第52話 王国の1勝1分。だがこれで終わるわけがなかった。大元帥が狙っていたのは・・・
その後。
帝国軍は、山頂から様子を窺った。
もう一つ先の山が南の要所である。
「あたいらは、追いかけなくていいのか」
「あっしはいらないと思いますぜ。どうでしょう。メルリス殿」
「はい。私もここで待機で良いと思いますね。私としては、周りを固める動きをしたいですね」
「周りを固める?」
リョウが首を傾げた。
「そうですな。我もそう思います」
全員が後ろを振り向いた。
「ゼファー。お前。そいつは」
一番にエリナが指摘した。
ゼファーがパールマンを抱き抱えていたのだ。
「はい。パールマンです。これはあちらに送り届けたいと思います。立派な戦士をここに放置するのはいけません。あちらに送り届けて、あちらで供養してあげてほしいです。ですから、リョウ。白旗を持って、あっちに行って来い」
「俺がですか」
「ああ、大丈夫だ。ネアル王は、不意打ちはしない。安全なはずだ」
「わかりました。準備します」
「任せた」
パールマンをリョウに預けると、ゼファーが再び話し出す。
「話の続きですが、我も、その方が言ったように・・・って、あなたはどなたですか?」
「私はメルリスと申します」
「メルリスさん!? あ、あなたがですか。あれ?? え?」
ゼファーの目が点になった。
「あら、お忘れでありますか。お会いしたことがあるのに残念ですね」
「いえいえ。覚えていますが、前回は可憐なお姿でしたのでね。全くの別人に見えてしまい、驚いています」
「あら。褒めるのがお上手ですね」
「いえ。褒めたわけではなく。正直に言っただけでして・・・」
ゼファーは一度メルリスに会っている。
それはタイローとヒルダのラーゼでの結婚式で会っているのだ。
しかしその時のメルリスはドレスを着ていて、優雅な姿をしていたので、今の勇ましい鎧姿が以前の姿と一致しなかったのだ。
「それで、ゼファー殿も私の考えと同じですか」
「はい。ここに布陣して、あちらの東寄りに徐々に圧力をかけたいと思います。そうなると、敵は連携を取りにくくなるのを嫌うはず。あちらの東の戦況はどうなっているのでしょうか。まあ、ミシェルがいるので、そう易々と負けるとは思えない。それにあなたが来たのなら、あちらにも援軍が?」
援軍のあなたがここにも来てくれているのなら、当然あちらにもいるのだろう。
ゼファーは今まで一番頭が冴えていたのだ。
将としての成長をしていた。
「そうです。タイロー王があちらにはいます。ラーゼの獅子たちと共にです」
「なるほど。ラーゼの獅子ならば、確実に守るでしょう」
ここ数年、ラーゼの獅子と、太陽の戦士とゼファー軍は秘密の合同訓練をしている。
だからゼファーは、彼らとは顔見知りである。
そして、この三つの軍の訓練は、常軌を逸しているとされ、一般兵が参加したら初日で死んでしまう。
通常の訓練をこなす程度の兵では、間違いなく辞めたいと言い出すだろう。
「兵数がほぼ同じ。ならば、ここに陣を構えても良いと思います。相手への圧力になる」
「そうか。お前。今まで、下に兵たちを置いていたのは、あいつらに圧をかけられないからか!」
エリナがゼファーの肩に手を置いて話しかける。
「ええ。そうです。エリナさん。しかし今、エリナさんたちがこちらに来てくれたおかげで兵を揃えることが出来ましたから。これほどの数の兵がいるなら、下がるのも簡単になります。ここを起点にしても平地に下がって守る事も出来ますぞ。やはり数は重要。色んな策が取れるのですぞ」
ゼファーの戦略はよく考えられていた。
皆、納得して頷いていた。
「我は、ここで、今日は待機がよいと思っています。明日、パールマンを送って、その後に徐々に東に圧力をかけましょう。これで、ネアル王がどう出るか。そこを後で考えてもいいはずです。考えに余裕も生まれるでしょうし、ゆっくり考えてから行動をした方が良いと思います」
「「そうだな」」
エリナとマールが同時に返事をした。
ここで、この戦いはゼファーが中心となった。
ザンカ、ヒザルスの両大将から全体の指揮権を受け継ぐ形となったのである。
◇
帝国歴531年5月25日。
ゼファーの指示通りに、リョウがパールマンを送り届けた。
彼の追悼をするだろうとして、ゼファーからの言葉の中に、二日は攻撃しないとした。
それを、ネアルがそのまま承認してその結果。
両軍は動かないとした。
翌日。
別な場所で戦うノインやリアリスらも完全停止。
全戦場で、両軍の動きが停止した。
そして、5月27日。
この日から、戦いを再開させると。
先に動き出したのが帝国軍。
エリナと、マールが上手く戦列を伸ばしていき、東の方面に圧力をかけ始めた。
するとネアルは敵の意図を理解して、ノインに退却の指示を出す。
ガイナル山脈東の要所を捨てて、南の要所に王国の精鋭一同が集まり防御を固めた。
その時にパールマンの死を知ったアスターネは、血の涙を流すほどに悔しいと泣き叫んだらしい。
共に戦って来た仲間を失った痛みを初めて知る。
そして、さらに5月28日。
東の要所を王国側が捨てたので、そこに陣を取ったのがリアリスが率いるミシェル軍。
確保した知らせはゼファー軍も知ることになり、もう少しこちら寄りに軍が欲しいとのことで、タイローとラーゼの獅子たちが、前に出る形となり、彼らよりも西側にいるマールとエリナと連携を取った。
そして、タイローだけが、メルリスとゼファーの本陣にやって来た。
「ゼファーさん」
「タイロー殿。ありがたい助力であります。獅子たちも来てくれたと聞きましたぞ」
「ええ。そうなのですが。あの。あまりいいことではありませんが。報告が」
「良い報告ではない??」
「はい。ミシェルさんが負傷しました」
「ミシェルが!?」
「はい。それもおそらくは、あの目は回復しないと思います。完全に右目を失ったと判断していいでしょう。なので、私が、あれ以上悪くならないように、指示を出しました。今の彼女は、ラーゼの研究室にいますよ」
「・・・な!? 目が!」
「はい。ここからは片眼になりますね。戦いも難しいかと思います。微妙に距離感を失うと思います」
「ミシェルが・・・そんな・・・」
タイローが、ゼファーの肩に手を置いた。
「でも、命は絶対に大丈夫です。ラーゼの医療で、必ずお守りしますからね。片目を失って残念なんて軽い言葉は言いません。ここからの彼女は苦労すると思います。ですが、あなたがそばにいれば、大丈夫なはずだ。あなたは落ち込んではいられない。この戦場、あなたが総大将なはずだ。あなたの今考える事は、彼女の事もですが、それよりもこの戦いの事です。あなたは戦わないと、いけませんよ」
「我が・・・総大将!?」
「ええ。そうでしょう。エリナさんも、マールさんもそう言っていました。ミシェルさんが居ない今。大将の地位にいるのはあなただけだ」
「たしかに、我が地位的には上ですね」
「はい。なので頑張りましょう。私も協力します」
「ありがとうございます。そうですね。我もやるべきことをやって、ミシェルを安心させねば」
「そうですよ。勝利。これを彼女にお届けした方が、あなたが常に心配するよりも、嬉しく思うでしょう。彼女はそういう人だ。それに、あなたの足手まといにはなりたくないと、私と別れる時も言っていましたからね。だから今、あなたにこの情報をお伝えしました。本当は、伝令でいち早くお伝えしてもよかったですからね」
「そうですか。ミシェル。ネアル王と戦う我に気を遣ったのか・・・わかりました。我が総大将をやりましょう」
「ええ。お支えしますよ」
「はい。タイロー殿。ありがとうございます」
ここから、ゼファーが大将として、ガイナル山脈を統率する軍の総大将となる。
帝国歴531年5月31日。
前日に陣形を完成させた帝国軍の様子を眺め。
ネアルは南の要所を砦並みにしようと、作り替えていた。
防衛を主体にする行動を起こしていたのだ。
その工事中に伝令が来る。
「ネアル王!」
「ブルーか」
「アージスで勝利! だそうです」
「なに。やったか。エクリプス! さすがだな」
「それが、閣下は亡くなられたと」
「なに。死んだだと・・・エクリプスがいないのに・・・どうやって、あそこで勝つのだ・・」
「ドリュースが代わりに指揮を取り、アージスを取り。ガルナ門を取り、ビスタまで取ったと」
「なに!? ビスタまでだと・・・ありえるのか。しかもドリュースが・・・凄まじい戦果ではないか。これ以上の戦果はないだろうな・・」
「はい。ですが、気になる点が」
「気になる点だと?」
「はい。ビスタには人がいなかったらしいです」
「人がいない?・・・・ありえるのか。そんな話。まあとりあえず奪ったという結果で十分だろう。ただいないという話が気になるな・・・」
戦争に勝ち、領土を奪った。
この事実が嬉しいのは当然・・・だったのだが、都市に人がいない事が気がかりとなる。
でも、ついに帝国の一部。
最前線都市ビスタを取ったのだ。
ありえない話が現実になり、嬉しさも心の底から湧き出る。
「まあ、しかし。それならば、こちらは少しずつ侵略をすればいいだけの話だ。北にも兵を置いて置きたいが、向こうに、敵兵らもまだ移動していないからな。まずはここを死守した方がいいだろう。予備兵を後で入れるために連絡を出すしかないな」
帝国軍は北の要所に布陣しようとは思わなかったらしく、無防備にしていた。
本来ならば、そちら側に兵を回して、そちら側から王国領土に攻撃を仕掛けると、南の要所は苦戦を強いられる構図になるのだ。
しかし、それをゼファーが選択しなかったのである。
理由は分からないが、そこに助かっているネアルでもある。
二か所を維持しろというのは今の兵数では難しいと判断していたからだ。
「よし。このまま耐えたら、こちら側が勝利するのは確実だな・・そうだ。ヒスバーンはどうした」
「ルコットから戻ってくると思います。兵移動の指示を出しにいきましたから、もうすぐだと・・・あちらで、こちらへの援軍の配置をやり直しているらしいです」
「そうか。さすがだな。私の指示の前に動いていたか。それを北に送るのだな」
「はい。おそらくそうです」
「そうだな。奴が動いているなら、ここは待機でいいな。とりあえず、ゼファー軍を見張れ。あれがどう動くかで私たちも行動を起こすぞ」
ネアルはこの日、上機嫌で眠りについたとされる。
ここで得たものは、要所を取った事。
あとはここを起点に少しずつ帝国を倒していけばいい。
その算段がここで付いたのが大きい。
しかし、この嬉々とした気持ちと余裕の状態が続く日々は、ほんの少しの間の出来事であった。
帝国歴531年6月2日夜。
衝撃の一方がネアルの耳に届いた。
その情報を手に入れた時、ネアルは援軍を配置したヒスバーンと会議を開いている所だった。
ここに、驚愕と焦燥の表情を隠さないブルーがやって来る。
「ネアル王!」
「なんだ。ブルー。お前が慌てるのは珍しい」
ブルーは、興奮状態に近く声が荒ぶっている。
「ギ・・ギリダート・・・ギリダートが・・・」
「ん、どうした。ゆっくり話しなさい。あそこに何かあったのか?」
「王、陥落したのです。ギリダートが陥落しました!」
「な、なに!? あそこは要塞都市だぞ・・・それに、どうやってだ! 湖が前にあるのだぞ・・・それで落ちるわけが・・・アージスもこちら。ガイナルもこちらの手の中にあるのに・・・・ど、どういうことだ」
二大国英雄戦争はまだまだ続く。
―――あとがき―――
お久しぶりです。
最初にですが、作者自身の事で申し訳ないですけどもここに書きますね。
皆さんの感想などには、目を通しています。
ですが、返事が出来ずに大変申し訳なく思っています。
難病治療の失敗の影響で、体に出た副作用が治まらず、体の状態が一旦悪くなっているので、小説を書く時間が大きく取れずにですね。
その中で余裕のある時間全てを、小説を書く時間に当てている状態になっているので、しばらくこの状態が続くと思います。
なので、返事が書けないと思いますのでご了承してもらえると嬉しいです。
本当はお返ししたいですけども、我慢します。体調優先でいきます
と、ここで暗い話は置いて、話をこれからの小説にします。
この回も気になるところで終わっていると思いますが、ここからは開示の物語になります。
疑問になっていた点が、答えとして、ちょくちょく出てきますのでご安心を。
読んでいて出てくる疑問点。それをここから徐々に開示していきます。
当然、ここまで戦って来た二大国英雄戦争についてもですが。
物語の裏にいる謎の男や、シルヴィアとレベッカについてなど。
人物の謎や、その人物の行動も開示していきますし、それに加えて、フュンの目的やその道のりなどもですね。
色々ですね。
彼が考えていた作戦や、今までわざと述べて来なかった人々への想いも出していきますので、よろしくお願いします。
地位や権力が大いに強化されたフュン。
しかし基本の中身は全く変わっていません。
優しさの中にある強さが変わったかもしれませんが、彼の中にある芯の部分は真っ直ぐであります。
タイトルに書いてある凡庸。
これは以前にも書いたかもしれませんが、ここは誰もが持つ普通の思いを、偉くなっても持ち続けた人間である事を指しています。
能力や性格の事を指していません。
彼のやりたいことは普通の事なんです。
でもこれが難しい。
人に良くしていく政治。これは、非常に難しいものです。
古代から続く政治でも、今を生きる皆さんの現代でも本当に難しいものです。
そこには人間の欲がありますから。
人の為に動きたいのに、人のせいで出来なくなったりしますからね。
ここで作者の考えとしてはですね。
フュンの設定というものは、狂人に近しいものにしています。
彼は、どんな時でも、あまりにも人に優しいので、ある意味で狂気を帯びていると思っています。
この戦乱の中では、彼のような考えは実行されません。
しかし彼だけは普通の事を実現しようと努力するのです。
それが出来るのが、第三部となっています。
第一部。第二部。この間に起きた事は彼にとって満足のいく結果ではありません。
だから、彼はこの第三部では、何としてでも自分のやりたいことを実現しようとするのです。
何があっても、どんなことが起きても。
フュンは諦めない。めげない。くじけない。
これが、第三部のテーマにもなります。
彼の英雄譚の最終章に、お付き合いして頂けると嬉しいです。
それと、このお話で喜んでもらえるのであれば、作者も嬉しい限りです。
一人で静かに感謝します。
ここからすぐに終わるわけではありませんが、終わりへ向けて頑張っていきたいと思っていますので、今後とも、どうぞよろしくお願いします。
長々と失礼しました。
またお会いしましょう
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