歴531年5月29日12時。

 朝からの進軍で昼にはギリダート。

 この状況。

 船を運んでいる人間たちでも、信じがたい出来事だった。


 ソフィア号の上からフュンが話すと、大体ちょうど同じ目線で城壁に登っている兵士らが見える。


 「クローズ殿はいますかな。いたら返事をお願いしたい」

 「いますぞ。あなたはどなたかな」

 「僕は、帝国大元帥フュン・メイダルフィアであります。ギリダートの最高責任者。クローズ閣下があなたでありますね」

 「そうです。私がギリダートの領主クローズです」


 フュンとクローズが笑顔でありながら睨み合う。

 戦いは始まっていた。


 「では、早速ですが。降伏して頂けると、兵士たちを無益に死なせずに済みます。負けを認めてくれませんかね」

 「それは出来ませんな」

 「ですよね・・・これの威力を知りませんもんね・・・」


 フュンはソフィア号を見て答えた。


 「あなたは、それに大層な自信がおありのようですね」

 「ええ、あります。これはただの船じゃありません。サナリアの箱舟。ソフィア号です」

 「サナリアの箱舟?」

 「はい。これは攻城兵器でありますのでね。使用するのを、ためらっているのですが・・・時間がないので仕方ありません。ここでこの力を発揮しますよ。最強の兵器の力をね」

 「・・・兵器ですか・・・そうは見えない形状で・・・」


 ソフィア号の形状は普通の船の形状ではない。

 甲板が円形に近く。船の外見はお椀にも見えたりする。

 

 「ええ、見えませんよね。一見すれば可愛らしい形ですからね」


 自信満々の態度が変わらない。フュンの眼光が常に鋭かった。


 「・・・それで攻めて来ると、いいでしょう。できるものならやってみせなさい。私どももあなたに抵抗しますよ」

 「そうですか。では、出来たら門の上には居ないでください。破壊しますので気を付けてくださいね」

 「破壊ですと!? この門は鉄壁だ。攻城兵器が来ても、何度も跳ね返してきた実績がある」

 「そうですよね。実績があるからこそ、その自信が生まれる。だから、僕らはこの船を持ってきたのです。では、十秒後。門を叩くので、離れてください。1・・2・・」

 

 フュンが数を数える。

 わざとゆっくり数えることで、逃げ出す時間を作っているが、ギリダートにいる兵士らは余裕の態度を貫いていた。

 門が破壊されるわけがない。

 今までも、破城槌や大砲の攻撃をいなしてきたからの余裕である。

 フュンが馬鹿な人間だと思い、ニヤニヤと笑う兵士もいた。

 

 「9・・・・10」


 警告を無視されたフュンは悲しげな顔を見せた。

 今から起きる事が想像できるからの顔だった。


 「いきます! ソフィア号。連続砲! 発射です!」

 『ドン・・・・ドドドドドドドドド』


 甲板やや下の位置。

 船の船体部分から、大砲の砲門が飛び出た。

 前回は甲板からの攻撃で、三発のみ。

 だから、王国の兵らは、伝えられた情報と行き違っていたことに驚く。

 

 そこから放たれる砲弾はまさに嵐。

 吹き荒れる嵐が門を叩くのだ。

 ギリダートの東の門に正確に当たり続ける。


 信じられない数の砲弾は、数える時間も与えない。 

 城門の上はまるで巨大地震のように揺れた。


 「ぐあああ。に、逃げろ・・・もしかしたら持たないかもしれない。二枚目にい、いそげ」

 

 クローズは全体に指示を出す。

 一枚目の四方の隅から二枚目までには、連絡路と呼ばれる橋がある。

 クローズらはそこから上手く逃げられたのだが、砲弾を浴びる門周辺の上にいる人間らは逃げられなかった。

 揺れの激しさが異常だったのだ。


 「ま、まずいかもしれない。門に・・・ヒビが」

 「閣下。急いで。振り返っている余裕がありません」 

 『ドドドドドドドドドド』


 まだ止まない砲弾に焦る王国兵。

 砲弾など、作成するにも金額が高い。

 それをここで惜しみなく使う判断をするということは、ここで使いつくす気なのかと、クローズは逃げながら思った。

 

 「数が・・・異常だ。一体いつまで放ち続ける気なのだ」

 「閣下。一枚目の門が崩れるかもしれません」

 「なに!?」


 二枚目の内壁に移動しかけているクローズがここで後ろを振り向く。


 「あ、ありえん。一枚目さえも破られたことがないギリダートが・・・門を開けるどころか。壊されるのか」 


 唖然とするのはクローズだけじゃない。

 そばにいる兵士たちも、崩れ去る壁を見るしか出来なかった。

 

 「さて、二枚目にいきます! 帝国軍! 進軍です」


 砲弾が終わり、静まり返る戦場の中で、フュンの声が響いた。

 

 この大砲の連続攻撃は、圧倒的物量を見せつけた経済の豊かさの象徴でもあり。

 帝国が軍事的発展だけでなく、経済的発展もした証明であった。


 フュンの策は王国を圧倒した。

 でも、この程度で驚いてはいけない。

 これはまだまだなのだ。

 フュン・メイダルフィアのギリダート攻略戦争は、まだまだ始まったばかりである。

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