第50話 王国の英雄対英雄の半身 ガイナル山脈頂上決戦 ②
「再び・・・だな」
自分たちの視線の先に人が出てきた。
山頂に王国軍が並び始める。
この三日間。
南の要所から出てこなかったネアル軍。
それをゼファーが下から見上げた。
「何かの策を講じてきたのか・・・数も前回より多いな。我らに対しての牽制か・・・」
簡単には同じ動きをさせない。
そのための数だと認識したゼファーは相手をじっと見つめる。
隣にライノンがやって来た。
「ゼファーさん。どうしますか。ここで迎え撃ちますか」
「ライノンさんは待機でお願いします。マールさんと本陣を守ってください。我が戻ってくる場所を確保したいのです」
「わかりました」
自分が帰る場所を確保しておきたい。
本陣が無くなるかもしれない不安を取り除きたかった。
「ではお願いします。我はいきます」
ゼファー軍が前進。
しかし今度は全速力ではなくゆっくりと山を登っていった。
それは、王国軍の方も、遅い進軍を開始したためである。
◇
「なぜ。進軍が遅い・・我の方に、難しい判断を迫られているな」
「隊長。俺たちも同じ速度ですけど、ここは先制をしなくていいのですか」
「リョウ。そうなのだが。我はあの速度での進軍に何か意図があると思うのだ。あのネアル王が、単純な攻撃なんてしないと思うのだ。しかしどんな考えを持っているのかまでは、我には思いつかない・・・我の頭では、考えても無駄だな。殿下であれば、分かるだろうがな」
ゼファーの成長はここにある。
自分では考えられない事は無理に考えない。
しかし、敵に意図がある事だけは分かっている。
これだけでも大成長である。
「フュン様がですか。たしかに、大元帥ならば。あの意図を理解して行動を取れそうですよね」
離れていようとも、常に心は殿下の隣にある。
ゼファー・ヒューゼンは根っからの従者である。
「ああ。そうに決まっている。殿下であれば、あのネアル王にも策略では絶対に負けん・・・・リョウ、あちらはどれくらいの数がいる」
本陣にザンカ軍一万を置いて、ゼファー軍は二万五千で出撃している。
この内の五千は、ゼファー軍の動きにもついて来れそうなザンカ軍の人間たちを選抜している。
「ざっと計算すると・・・六万ですかね。諜報部隊の計算でしたが」
「・・・そうか。倍以上か。普通に戦っては負けるな・・・」
数の違いが大きい。
しかし、六万の兵に対して、本陣待機も難しいのだ。
本格的に防御の陣を組んでいたとしても、平地での戦闘になるので、勝機を生み出すのが難しい。
だから、ゼファーはこちらからの攻撃に主体を置いている。
「しかし数が少ないのだ。仕掛けないという消極的な選択肢は取れない。数が少ないのに、後手に回るのは良くないからな。先手を取り続けないと負けるぞ、リョウ・・・前回は左右。だから今回は中央でいくぞ」
「はい」
「いいか。リョウ。迷えば、攻撃が鈍る。そのまま我について来い」
「はい。当然ついていきますよ」
「よし。ではいくぞ。ゼファー軍! 出撃だ。我と共に前進だ!」
「「「おおおおお」」」
勇ましいゼファーに付き従う兵士たちも勇ましいのである。
◇
「来た! やはり、ゼファー・ヒューゼン。猛将だな」
「ネアル様。どこに来るのでしょうか。こちらの予測通りでしょうかね」
「うむ。ブルー。ここは間違いない。彼の選択は中央。彼ならば絶対にここを選ぶ。私がここにいるのだ。この数の差で、この戦争を勝つと考えるとなると、彼は私を倒せばいいと思うはずなのだ。勇敢な彼であれば、ここを選ばないわけがないのだ!!」
ゼファーの選択肢を理解している。
興奮状態のネアルは、ゼファーだけを見ていた。
正面の兵士たちに指示を出す。
「来たら、軽く戦い。道を開けろ。私の元に誘導だ」
ゆっくり進軍する王国軍の元に、ゼファー軍が突撃してきた。
それもネアルの予想通りの正面突破だった。
正面に立つ王国兵たちは、一度彼らに攻撃を加えて、反撃が来そうになると引いたり、また新しい兵がそこに当たるなどして、ちょっかいはかけながら、ゼファー軍の兵士たちをどんどんネアルの元へと送り出していった。
だから、ゼファー軍はネアルの所に行くまで、かすり傷一つも負わずに辿り着くのである。
「ネアル殿。ここまで誘導してきたのですな」
ネアルの正面に立ったゼファーが真っすぐ見つめた。
「ん!?」
「手応えがない。これはおかしいですからな」
「ほう。罠だと知って、それでもここまで来ると」
「ええ。もちろん。ご招待されたので、我はここまで来たのであります」
「面白い。では始めますぞ」
「はい。いつでもどうぞ!」
「囲いを始めよ」
ネアルの掛け声とともに、王国軍の左右の端が二つの円を作り始めた。
それはネアルの場所を起点にして、前後に円を描く。
「これは・・・」
「あなたと軍を切り離す。それで、勝ちを得るしかないのですよ」
ゼファー軍二万五千の内、二万がネアルから見て前方の円に入り、ゼファーと先陣を切っていた五千の兵がネアルが率いている後方の円に閉じ込められた。
「そうか。我を封じるよりも、ふむふむ。我の兵を封じる策か・・・」
ネアルの行動の意図を、ゼファーが理解した。
自分を封じるよりも、自分の強さを増強する精鋭の方を倒す動きである。
「リョウ!」
前方の円に入り込んでしまったリョウに指示を出すために声を張り上げた。
「はい!」
「円陣を組め。守に入れ」
「はい。隊長は!」
「我は、ネアル王から直々に招待されたのだ。だから、我は総大将への挑戦権を使用する。ここで暴れてもいいらしいのだ!」
叫んだゼファー。
話の内容に、再びネアルは笑う。
好敵手が信頼する部下もまた好敵手であると・・・。
「わかりました。ご武運を」
「うむ。任せろ」
ネアル対ゼファー。
王国軍の戦力の中で、今のゼファーを止めることが出来る人物はただ一人。
イーナミアの英雄。
ネアルしかいないのだ。
だから、数の優位性を利用した囲いの中でも、ネアルがゼファーの前に立つ。
「私が貴殿を倒すしかない・・・腕が鳴りますな」
「ネアル王が自らですか。さすがにそれは予想外ですぞ。いくら挑戦権をもらったと言っても、本当に大将戦になるとは・・・嬉しいですな」
「ええ。こちらもだ。勝負を始めますかな」
「どうぞ。こちらは準備万端ですぞ」
大きな円で二人が一騎打ち。
壮絶な決闘が始まった。
先手は、ゼファー。
真横に槍を振り切る。
すると、ネアルが目標地点に対して盾を構えた。
右に盾、左に剣のオーソドックススタイルのネアルは、派手好きなくせに戦い方は堅実である。
盾で防いでからの反撃がメインの戦法は、玄人志向の戦術だった。
「ぐっ。重い。しかし、これならばまだいけるか」
「ん!? これを守り切るのですな。さすがです」
ゼファーの槍を受け止めきったネアル。
王でありながら武芸に秀でている。
この一撃を受け止めたことで証明してみせた。
「貴殿のような人物に褒められるとは、大変光栄だな!」
片手盾で受け止めた直後、ネアルは、左手にある剣でゼファーの首を狙った。
「鋭いですな。攻撃も素晴らしいのですね!」
ゼファーは槍を引っ込めずに、首を引いて紙一重で躱す。
「私の剣が、当たらないか・・・なかなかない経験だな」
「いえ。当たってますね」
ゼファーの頬がほんの少し切れた。
「ほう。感触が無かったから分からなかったわ。うむ。貴殿のような怪物にも、私の剣は通用するという事か」
「我が怪物ですか? ずいぶんと評価をしてもらえているのですな」
「当り前ですぞ。ゼファー殿。許されるのであれば、私の家臣に欲しいほどの
「それはまた高い評価でありますな」
「ええ。でも来てくれませんよね」
「もちろん。我の主君は殿下のみ。他に忠誠を誓う者など、今後一切出て来ません! 我の生涯は、殿下と共にしか進めません。殿下がいないのであれば、我もこの世界に未練もありません」
「ふっ・・・やはりね」
嘘偽りのない真っ直ぐなまでの言葉。
この危機的状況。
罠に嵌っていると理解していたとしても、相手に真っ正直に思いを伝えて勧誘を断る男。
だから、ネアルはまた笑う。
それは、決して相手を馬鹿にした嘲笑じゃない。
眩しいまでの純粋な心に、心の底から忠誠を誓う姿が、美しかったから笑った。
気持ちの良い男を前にして、ネアル自身も満足しているのだ。
「面白い。貴殿のような・・・武の極みにいるような男が。その生涯を懸けて、忠誠を誓う。フュン・メイダルフィアは、やはり私の最高の宿敵だ。益々倒したくなった!」
「ええ。殿下もそう思っております。あなたこそ、殿下の最高の宿敵だ! なので、殿下の従者である我が! あなたを倒してみせましょう」
「・・・ハハハハ。いいですな。その意気込み。私はそういう漢が好きですぞ。それでは、勝負を再開させる。いきますぞ!」
ネアルとゼファー。
両者の間には無数の攻防が繰り広げられたと聞く。
それは、万を超える軍が両者を囲んでいたのに、その戦闘に入る事が出来なかったくらいに熾烈な戦いであった。
その途中。
あまりにも長い戦いにしびれを切らした兵士が、ネアルを救おうとして、ゼファーの後ろから飛び掛かって斬ろうとした。
「馬鹿者! 来てはならん!」
ネアルの相手は、人間ではない。鬼である。
彼の目はネアルしか見ていないのに、気配だけで後ろに人がいる事を察知した。
「ぐあ・・・ありえるのか。その体勢で槍を後ろに回すのか・・・う、後ろに目があるみたいだ・・・・」
振り向きもせずにゼファーは、王国の兵士を斬った。
しかも流れるような槍さばきで、そのままの勢いでネアルに一閃を加える。
「だから、言ったのに!」
ネアルが盾で槍を受け止めた。
「ネアル王! 教育がなっておらんようですぞ。この戦いに割って入ろうなど」
「・・・すまない。そこは謝ろう。だが許して欲しいものだな。私を救おうとしたらしいからな」
「ん! それはそうですな。我も殿下が同じ状況なら、同じような気持ちを持つかもしれませんからな。許しましょう」
「ありがたい!」
槍と盾の競り合いの中で、今度は複数で兵士たちがやってきてしまった。
「馬鹿な。来るな。命令だ」
「聞けません。ネアル王。今がチャンスです。隙を作ります」
兵士たちが四方からやって来ているゼファーは、表情一つ変えずにネアルに向けていた槍を引いた。
敵がほぼ同時に来ることを理解した。
足音、気配の流れ。
これらで敵の位置を把握したゼファーは、自分の槍を地面に刺して、槍を軸にして体を回した。
「い、一瞬ではないか。隙も出来んわ」
迫りくる兵士たちに、ゼファーが蹴りを食らわせる。
ネアルは、次々と倒れる兵士たちを苦笑いで見送るしか出来ない。
「これは、駄目だな。やはり私しか・・・・貴殿と戦えないようだ」
「ええ。そのようで。あなた様だけが我と戦えるようだ。しかし、万全な状態でのネアル王と戦いたかったですな」
「ん!?」
「お怪我をなされているようで、その右腕ですな」
ネアルの腕は動くには動くが、いつもの半分くらいの力しか入らなかった。
その微妙な力具合に慣れず、ネアルの今の状態は継続して戦うには難しい状態だった。
「・・・貴殿のような達人であれば、私の状態まで見抜けるという事か」
「いや、戦っている時に腕が下がっているので、我以外も気付けるかと」
「普段と変わりなくやっているつもりでも、気付かれましたか・・・これは、そちらの忠臣にやられましたよ。口が立つ男にですね」
「そうですか・・・ヒザルスさんが。なるほど、彼の置き土産のおかげで、我はあなたに勝つ。という事ですな」
「ほう。私に勝つ気で・・・しかし、それは難しいですぞ。現状を見れば、貴殿以外が負けに入っていますからね」
ゼファーは戦いに夢中で気付かなかった。
自分と共に囚われた五千の兵の体力が少しずつ削られていた。このまま行くと、体力がなくなり兵が減らされ続ける。
それにリョウがいる方も、粘りの状態であるが徐々に兵士たちが倒れているのが見えた。
「たしかに。このままではまずいですな。ならば、ネアル王。ここは、あなたを斬って、全てに勝つしかない。制限時間付きの戦いのようだ!」
「・・・ハハハ。ここに来て! 貴殿はその判断になるのですな。いいですぞ。第二ラウンドといきましょうか!」
選択肢はここで、いくつかあった。
それは、この包囲を破って逃げる事。
またはここで戦いつくして、自分たちも減らしてしまうが、敵の兵も減らして、消耗戦を視野に入れて戦う事。
この二択がメインであるのに、いまだに倒せてもいないネアルを、迷いもせずに倒すことを選択する。
それが愚者にして勇者。
それが鬼神ゼファーという漢なのだ。
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