第51話 燃ゆる男たち

 「ほう。それが本来のネアル王の戦い方ですか」

 「そうですな。第二形態みたいなものですぞ」


 ネアルは盾を入れ替える。

 軽くて大きな盾を使い。

 盾を主体にして戦いをする気である。

 常に相手の面に盾を見せて、目隠しをして斬りつける。

 

 それがネアル本来の戦法であった。

 派手好きのネアルが地道な戦法を披露したのである。


 「厄介ですな。倒すのに時間がかかる」

 「倒せませんよ。ゼファー殿、今の私は、先程よりも強いですからな」

 「確かに・・・」


 倒すにしても時間が掛かる。

 それだと、次第にやられ始めている部下たちがまずい。

 ゼファーは、珍しくも考えながら戦いを始めていた。


 『どうすべきか・・・我の兵士たちも限界を迎えてきたか。これほどの包囲戦で戦うのは初めてだからな。体力の消費が激しいのか。まずい』


 後ろを振り向いて、リョウのいる方の軍を見た。


 『あっちにはもう二万はいないな。我の兵が減らされているか。戦いが起きて、三十分は経過したか・・・ふぅ。ここは脱出した方がいいか』

 

 包囲を破って、逃げた方が得策。

 ゼファーは判断を切り替えて、戦いからの離脱を目指そうとするが。


 「それは無理ですぞ!」

 「ん!?」


 ネアルがその思考を読んでいた。

 ゼファーの顔面に剣を突き出す。

 鋭い突き攻撃であった。


 「厄介だ。その盾」


 ネアルの剣の刃の部分に沿ってゼファーは槍を当て続けて軌道を変化させた。


 「やはり無理か。この攻撃も通用しませんか」

 「いえ。通用してますよ」


 ゼファーの左の頬が切れていた。


 「ふぅ。思った以上にあなた様が強い。時間がかかりそうだ。それに、そうですな。体力の温存。それを考える余裕はないようですしね。我も全力を出しますぞ」

 「ん?・・・今までが全力ではないと?」

 「いいえ。全力でありましたよ。ただ、後先を考えずに戦います。ここからはですぞ。いきます」

 

 前傾姿勢になってゼファーは叫ぶ。


 「はあああああああ」


 気合いを入れてから、ゼファーの動きが変わった。

 洗練された動きから、荒々しい行動に変わる。

 暴力的な槍の薙ぎ払い。

 鞭のようにしなる槍が、ネアルを襲う。


 「この速度もありえん!」


 ゼファーの槍の威力を瞬時に判断したネアルは、盾を握りしめる力を変えて、両手で盾を持った。

 盾の中央で、槍を迎えれば守り切れるはず。

 でもそれは通常の攻撃ならばであった。

 ゼファーの槍は普通ではない。


 「な・・・も、持っていかれる。な、なんだこの威力は。強すぎ・・・る。ぐっ」


 肩が痛んで握る手が甘くなる。

 万全な状態ではない事がここに来て響いた。


 「はああああ」


 ネアルの盾が吹き飛ぶ。

 無防備になったネアルの元にはすでに槍が向かっていた。

 弾いた衝撃をもろともせずにゼファーの槍は更なる攻撃の一手を出していた。


 「なに!?」

 「ご覚悟を! ネアル王!」


 真っ直ぐに伸びた槍がネアルの心臓に届く。

 その瞬間。


 「うおおおおおおおおお」

 「「なに!」」


 戦いは二人だけだったのに、誰かが間に入って来た。

 ネアルとゼファーが同じ方向を見る。

 大きな影は、両手を広げて走って来たパールマンだった。

 ゼファーに襲い掛かる彼は、そのままゼファーを抱きしめて連れ去る。


 「くっ。離せ」 

 「離さねえ」


 パールマンに向かってネアルが叫ぶ。


 「パールマン! 何をしている」

 「王! ここは俺に任せろ。早く退却指示を出せ。前を見ろ。劣勢になるぞ。ここからな」

 「なに!?」


 パールマンに言われたとおりに前方軍を見ると、ゼファー軍を救出しようとする敵が見えた。

 それも、大量の援軍。

 ゼファー軍と合流すれば、ネアル軍と同等の数か、又はそれよりも少し多いかの軍となる。

 

 「な、あの量。どこからだ。下にいた兵だけじゃ、あの数はありえん」


 ◇


 「マール。あたいらは補助だな」

 「おう。エリナ。あっしと連携で、補強しやしょう。ゼファー軍に逃げ道を作りながら、態勢を整える場所を作りやしょう。エリナ。その誘導を頼むですぜ」

 「ああ、了解よ。そんじゃ、あんたも頼むよ。あんたはその得意の攻撃で、穴を開けてくれ」

 「いいでしょう。私がいきましょう。おまかせを」


 鞭を取り出すまでは丁寧な姿勢の女性。

 武器を構え出したら性格が激変した。

 荒々しくなった彼女は、エリナとマールが自分の軍の左右に移動した後に叫び出す。


 「正面で接続するぞ! いくぞ。ラーゼ軍! 私に続け。続かないものは、この鞭で殺す! いいな」

 「「おおおおおおおお」」

 

 ラーゼの一輪の薔薇。

 深紅の薔薇メルリスが援軍に来ていた。


 ゼファー軍を囲う円の外から、メルリスが強烈な一撃を加える。


 「切り裂くぞ。ミルス! フルーセ! 私が開けた場所を広げろ。そこからの接続は、エリナ殿とマール殿に任せるんだ。いいな!」

 「「はい!」」

 

 茨の鞭の威力は、敵を凍らせるのに十分。

 王国の兵士たちは、彼女の鞭に恐怖して動きが止まった。

 手が止まれば、ラーゼ軍の侵攻を止められない。足が止まれば、メルリスの良い的となってしまう。

 ここは地獄のような戦場に変わりつつあった。


 そこにミルスとフルーセが連続して突入して、穴をこじ開けて、ゼファー軍を救出するルートを作る。

 開いた穴に対して、マールが左側。エリナが右側に入って、道を固定し始めた。


 「ゼファー軍。一旦ここから出ろ。そして態勢を整えるんだ。あたいらの裏に陣を組め」


 エリナの指示に答えてくれたゼファー軍は後ろに下がる。

 その途中。


 大男が誰かを抱きしめて通過した。


 「ん!? あれは、ゼファー!? おいゼファー」


 大男が抱きしめていたのは、ゼファーであった。

 そして、大男はザイオンを倒したパールマンだった。

 エリナもよく知る人物であった。


 「あ。エリナさん。我を気にせず。そのまま軍で押してください。ネアル王を倒すチャンスです」

 「でもお前・・・そいつは」

 「大丈夫。この男は、我にお任せを」

 「チッ。まあいい。ゼファーなら大丈夫なはずだ。お前ら、もう少し広げろ。それだと、軍が抜け出させない。一気にこっちに連れてこれねえ」


 エリナは切り替えて、仲間の救出に尽力を尽くした。


 

 ◇


 「うおおおおおおおお」

 「うるさい。いい加減、離せ。パールマン」


 身動きが取りにくいゼファーが、何とか槍を持つ右手だけを動かして、角度を調整する。


 「ぐふっ・・・ま、まだまだ」


 山を下るパールマンの脇腹に、ゼファーが槍を突き刺した。

 しかし、パールマンは血を吐いても止まる気配がなかった。


 「おい。離せ・・・しょうがない」


 ゼファーは槍を握り直して、パールマンの足を刺した。

 走りが出来なくなったパールマンが転び出すと、ゼファーが解放された。


 「・・・ちくしょー。ここまでしか離せなかった」


 転んだパールマンは、山の上を見て自分たちの軍の確認をした。

 撤退が始まっていた。


 「パールマン、こんなことしても無駄だと分からんのか」

 「無駄じゃない。貴様をあの場から離せただけでも収穫だ」

 「自分が死んでもか」

 「そうだ。俺が死んでも王が生きればいい。王は、あの場では逃げる選択を取ってはくれんだろう。貴様に負ける・・・プライドが邪魔をするんだ」

 「ほう。それで自分が犠牲になると。貴様もプライドの塊だろうに・・・」

 「ああ、そうだが。俺たちの王が生きていれば、この戦いはまだ続けることが出来る。それで王の野望は続く。ネアル王は・・・アーリアで覇王となるのだ。ネアル王こそ、それに相応しい」


 王の野望に、家臣たちは続く。

 ネアルの夢の為に、王国の家臣団は動いていた。


 「そうか。意外だな。パールマン。貴様は自分中心の男かと思っていた」

 「拾ってくれた人に、恩義を感じないのであれば、それは・・・人じゃねえ。ただの犬畜生と同じだ」

 「・・・そうか。その気持ちだけは分かるぞ・・・我にもな。我も恩をもらってばかりだ。何も返せていない。そばにいる事しか出来ていないからな」


 浮かぶ顔は、互いの主君。心から敬う主である。


 「パールマン。お前の意思は分かっている。我は手加減せんぞ。いいな」 

 「当り前だ! もし手加減なんかしたら、生涯恨むわ」

 「ふっ。いいだろう。では、いざ尋常に」

 

 山の斜面。足場の悪い場所にて、軍とは離れて二人だけで決闘する。


 「「勝負だ!」」


 頂上決戦最後の戦いは、二人だけの世界。

 一騎打ちである。



 ◇


 「ネアル王!」

 「ブルーか」

 「はい。退却の指示は出しました。前方で飲み込まれた箇所を切り離しています」

 「なに!?」

 「あの軍の強さが異常です。特に鞭を持った女性が・・・」

 「鞭を持った女性だと? 誰だ?」

 「わかりません。情報にない女性で・・・真っ赤な女性が、血を・・とにかく辺りに血が撒き散らされているようです」


 ネアルでも、ラーゼ軍の情報はあまり手に入っていない。

 あの時にラーゼと戦う予定であるのならば、もっと入念に調べていたと思うのだが、ラーゼとは協力関係になって、帝国を侵略しようとしていたので、あまり詳しくは調べようとも思わなった。

 それに、その戦略はネアルではなく、別な人間が計画を立てたので、ネアル自身は細かく情報を手に入れようともしなかった。

 要は、あまり好かない戦略であったので、ネアル自身、その情報に興味がなかったのである。

 戦って奪うわけではなく、調略して進軍するやり方を好まなかったのだ。


 「引くしかないか・・・パールマンを犠牲にして・・・だな」

 「そうです。彼のおかげで、あのゼファーがいません。あれさえいなければ、上手く引けるはずです」

 「パールマン・・・私のためにか。私の失態だな。この万全じゃない状態で、彼と戦ってしまったのが、良くなかったわ・・・これは生涯忘れん。必ず、やり返す・・・引く。ブルー。素早く撤退だ。いいな」


 悔しさを押し殺し、ネアルは引く。

 撤退の決断が早かったために、王国軍は戦い続けることが出来る・・・。

 全ては、ゼファーをここから離したパールマンのおかげだった。


 「はい!」


 王国軍はここから全力で、本陣まで退却した。

 六万あった兵を四万にまで減らしながらの撤退だった。

 しかし、ザンカ軍の五千。ゼファー軍の二千。それと、救援に来た軍の一万以上を倒しているので、結果としてはほぼ互角である。

 だが、それは数としての互角だ。

 質としては互角ではない・・・。

 なぜならゼファー軍を全滅させることが出来なったのだ。

 あの軍だけは今後の為に減らすべきであった。



 ◇


 パールマンは尋常ない量の血を吐く。


 「ごはっ・・・最後・・・の相手が・・・貴様のような男で満足だ」

 「そうか」


 威風堂々。ゼファーはパールマンを見つめる。

 戦った相手を称賛するような佇まいでもある。


 「ああ、最強を目指した俺に・・・目指すべき最強を見れた・・・目の前にいるお前が・・・その高みだな・・・満足だ」

 「ふっ、我が高みか。我はまだまだだぞ」

 「がはっ・・・いや、お前以上の強さは・・・見たことがない。だから高みだ」


 ゼファーの槍が心臓に刺さっているパールマンは、満足げに笑う。


 「いいだろう。我が最強だとこれから証明してみせよう。パールマン。貴様も、あの世で見ているといい。我が強くなるところをな!」

 「あ。ああ・・・」


 パールマンは嬉しそうに笑った。

 最後に戦った男がこの男でよかったと思う。


 「それとザイオンさんには絞られて来い。サラバだ。強き男。パールマン」

 「ああ・・・ぜ、全力・・感謝する・・・ゼファー・・・ヒュー・・ゼ・・・」


 前のめりになっていくパールマンが倒れずに済んだ。

 最後に支えになったのは、ゼファーの槍だった。

 槍を軸にして立つパールマンは、立った状態で死んでいった。

 この世を去る姿は奇しくもザイオンと似たような姿だった。


 最強を目指す男ザイオンを倒していった。

 最強へと登ろうとした男パールマンは、主君を守るためだけに強くなろうとした男ゼファーに敗北した。




 ネアル・ゼファーの頂上決戦は、アーリア戦記の記録上では引き分けである。

 激闘・・・ゆえに多くの将を失った戦いが頂上決戦であった。


 ザンカ。ヒザルス。

 この二人の大将を失った帝国は大きな痛手を払った。

 しかし、この二人のおかげで、他の将たちが活躍できた面もある。

 彼らの命懸けの行動のおかげで、戦いが引き分けにまで向かっていったとも言えるのだ。

 帝国は多くの犠牲も払ったが王国の主力を消すことに成功した。


 対して、王国側にも戦果がある。

 それは要所を確保して、ガイナル山脈をもう少しで手中に収めそうになっている事だ。

 しかし、これを達成するのに、出してはいけない犠牲を出してしまった。

 それがネアルの精鋭兵。ノインの影部隊。

 それとネアルとノインの二人の強者の負傷。

 さらに、ネアル軍の副将を務めることが出来るジルバールとルジェの戦死。

 最後にネアルの最大の武器の一つ。腹心パールマンを亡くしてしまった。


 だからの引き分け。

 領土を奪われていたとしても、帝国にとっては引き分けになるだろう。

 人。

 領土よりも大切なのは人である。

 それはフュンがいつも言う事に結びついている。

 人がいて初めて戦うことが出来る。

 領土があっても、そこに人がいないのなら意味がないのだ。


 そして、これらの帝国軍の戦果に、大きく関与したのがゼファー・ヒューゼンだった。

 彼がハスラ広域戦争最大戦果を挙げたのだ。

 名が大陸に轟くのも当たり前の話であった。

 

 大陸の英雄フュン・メイダルフィアの半身として。

 ここからアーリア戦記でも、重要な英雄の一人として、彼自身の物語も始まっていくのである。

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