第60話 融合の為に、あなたが必要
戦闘から六時間後。
フュンは、王国軍側の武器類全てを帝国軍に預けさせ、兵士たち自体は城壁の上に登らせた。
それらを監視したのはフィアーナの狩人部隊とシャーロットの帝都軍で、太陽の戦士たちとシガー部隊は都市の治安の維持に努めた。
しかし、ギリダートの内部は、戦争があったというのに静かで荒れる様子が見られない。
それはフュンの作戦があまりに迅速で鮮やかだったために、一般市民に被害が無かったのだ。
だから市民たちに不安が無いらしく、穏やかに過ごせているから、荒れる必要もないという事なのだろう。
ギリダートの壁と大砲にだけ被害がある形で、市街は無傷である。
◇
フュンは都市の司令部に入って、クローズとの話し合いをしていた。
「ではですね。クローズ閣下。あなたとの停戦交渉をしたいです」
「私との停戦交渉ですと・・・え? 戦後処理ではなくてですか?」
「はい。あなたと僕との間で交わす約束みたいなものです。個別停戦としてもいいです」
「・・・ん? どういうことですか」
「この戦いの勝者は僕。しかし、僕はここを完全に消すことが目的でもなく、あなたたちを皆殺しにするのも目的ではないので、ここで交渉をしたいのです」
「な、なるほど」
恐ろしい事を平然と言うフュンにたじろいでいるクローズだった。
「それではまずですね。三つ条件があります。では、第一です。この都市には、奴隷の方たちがどれくらいいますか」
「奴隷ですか。なぜそれを気にして?」
「いいから、数を教えてください」
この時だけ、フュンの眼光が少しだけ鋭くなった。
「に、二万います」
怒られたような感覚を得て、クローズの言葉が詰まる。
「そうですか。だいぶいますね。ではその方たちを僕の所に下さい。それが第一条件です」
「なんですと!」
「勝利側の条件の一つです。まず第一というよりも、第一優先の条件です。これが認められないのであれば、兵士たち全員をこちらにもらいます。全てを捕虜としますよ」
「わ、わかりました。それで良いのなら」
奴隷を失う程度であれば、損失とは言えない。
それくらいに奴隷は軽い存在である。
「よし。それでは、次に都市を明け渡すのは当然ですが、民や兵士に選択をさせてあげてください」
「選択ですか? 何を選択させるのでしょうか」
「ここから退避するか。もしくは、このまま僕らと共に一緒に暮らすかの選択です。民たちにどこで生きたいのかの選択の権利を与えたいのです。よろしいでしょうか」
「それは、こちらとしてはありがたいお話ですが、よろしいのでしょうか。そんな条件。こちらにとってはあまりにも好条件になるのでは?」
「いいですよ。これがそちらにとって良き条件だとしても良いのです。こちらの戦争に巻き込まれたくない人もいるでしょう。だから退避の機会を与えたい。僕がお話しして、あなた方はその調整をしてほしい。そして、次の条件がありまして・・・」
フュンが神妙な顔つきになる。話が本題になった。
「ここから、あなたに二択を提示します。あなたが捕虜となって僕らの協力者になるか。王国軍としての誇りを持ち続けるために、王都リンドーアに移動するか。この二択です」
「私を縛らないで・・・か、解放もするというのですか」
「はい。そうです。ですがそちらを選択する場合は、ただ・・・」
「ただ?」
「次の戦いでは、あなたを殺してしまうかもしれません。次も、これほどの余裕が、僕らにあるとは思えない。ここの攻城戦では余力がありましたが、次は無いと思うんですよ。まあ、そちらの無事を考える余裕がないと言ってもいいでしょうね」
優し気な言い方に表情。でも内容は冷たいものだった。
相手を気にかける余裕がない戦争がこれから待っている。
フュンの考えは、先を見据えていた。
「そ、それは・・・ここが再び戦場になると?」
「ええ。奪還してくるでしょうね。ネアル王はね。ここまで動くでしょう。それで、ここら一帯が最悪の戦場になりますのでね。あなたも、もしこちらに攻撃を仕掛けてくるのであれば、太陽の戦士たちも含めて、僕らは全力で戦わないといけませんからね。あなたを気にかける余裕はないでしょう」
クローズは、城壁の上で異様な強さを発揮していた軍を見ていたので、恐ろしさで身が一瞬震えた。
「それで、もしこちらの捕虜になる場合。あなたはそのまま将としてこちらに来てもらいたい」
「なに!? え。私がそちらの将ですと」
「はい。あなたには王国軍の受け皿になってもらいたいです」
「王国軍の受け皿? とはなんでしょうか?」
「戦う度に、捕虜は増えるでしょう。それは確実。そしてですね。帝国の政策では、奴隷の制度がありません。そうなると身分が捕虜だけになるか。囚人みたいに収監されなければなりません。ですが、僕はそれをしたくない。そこで、僕はあなたがその兵士たちをまとめる将になって欲しいのです」
「し、しかし。それはあまりに・・・私は王国人です。王国とは戦いたく・・・」
クローズが素直な気持ちを述べようとした瞬間にフュンが遮った。
「はい。僕もそれは思います。同族殺しはいけません。僕は、あなたに王国軍と戦ってほしいとは言ってません。僕はですね。実はとある計画がありまして、もし仲間になってくれるのであれば、その内容をお伝えします。ただ、今の話の段階で言える事は、王国と戦うために引き入れるのではなく、あなたたちには別な任務を与えたいのです」
「べ、別な任務ですか」
「はい。別です。この戦争とは別の事をしてもらいたい」
「・・・・そ、そうですか・・・」
いったん納得した後に、クローズが聞く。
「あの、それと聞きたいことがありまして、私がそちらの捕虜となったら、この都市は救われるのでしょうか」
「いいえ」
「え!?」
フュンは端的に違うと言った。
「あなたが捕虜とならなくても、この都市の人々を救います。ただ、あなたが捕虜となれば、この大陸が救われます」
「え、私が??? 捕虜になるとですか?」
「はい。あなたが捕虜となれば、僕は、大陸人の融合。帝国と王国の融合に一歩近づいてくれるのだと思っています」
「大陸人の融合ですと・・・それは何の話で???」
「この戦争。互いの主張の違いがあると僕は思っています。権利戦争だと思っているのです」
「・・・け、権利ですか」
「ええ。権利です。どちらの国がアーリア大陸の主導権を握るかの権利戦争です。そしてネアル王の主張は勝利からの屈伏でしょう。自分の元に全てを集めたいのでしょう。彼ならば、そう考えるはずだ・・・」
ネアルの考えは、フュンとは真逆だ。
融合ではなく、制圧であるはずなのだ。
「そして僕の主張は、勝利からの融合です。僕は皆で大陸を守るために、手を取り合いたいのです。いつまでも、僕らはいがみ合ってもしょうがない。大陸の中で、いつまでも戦争をしてはいけません。僕らがいる。このアーリア大陸。ここを皆が愛しているのならば・・・僕らは、一つのアーリア人にならないといけません」
「あ・・アーリア人ですか・・」
夢物語を聞かされているのに、まだ現実にいる。
不思議な感覚に陥っているクローズだった。
「アーリア人誕生の基礎を作るために、ぜひこちらに来てもらえないでしょうか。クローズ閣下。あなたが捕虜となり、そこからこちらの将となり。今から僕が捕える。王国の兵士たちを預かってもらいたいのです。ぜひ、あなたには、この仕事を任せたい。あなたみたいな優秀な方に、こちらに来てもらい。大陸を融合させる。鍵となる人物になって欲しいのです」
「私が・・・鍵ですか。なれるのでしょうか」
「閣下。あなたは、あそこで最後まで戦わない判断をした。その判断は自分の心が苦しくても、兵士や民にとっては素晴らしい決断だった。僕は、そんなあなただからこそ仲間になって欲しい。自分の面子よりも、状況判断と兵士たちの命を優先したあなただからこそ、僕はこの仕事を任せたいと思っています」
「・・・わ、わかりました」
フュンの言葉に頷いた後、クローズはゆっくり目を閉じて答えた。
「家族とは別れる事になるかもしれません。挨拶をしていきたいです」
クローズは覚悟を決めるために、最後に家族に会おうとした。
だが、フュンはそこに驚く。
「え? ご家族ですか。ここにいるのですよね。だったら一緒にいてください。それに、そのままこちらにいてもらっても良いし。あなたを将の待遇にするので、帝都ともう一つローズフィアにお屋敷を用意するので、そこのどちらかにご家族と一緒に住んでもらいたいですね。自由です」
「はぁ? ほ、捕虜の生活ではないのですか? 私も家族もその待遇ですか?」
捕虜の待遇ではなく、将の待遇。
そこに驚きを隠せない。
「当り前です。あなたに来てもらう際。サナリアを中心にいてもらい。王国の兵士たちをサナリアで確保します。あそこは、田舎ですが、気候とかも安定しています。のんびり暮らせます。そして来るべき時の為に牙を磨く施設もありますのでちょうどよいのですよ。サナリアに行きましょう」
サナリアは融合の象徴。
少数部族が互いを受け入れた過去があるので、そこに王国兵が加わっても、すんなりと融合できるだろう。
サナリアの治安はとても良いので、悪さをすれば目立ってしまうし、融合した経験があるから、受け入れることも可能である。
さらに、根っからの帝国人ではないのも、王国兵にとってはいいだろう。
元々が帝国にとってはよそ者なので、互いの気持ちが分かる可能性があるのだ。
「そ、そうなんですか。サナリアに・・・」
「はい。お願いしたいです。それで、兵士たちにも、選択をお願いします。捕虜となり帝国に行くか。自分の故郷に戻るのかの二択を選択させてあげてください。そして、民にはここに残るか、王国に行くか。ああ、そうだな。それとも帝国に来てみたいかの三択にしましょうか。明後日。僕らはギリダートの西門を開放するので、出ていきたい人は出て行っても良いとします。ただし、一度外に出たら、二度とギリダートには戻れないとお伝えください」
「わかりました。準備したいと思います」
「はい。お願いします」
ここから二日をかけて、クローズは兵士らを説得する作業をする。
これは新たな一歩となる。戦争の終結であった。
捕虜にしても、誰も損をしないやり方であって、捕虜がサナリアで自由に暮らすという名目になる。
フュンの考えは当時の戦争屋にはない考えであった。
極々平凡な、当たり前の考え。
人を殺さずにいたいがための不思議な停戦条件で、その思いは優しさから、でもその行動には強さがある。
そんな変わった思いと強さを持つのがフュンである。
ここで、サナリアを辺境伯の地にした真の意味が発揮される。
それは融合の象徴として、ここからサナリアが大陸にとって重要な役割を果たすことになるのだ。
アーリアの東から、希望の太陽が登ろうとしていた。
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