第57話 湖を進む

 都市を出る直前。

 フュンの隣にはフラムがいた。


 「フュン様。申し訳ないです。私如きのせいで、あなた様の評判を落とした形になってしまい」

 「ん? 評判とは?」

 「あなたは誰も叱責しない方なのに、私のせいで・・・皆の前で怒ってしまいました。兵士たちも外では納得したとしても、内心はどう思うか・・・それもこれも私がしっかりしていれば。あなたが非道に見えずに・・・」

 「は? 僕の評判???」

 

 フュンは首を捻った。


 「いやいや。フラム閣下。僕なんてそもそも評判がいいわけがない。僕の地位は、元人質ですよ。それに、皆さんに戦争を強要している悪魔です。ですからね。僕は皆さんから何と思わようともいいのです。ただ、作戦や、僕に付き合ってくれている仲間たちを信じてくれれば、それでいいんです。実は、僕の事なんて、別にいいんですよ。どんな評判が出回っても、気にしません。例え嫌われてもいいです。僕は目標の為。いつもそうやって生きてましたからね。やりたいことを、やり遂げてみせる。必ず、僕が守りたいものの為に・・・ね!」


 そもそも人生が底辺からスタートしている。

 フュンは周りの噂や評価に流されない。

 芯の部分の強さを持っているのだ。


 「それと、閣下。あなたはもう自分を卑下しないでください。僕はあなたを全面的に信頼しているのです。あなたが後ろ向きになるのはいけませんよ。僕も否定されているように感じます。悲しくなりますから」

 「し、しかし」

 「いいですか。閣下。僕は、あなたの性格も大好きですが、あなたの能力も買っているのです。決して過去の実績や身分によって、今の地位に就いたのではありません。あなたは、大将の能力に相応しいから選ばれているのだと、そう思ってください。僕があなたの能力を足りないと判断していたら、中将や少将の方に格下げしていますからね。だから自信を持ってください。必ず活躍してくれます。これは絶対なんです。僕はそう信じています」

 「・・・は、はい。あ、ありがとうございます」

 

 フュンは本当にフラムを信頼していて、自分がまだ未熟だった頃から共に戦って来た戦友だと思っている。


 「それじゃあ、閣下。えっとスクナロ様はどうなりました。今聞いておきましょう。さっきの報告の途中で僕が怒っちゃったんで話が最後まで聞けませんでしたね。あははは」


 あえて明るく。

 暗くなってしまったフラムの為に、フュンは満面の笑顔になった。


 「・・・は、はい。それがですね」


 フラムは、帝国歴531年5月23日の出来事から説明した。


 サブロウがスクナロに報告してから、ビスタ方面の動きがプランB重視からプランCに変わった。

 総大将のスクナロは、フュンが作成したビスタの秘密の地下通路を使用して、民の移動を開始。

 東へと進む連絡路を利用して、隣の大都市シャルフまで、住民大移動の作戦を発動させたのだ。

 その結果。25日の時点では、民の9割が都市からいなくなっていた。

 だから、スクナロがドリュースとやりとりをしていた頃には、都市の中には、ほぼ誰もいない形である。

 そして、あの後。

 スクナロら軍全体もシャルフに向かっていき、ビスタの中に人を置かなかったのだ。

 その際、シンドラ軍が常に敵の軍に圧力をかけていたために、敵の意識は城壁よりもシンドラ軍の方に向かっていたので、ビスタの民の移動を敵に気付かれずに済んだのである。 

 さらに実行していた時間帯が、夕暮れあたりであったのもこの作戦の成功に繋がっていた。

 

 今のスクナロ軍とシンドラ軍は、シャルフに収容されていて、そこを防衛する動きをしながら、ビスタに入った敵の動向を見ている。

 そして、そこから仕事が別れたのがフラム軍で、リリーガに連絡を入れるためにこちらまで来ていた。

 単純に北西に移動すると敵に見つかる可能性があるので、北東寄りに迂回するように移動してから、マールダ平原の道路に入って、フラム軍はリリーガに到着したのである。

 

 「なるほど。わかりました。ほぼ完璧ですね。その後の動きは、スクナロ様はどうすると」

 「それは、フュン様の考えた通りに動くという感じです。もし、こちらの領土に対して、敵が行動してくるのであれば、こちらはシャルフで対応するのが基本で、リリーガからは挟撃の睨みを利かせるとの事」

 「了解です。それでいいですよ。では、フラム閣下には、全体への派兵の権利も与えます。リリーガの兵権から派生した権限を強化した形にします。閣下、いいですか。リナ様と相談して、ビスタに入った敵の動きを監視してください。ここの連携は、ハスラ。シャルフ。そしてギリダートとなる。非常に難しい判断を迫られる。支援、補給基地がこことなります。だからこそあなたにしか出来ないと、僕は思っていますよ。お願いしたい」

 「はい! おまかせを」

 「お願いしますね」


 フュンがフラムを大将にした理由の一つに、この作戦の要になる人物だと信じていたのだ。

 ずっと前から、フュンの頭の中ではこの状況が描かれていた。

 リリーガが、ハスラかビスタ、もしくはギリダートへ。

 この都市が、支援軍を送る事になる拠点になると思い描いていたのだ。

 この三方向の調整については、ヒザルスやザンカ。ゼファーやミシェルなどのウォーカー隊の面子では苦手分野であると思っていて、デュランダルやアイスのような将になりたての人物では、決断が難しい。

 だから、ハルクかフラムにしか出来ない事だと思っていた。

 そして現在ハルクが亡くなってしまったので、フラムがとても貴重な大将になっている。

 兵士らがフラムの能力を疑っているのに、誰よりも能力があるとフュンが言いきるのは、この状況を任せられる人物だからなのだ。

 大将に相応しい能力とは何も目に見える結果だけが重要ではない。

 縁の下の力持ちがいなければ、戦うことなど出来ないのだ。

 兵を調節せねば、戦う以前の問題になってしまうのである。


 「閣下。いってきますね。ここを頼みます」

 「はい。フュン大元帥。ご武運を」 


 フラムが手を振り、フュンは微笑んだ。

 この二人にも確かな絆があったのだ。


 ◇


 「ヴァン。一気にいきます! 船をお願いします」

 「はい。兄貴おまかせを」


 ヴァンが敬礼後、全体に指示を出す。

 ソフィア号が動き出した。

 リリーガの都市内部を船が進む。

 引っ張られる船は早歩き並みに速かった。

 力いっぱいに全員で船を引く。


 「敵からしたら、リリーガから突然船が出るように見えますよね。相手がこの状況で、ここを偵察しているかわかりませんがね」

 

 王国の意識は間違いなく、ハスラかビスタにある。

 ここでまさかとは思うだろう。

 フュンはギリダートの将の立場に立って物事を考えていた。


 「そうですね」


 船の上にいるフュンとクリスが、移動を見守る。


 「そもそもこの都市は相手から見たら不思議な形をしていますからね」


 リリーガの壁は矢印の形をしている。

 左向きの矢印。

 三角に城壁があって、裏になった部分が、王国領土のどの角度になっても見えないように作られている。

 斜めから見ても、見えるのは矢印部分の壁だけなのだ。


 「正面の城門を開けて、そのまま湖に入る際に、人を乗せる。そこから、輸送船団を出します。フュン様、後ろにいますでしょう」

 「ええ。船がたくさんありますね」

 「はい。これらで、まずは人から。次はギリダート確保と同時に物資を送ります。電光石火でギリダートを落とした後の動きもしないといけませんからね」

 「わかっています。そちらはあなたにまかせますよ。落とすのは僕がやりましょう」

 「はい。お願いします」


 あまり表情が動かないクリスがほんのりと微笑んだ。

 誰にもわからないかもしれないが、この微妙な変化にフュンだけが気付いた。


 「ん? クリス、嬉しいのですか?」

 「え。いや、なぜ分かったのでしょう。表情に出したつもりがなく」

 「いやいや、あなたが喜んでいるように見えたのですよ。何故かは知りませんがね」


 フュンは相変わらず笑顔でいる。


 「それはフュン様。私はフュン様と一緒に出陣したことがありませんから、嬉しいのですよ」

 「おお。そういえば、確かにクリスとは一緒に戦ったことがありませんね。そうだそうだ。たしかに、サナリア組の中で言えば、君とだけ一緒に戦ったことがないかもしれませんね」

 「そうです。私だけです。寂しいものですよ。本当に・・・」

 「いやいや、君はね。僕なんかいなくても大丈夫ですからね。本来ならば、総大将を任せてもいいくらいの人ですよ。僕なんか必要ないんですよ。ハハハ」

 「駄目です。私の主はフュン様しかいません。だから、総大将もフュン様だけです。私は誰の下にもつきません」

 「そうですか。もったいないですね。あなたのような優秀な人間はもっともっと上にいるべきなのですけどね。なんだったらこの大元帥をあげたいですね。お願いしたい」

 「な、何を言っているんですか。そしたらフュン様はどうするんですか」

 「僕はですね・・・顧問? 相談役? それくらいがいいな。隠居生活ですよ。あははは」

 「はぁ・・・なぜフュン様には欲がないのでしょうか・・・家臣たちが大変だ」


 ある意味、苦労しているのがフュンの家臣団である。


 

 ◇


 西の城門が開き、船が進む。

 少し移動しただけですぐに湖になる。

 そこからは船を引っ張っていったボランティアの人たちと別れた。

 船が湖に着水して、湖を進む途中。

 フュンは北のフーラル川を見た。


 「ここから敵が来るかと思っていましたが、来ませんね。やはりハスラ方面の川での勝利は、完璧な勝利を得たという事ですね。ジーク様が完全に押さえているんですね」

 「はい。そのようですね。これで私たちは何の心配もなく、目の前のギリダートに集中できるでしょう」

 「そうですね。クリス。うんうん。助かりますね」


 船が湖の半分くらいを進むと、ヴァンが叫んだ。


 「ギリダートから出撃してきます。でも、人か? いや、船か?」


 フュンも望遠鏡で西を覗く。


 「おお! ん! あれは大砲ですね。なるほど。急な事で兵を用意できない。船も用意できない。だから大砲ですか。まあ、ここで船での戦いが起きると思わないですからね。船を運び出すのは難しいでしょうからね」

 「そうですね。フュン様。どうしますか」

 「ええ、ここはもちろん。サブロウの秘密兵器を出しますか。フィアーナ!」

 

 フュンが呼ぶと、奥からフィアーナが出てきた。


 「大将なんだい」

 「フィアーナ。サブロウ丸モヤモヤ砲をやります」

 「ああ。あの特殊弾かよ。クソだせえ奴だな」


 名前が恥ずかしくて、フィアーナは言わなかった。

 しかし、フュンは恥ずかしくないようで、堂々と言っていた。


 「ええ、あそこの大砲に向けて放ちたい。よろしいですか」


 フュンは湖の反対側で待ち受けようとしている大砲を指差した。


 「了解。狩人部隊! 用意しろ」


 フィアーナと狩人部隊は、甲板の上にある大砲三門を進行方向、敵の正面に向けて微調整していく。

 角度を整えて、湖の先に来た敵を狙う。


 「フィアーナ、いけますかね。結構遠いですよ」

 「いける。ただ、あっちのあれがまだ用意されていねえ」

 「あれ?」

 「砲弾がまだだ。少し待たないと駄目だな」

 「そうですね。モヤモヤ砲単体では上手くいきませんよね」

 「あ、ああ。そういうこった。だから・・・」


 フィアーナの目が、相手の動きを捉えるために徐々に鷲のように変化していく。

 まだ遠い位置にいる敵なのに、彼女にはハッキリと動きが見えていた。


 「あとちょい右だな・・・おい、インディ。回してくれ」

 「うっス」


 敵が砲弾を取り出したのが見えた。


 「三秒後、一斉砲撃だ」

 「了解っス」

 

 インディの最速の動きで、照準が合う。


 「いけ。サブロウ丸・・・・モ・・・ヤモヤ砲だ」

 「うっス」

 

 ダサい名前が気に入らないフィアーナは、途切れ途切れで指令を出した。

 船から発射された砲弾は見た目は通常通り。

 弾は真っ直ぐ進んでいき、敵の大砲の周りに三個落ちた。

 爆発はせずに着弾と同時に煙が出る。薄い霧のような煙だった。


 「な、なんだ? 今のは・・・」 

 「外したのか。命中できずか?」


 王国兵たちは相手の攻撃に驚きはしたものの。自分たちに被害がない事に安堵した。

 やはり大砲は離れていると、正確に当てるのが難しい。

 しかも、こちらの大砲設置の面積は小さいので、更に命中させることは難しいだろう。

 それに対して、自分たちは大きな船に対して攻撃を仕掛ければいいから余裕だと思った。


 「大砲は! 被害があったか」

 「いいえ。ありません。無傷です」

 「そうか。じゃあ、やるぞ。準備しろ」


 自分たちに、被害があるとしたら薄い霧のような煙が邪魔なだけ。

 王国兵たちが、大砲に砲弾をセットして火をつける。

 その瞬間、霧が悪さをした。


 「な!? なにぃ」


 霧から火花が生まれる。

 火が連結して、次々と人に襲い掛かるが、ここで重要な所も襲っていた。

 大砲である。


 「ま、まさか。これは・・・・」


 大砲から異音がし始めると、一番近くにいた王国兵が叫んだ。


 「逃げ・・・逃げろオオオオオオオ」


 慌てて逃げ出す王国兵たちは、大砲の暴発に巻き込まれた。



 ◇


 双眼鏡を使用しているフュンは、その場で暴発している敵の大砲を見ていた。


 「やはり、火炎瓶改よりも悪質ですね・・・時間差で爆発するところなんて、酷いですよね」

 「大将。あれにさらに普通の砲撃も当てればいいのか」

 「いいえ。やらなくて結構。敵には帰ってもらいます」

 「そうなのか。半分くらいは逃げてくぞ。いいのかよ」


 フィアーナは運よく生きていられた敵の背中を目で追っていた。


 「ええ、逃げてもらいたい。そして、そこで一つ気付いてもらいたいですね」


 フュンは、淡々と話していた。今逃げている敵にはある報告をしてほしい。


 「気付く?」 

 「はい。ギリダートでも大砲が使えないという事に気付いてもらいたいのです」

 「大砲が使えない? ああ、そういうことか。敵側に大砲を使わせないために逃げてもらうのか。そうだな。この船。向こうに着いたら格好の的だもんな。当て放題になるもんな」


 この事がトラウマになって欲しい。

 モヤモヤ砲を放たれたら、大砲が使えないとの報告をしてほしいのだ。


 「ええ。そうです。ギリダート。あそこは要塞都市です。どれくらい大砲を配備しているのかは知りませんが、それを封じるためにサブロウの特殊砲弾があったのです。モヤモヤ砲は、ギリダート封じの為の秘密兵器でしたからね」


 『モヤモヤ砲』

 名前だけでもなんとかならないのかと思う皆は、恥ずかしげもなく話すフュンが凄いと思ったのでした。

 ギリダート攻略戦の布石を打ったのが、この湖の進軍であった。

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